紫輝
2025-11-02 10:37:02
6530文字
Public リとヌと御仔の話
 

お菓子を求めて下から上へ

リとヌと御仔とカボチャの日の話。諸々都合良くぼかしているのでそういう設定ということでお読み頂ければと思います。御仔、品行方正なヌ様の仔なので多分イタズラの作法知らないだろうなって考えたらニコニコになってしまった。可愛い。

 ぽてぽてと、メロピデ要塞という場所にはおよそ似つかわしくない足取りでもって少年は歩いていく。
「こんにちは!」
 良家の子息らしい、品の良さがありながら着心地と動きやすさにも配慮がされた普段着の上に今日はさらにもう一枚、フードのついたガウンのような衣服を纏った少年は、看守達の一団に元気に声をかけ。
「おかし、くだしゃいな!」
 細腕に引っかけていた籠を両手に持ち替え差し出してにっこりと笑う。「若様」「ォア」「可愛い」「国の宝」多彩な賛辞を浴びる小さな背中の後ろで相棒が脱力しながら指を振った。
「レヴィ、違うぞ! 『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ』だぞ!」
「あっ。まちがえちゃった」
 てれてれと笑う少年――レヴィの格好と行動、本来言われるはずだった台詞、本日の日付を繋ぎ合わせ、看守達は納得の吐息を落とす。そうか、今日はゴースト・パレードの日か、と。
 フォンテーヌのとある地方のとある村の風習であるゴースト・パレードの日は、冥界からやってきた住人に気に入られ冥界へと連れ去られないよう、彼らになりすまして夜を明かすものだ。逆に彼らがイタズラ目的に家のドアを叩く事もあり、そんな時はお菓子を渡して穏便にお帰りいただく必要がある。『今日』なのはこの世界と冥界との境が最も曖昧になる日だから――というのは昔々の話。今現在は老若男女、思い思いの仮装に身を包み、通りを散策したり菓子をやり取りする一大イベントだ。なおお約束として犯罪係数も上昇を見せるので、警察隊員や特巡隊員にとっては年末年始と並ぶ繁忙期でもある。因みにメロピデ要塞には遅れて“繁忙期”がくることは、想像に難くないことと思う。
 さて。そんなゴースト・パレードの日、空はレヴィ少年を連れて少年の“パパ”たるリオセスリ公爵が統べるこの要塞を訪れていた。経緯については話せば長くなるのでニ行でまとめると、
 カリスマデザイナー千織が彼のためにとアイデアと針を振るった自信作に袖を通したレヴィが、
 パパととうさまに今すぐ見てもらうのだと主張したから。
 である。千織女史はレヴィ少年をインスピレーションの泉と位置付け折に触れて衣服を贈っており、彼の衣服はそのほぼ全てが女史の手によるものなのだそうだ。「優美さと高貴さを削ると一般向けになるのよね」といつぞや語ってくれた彼女が率いる『千織屋』が、子供服界に参入する日も近いのかもしれない――そんなことをつらつらと考えている空の目の前でざわついていた看守達の中から、初老の男が進み出た。籠の中に水色と紫色の包装紙で包まれたチョコレートを落とし、やんわりと笑う。
「イタズラされては敵いませんな。こちらでご勘弁を」
「ちょこ! ありがと、じい!」
「どういたしまして。今日の若様はアビサルヴィシャップですか?」
「ん! みんなとおしょろいなの」
 じい、と呼ばれた男は、しきりにうなずくレヴィに笑みを深めた。エピクレシス歌劇場の北の地域を縄張りとするアビサルヴィシャップ達のことを、フォンテーヌに住む者なら皆知っている。彼らの特徴をフード付きガウン一枚に落とし込んだ千織女史の手技は見事の一言だ。フードにデザインされた瞳がやたらとつぶらで、ともすると威圧感を覚える触角がちょろりと――これ以外に上手い表現が見つからない――しているのが、レヴィの可愛らしさと相まって愛らしい。ゆるキャラ、と看守の誰かが呟いたのが聞こえた。きっと稲妻出身者なのだろう。
「すみません、差し上げられるのはこれくらいしか
「私はこちらを」
