2025-11-02 15:20:50
5522文字
Public 二次創作:UTAUホラー
 

故きを温ねる / 語り部:茶歌成

注意事項
・本作品はUTAU音源キャラクター『茶歌成』の二次創作作品です。キャラクター設定に一個人の解釈や捏造が多数含まれます。
・ホラー要素を含みます。
・オリジナルキャラクターが登場します。(名前の有無、設定のなどはキャラクターによります)
・特定の地域・信仰・思想を貶める意図は一切ありません。
・本作を他者や文化を貶める目的で本作品を使用することを固く禁じます。

 ここ、いいですよね。僕のおすすめのカフェなんですよ。
 駅前からは少し歩きますけど、マスターの趣味が反映されたレトロな内装はとても居心地が良くて……。お料理も大変美味しく、特にブレンドコーヒーとナポリタンが素晴らしい……。僕、どちらかというとお茶派で。今までコーヒーには疎かったところをマスターの影響ですっかりハマってしまいました。ナポリタンはマスターのお母様直伝のレシピらしく、使用しているトマトソースにこだわっていて手軽さと美味しさを両立しているのがプロの技で……
 あ、すいません、つい熱くなって……
 ……とにかく、僕はすっかりこのカフェの虜になってしまいました。去年くらいにフラッと立ち寄っただけだったのですけど、まぁ……偶然の出会いってあるものですね。
 あまりにも気に入ってしまったので、高校入学と同時に「アルバイトとして働きたい」って志望してしまったくらいです。

 ……おっと、そろそろ本題に入りましょうか。

 改めまして、本日の語り部を担当させていただきます、『茶歌成』と申します。
 願わくば、あなた様の静かなひとときにほんの少しの刺激を……

***

 それは、カフェでのアルバイト中の出来事でした。
 普段はマスターと奥様の二人で切り盛りしているこのカフェですが、いわゆる繁忙期になると県外からもお客様が来るようになりまして……。そういった時期に限り、僕は働かせていただいてます。
 業務は主にホールで……注文の受付にコーヒーやお料理の配膳……接客以外でも清掃や内装の飾り付けなんかもあって、中々やることが多いですね。慌ただしいですが、充実しています。学生の身で言うには烏滸がましいかもしれませんが、職場環境としては最高です。コーヒー豆の上品な芳しさが漂い、心踊るアンティークの調度品に囲まれた空間で働けるなんて……。も、もちろん、浮ついてばかりではありません!お客様のために常に気を配っておりますよ?
 だから、あのときも僕はお客様からの呼び出しに応じて、注文を受け取るべくテーブルに向かっておりました。
 ……その途中、あるお客様が目に留まりました。カウンター席の端の方、フードを目深に被った……おそらく壮年の男性でしょう。
 僕の目に留まったのは、そのフードのついたコート。古着らしくと色落ちした淡いモスグリーンの……モッズコートというのでしょうか?フードの縁にはファーまでついていて……なにより、あのときは『7月』だったんです。
 そんな時期に、コート?
 ……僕は少し不審に思いましたが、それ以上は気に止めず、すぐに注文の受け付けに戻りました。

 しばらくして、厨房でお料理の用意ができたので取りに行こうとカウンター内に戻ったとき。
「お嬢さん、ちょっといいか?」
 カウンターの端から、やや掠れた低い声が僕を呼び止めました。
……はい!」
 正直、ドキッとしました。ですがそれは顔に出さないように……失礼ながら先にお料理の方を提供させていただき、その後すぐにコートのお客様の元へ向かいました。
「大変お待たせいたしました。ご注文は……
「いや、違うんだ」
「あ……はい、なんでしょう?」
 カウンター越しに正面に立っても、フードの下はあまりよく見えませんでした。お客様をジロジロ見るわけにもいかないのはありますが……。その方はゆったりと身体を揺らして、僕に話しかけます。
「なぁ、お嬢さん、事故には気をつけなよ」
 急にそんなことを言われ、僕は言葉に詰まります。恐怖というより、なんというか……困惑が勝りましたね。
「は、はぁ……
 曖昧な返事をする僕に、お客様はフードの下で笑いを噛み殺すような音を立てました。
「ここは……いい店だ。お嬢さんもここに居るのがふさわしい……
 そばに置かれたレコードプレーヤーから聞こえるジャズに、あのお客様の声がやけに調和していたのを覚えています。
「あ、あの……要件はそれだけでしょうか?」
「あぁ、悪いね呼び止めて。もう大丈夫だ」
 勝手に解放されて余計に混乱しましたが……僕は失礼します、と軽く頭を下げてその場を離れました。

