ugatuno
2025-11-01 22:52:30
2059文字
Public 二次小説
 

その心臓は世界のかたち 8話


 廊下は昼下がりの光でぼんやり明るい。
 チャイムが鳴り終わって数分後、コマは、ふと違和感を覚えた。
 (……ジンペイくん、トイレ長くない?)
 また戻したあとに、倒れてるんじゃないか……
 急ぐ足取りで教室を出て、廊下を曲がると──
 「……えっ」
 廊下の端。壁にもたれかかるようにして、ジンペイが倒れていた。
 「ジンペイくん!!?」
 駆け寄ると、ジンペイの顔は青白く、汗でぐしゃぐしゃだ。
 呼吸が浅くて、まるで胸の奥が重しで押さえつけられているみたいに。
 「ねえ、しっかりして……! ジンペイくん!」
 ──その声に、ジンペイのまぶたがピクリと動いた。
 「……ん、…………コマ、くん……?」
 「良かった……意識ある……!」
 ジンペイは目を開けると、すぐに体を起こそうとして──
 「っ……! ッぐ……! けほっ、けほっ!」
 立ち上がる勢いで身体が拒絶した。
 胸を抑え、息を詰まらせるように、激しく咳き込む。
 「ジンペイくん、無理しないで!!」
 「だい、じょぶ……ッ、ごめ……
 「まってて! 今、先生呼んでくるから!!」
 「やだ、……行くな、コマくん……っ」
 ──まるで、今この場で一人になるのが怖いみたいに。
 そう呟いたジンペイの声は、普段よりずっと、弱くて、寂しかった。
 弱々しい声が、コマの足を引き止める。
 軽く触れたジンペイの手は、熱を持ち、汗ばんでいた。
 でもそれ以上に──不安に縋るような力があって。
 「うん、わかった。……一緒にいるよ、ジンペイくん」
 コマはしゃがみこむようにしてジンペイと視線を合わせる。
 そのまま、ゆっくり、慎重に言葉を選びながら。
 「でも……このままだと、もっと苦しくなっちゃうよ。
 せめて、保健室に行こう?えんら先生なら、きっと助けてくれる」
 ジンペイは息を詰まらせながらも、ほんの少しだけ──頷いた。
 「……頼って、ごめんな、コマくん……
 「ううん。そんなの、謝ることじゃないよ」
 コマは、ジンペイの腕を自分の肩に回す。
 ジンペイはそれをぎこちなく支えにして、ふらふらと立ち上がった。
 「ゆっくりでいいから……ほら、一歩ずつ。右足から、ね」
 「……ん、ああ……
 数歩進むごとに、ジンペイは肩で息をして、
 まるで足に鉛をくくりつけられてるみたいに重たい。
 途中、すれ違った生徒が「大丈夫?」と声をかけてくるが、
 ジンペイは「へーき、寝不足なだけ!」と、息も絶え絶えに笑った。
 でも、隣のコマだけは──
 その笑顔の裏にある痛みに、気づいていた。
 「……ん、待って。……コマくん、もういい。ここまでで」
 「えっ……?」
 「俺、入るのは自分で……いいから」
 扉に手をかけるジンペイの背中は、まだどこか強がっていて。
 でも、その背中は、さっきよりずっと小さく、弱く見えた。
 「……じゃあ、僕は教室戻るね。……でも、また来るから」
 「うん……ありがと、コマくん」
 ジンペイの声は、かすれていたけど、確かに柔らかくて。
 ──そのまま、彼は保健室のドアを開けて、ゆっくり中へ消えていった。

 
 日は落ちかけ、廊下はオレンジ色に染まり始めていた。
 保健室の中、カーテンで仕切られたベッドの上で、
 ジンペイは静かに目を閉じていた。
 意識はある。でも、ただ静かに“やり過ごしている”時間だった。
 ──鉛のような重さはまだ胸に残ってる。
 だけど、人前で「まだ苦しい」なんて言いたくない。
 だから、動かない。
 横になったまま、目を閉じる。
 ……カーテンの向こう、「トン……トン……」と、軽い足音。
 扉は開いていない。
 つまり──そこにいるのは、たぶん。
 「……コマくん?」
 静かに声をかけると、カーテンの向こうで足音が止まった。
 「……うん。びっくりした?寝てるかと思ってた」
 「……気配、わかった」
 「さすが、ジンペイくんだね」
 少し照れたような声。けれど、すぐに柔らかく続く。
 「……ちょっとだけ、様子見たくて」
 「そっか……ごめんな。心配かけて」
 「……それも違うと思うよ」
 カーテンは開かれないまま、コマの声だけが静かに続いた。
 「……僕さ、ジンペイくんが辛そうなのに、
 “気づいてないフリ”するの、あんまり得意じゃないんだ」
 「……
 「だから……ほんとに無理そうな時は、言ってほしいな」
 ジンペイは少しだけ目を伏せて、ぽつりと返した。
 「……無理って、どこからなんだろうな」
 「……そういうこと言うのも、十分無理してるってことだと思うよ?」
 カーテン越しでも、コマの苦笑がわかるような気がして、
 ジンペイはようやく、小さく「ははっ」と笑った。
 「……今は、ちょっとマシ。さっきよりは」
 「よかった。……じゃあ、またあとでね」
 「……ああ、ありがと。コマくん」
 足音はやがて遠ざかって、保健室の扉が静かに閉まった。