 男の行動で止まっていた時が動き出したように看守達が次々と籠の中に菓子を入れていく中、数人がそっと挙手しつつ口を開いた。
「申し訳ありません若様。お渡しできるものがなく
「自分も……
 律儀に一人一人に笑顔で「ありがとう」を告げてもれなく看守達の骨を抜いていたレヴィは、その言葉を聞いてうなずく。
「しょっかぁえと、おかしないひとには、ぺったんするんだよね?」
 くるりと返ったアイオライトに見上げられ、相棒が拳を握った。
「そうだぞ!」
「じゃあ、しゃがんでくだしゃい」
 ぺったんってなんだ、とそわつきつつ膝をついた看守達の前でごそごそと腹ポケットを探ったレヴィは、取り出した筒状の何かを彼らの頬に押し当てていく。
「キラキラと、くるくると、ふわふわ!」
 達成感に満ちた声に顔を見合わせた看守達はその目を見開いた。各々の頬に、ルエトワールと、巻貝と、タイダルガがデフォルメされたスタンプが押されている。同時に楽しげな笑い声が響いた。
「若様には遠く及ばんが可愛らしくなったな」
「やめてくださいよアルバートさん
「いや死ぬほど似合わんでしょう」
「いいなぁ。さっきのおやつ食べちゃっとけばよかった」
 やいのやいのと盛り上がる看守達に「インクは水性なので」としっかり説明してから、一行は公爵執務室を目指すのだった。


「パパ!!」
「あれ、レヴィ? と、お二人さん。珍しいな。どうした」
 道中お菓子と「ぺったん」の被害者、何故か希望者も増やしながらやってきた執務室で、レヴィはリオセスリに飛びついていく。それを当然のように受け止めてから首を傾げたリオセスリに、空は軽く手を振った。
「こんにちは、公爵。今日は千織店長からの依頼と俺の独断で、レヴィのゴースト・パレード体験の途中」
 店長、と呟いたリオセスリが、まじまじとレヴィを見つめる。相棒の「フード取れてるぞ!」に慌ててそれを被り直したレヴィに、フロスティブルーがやわらかく融けた。
「なるほど。可愛いアビサルヴィシャップだな」
 ちょっとここに立って、ゆっくり回ってくれるかい? うん、可愛い可愛い。そうか、ボタンが背中側についてるのか。背鰭のデザインをここに活かしてるんだな。うんうん、レヴィはフードもイケるな。まあなんでも似合うが――そうしてにこにこと、レヴィを褒めちぎりながら監視者を飛ばす父親に、レヴィは誇らしげに笑っている。ちょっと怖いぞ、と呟いた相棒の口はそっと手のひらで覆っておいた。父子おやこの楽しい時間に水を差すわけにはいかないので。
 一通り撮影会を終え、「おいで」と招かれたリオセスリの腕の中でご機嫌に笑っていたレヴィが、「あっ!」と、そのアイオライトを見開く。
「パパ、えと、おかしとイタズラどっちがいい?」
選ばせてくれるのかい? 斬新な脅し文句だな」
「レヴィ、どうしても「イタズラするぞ」が言えないみたいで」
 目を丸くするリオセスリに苦笑いながら補足を入れると、公爵閣下は楽しげに肩を揺らし。
「ヌヴィレットさんに似て真面目でいい仔だからなぁ。俺たちは少しくらいいたずらっ子でもいいと思ってるんだが」
 フード越しに頭を撫でられたレヴィはううんと唸る。
「だって、テーブルとかかべにおえかきしたりひきだしひっくりかえしたりしたらパパととうさまこまっちゃうでしょ? あと、おやつはみんなでたべたほうがおいしいもん」
 でもないしょでベッドぴょんぴょんしちゃう
 イタズラに対する持論の最後にもごもごとされた自白に思わず笑ってしまった。『ないしょ』が内緒でなくなったことにきっとこの仔は気づいていないのだろうなと思ったので。ちらと目をやったパパ爵様は、自白を掘り下げる気はないようだった。そうかい、と優しくうなずいて、ちいさな手に焼き菓子をのせる。
「世界一可愛いアビサルヴィシャップのお客さんにこれを進呈しよう」
「あぅ……
 手の中に収まったそれに、レヴィは何故か眉を下げた。ちらちらと菓子と己の顔を行き来するすみれ色の視線にリオセスリは首を傾げる。苦手なものは入ってないはずだが、とテノールがこぼれるのに、レヴィの視線の向く先に『ポケット』が増えて。
