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2025-11-01 23:28:31
3923文字
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2025.11.01 カピオロワンライ『食欲の秋』

いつものことながら隊長復活IF

※隊長復活IF


温暖な気候のナタであるが、季節の移り変わりというものはある。これから少し肌寒くなるだろうという秋口の頃、オロルンは『隊長』の部隊が未だ駐留している駐屯地へと赴いていた。
「オロルン、剥いた芋はここでいいか?」
「ああ、ありがとう。そこの水につけておいてくれ」
ひょろりと背の高い、普段は炎銃を担いでいる兵士が手ごろなナイフを手に芋を剥いてオロルンに渡した。じゃがいも、にんじん、たまねぎに大きく切ったキャベツ。オロルンが手塩にかけて育てた野菜たちが丁寧に処理され、炊事場の鍋に放られていく。和気あいあいと炊事担当の兵士と調理を進めているところに、ぬっと大きな黒い影が現れた。
……何をしている」
『隊長』――ナタを窮地から救った英雄であり炎神に課せられた代償を請け負ったその人は、夜神の画策により再びこのテイワットの世界を歩むことになった。スネージナヤの女皇から今後の動向を命じられるまでの間、復興に尽力していた彼の部隊と共に、こうやってナタに留まっている。
「隊長!いいところに。これを良い感じに切ってくれ」
執行官第一位の男に臆することなく、調理場を取り仕切っていたオロルンが塩漬けの肉の塊を隊長に押し付ける。仮面で見えないが困惑した表情をしているのは手に取るように伝わってくる。手伝ってくれている炎銃術士は躰をプルプルと震わせていた。
「俺は何をしているのかと尋ねたんだが」
「見ればわかるだろう、ご飯を作っているんだ」
辺りを見てみればオロルンがいつも野菜を持ってくるときに使う麻袋が落ちている。その中身は既に炊き出し用の大鍋にすっかり収まっていた。隊長はハァとひとつ溜息を吐いてオロルンに向き直る。
……物資は本国から届いていると、前にも言っただろう」
大戦も終わり平穏な世が訪れたことで、以前よりも物資の輸送はスムーズだ。花翼の集に港が開かれ、ナド・クライ経由の船便が可能となったのが何より大きい。
「新鮮な野菜を食べることも大切だ!あんなのばかり食べていたら栄養が偏ってしまう。ここにいるみんなは身体も大きいんだから、平時の時はしっかりした食事を摂るべきだ」
僕はみんなの為を思っているんだぞ、とばかりにむっと頬を膨らませる。『隊長』とオロルンの間に僅かばかりピリッとした空気が流れたのに耐えかね、炎銃術士が口を開いた。
……『隊長』様、自分からも一つよいでしょうか」
……言ってみろ」
「『隊長』様がお眠りになられている間、残った我々は非常時ではないとのことで物資供給を減らされておりました……命令に無い行動を女皇陛下がお許しになられていたことだけでもありがたく思うべきなのですが。それで、復興を手伝う代わりに炎神から対価を頂いてはいたのですが、我々はほら……身体も大きい男所帯です……どうしても軍用携帯食では限界がありました」
……苦労をかけたな」
「いえ!『隊長』様を責めたいわけではありません!……我々が我々の意志で残ったのですから。話を戻しますが、そんな我々を助けてくれたのがオロルンなのです。『隊長』様がお目覚めになる前からこうやって時折、我々のために手料理を振舞ってくれているのです。楽しみにしている隊員も多いのです。どうか、お許しを願います」
それを聞いた『隊長』がオロルンを見やれば、そうだぞ、と得意げに頷いている。
「成程。事情は把握した……オロルン、世話になったな」
「わかってくれればいいんだ。さあ、調理の続きをしよう。君も食べるだろう?それを賽の目に切ってくれ」
「ええ!『隊長』様のお手を煩わせることなんてできません!その肉は私が処理しますので」
「構わん。俺がやる」
ころころと四角く切られた肉にこんがりと焼き目を付け、同じく焼き目をつけた野菜とあわせてじっくりと煮込む。おなかいっぱいになるようにと心を込められている、ごろごろとした食べごたえのある具材のスープが鍋いっぱいにできあがった。

