ugatuno
2025-11-01 22:54:34
1791文字
Public 二次小説
 

その心臓は世界のかたち 4話


 夜——静まり返った部屋の中。
 深夜の空気はひんやりとしていて、窓から吹き込む風がカーテンを揺らしている。電気はつけず、ベッドの足元に座ったまま、ジンペイは窓の方をぼんやり見ていた。
 ——いつもなら、この時間はもう寝てる。
 でも今夜は、なんとなく……眠れない。
 枕元に置いた水のペットボトルは、半分以上減っていて、さっき飲もうとして少しこぼした水の跡が、床にまだうっすら残ってる。
 「……はぁ」
 ため息ともつかない、吐息が漏れる。
 ジンペイは背を丸めたまま、手を胸に添えた。
 ——そこは、昼間と同じ場所。
 心臓の少し左寄り。
 ずっと、重いような、ざわざわするような感覚が続いていた。
 「……まただな、これ……
 小さく呟いた声は、誰にも届かない。
 独りきりの夜だから、口調も声も、いつのまにか昔のままに戻っていた。
 「……なんでだろ。戦ってるときは平気なのに、終わると……こうなる……
 ぎゅ、と胸を押さえる指に、力が入る。
 ——ギュッと掴まれて、押さえつけられるような痛み。
 体の奥で、何かがうずくような違和感。
 それはまるで、「ここにいるよ」と言わんばかりに、中にある世界が主張してくるようだった。
 みんなの前では、ずっと平気そうな顔をしていた。
 ただ「そうしてきた」だけだった。
 そうすることで、誰かを守れる気がしていた。
 けど、今の自分は——その〝顔〟すら作れない。
 胸の奥に、いつもの重さが戻ってきていた。
 静かな夜の中で、それだけが確かだった。
 「……っ、く……
 吐き気がこみ上げる。
 でも、何も食べていない。
 思い当たるのは、さっき飲んだ水だけだった。
 吐き出す度に口の中に戻ってくるのは、ほんの少しのぬるい液体。
 味も匂いもない、ただの水。
 それだけで終わるはずだった。
 もう、戻すようなものなんて残ってないはずだったのに——
 「……っ、ぁ……うえっ……
 まだ吐き気が止まらない。空気を絞り出すように喉が震えて、
 えずいた瞬間、今度は違うものがこぼれ落ちた。
 「……っ、なにこれ……
 そこには濁った赤。鉄の匂い。手のひらに滲んだ色。
 茶色に近い、暗い血の色だった。
 「……うそ、だろ……
 信じられない、というより、まだ認めたくなかった。
 自分の中の何かが壊れてきていることに。
 思わず、カーテンの影を見る。
 誰もいない。わかってるのに、確認せずにはいられなかった。
 胸の奥の重さは引かない。
 むしろ、肺のあたりがじわじわと押し広げられていく。
 吐いたのに、身体の中では何も終わっていなかった。
 でも、泣き言は言わない。誰にも言わない。
 「……俺、大丈夫だし……
 ——そう言いながら、ジンペイの指は微かに震えていた。

 
 天井を見つめながら、ジンペイは動けなかった。
 どこか遠くで、カーテンがまた揺れる音がする。
 それが妙に心地よくて、でもその心地よさが、逆に寂しく感じる。
 「……コマくんの声、聞きたいな……
 ふいに、ぽつんと呟いた。——言葉にするつもりはなかったのに。
 なのに、ぽろっと出てしまった。
 誰にも届かないくせに、なんでこんなにも、本音って勝手に出てくるんだろう。
 (だめだな、俺……強いって、思われたいくせに……全然、強くなんか……)
 まぶたを閉じる。ほんの少し、熱い。
 さっき吐いた血の味が、まだ舌に残っていて、喉の奥が焼けている。
 ——でもそれよりも、この痛みを誰にも言えないことの方が、何倍もしんどかった。
 「……父さん……俺、いま……ちゃんと、強い人になれてるのかな……
 小さく呟いた言葉は、夜に吸い込まれて消えた。
 布団にくるまったまま、ジンペイは腕を胸に当てる。
 ほんの少しでも、中にある何かのうねりが弱まればいいと思って。
 でも——鼓動は重たく、ゆっくりと深く、内側に響いてくる。
 ギュッと掴まれるような感覚。
 それは痛みとは少し違って、でも、確かに身体を削っていくものだった。
 「……これ、どんどん……酷くなってんのかな……
 「……誰にも見られないって……けっこう……楽かもな……
 そう言って、自嘲気味にちょっと笑ってみたけど、それもほんの少しだけで、すぐに消えた。