 その日のうちで変わったことはそれくらいで、夜閉店するまで僕はカフェにいました。
 明日の営業に向けて準備をする中、マスターとも少しお話をする時間がございました。その中で……
「あの、マスター様……今日来たお客様の中で、緑のコートを着た方がいらしたのですが……ご存じありませんか?」
 と、恐る恐る聞いてみたのです。他所からもお客様は来るとはいえ、ほとんどはこの町の住人でして……特にマスターは長いことここに住んでらっしゃるので、何か知らないか、と。
「いや……確かにそんなお客さんもいた気がするけど、知り合いではないな」
 マスターは口髭を揺らし、ピンとこない様子で首を傾げていました。
「そうですか……
「茶歌さん、なにか気になることでもあるの?」
 と、マスターは気にかけてくださいました。それは嬉しい……反面、この時点では心配されるようなことは……それこそ事故なんて起きてないと、あのとき僕は思っていました。
「いえ、なんでもございません」
 そう言って、その日の業務は終了いたしました。

***

 その翌日も、僕はカフェにいました。
 昨日のことは気になるものの、カフェ店内はいつも通り賑わっています。僕もいつも通り働かないといけません。
「すいませーん!」
 慌ただしい中、あるお客様が手を挙げて僕を呼び出しました。僕は急いでテーブル席に向かいました。
「はい、どうされましたか?」
 お客様は二人組の女性で、僕を呼び出した方の人は『おみくじ機』を指差しました。
 あ、おみくじ機というのは……お金を入れると動くルーレット式のおみくじです。昔はよく喫茶店に置かれていたらしいですね。
 そのお客様もおみくじ機の物珍しさに惹かれて、お金を入れたようなのですが……
「これ〜…….動かないんですけど」
 そう言われ、僕はおみくじ機を見ました。球体状のルーレットの側面には、十二星座ごとに穴が空いています。お金はすでに入れた後だと聞きましたが、詰まってる様子は見受けられません。
 僕もハンドルを引いてみます……が、確かに動かない。ただ、強く力を込めると僅かに動く手応えがあったので……その、そのままグッと力を込めて、力技でレバーを引いてしまいました。
「あの、店員さん、そこまでしなくても大丈夫……
「うわっ!?」
 ガタコンッ!……と盛大に音を鳴らして、おみくじ機のルーレットはカラカラ音を鳴らして動き出しました。
 少し恥ずかしいけれど、僕はテーブル席の女性二人の前で笑顔を作って、機械から出てきたおみくじを渡しました。
 お客様も解決して安心したように笑っていて、早速おみくじの結果を二人で見て楽しんでるようでした。
 僕はテーブルを離れようとして……お客様の声が耳に届きます。
「大吉じゃん!あと今週の運勢は〜……
「『事故に気をつけろ』だって!」

 僕の心臓が、強く跳ねた気がした。
 ……いや、あれはお客様のおみくじ結果。僕には何も関係ない。
 …………でも、レバーを引いたのは……いや、そもそもこれはただの偶然。
 そう、自分に言い聞かせていたのでしょう。僕は汗をかいた手のひらを拭いて、業務に戻ります。

 その日の夜、閉店後の清掃中。
「茶歌さん、浮かない顔をしているね」
「あ……
 事務作業中だったマスターは顔を上げて、僕の方をじっと見ていました。……本当に、人のことをよく見てらっしゃいますよね。帳簿をつけていた奥様も僕を心配していましたが、あまり口は出さずに僕たちの会話を聞いてるようでした。
 でも僕は……「ちょっと、夏休みの宿題が……」と誤魔化しました。
 本当に、何かがあったわけでもないし、ただの偶然なんだと……。そう思いたかったのです。

***

 翌日も僕はカフェに出勤しました。
 ただ、その日は学校に用事があったので、午後三時から出勤の予定でしたが……。僕は用事とお昼を早々に済ませて、ブレザーのままカフェに向かいました。
 ……少しでも思考が止まると、『事故』というワードが頭の中をよぎるんです。でもそうして怯えてたら何もできなくなる……だから僕は少しだけ早歩きで、モヤモヤを吹き飛ばすように前だけをしっかり見て歩いていました。
 制服のスカートが脚にまとわりついて、ハンカチで吹いても汗が止まらない。早くカフェに入りたい……。そう思ううちに、道の向こうにカフェの看板が見えてきました。だんだんとこの小さなカフェが姿を表して——
「あ」
 視界の端でなにかが動いていた。横目でそれを追うと——トラックが猛スピードでこちらに向かって走ってきていた。

