月見
2025-11-02 01:09:01
3146文字
Public シャリエグ
 

渡すが損(シャリエグ)

ワンドロ企画お題「絆創膏」より
シャリエグは匂わせのみで基本マチュとザベがやいやいしてる

「ん」
 路地裏の一角で、ずい、と目の前に翳されたものにエグザベはきょとんと目を瞬かせる。
「ん!」
 はて、と小首を傾げていると、急かすようにソレはさらに、今度は胸元に強く押し付けられる。
「こんなんしかないけど、貼っときなよ、それ」
 相手、アマテ・ユズリハは声と同じく険しい、不服さを露わにした顔で、その小さく細い手に握りしめたものをエグザベに受け取れと、使えと迫った。
「ああ、なるほど、ありがとう」
 別に大したことはないんだが。礼を言いながら受け取るエグザベに、どこか罰悪そうに、意地のように顔を背けていたアマテはバッと勢いよくエグザベを正面から睨む。打ち捨てられた酒瓶のケースに腰かけたエグザベに対し、アマテが立っているから叶った目線の高さの一致だ、などと指摘する者はいない。
「大したことないわけないじゃん、顔ボコボコだし血出てるしさっきお腹も押さえてるの見たからね! そんなアンタそのままにするの、寝覚め悪すぎじゃん」
 私を庇ってだし、ヒゲマンが何言うかも怖いし。グワッと吠え立てた後はまたプイと横を向き、ぼそぼそと呟く。その呟きもエグザベの耳はしっかりと拾い、苦笑いをしながらアマテが突き付けたものを、絆創膏を言われた通り口端に貼る。なにやらクラゲのプリントがされた絆創膏だった。
「任務に協力してもらってるとはいえ、ただのとは言えないが君は民間人だからな。そうでなくてもあんなのを相手させられないだろ。むしろ僕が無事で君が暴行された方が中佐は怒るさ」
 そう、任務だ。ゼクノヴァ、サイコミュ絡みの任務がシャリア率いる特務部隊に降り、どうしてもその対象地域をしばしの拠点としていたアマテ、そしてニャアンの手を借りる必要が出た任務だった。
 エグザベはアマテと行動を共に、もとい現地の案内をされながらよからぬことを企てているらしい集団の情報を探っていたのだが、そうした輩が巣食うだけあって現地の治安は良くない。その中でも特に荒れた地区で動いていた中で、例によってならず者たちに絡まれた。
 目的たる組織の末端か、ただのチンピラかは判断が付かなかったが、どちらにせよ危害を加えようと見慣れないよそ者に眼を付けたのは間違いなく。
 エグザベは咄嗟にアマテを逃がして一人襲撃に立ち向かった。否、素直に奮われる拳や脚を受けた。「怪しい者じゃない、ただ迷っただけで」というあまりに常套句が過ぎる誤魔化しと愛想笑いは当然なんの抑止にもならず、かといって反撃してことを荒立てても良くないだろうと結果的にただ鬱憤が溜まっていただけらしいチンピラたちの捌け口として好き勝手に殴られ蹴られたのが顛末だった。
「刃物や銃器を持っていないのは確認したし、手や急所は外したから問題ない」というエグザベの主張はアマテの気に入るものではなかったようで、貰った絆創膏で切れた口端を覆う様をジトリと睨まれて終わった。
……ザベさぁ、いつもそんな感じなの」
「そのザベってどうにか……いや、良い。そんな感じって?」
「うわ無自覚。これ単なるイイヒトとは違うと思うんだけど」
 どうなのコモリン~と何故かこの場に居ないコモリに愚痴り始めたアマテにエグザベは困惑となんなんだという小さな苛立ちを覚えるしかなく、実際に口に出せば呆れたように溜息を吐かれた。
……助けてもらったのはその、ありがと。私も普通にザベのこと囮にして逃げちゃってさ……
「それは気にしなくていい。あれが最善で、当然だ。それに僕のは本当に大したことじゃないし慣れてる」
「ほらそれ。慣れんなっての。軍人でもボコボコにされるのが当たり前じゃないのくらい私だって分かるんだからね。ちょっとは気にしなよ、つかこっちが気に病むの分かれよ」
