ugatuno
2025-11-01 22:55:47
1631文字
Public 二次小説
 

その心臓は世界のかたち 1話


 冬の寒さが近づく季節の、ある放課後。
 ジンペイと仲間たちは、学内で発生したYSP案件の対応に追われていた。
 
 「変身!」
 風を切るように腕を振り下ろし、来る衝撃に備えて自然と歯を食いしばる。
 アースウォーカーNOAに変身したジンペイの胸から、膨大な妖力が溢れ出す。
 「ッ……
 (……わかってる。こいつは受け止めるしかない)
 胸の中央に集中する熱と重圧。それは、ただの熱じゃない。身体が通路として開かれ、力が流れ込んでくる実感。
 まるで、内側から釘を打たれるような、あるいは、異物に上書きされていくような違和感。
 全身を貫くような光の余波が、背骨の奥を伝って抜けていく。視界の端に、黒い影がまとわりつくような感覚。漆黒の衣装が形作られる。
 ――漆黒丸、完全顕現。
 しかし、変身が終わっても、身体の震えは数秒だけ残っていた。
 (……今の、ちょっと深く刺さったな)
 思わず胸元を押さえたくなる衝動を、すぐさま振り払った。
 「俺の漆黒に染まれ!」
 いつものように、勢いよく。誰にも気づかれないように。この瞬間さえ乗り越えてしまえば、『力が身体になじむ』。
 変身のたび、痛みがほんの少しだけ深くなっていることに、ジンペイは気付かないフリをした。


 変身が解けた瞬間、ジンペイは、ごく自然な動作で肩をすくめて、呼吸を整える。
 「……よっしゃあ! おつかれさんでしたーっ!」
 明るい声と、ふざけた調子。いつものジンペイがそこに居る。
 ——でもその裏で、胸の奥にじんわりとした鈍痛が広がっていた。
 さっきの変身の圧。妖魔界の力を受け止めた胸が、いま、微かに脈を打つたび軋む。
 「……ッ」
 ひとつ息を吸い込もうとして——思った以上に、うまく吸えない。
 (……っかしーな……全然走ってないのに)
 背中にほんのり汗が滲む。
 これはきっと、さっきの戦いの熱気のせい。
 仲間の声を聞きながら、いつもの調子で軽口を叩く。
 「いやー漆黒丸、マジで動きやすいんだよな~! そろそろ強すぎて引かれるやつ?」
 けど、その言葉も、少し息が上ずっていた。
 歩き出した足が、わずかにふらつく。
 それに気づかれないように——ジンペイは、ほんの少しだけ姿勢を派手にした。
 「……んじゃ、撤収っと!」
 軽く腕を回してみせる。いつも通りの元気な動作で、何もなかったように装う。
 けれど、そのまま後ろを向いた瞬間——ふっと、右手が胸元に触れる。無意識だった。
 一瞬だけ、『これ以上やったら、戻れない』って身体が警告を出している気がした。
 でも、そんな些細なことは冗談めかしてすぐに飲み込む。
 「……気のせい、だっての」
 誰にも聞かれていない声で、ジンペイはほんの少しだけ笑った。

 
 
 自室のドアを閉めたとたん、ジンペイは背中から壁にもたれた。
 「……ふー……っと」
 安心したいときの深呼吸みたいに、少し大げさに息を吐く。
 誰も見ていないのに、最近は癖になっている動作だった。
 靴を脱いで、スリッパに足を入れる。
 ベッドに腰掛けるまでの数歩が、思ったより遠く感じた。
 (……マジで疲れた)
 声に出すと、それが本物の疲労として確定してしまいそうで、黙ってペットボトルの水を一口。
 ——飲み込むとき、喉がひりついた。
 (戦闘中、叫びすぎたか……?)
 喉じゃない。たぶん、違う。
 (……ほんとに、なんなんだろ)
 そのままベッドに体を沈める。
 姿勢をまっすぐ保とうとするけど、どうしても背中が丸まってしまう。
 胸の中心——痛くはない。けど、じんわりと重さが残っていた。
 「……ったく、疲れただけだって」
 わざとらしく声に出してみる。
 でも、返事はもちろん返ってこない。
 夕暮れの光が、カーテンの隙間から床に伸びていた。
 静かな部屋に、ジンペイのかすかな呼吸の音だけが、不規則に漂っていた。