もち屋
2025-11-01 02:48:51
4016文字
Public ファイモス
 

天外の甘い祭りの日

「君って絶対イタズラさせてくれないよね」
ファイモス(カスメデ)
開拓者から天外の祭りを聞きつけたファイノンの話。
信仰と祈りと生きていく人のこと。
あらゆるものが捏造と妄想。
ハッピーハロウィーン!

「トリックオアトリート!」
 プライベートルトロの扉が開く音がしたかと思えば、騒々しい音を立ててファイノンが顔を出す。
 頭にキメラの耳とツノを生やした男は、トリックオアトリート、と再び口にしてこちらに近づいた。その手には何故かキメラのぬいぐるみを抱えている。
 そういえば最近、キャストリスが花園のキメラのぬいぐるみを作っていたから、彼女からもらったものだろう。ツノが2本生えた灰色のキメラは、どことなくファイノンに似ているような気がした。何故それを手にこちらへやって来るのかは理解ができないのだが。
 銅鍋をかき混ぜる手を止めて視線をあげれば、満面の笑みの男と視線が合う。こういう表情をしている時のファイノンは、大抵ろくなことを考えていない。少し長話になりそうだな、とかけていた火を止める。まだ火をつけてすぐだったから、後で作業を再開しても大丈夫だろう。子供のように興奮を抑えきれない空色の瞳を認めれば、もう一度「トリックオアトリート」と男が笑う。
……なんだ?」
「天外の風習だよ。相棒が教えてくれてね……こうやって仮装しながらトリックオアトリート、と言って回るんだって」
 お菓子をくれなきゃいたずらするぞ、と続けながらファイノンはキメラのぬいぐるみを左右に振った。腹が減っているのなら最初からそういえばいいのに。
「クッキーならそっちで粗熱を取っているところだ。もう食べられる頃だろう」
「えっ!? ちょっと待ってくれ、お菓子があるのか?」
 キッチンの隅で粗熱を取っている最中のクッキーを指差せば、ファイノンは意外そうに声を落とす。菓子をねだったのは自分なのに、どういうつもりなのだろうか。反射的に言葉が出そうになるのを堪えて、小さく息を吐いた。
「菓子が欲しかったわけではないのか」
「いや……もらえるなら、欲しいけどさ」
 どっちなんだ。唇を尖らせて拗ねたような声をあげる男の髪をかき混ぜて、肩を竦める。
 僕としてはイタズラがしたかったんだけどなぁ、と呑気にぼやきながらクッキーをつまむ姿を横目に、そういうことか、と納得した。曰く、子供が近所の家を訪問して周り、菓子をねだるイベントなのだという。
「生と死の境界が曖昧になる日だから、悪霊に扮して身を守るんだって」
 これはただの耳とツノだけどね、とファイノンはキメラの耳に触れる。天外にも信仰があるというのは聞いたことがある。星神と呼ばれるもの以外にも、星によってはオンパロスのように独自の神を戴く地もあるのだとか。
 そのうちの小さな星の宗教行事をスターピースカンパニーという企業が祭事として銀河に広めたのだ、と語るファイノンの瞳は、開拓者の言葉を信じているようにも、どこか夢物語を語るようでもあった。
 死者が現世に近づく日、という概念はエイジリアの信仰においてはあるのだろうか。
 オンパロスにおいて、タナトスによって死がもたらされて以降、魂はステュクスを渡り西風の果てへと至る。再創世の日に、また新たに生まれ直すまで彼の地で穏やかに過ごすものであり、死者は現世に干渉することはない。ステュクスへ何度も至り、河を遡った身だからこそ痛感していることでもある。思い出の中以外の友人たちに会いたければ、ステュクスに向かうより他に手段はないが、彼らはただそこに在るだけだ。死者が生者に与えられるものは何もない。彼らの言葉は停滞していて、こだまのように存在しているだけなのだから。
……お前は、会いたいのか?」
 クッキーを口にして黙った男にそう投げ掛ければ、驚いたように空色が丸くなる。次いで、はは、と誤魔化すような笑い声が落とされた。一瞬だけ見せた寂寞を隠すような、下手くそな笑い方。この男が本音を見せたくない時の仕草だ。
「どうだろうね……でも、会いたいから火を追う旅を続けているよ。僕は、失った仲間に報いなければならない」
……そうか」
 正しく、黄金裔として在るのならばその答えとなる。救世主の名を、その意味をこの男はよく理解しているのだから。
 