「ええ……
 困ったように頬を掻いて、それが傷に当たって「いてっ」と小さく呻くのに呆れながらアマテは表情を緩めない。
「気に病まないように言ったんだが……
 付け加えた言葉はアマテの逆鱗に触れたようで、ぐわりと嚙みつくように身を乗り出される。
「嘘だね、ザベ、そもそも当たり前って思ってるじゃん。殴られるのも見捨てられるのも」
「見捨て……いや、違うだろ」
 飛び出した穏当ではない単語にエグザベは否定するが、本物のニュータイプとしての直感でも働くのかアマテは譲らなかった。
「助けがないっているか、協力して切り抜けるとか考えてなかったじゃん。今は私と組んでるのに、ううん、私とじゃなくても、アンタそういうの考えないんだ」
 赤みがかったミントの瞳がエグザベを真っ直ぐに貫く。糾弾、否、叱り付ける。
「頼ってないって言うか、期待してない感じ、ムカつく」
 離している内にヒートアップしてきたのか、ううう、と子犬が牙を剥いて唸るようにアマテはエグザベへと怒りを口にした。しかしその顔は怒りというよりももっと切実な、強いなにかを秘めていて。エグザベは6つも年下の少女に気圧される心地になっていた。
「そうだよ、私さっき、ザベのこと見捨てたんだ! 悔しい、アンタのこと、つまんない奴だと思うし嫌な思い出多くて別に好きじゃないけど、でも悪い奴じゃないの分かるし、なのに私見捨てた格好になったの、さいあくだ」
 ぎゅうっと拳を握り、唇を噛み締めるその顔は嗚呼、本当に心から悔しがり、そしてひたむきにエグザベに怒り労わっていた。眩しく、純粋に。
 エグザベは息を呑む。そして、己の行動が彼女を、この未だ少女でありながらも強く真っ直ぐなこどもを、傷付けたのだと自覚した。恐らくは今まで、彼女以外の幾人も、こうして傷つけてきたのだろうことも。エグザベはようやく、初めて、心から実感できた。 
「ぁ……
 喉の奥で言葉に詰まる。自分の過ちにつての反省は後だった。今は、この傷付いても強く在れる、即ち傷付きはしてしまう少女を如何にケアするかが最優先だったが、エグザベは自分の話術が巧みさとはかけ離れていることも自覚している。
 どうすれば、と逡巡している間にアマテの方が気持ちを切り替えたのかくしゃりと歪んでいた表情をキリリと整えた上で、なおも止まらないらしいエグザベへの文句を続けた。
「それにザベ、ヒゲマンのだし。なら余計こんなにボロボロにされて良い訳ないじゃん。なのにザベは全然それで良いって顔してるのもムカつく。アイツらにも私にもアンタにも、なんかもう全部ムカつく」
 ジークアクスで暴れたい。段々と真っ当な𠮟責から愚痴めいてきたアマテが最後にぼそりと付け加えた、不穏な言葉。
「待て待て待て! とにかく悪かった、この件についてはまた後でな! 一旦中佐たちと合流するぞ!」
 アマテならば本当にやりかねない。エグザベは慌てて立ち上がり、どうどう、と失礼も甚だしい宥め方をしながらアマテの手を引くようにして駆け出した。

 そんな状態だったから、エグザベが気付いたのは後になってからだった。

────僕が中佐のって、なんだ?

 当たり前のように口にされたアマテの認識。いや、確かに上司と部下なのだから所有格で語られるのも間違いではないのか? でもそんな感じでもなかったような。そんなことを、合流地点が見えてくる頃にようやく気付き考え始めて。


 数時間後、アマテの前に謝罪や対話のために現れたエグザベの顔には、アマテが渡した可愛らしいそれ以外にも、むしろそれに負けじと他の絆創膏が幾つも貼られていて。
それ見たアマテは盛大に噴き出した後、それを貼り付けた彼の上官に「うわぁ」と胡乱な半目を向けることに忙しく、果たしてエグザベが試みた真面目な話し合いや謝罪が達成されたかは、語るべきではないのだろう。