「おお……みんな食欲旺盛だな」
肌寒くなり始めた頃だというのもあってか、ファデュイ兵の食欲はいつにも増して凄かった。あんなに沢山煮込んだのにあっという間に鍋底がみえそうだ。次はもっと寒くなるし、より暖かいものを――いっそ、スネージナヤ料理のレシピを聞いてみてもいいかもしれないとオロルンが考えていると、本日二度目の黒い影がのそりと現れた。
「遅いぞ、『隊長』。もう最後の一杯だ」
鍋の中に残っていたスープを全て大きめのスープ皿にたっぷりと注ぎ、オロルンは器を隊長へと差し出した。隊長はそれを受け取ろうと手を差し出そうとしたが、一瞬何か考えた後その手を下げた。
……?どうした、食べないのか?」
……皆に配るばかりで、お前も食べていないだろう。それはお前が食べるべきだ」
「これは僕がファデュイのみんなのために作ったスープだ。みんなには勿論、君も含まれている。だからこれは君の分だ」
「俺は栄養を取る必要は」
「あるだろう?もう君の身体は普通の人と変わらない状態にあると夜神様から聞いている。だから君もしっかりご飯を食べるべきだ」
……あの女神、余計なことを」
仮面の下で顔をしかめていると、スープ皿がぐいと押し付けられる。湯気の立つ温かなスープから豊かな香りが立ち上り、鼻孔から空腹を煽っていく。
くぅ。
……もしかして、今の音」
「お前は何も聞いていない。いいな?……仕方ない、お前がそこまで言うのであれば頂こう」
「ああ、冷めないうちに食べてくれ」
にこにこと嬉しそうなオロルンの隣に腰かけ、受け取ったスープを口に運ぶ。ごろごろとした野菜に歯を立てればほくりと崩れ、やわらかな甘味が口の中に広がる。塩漬け肉から出た旨味がスープ全体をまとめあげ、ほどよい塩気がさらに食欲をそそった。
……美味いな」
「よかった、君の口にも合ったみたいだな。野菜たちも君に食べてもらえてとても喜んでいると思う」

くぅ。
もくもくと食べ進める隊長の横で嬉しそうにしていたオロルンだったが、暫くして彼のお腹からも可愛らしい音がなった。スープの中身はもう半量ほどになっている。
……やはりお前も空腹ではないか」
……バレてしまったか。でも僕は帰ってからまた食べればいい。気にせず全部食べてくれ」
隊長はふむ、と少し考えて匙を置いた。
「隊長、気にせず食べてくれと言っているだろう。……もしかして君、小食だったのか?その身体で?」
「そういうわけではない。少し待っていろ」
スープ皿をオロルンに預けた隊長が席を立ってどこかに行ってしまった。
本当は美味しくなかったのだろうか?彼の好みの味はどんな味なのだろうか、スネージナヤ料理、いやカーンルイア料理を勉強するべきかと残った具材をスプーンでつついていると、何やら缶詰を持った隊長が戻ってきた。
「戻った。これを食べるといい」
「これは何だ?まさか軍用携帯食……
固くて詰まっているそれがあまり好きではないオロルンが眉を寄せる。
「そうではない。……まぁ、まだ軍用には許可が下りないし、量産が難しいそうだ。だが試しにということでナド・クライからの荷に入れてこられた」
カシュ、と缶詰についていた爪を起こして蓋を剥ぎ取る。蓋を開けられた缶を渡されたオロルンが中を覗き見ると、そこにはふかふかの何かが詰まっていた。
「これは……パンか?」
「ああ。空気を抜いて封をしておくことでいつでも柔らかいパンが手に入るという代物だそうだ。なんでもナド・クライの発明家の少女が新たに開発したものらしい。茶請けにでもしなさいと一筆添えられていた」
「僕が食べてもいいのか?」
「お前に食べさせるために持ってきたんだ。安心しろ、俺も一度食べているから問題はないし、そのスープに浸して食べればより腹も膨れる」
缶詰からパンを引き出し、オロルンに中身が手渡された。円柱型のもっちりふわふわのパンの端をひとくち千切って口に放れば、やさしい甘味とミルクの風味が口の中に広がる。
……これ、すごく美味しい」
「味に煩い同僚からの贈り物だからな、間違いはないだろう」
今度は少し大きめに千切って、スープに浸して口に入れた。スープの塩気がさらに引き立ち、噛むたびじゅわりと染み出してくる。あまりの美味しさにオロルンは目を見開き、再びパンをちぎってスープに浸した。
……気に入ったようで何よりだ……おい、何をする」
ところが今度はオロルンはその千切ったパンをスプーンですくい、ずいと隊長の眼前に差し出してきた。
「君も食べるべきだ。こんなに美味しいものを、僕はいままで食べたことがない」
これは口を開くまで匙を下げないだろうと悟った隊長は、仮面の下を少し持ち上げて差し出されたスプーンを受け入れる。匙に盛られた大きめのパンをひとくちで口に入れてすぐ仮面を戻す。
……美味いな」
「そうだろう!そのままでも美味しかったんだが、二つ合わさると最高だ」
上機嫌なオロルンは次のパンをスープへと浸す。それをまた掬って隊長に差し出そうとするので、流石にそれはと辞退した。
「俺はもういい。残りはお前が食べるんだ」
……わかった。ありがとう、隊長」
これは僕が折れるしかないなと悟ったオロルンは、もっとパンを食べたかったのもあって今回は素直に従った。美味しそうに食事を摂るその姿を、仮面の下から優しいまなざしが見守っていた。

「ああ美味しかった。これをくれた君の同僚さんにもいつか会ってみたいな」
「やめておけ。ファデュイだぞ」
「君だってそうじゃないか」
……