ugatuno
2025-11-01 22:53:12
1939文字
Public 二次小説
 

その心臓は世界のかたち 7話


 学食は、昼休みの喧騒に包まれていた。
 「うっわ、今日のうどん、上にカツカレーが乗ってる……!?」「ゼリーメロン味だってよ~」
 いつもの声。
 いつもの騒がしさ。
 ジンペイは、その中心にいた。
 「おっしゃー!じゃあ俺はラーメンにフライドチキン、あとプリン!って贅沢すぎ!?うっわ、コマくん引いてる顔~!」
 「いや、引いてないよ。ただ、よく食べるなぁって……
 そんなやりとりにも笑いが起きる。
 ジンペイは箸を動かし、しっかり食べてるふりをしていた。
 ラーメンのスープをすする音。
 プリンのカップを開ける音。
 全部、ちゃんと演出されていた。
 「ごっそーさまっ!」
 明るい声で、テーブルを軽くトントンと叩く。
 「俺ちょっとトイレ。あとで戻るー!」
 そう言って、席を立つ。
 みんなは気にも留めない。ジンペイだから、いつも通り。


 
 トイレの個室に入ってすぐ――口を押さえた。
 「…………っ、く……
 吐くたびに、喉が焼けるようだった。
 (……大丈夫……こんなの……
 視界の端が滲んでいる。目じゃない。
 脳の奥のほうが、明らかに“何か”を拒んでいた。額に滲む汗。指先が冷たい。
 そして——
 「……っ」
 胸の奥が、絞られた。さっきのとは、明らかに違う痛み。
 強い、脈とは言えない不規則な跳ね返り。
 (……嘘、だろ……
 便座に手をついたまま、呼吸を整えようとする。
 でも、吸えない。酸素が足りない。肺が動かない。胸が、内側から締めつけられていた。
 (……また……来た……?)
 頭がくらむ。でも。
 (出なきゃ……このままじゃ……
  どうにか壁を伝って立ち上がり、個室のドアを開ける。
 洗面台へ。水を出す。顔を濡らす。
 喉は焼けたまま。心臓はまだ、乱れたまま。
 でも――鏡の前では、なんとか何もなかったようにふるまう。
 「……っすぅ……はぁ……
 深呼吸の真似をする。
 誰にも見えない場所で、ゆっくりといつもの顔に——戻そうとした、そのときだった。
 「……ジンペイくん?」
 その声に、心臓が跳ねた。
 ゆっくり振り返る。そこに、コマが立っていた。
 「……っ、あれ? コマくん、なんで——
 「……ずっと、戻ってこなかったから」
 ジンペイは頬をぬぐいながら、肩をすくめる。
 「いやーちょっと腹の調子が悪くてさ~! プリンとラーメンのダブルパンチ?」
 「……
 明るく言ったのに、コマは黙ったまま。
 ジンペイの肩が、わずかに震える。
 でも、それが寒さなのか緊張なのか、自分でもよくわからなかった。
 「……ジンペイくん」
 静かな声だった。でも、その声に——逃げ場がなかった。
 「ほんとに……大丈夫なの?」
 洗面台の前。少し開いた鏡の向こうで、ジンペイは無理やり笑った。
 「だからさ、お腹の調子が……
 「違うよね」
 コマの声が、少しだけ強くなった。
 「さっきから、嘘ばっかだよ」
 「…………
 「今日だけじゃない。最近ずっと、様子おかしいの……気づいてたよ……?」
 ジンペイの手が止まった。
 「……別に、そんな大したことじゃないって」
 「じゃあ、教えてよ。何が“たいしたことじゃない”のか」
 「…………
 「胸が痛いの? 息ができないの? それとも、……吐いてるの、いつから?」
 その言葉に、一瞬、ジンペイの肩がびくりと震えた。
 沈黙が落ちる。
 数秒後、ジンペイは、ぽつりと呟いた。
 「……ちょっと、前から」
 「……どれくらい?」
 「……一週間……いや、二週間くらい……かも」
 「もっとじゃない?」
 「…………
 コマくんの声が、微かにかすれていた。
 「ジンペイくん、お願い。……病院、行こう」
 「……やだ」
 即答だった。ジンペイは視線を逸らし、洗面台のタイルを見つめる。
 「……行きたくない」
 「でも……!」
 「行ったら、終わる気がするんだ」
 「……え?」
 「俺、“ヒーロー”でいたいんだよ」
 「……マタロウがさ。前に言ってたんだ。『ジンペイ君は、僕の憧れのヒーローなんだ』って……
 「病院なんて行って、寝てろって言われたら……もう誰も助けられない」
 「それだけは……いやなんだ」
 声が、震えていた。
 コマの表情が、揺れた。その気持ちを、わかってしまうからこそ、すぐには返せない。
 「……
 「ごめん……でも……もうちょっとだけ、このままでいさせて」
 「……わかった」
 絞るような声で、コマは答えた。
 
 ——本当は、無理にでも引っ張ってくべきだったのかな。
 でも、コマはそれを言葉にしなかった。