「あのね、あの、ぺったん、パパのがあるの」
 ぽしょりと告げられたそれが耳に届くやいなや、レヴィの手の上の菓子がリオセスリの口の中に消える。
と、思ったがすまない。実は今物凄く甘いものが食べたかったんだよな。あげられる菓子がなくなっちまったから、イタズラで許してくれ」
 そうしてにこ、と微笑んでみせるリオセスリの様に、相棒と二人感嘆のため息をついてしまった。なんだったらおお、とか呟いてしまったし、拍手もしてしまった。常々思っていることではあるが、レヴィ(とヌヴィレット)に対するリオセスリの気の回し方は自然で手厚い。一流ホテルのコンシェルジュ並みと言っても過言ではないだろう。ぱち、とアイオライトを瞬いたレヴィがぱあと表情を輝かせる。ポケットを探って取り出した『ぺったん』を握りしめ何かを悩んでいたレヴィは、リオセスリの左腕にそれを押し当てた。
「できた!」
 にこにこと笑うレヴィの手でリオセスリの左腕に「ぺったん」されたのは、丸い頭に長い首、丸いボディのもっちりと可愛らしい海獣の姿だ。以前ヌヴィレットにもらった杓とよく似ている。もしかしたら同じ生き物なのかもしれない。ちなみにレヴィの持っている『ぺったん』はデフォルメされた海の生き物たちが数種類と、ご両親専用のそれが二種類だ。ご両親からおやつを受け取ってしまうとそれらが日の目を見る機会は失われるわけだが、そこはレヴィの素直さと彼を溺愛するご両親の察しの良さでなんかいい感じにまとまるだろうというのが空と相棒の総意だった。見事に予想が大当たりして何よりだ。
「おっと、こいつは随分と可愛いイタズラをされちまったな。ちょうどいい、ヌヴィレットさんに自慢しよう」
「ごめん、もしかして出かけるところだった?」
 くつくつと笑うリオセスリの言葉の中にあった六文字に間が悪かったかと見やった机の上には何かの資料がある。可愛がっている息子の訪問をタイムスケジュールに支障が出るという理由で厭わしく思うなどリオセスリに限ってあり得ないがそれはそれ。時間大丈夫かなを含ませた空の問いに、彼は軽い調子でうなずいた。
「面会の予定があったが問題ない。茶菓子を選ぶ時間をたっぷりとってるからな」
「パパ、おでかけ?」
「ああ。とうさまのところにな」
「おちゃのひだ!」
 サプライズしようと思って隠してたんだ、と笑う父親にレヴィは快哉を上げ、たった今イタズラしたばかりの腕を取ってぐいぐいと引く。
「はやくいこ!」
「あんたらはどうする? 元のプランではこのあとパレ・メルモニアに戻るつもりだったんだろ?」
 僕もお菓子選ぶ、とふすふす意気込むレヴィの頭を撫でたリオセスリに首を傾げられるのにひらひらと手を振った。
「そのつもりだったけど、公爵がいるなら護衛はいらないだろうし、家族水入らずを邪魔するのもなんだし。千織からの依頼は完了したし、報告に行くよ」
 空の写真を心待ちにしているだろう『店長』の名前を出せば、いつもありがとうと伝えてくれと伝言を託される。任せてと親指を立てて、『なりきりヴィシャップ』は普段使いの防寒具にもなるからと、レヴィを送り届けたときにヌヴィレットに伝えるつもりだった千織からの伝言も伝えてしまって。
 せっかくなので父子を廷内までワープポイント送迎して、空は追加任務欄に『完了』のスタンプを押したのだった。



「かごいっぱいになっちゃった。くだしゃいなしてないのになあ」
「そうだなぁ」
 聞いた話と違う、と首を傾げる息子の嬉しさより困惑の色濃い一言にリオセスリは肩を震わせる。ゴースト・パレードの装飾がされたナルボンヌエリアに足を踏み入れ、茶菓子を選びパレ・メルモニアへ向かうまでに、レヴィの持つ籠は様々な菓子でいっぱいになっていた。道行く人や商店主が「あら可愛い」やら「楽しんでくださいね」などと声を掛けてきては籠に菓子を入れてくれたからだ。ちなみに一部溢れたのでリオセスリが大切に預かっている。
