白殊皎(しらよし こう)
2025-11-03 12:00:00
4661文字
Public FGO【歳勇/土近】
 

巡礼の暗澹たる道行き

FGO【歳勇/土近/としいさ/ひじこん】
土方が迷い込んだのは悔恨の闇。
その果てにあるものは──

このタイトルは第1回【白殊にタイトルを投げつけよう】企画でいただいたものになります。
ありがとうございます!



──ちくしょう、なんだっていうんだ。

 その呟きは音にならず消えてゆく。
 土方歳三は吹雪の中にいた。
 見渡す限りの雪原にそびえ立つ何かが見える。
 あれは──

 雪を踏みしめる感覚はなかった。だが寒さと抵抗感だけははっきりとある。
 少し進んで辿り着いたそれは白亜の城郭。
 土方にとって、それはこれ以上ないほど見覚えがあった。

──五稜郭

 生前の自分が最後に拠点としたその場所。
 確かに最初この地に至ったのは十月の終わり。
 冬の早い蝦夷地ここで雪に見舞われた事もあるが、そこには違和感しかなかった。
 はじめはマスターが自分との共鳴で、過去を辿っているのかとも思ったがそういうわけではなさそうだ。

 頭の中に激しい痛みとノイズが走る。
 視界に砂嵐のような映像が走ったかと思うと場が変わった。

 足下の草を蹴散らして両軍が激しくぶつかり合う。
 記憶にあるあの装備は自分たちと、新政府軍だ。
 馬上にあるのは──土方歳三、自分自身。
 やがて乱戦の中の、そのうちの一つでしかない銃声。
 腹部に銃弾を受けた土方はゆっくりと崩れ落ちていく。
 〝それ〟をサーヴァントの土方は無感情に見下ろしていた。

──あぁ、そうだ。
 人間としての自分はここで死んだ。
 だから何だというのだ。
 その事に何の感慨もない。
 死してもなお、自分はこうして走り続けている。

 再び頭痛が起こり、場面が変わる。
 どこかで見た屋敷の、見覚えのある廊下。
 そこを洋装の軍服姿の自分が歩んでいく。
 そして……
『近藤さん』
 その自分は確かにそう口を形作った。

──ッ!!

 ふすまを開けたその先には、その人がいた。
 蒼混じりの長い髪を後ろへ流し、黒の着流しで肩に同じような黒い羽織をかけてゆっくりと紫煙をくゆらせながら。
 やがて土方が部屋に入っていくと襖は閉められ中の様子はうかがい知れなかった。

 幕が引かれるように視界が変わる。

 土方はその部屋の中にいた。
 部屋は空っぽで、誰かが座っていたと思われる敷物の上には、折り目正しく畳まれた黒色の新選組の羽織がのこされていた。

──クソッ……
 なんだ、俺に何をしろと言うんだ!!

 土方がそう呟いたその時、襖が開き現身うつしみの土方が姿を見せた。
 そして、部屋に誰もいない事に気付くと手に持った刀を取り落とす。
『こんどうさん』
 自分の声を聞いた時点で、土方の視界は黒に塗りつぶされた。

 ざわざわと群衆の声が聞こえる。
 土方が目を開けると、また場所は変わっていた。
 竹が籠目に編まれた敷地の中で、後ろ手に縛られた男がその時を待っていた。

──やめろ、やめてくれ……
 なんで、なんで、なんで!!
 この場所に自分はいなかったはずだ。
 なのに、どうして!!

 竹垣を打ち壊してでも駆け寄りたかったが、群衆に阻まれそれができない。

 時間が来たのか処刑人が背後に立つ。
 振り下ろされる刀と共に、その美しい首が、落ちた。

──ウォアアアアアア!!

