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ortensia
2025-11-02 19:59:58
4995文字
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傭リ
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家仕事をやってくれる人間がほしい推理先生×家政夫は魔法使いな失者。
エマ(トゥルース)、ポストマン氏、デミさん辺りも出たり出なかったり。
通いの従業員から、自分で事務所の片付けが出来ないなら他にも人を雇うべきだと、とうとうおかんむりで言われてしまった。
探偵事務所である以上、依頼人の守秘義務やターゲットに関する情報の取り扱いは厳重だ。秘密が漏れるようでは、この仕事はやってられない。そんなところに家事仕事に人を雇うなど、リスクが大きい。なんとなく噂好きなイメージもあるし。
しかし従業員の彼女は真理を見付ける目に長けており、家事を頼める人材としては、場違いだ。しかし彼女に怒りはかなりキていた。
「なあ、なんとかならねえか。」
週の半分をバー、半分をカフェーとしてやっている店は、情報と共に人も集まる。集まった人間に何を求めるかも人それぞれなので、賞金首の人相絵や、無差別の相手に依頼を頼むための依頼書、迷子の子猫のお知らせまで、色々持ち込まれる。勿論、従業員の募集も。
「ん〜
……
。」
今頼んだ珈琲を作ってくれているビクターが唸り声を上げる。今カウンターに出ているのが彼一人なら、店主のデミはまた二日酔いの可能性がある。
「ん。」
首を横に振りながら珈琲が差し出される。それもそうだろう、ここまで公に依頼や募集、失せ物探しなどをしている以上、こういう秘密の多い仕事を任せられる相手はなかなか現れない。
「すまんな。」
ビクターはまた顔を横に振った。
今日はこれを飲んだだらさっさと事務所に戻って、言われた通り片付けに精を出すしかないようだ。別に普段から、やってないわけじゃないんだが。苦い気持ちで苦い味を啜る。
「
……
ん!」
そこへビクターが驚いたように突然声を上げた。
なにごとかとカップから顔を上げると、上げ切らない内から隣に気配。
そちらへ目を向けると、知らない客が座っていた。
「はぁい、どうも。話は聞かせて貰いましたよ。」
珈琲を受け取った時には確かにいなかったその客は、長身痩躯の男で、そちらを振り向いた時は既にゆったりと寛いだ姿でそこにいた。
「わたしなら絶対秘密は守ります。そういう契約でしたらね。決して破りませんよ。」
余裕綽々、優雅に珈琲を啜りながら、自分を押し売るセールストークを軽口のように叩く。あるいは、自己アピールにしては、口説き文句のように妖艶に。
「
……
あんた、いつからそこに?」
「あなたが来る前からお店にいましたよ、探偵さん。」
なんでもないことのように言う相手からビクターに目を移すと、彼は一応頷いてはいたが、なんだか不思議そうだ。奥の席と男が今いる場所とに忙しなく目を行き来させている。案内したのは向こうの席だったってことだろうか。
「手をお貸しいたしますよ、探偵さん、わたしと契約しましょう。」
一見軽薄で、掴みどころのないように見えるが、仕事を放棄するようにも見えなかった。
「
……
試用期間を設ける。本採用するかは、そのあと決める。」
その間は重要な情報は与えないようにしなければ。
「良いでしょう。」
男は表情の分かちづらい顔を、にやりと歪ませた。
退店する間際まで、ビクターは不安そうだったが、ことはそういうふうに運んだ。
事務所に入れ、奥の情報の置き場以外を案内しようとする。
「では早速お茶でも淹れましょうかね。」
「え?
