ugatuno
2025-11-01 22:51:28
1942文字
Public 二次小説
 

その心臓は世界のかたち 9話


 朝。
 目を開けた瞬間――空気が、重かった。
 (……あれ)
 腕を動かすと、関節のひとつひとつが鈍く軋むように痛んだ。
 「……うわ、ちょっと……
 声がかすれていた。息を吸い込むと、咳が出そうになるのを無理に飲み込む。
 でも、いつものように、気合いで立ち上がった。
 (いつも通り。着替えて、顔洗って、飯食って)
 (それだけできれば、“行ける”)
 制服を着る手が、少し震えているのに気づかないふりをした。
 (熱……あるかも。でも、行けばなんとかなる)
 (動いてたら、いつもの調子に戻る)
 (そうやって、今までだって——
 ペットボトルの麦茶をひと口。胃がきゅっと縮むような拒否反応が走った。
 (……飲めただけ、マシ)
 ただ、静かに玄関へ向かう。靴を履こうとしたとき、視界が、にじんだ。
 「……あれ……?」
 一瞬、真っ白になった。
 足元が、ふわりと浮いたように感じた。
 壁に手をついて、膝をつく。鼓動が、跳ねる。一定じゃない。
 不安定に、速くなったり遅くなったりを繰り返す。
 (……うそ、だろ)
 (……これ、やばいやつ……?)
 玄関のドアは目の前にあった。
 そこを開ければ、いつもの一日が始まるはずだった。
 (……行かなきゃ)
 ジンペイは、そう思いながら膝に力を込めた。
 だけど、立ち上がろうとした瞬間、頭の奥で何かが遠ざかるような感覚がした。
 玄関のドアは見えているのに、足元だけが、妙に頼りない。
 (……音が、聞こえない)
 周囲の空気が妙に薄く感じる。
 そんな錯覚を覚えながら、ジンペイは静かにしゃがみ込んだ。
 ——けれど、脚に力が入らなかった。
 顔を上げると、窓の外は、快晴だった。
 それが余計に、悔しかった。


 学校には、行かなかった。
 朝のうちに、欠席連絡だけは入れた。
 誰にも理由は聞かれなかった。たぶん、もう聞かれない気もしていた。
 布団の中で、うつ伏せのまま、ジンペイはじっと目を閉じていた。
 息を吸う。吐く。それだけの動作が、やけに遠く感じられる。
 (たった一日。……一日だけ、休んだって誰も気にしない)
 (俺がいなくても、コマくんは誰かと笑ってるし……
 (みんなも、ちゃんとやってる)
 (……だから今日は、……ただの、休み)
 身体が重い。熱があるのはわかっていた。
 でも、それ以上に——「起き上がる理由」が見つからなかった。誰にも会わなければ、誰にも見られなければ、“いつものジンペイでいられない自分”を誤魔化せる気がした。
 でも、目を閉じていても、鼓動の不規則な跳ね返りだけは止まってくれない。
 ドクン。ドク、ドクン。……ドクン。
 たまに、何拍か分飛ばしたようなリズムになる。
 「……なんで、俺が……
 喉の奥で、声にならないつぶやきだけが、静かに滲んだ。

 
 カーテンの隙間からうっすら差し込む光。
 時計はもう登校時間をとっくに過ぎている。
 ジンペイは机にもたれかかるように座ったまま、気絶したみたいに眠っていた。
 机の上には開封済みの薬のパッケージと、飲みかけの水。
 顔色は悪く、唇の色も薄い。
 ——コンコン。
 突然のノックに驚いて、びくっと目を開ける。
 「……だ、れ……?」
 ドアが開く音が静かに響いた。
 「……開いてるってことは、入っていいんだな」
 「……会長……
 立ち上がろうとするが、足元がふらつき、すぐに机に手をついてよろけてしまう。ラントは無言で歩み寄り、ジンペイの腕を取って支えた。
 「……まさか、本当に来れないとはな」
 「……今日、ちょっと……だけ、寝坊して……
 「ちょっとでこの顔色か。……小間くんから聞いた。『もう限界なんじゃないか』と」
 「……コマくん……言ったのかよ……
 「“言うな”と命令でもしたのか?してないなら、無理な話だな。小間くんは、“お前が無理してる”と思ったら、誰よりも動くぞ」
 ジンペイは、何も言い返せずに目を伏せる。
 「……お前が、自分でコントロールできるなら、それが一番だ。でも、できてない。戦って、隠して、限界を超えて。……今みたいに、潰れる」
 「……俺は……
 「“俺はまだ戦える”とか言うなよ。今朝の顔を見れば、誰だって分かる。……お前は、もう“戦えて”ない」
 「……見逃してくれよ、会長……俺、まだ、誰にも迷惑かけてないだろ……
 「……違うな。もう誰かが動いてる時点で、それは迷惑じゃなくて“心配”だ」
 「…………
 「……戦えるかどうかじゃない。今のお前が何をすべきか、だ。——今日は、休め。それだけでいい」
 「……ずりーよ、会長……