 土方は狂気そのものの、音にならぬ叫びを上げた。
 暗転した視界を手にした刀で切り刻み、持った銃を乱射する。
 何も手応えがないと知っても狂化で理性を焼き落とされた身体はそれを振るうのをやめなかった。

 ばさり、と初めての微かな手応えを持って闇が切り払われる。

 開けたのはどこかの河原。
 幼い少年が木刀を振っている。

 その少年の背後に、狂気に囚われたままの土方は立っていた。
『さぁ、其奴そやつの首を落とせ』
 脳内に何者かの声が直接入り込んでくる。
『あぁ、甘美、甘美、甘美。お前のその狂気で、断ち切るのだ未来を!!』
 言われるがままに土方が刀を振り下ろそうとした瞬間、少年が振り向いた。
 その顔を見て、土方の動きが止まった。

 蒼混じりの黒髪、白銀しろがねと黒曜の瞳、抜けるように白い肌。
 それはまさしく──。

 振り返った少年はすこし首を傾げる様子を見せたあと、素振りに戻る。
 土方の姿は見えないようだ。

──かっちゃん。

 土方の狂化が、徐々に薄れていく。

『何をしている、早くその子供ガキを斬ってしまえ!』
 脳を揺さぶる声が忌々しげに響く。
『そうすればお前は楽になれるのだ、もう、狂い走り続ける必要などなくなるのだ』
 その声を聞きながらも、土方は刀を下ろした。
「──…………な」
 呟いて、そこで初めて自分の声が音になっていることに気づいた。
「ふざけんじゃねぇ!」
 土方の声と共に、河原の映像ヴィジョンは砕け散り、漆黒の空間に舞い戻った。
「どこのどいつだか知らねぇが、近藤さんは消させやしねぇ!!」
 土方を中心にほむらのような魔力が集まる。

「誰にも、俺の誠は、斃させねえ!
 俺が、此処だ! 新選組だ!」

──不 滅 の 誠しんせんぐみ

『なぜだ、何故拒む。楽になれるというのに………………
 土方の放った宝具の威力は凄まじく、空間を捻じ曲げ、壊し、声の主ごと消滅をさせた。

 同時に地面の感覚もなくなり、土方は虚空に放り出された。
「そうさ、誰にも……触れさせやしねぇ……
 このまま落ち続ければ、きっと自分は消滅するだろう。
 そんな確証があった。
──それでよかった。
 あの人を護れたのだから。
 くらき京で、奇跡の邂逅を果たした自分の誠。
 たとえ、二度と逢えない人であっても……
「近藤さん……






「土方くんのバイタル・メンタル共に低下! このままじゃ霊基が保たない!!」
 医務室にダ・ヴィンチちゃんの緊迫した声が響く。
「そんな……
「副長!」
「マジっすか……なんで……
「土方くん!」
「土方さん! 沖田さんに負けたまま逝くなんて許さないですよ!!」
「どうなってんだ、昨日までピンピンしてやがったのに!」
 土方歳三は今朝廊下で突然倒れ、人事不省に陥った。
 えにしをもって繋ぎ止められないかと新選組の隊士たちが集められたのだが、土方の意識は戻らなかった。
 ついには退去を知らせる光が土方の身体を包む。
「霊基グラフからも消えかかっている……。もぅ……
 ダ・ヴィンチちゃんが肩をがっくりと落とす。
 この状態のまま消滅をしてしまえば、土方は恐らく座に帰ってしまうだろう。
 また再召喚出来たとしてもカルデアでの記憶を持っているとは限らない。
 土方の存在はカルデア内で大きかった。
 まだ戦力が薄かった頃に召喚され、その力で数多の困難をマスターと共に乗り越えてきた。
 彼がいなくなれば、カルデアを支える柱が一本抜け落ちるも同然だ。
 誰もが土方の消滅を覚悟した時、ドンっと医務室の扉を叩く音が聞こえた。
──待って、落ち着いて。今開けるから!
 少女マスターの声がして開いた扉から駆け込んでくる影があった。