 大きな鉄の塊が自分に迫りくる。あのとき聞こえた唸るような轟音は、駆動するエンジンか、死の予感か。

 その瞬間、僕は……幸運にも飛び退きました。頭は真っ白だったけれど体だけは……神がかったように動き続けられました。
 走って、飛んで、トラックから逃げるように、カフェの入り口に飛び込んで——
 クラクションの音も聴こえないまま、僕の身体に衝撃が走る。

「うわあああ!?!?」
 全身が何かにぶつかって鈍い痛みに襲われた。知らない誰かの悲鳴が頭に響き、転ぶ直前に目をぎゅっとつぶったまま僕は地面に転がりました。
 ……目を開けて周りを見ると、店内に飛び込んできた僕に押し倒されたお客様が倒れて目を白黒させていました。……ちょうどドアを開けるところだったのでしょう。僕は店内に飛び込んで逃げられたとはいえ、あれは申し訳なかったです、本当に……
 それで、あの車は——と、僕は足元に落ちてたメガネを掛け直し、店先を見に行きました。
……あぁ」
 トラックは、カフェに追突するギリギリ手前で停止していました。
 運転席で、半分ほど覚醒した状態の運転手が呆然としているのが見えたとき、僕は想像してしまった。
 もしも、トラックがギリギリで止まらなかったら。もしくは僕がカフェに逃げ込まなかったら。

 ——何か一個掛け違いがあったら、僕は——

 僕は情けないことに、その場にへたり込んでしまいました。

***

 警察が来たり、一応病院に連れてかれたり……なにかと事後処理がドタバタしていて、僕が次にカフェに来れたのは数日後でした。
 ……そのときに、マスターに『事故に気をつけろ』のことを話しました。

 柔らかい照明の下で埃が舞っていて、店内に置かれた古時計がカチカチと秒針を進める音だけが聞こえていました。定休日の夕方なんて忙しいだろうに、マスターは僕と話す時間を作ってくださって……本当に頭が上がらない。
……すいません。不安に思っていたのに、黙っていて……
 客席に座らせてもらいながらずっと俯く僕に、マスターは顔を上げてくれと言います。
「いや、いいんだ。些細なことだと思うのも理解できるし、結果的に君は忠告通りに事故に気をつけていたから、こうして大きな怪我もなくピンピンしている。それならなにも文句はない」
……ありがとうございます」
 僕はまた深々と頭を下げて……一つ、マスターに質問をしました。
……マスター様は、虫の知らせ、みたいな……そういうものがあると思いますか?」
「虫の知らせ……
 ふむ、と顎に手を当て、首を傾げ……マスター様は店内を見回す。
……見ての通り、この店は僕のコレクションが沢山ある。なんなら物置にも置ききれなかったものがあるが……
 それは僕も知っています。置き時計、ソファ、棚……観葉植物の種類までマスター様が選んで、食器も伝統的な意匠のものを使用していて……。徹底的に年代や造形にこだわる様には畏敬の念を覚えます。
 マスターは僕の席のテーブルを愛おしそうに撫でながら話します。
「そういう、故いものを見ていると……人間よりも多くのことを知っているような気がしてね……。茶歌さん」
「はいっ」
「付喪神の概念は知っているかね」
 ……僕は、その言葉の意味を反芻し、頷きます。
 そうすると、マスター様は穏やかに微笑んでおりました。
……僕は、このカフェ自体が『そう』なのだと思う。君もなんとなくわかってくれるんじゃないか?」

 カフェに飛び込んだことで、命を助けられた君なら。

***

 ……これで、僕の話は終わりです。……
 はぁあぁ……疲れた……。一人で喋るのって大変ですね……。すいません、コーヒーいただきます。
 ……ふぅ。

 ……僕としては最後のマスターの話は、なんとなくわかる……かもしれないです。実感として、そういう……霊的なものを感じたことはないけれど。でも、否定はできない。
 え?当のマスターはここにいないのか……と。あぁ、それが……今日は奥様の付き添いで病院へ。幸い……と言ったら悪いですが比較的閑散としている時期なので、僕一人でもこうしてあなた様からの取材?にも対応させてもらえました。
 僕、今もここでアルバイトしてるんですよ。事故は確かに怖かったけれど……でも、僕はもうこのカフェの虜ですから。

 ……そろそろお帰りになりますか?それでは……今日はありがとうございました。あなた様のまたのお越しをお待ちしております……
 あと。

 どうか、事故にお気をつけてお帰りください。