 そうして訪れたパレ・メルモニアはやはり国の中枢らしくいつも通り厳格な雰囲気を――一部和らげているようだった。主に市民対応を行う課に所属する共律官たちが、頭の上に小さなかぶり物を乗せていたり、伊達眼鏡をしていたり、胸元にマスコットを留めたりと細やかな仮装をしている。この分であればもう少しくらい、レヴィにゴースト・パレード体験を継続させてやれるかもしれない。そんなことを考えつつたどり着いた四階がこちらを見てざわつくのは予想通りで、「坊ちゃま」「可愛い」「天使かな」「ひえ」なんて語彙の溶けたものを含む賛辞が心地良くいっそ誇らしい。親ばか上等だ。なにせうちの仔は世界一可愛いので。
「まだ約束の時間まで少しあるから、『くださいな』していくかい?」
「えと
 レヴィは普段のパレ・メルモニアの雰囲気を知っている。ちらと場を窺う様子に返るのは概ね期待のこもった視線だ。一日を頭脳労働で終える彼らはそのほとんどが菓子を携帯しているのだろう。いつでもどうぞの心意気を感じる。一部気まずそうなのは菓子の手持ちがない共律官なのかもしれない。
「あとで俺がとうさまに説明しておくよ。みんなレヴィと遊んでくれただけだって」
 例えばこの件で伴侶が苦言を呈することはないだろうけれども、最後にひとつ背中を押してやれば、ちいさな頭がうんと傾ぐ。一番近くのテーブルへそっと近づいたレヴィは両手で籠を差し出して。
「おかし、くだしゃいな!」
 意識しなければやっぱり『イタズラ』の選択肢を忘れてしまうらしい息子と、愛らしい笑顔に心臓を打ち抜かれているのだろう共律官達の表現が難しい顔に肩を揺らしつつ趨勢を見守っていれば、彼ら彼女らは次々に手持ちの菓子を籠に入れてくれる。
「すみません、坊ちゃま。お渡しできるものがないのですが
 この場合はイタズラになるんでしょうか、とそろりと手を挙げつつ問いかけてきた一人の共律官に、レヴィはこくりとうなずく。
「おかしないひとはね、ぺったんするから、しゃがんでくだしゃい」
「あ、はい。ですがあの、ぺったんとは
 疑問符を浮かべつつ律儀に腰を落とした共律官の頬に、レヴィがスタンプを押し当てる。
「ひらひらね!」
 揺らめく海藻で頬を彩られた共律官が困惑し、彼の同僚達が楽しげに笑い、何人かが手にしていた菓子を引き出しの中に隠すのまでをしっかりと視界の端で捉えつつ、リオセスリは沢山もらえて良かったな、とその頭を撫でるのだった。


「呼んでくれればいいものを」
 執務室にやってきた世界一可愛いアビサルヴィシャップをひとしきり褒め、愛で、膝の上に乗せたヌヴィレットが不満げに言う。その右手の甲では狼のスタンプが誇らしげに存在を主張していた。曰く『とうさまのぺったん』だそうだ。今日は『お茶の日』になるからと菓子の類いを用意していなかったヌヴィレットのおかげでスムーズにそれを使うことに成功した息子から『ぺったん』の話を聞きリオセスリの左腕の海獣を見てとろりと微笑った伴侶は、扉一枚隔てただけの場所で行われていたちょっとしたお祭りを見物できなかったことに拗ねてしまっているらしい。常ならば致し方ないと飲み込みもするがとむっすり続けるヌヴィレットをレヴィが振り仰ぐ。
「とうさまもおかしほしかった? ぼくね、きょういっぱいおかしもらったから、いっしょにたべよ! パパも!」
……そうだな。ありがとうレヴィ。どんなお菓子をもらったのかとうさまに見せておくれ」
「ありがとう。何があるか楽しみだなぁ」
 そうではなく、と言いかけて、けれど息子に事情を説明するのは気恥ずかしいし違う気がする、そも困難であるから、結局全て飲み込んで感情を不満から息子の優しさへの感謝と愛おしさに全振りすることにしたらしい伴侶の気持ちが手に取るように分かってしまった。色々な意味で微笑ましいが、ここでそれを表に出してはせっかく凪いだご機嫌がまた傾いてしまう。息子の頬を撫でている伴侶に倣い、リオセスリも覚えた微笑ましさを家族への愛おしさに全振りしたのだった。