「──ということで、数時間前までキミは大変な状態だったんだよ」
 やれやれ、と言うようにダ・ヴィンチちゃんは長く嘆息たんそくした。
……それは悪かったな」
 医務室のベッドの上で胡坐あぐらをかきそれを聞くのは当の本人・土方歳三。
 彼はついさっき目を覚ましたばかりだ。
「まぁ、仕方ないか。不可抗力というやつだったしね」
 眠っている間のことをまずはと簡単な聴取を受け、検査及び調査が必要かもとはなったが、数時間前まで人間でいうのなら危篤状態にあったのだから、調子が戻るまで休暇を取っていいと言われている。
「で、誰なんだ。そんな状態の俺を呼び戻したってのは?」
 土方にはあの闇の中で意識を失って、その先の記憶が一切無い。
「もうすぐ来るよ」
 ダ・ヴィンチちゃんの言葉と時を同じくして、ドアが開く。
 そこには──
 白銀に紅と黒を従え、左右少しずつ違う紅の瞳、磁器のようにすべらかな肌に漆黒の衣装。
 かの特異点で変貌を遂げ、黒の剣士と呼ばれていた新選組局長・近藤勇の姿がそこにあった。
「こんどう、さん……
 ひゅ、っと土方の喉が鳴る。
「としッ……!!」
 近藤勇はそのまま土方に駆け寄り、抱きついた。
「よかった……目を覚ましてくれて、よかった……
「近藤さん……なんで……
 マスターは近藤を召喚できていなかったはずだ。
 やはり自分の願いは果たされないのかと土方は思い、それでも自分は走り続けるのだと覚悟を決めていた。
 その近藤が目の前にいる。
 自分の胸に顔を埋めて熱い涙を流し続けている。
 触れれば壊れてしまうのではないか、見るはずのない夢を見ているのではないか、そう思ったが、この夢は覚めることなく……
「近藤さんッ……!!」
「歳……とし……!!」
 二人は抱擁しあい、再会の奇跡に涙を流した。



 一緒に来ていたマスターに聞けば、土方がいよいよ危ないとなった時、召喚サークルが勝手に起動したらしい。
 土方の事もあったが尋常ならざる事態にマスターが駆け付け、言霊を述べると、この姿の近藤が召喚されたという。
 なぜか近藤は土方が危機にあることを知っていた。
『何でもする、歳に会わせてくれ』
 そうマスターに懇願し、契約もそこそこに二人で医務室にやって来たという。
 驚く新選組の隊士たちを尻目に土方の眠るベッドに駆け寄ると、いきなり唇を土方の口にあわせ──つまり、公衆の面前でキスをしたのだ。
 すると土方の消滅は食い止められ、すぐにとは行かないまでもこうして目を覚ましたということのようである。
──多分魔力供給が目的だったと思うけど、流石にびっくりしたよ。
 マスターはその時の様子をそう語った。

「近藤さん、なんで俺が危ねぇとわかったんだ?」
「わからない……ひょっとしたらこの霊基が関わっているのかもしれないが……
 散々泣いてお互い正気に戻った頃には、土方が目を覚ましたという知らせを聞きつけた新選組の隊士たちが揃っていた。
「いつまでやってんだよ……
「まぁ、一五〇年ぶりの再会だし、ね?」
「はー。相変わらず情熱的っスね」
「ははははは……
接吻せっぷんで目を覚ますのはお姫さまの専売特許じゃないんですか!?」
「乳繰りあうならよそでやれや!」
 わいのわいのと隊士たちにツッコミを食らう。
「だーっ! うるせぇお前ら!! 近藤さんの前だぞ、もうちょっと口を慎めねぇのか!!」
 ついに土方が切れると、近藤はくすくすと笑い始めた。
「おいおい、近藤さんまでこいつらの味方かよ」
 それを見て土方はげんなりした顔を見せる。
「いや、違うんだ歳」
 近藤はそこで言葉を切って土方を見つめる。
「皆に祝福されて、幸せだな、と思って」
……そうかよ。──ならいいや」
 土方は照れくさそうに言いつつも、近藤を再び抱き寄せた。
「どんなに冥い道行きでも、俺はあんたがいれば進む事が出来る。これまでも、これからも……
……歳」
「だから……今度こそ、ずっと傍にいさせてくれ」
「あぁ……〝私〟もだ。この手はもう、離さない」
「あーもう、またくっついてますね。ちょっとは周囲の目も気にしてくださいよ!!」
 その二人を見て、共通の幼馴染みが声を上げる。
 それを皮切りにその場は笑いに包まれた。



 二人の、新たなる道行きを祝して──。