……
おい。」
まだキッチンの案内もしていないうちから、客用茶番を勝手に取り出し、初めて来たとは思えないほど手際良くお茶を淹れ、さっさとその辺で飲み始めてしまう。
「どうぞ?遠慮しないで。」
こちらの分も淹れられていたが、当然釈然としない。
渋々カップを手に取るが、なんだか普段淹れる茶より香りが良い気がする。益々釈然としない。くっと一口飲んでみると、やはりいつもより美味く感じる。やはり釈然としない。
「この茶番よりもっと良いものがあります。ああ、値段は気にせず、同じくらいなので。これの残りの奥に、それの新しいもの入れて置いたので、覚えておいてくださいね。」
いつの間に。
「ちゃんとあなたの好みですので。珈琲ばかりよりは少しはましですよ。」
「なんでそんなに知ったような口を利ける?」
「分かるもんは、分かるんですよ。」
気分を害した様子もなく、歌うようにそう言うと、また自身で淹れたお茶を飲む長身痩躯。
変な奴。
正直怪しい。
変な話、雰囲気のある男のいでだちは仕事が必要なようには見えない。かと言って、探偵業に変に憧れているようにも見えない。まるで元々どこかの城にでも君臨していたのに、それに飽き飽きしてしまったかのような万能感。
なんでも出来るのに、誰かに望まれなければ存在出来ないかのような不自由ささえ感じる。
突然相手がぱっとこちらを見た。
当然目が合う。こちらが色々考えを巡らせながら観察していたことを咎められるだろうか。
しかし相手はそれが探偵のなんたるかであると、分かっているかのように、疑問を抱いていないように振る舞う。
「あなたなら、おやつが欲しいところですね!」
そう勝手に言って懐をごそごそ漁り始める。
「だから、なんでそんなこと分かる
……
。」
こいつにも探偵の適性があるということだろうか。それにしては違和感を覚える。観察されている感じが全くしなかったからだ。それがこの男の技なのだと言われれば、黙する他ないが。
今だってこちらを気にした様子が見られない。自分の上着をごそごそやりながら、あれ、どこに、おやおや、なんてひとりで言っている。
「あー!あったあった。はい、どうぞ。」
小袋に詰められたクッキーが出て来た。
不思議なことに、上着を脱いでばさばさするまでやっていた割に、クッキーには一枚も割れがなかった。
クッキーは美味かったが、この男が何者なのか、さっぱり分からない。
「さあ、そろそろお仕事を再開なさっては?」
なんの気なしに、こんなことまで言って来る。
「奥のお部屋で書類仕事があるのでしょう?」
「なんで」
「分かってますよ。試用のわたしは入りませんから。またお茶が欲しくなる頃合いでちゃんと声を掛けてあげます。今日は相棒のお嬢さんはお休みなんでしょう?良いですねえ、休暇に田舎のご実家へ、縫織業でしたっけ?その間にお片付けのお手伝いは、わたしが、勿論秘密を暴くようなことは」
「おかしいだろ」
幾ら店で聞き耳を立てていたところで、そんなことまで話していない。
しかし男はにこりと笑うだけ。
裂けた口が不気味ですらある。
「おまえにとっては不思議かもね。」
余裕綽々でそう言う。
「さ。行った行った!」
しかしそんな雰囲気を壊すように、こちらの体の向きを反転させて、背を押して仕事部屋へ押しやる。
仕方なく、重要なものがない事務所のスペースは任せて、部屋に篭る。秘密にしなければならないものがある部屋に自分一人というのは、確かに逆に安全である。
暫く書類と整理に格闘して、おそらくマシになった筈の部屋から一度出る。少し喉が渇いた。
「お疲れ様です。」
扉を開けると、客間で優雅に寛ぐ男が本を読んでいた。その辺に放ってあった推理小説だ。本から顔も上げずに、また自分で淹れたらしいカップを啜っている。
しかし辺りは綺麗に掃除された後のようだった。小説本も、男が読んでいるもの以外は美しく整頓されている。
「ほら、おまえの分ですよ。」
もはやぞんざいに指差されたそこには、しかし確かにカップがあった。男のものはだいぶ湯気が薄れているのに対して、もう片方は温かい湯気が立ち上り、消える気配がない。淹れたばかりらしい。
「声を掛けるとか言っていなかったか」
「その前におまえが部屋から出て来そうだったので。」
しれっとそんなことを言う。また分かったような口を利く。思わず腕を組む。
「部屋の前まで運んで来てくれるのかと思ったんだが?」
「やめなさいよ、休む時はちゃんと仕事は中断して、ここで休憩入れなさい?」
素気無く反論されてしまうが、的を射ていると言えるだろう。腕組みを解き、大人しく男の向かいに腰掛け、茶を啜る。茶の温度は、温かく適温と言えた。
それから暫く試用に雇ったが、相手は相変わらず飄々としてこちらのやることを先回りし、しかしそれが、有難いと言えばそのような気がしなくもない妙な内容な上、予想も出来ず事前に指摘も出来ず、ただ戸惑いながら受け入れるしかない状態なのである。
しかし依頼人の客が来る時はそんなことはなく、ちゃんと言われてから動くのだが、話の途中で突然吹き出したり、呆れたようにため息をついたり、かと思えば全く興味なさそうに窓の外を眺めている。
しかしなんとなく、その反応で依頼の深刻さが判断出来る。大笑いした時はかなり深刻だ。内容が本当に分かっているのか、なんにせよ不謹慎な奴だ。
そして相棒の従業員が戻って来た。
「言っていた家政夫を雇ったぞ
……
今はまだ試用だけど。」
説明するとにこやかに双方挨拶を交わした。大人しく愛想良くしている男に、何故だかもやもやさせられるはめになった。
それから暫く、書類整理を終えるまでは出張を禁じられた。代わりに担当すると息巻く相棒曰く、家政夫さんがいるなら事務所にひとりでも大丈夫でしょうとのことだが、こちらはひとりで事務所をやっていたこともあるんだがな。
そうして家政夫を試用で雇ってから依頼人含め様々の相手と関わったが、男が仕事内容を他の人間に漏らすことはなかった。ビクター相手にもそうだが、酔っ払ってしつこく絡んで来るデミに対しても躱し切った。第一印象からしてお喋りな奴だと思ったのだが、その場に立ち会っていなければ相棒にも漏らさない徹底ぶりだ。正直感心した。
「おや、今日はもう休憩ですか?」
二人きりの事務所にも慣れた頃、声を掛ける前に男が反応する。これもいつものことだ、慣れはしないけれど。
「書類の整理を手伝ってほしい。」
男はその時、初めて目に見えて嬉しそうにした。
「本契約ですか!」
「
……
まあな。」
「では張り切りましょう!」
仕事部屋に入った男は、一通り見回すと、一つ頷いた。やっぱり知ったような態度だ。
「その間にこちらに記入を。」
「は?」
何処からともなく取り出された書類とペン。それが上から降って来たように思えた。ふわりと羽根のように舞い降りたそれらは、しかし手に取ってみると、確かに紙とペンのように感じられる。こちらの雇用契約書とは別にこの男にも必要だと言うことだろうか。
ペンを取りながら、ちらりとその顔を見上げると。
男は何か段取りが付いたかのように手を翳すと、そのままぐっと引っ張るような動きをした。すると書類机がターンテーブルにでも載せられたかのように、ぐるんと回転し、そこに収められていた書類が次々と出て来た。
呆気に口を歪ませていると、書類は男の前に、よく見えるように整然と並べられると、くるりとシャッフルするように並べ替えられ、また書類机に戻って行った。書類机もまた回転し、何事もなかったかのように元通り大人しくしている。
「さてと、今度はそちらの本棚でしょうか。」
「ちょっと待て!」
漸く大声を上げることが出来たこちらに静かに顔を向け、黙ったまま首を傾げる男。そんな家政夫がいてたまるか。
「おまえ、名前もまともに書けないの?」
どうやら男が不思議そうにしていたのは、そんなことに対してらしい。
言われてつい視線をペン先に向ければ、青いインクが滲みながらわけのわからない線を辿っていた。よく見るとこのインク発光してないか。いったいどうなってるんだ。
しかしそんなまともな名前じゃないにもかかわらず、男は右手一つでそれを差し出すように言って来た。なんかこれ、渡しちゃいけないんじゃないか。
少しの逡巡も虚しく、紙は勝手に奴のほうへと飛んで行ったし、ペンは宙空に消えた。
「いえ、気にしたのなら失礼、これで充分ですよ。」
充分ではこちらが困る。
「これからよろしくお願いしますね、ご主人様。」
こちらの契約通りならば、この男はこちらの住む事務所に同じく住み込みで、水場炊事場食事付きで働くことになる。全てを見通した悪魔のように笑う男が、この、探偵事務所で。
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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。
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