 ところで、と話題を切り替えるように明るい声が返って来る。これ以上その話題を続けたくないのだろう。ファイノンは隣に寄って来ると、鍋を覗き込んだ。
……君が作っているのは、タナトスの鎮魂プリンかい?」
 匂いを僅かに嗅いだ空色が僅かに輝いた。甘いものが好きだからなのだろう。鎮魂プリンは、慰霊の月にのみ作られることの多い料理だ。年中食べられるものではないだけに、気になっているのかもしれない。
「ああ、慰霊の月になるからな。トリスビアスから、手が空いているのなら作っておいて欲しいと頼まれた」
 何故慰霊の月の前日に、とも思ったが、おそらくファイノンと同様に異邦の者たちからこの風習を耳にしていたのだろう。みんなの分のプリンをお願い、と頼まれた時は単純にトリスビアスたちが食べたくなったのだろうと受け取っていたが、これはきっと子供達のためのものなのだろう。その証拠に、できる限りたくさん作って、とも言われていた。
 一応大鍋ひとつ分作ってはいるが、この祭りがオクヘイマに住む子供達全員を対象にするのであれば、数は足りなくなる。
「ちょうどいい。鍋はもう一つあるから、手が空いているのならお前も手伝え」
「作るのは構わないけど……もしかして、僕は食べられないのかい?」
「味見くらいならさせてやる」
「1つくらい譲ってくれてもいいだろ」
「お前は子供から甘味を取り上げるのか?」
「そんなつもりじゃないけどさ……
 君の手が足りてないから手伝うだけだからな、と余計な言葉を付け加えながら慣れた手つきで鍋を取りに行く姿に、僅かに眉を顰めるが、手伝ってくれるならそれに越したことはない。後で奴の分のプリンを2つほど避けておけば、おとなしくなるだろう。
 材料はどこにあるのか、と問いかける声に、余っている分を持っていけば、真剣な顔つきでファイノンは材料の計量を始めた。あとは放っておいてもプリンが出来上がることだろう。子供達に渡す用のカップを用意しなければな、と石板に視線を落とす。
 今はまだ践行の刻に入ったばかりだ。ファイノンの話によれば、仮装をして家々を訪問するのは離愁の刻以降が中心らしい。開拓者からもたらされた天外の祭りは、トリスビアスの手を借りてオクヘイマの子供達に伝わっているようで、ヒアンシーや生命の花園のキメラたちも協力して祭りを行おうとしているのだとか。
 もちろん、天外の風習という形ではなく、開拓者の故郷――タラサポリスに伝わっている紛争の月の風習として。紛争の月の風習なのに、タナトスにまつわる祭事なのはおかしいとも思うが、エスカトンが近づいて大人さえも不安に陥っている中、日々を彩る行事は少しでも多い方がいい。
 これから忙しくなるな、と思いながら、賑やかになっていく市井の喧騒に耳を傾けて、束の間の平穏に僅かに目を細めた。

 ◆

「トリックオアトリート」
 全身を黒いマントで覆った男が、低く掠れた声でそんな言葉を落とす。
 モーディスは僅かに目を見開いて、そうしてじっと動かない男の姿を上から下までじっくりと眺めた。それは、過去何千万回と繰り返された永劫回帰の中で擦り切れ、成り果てた男の姿に似ているようでいて、全く違うもので。そもそも、黒く染められた布を乱雑に頭からかぶっているだけなのだから、似ても似つかないのではあるが。
……なんのつもりだ」
……相棒が、今日はハロウィンだ、って」
 ほら、君も覚えているだろう? と続けられて、記憶の欠片を繋ぎ合わせる。そういえば、開拓者たちがオクヘイマに滞在している時に、天外の行事の話を聞いた覚えがある。トリスビアスに頼まれて、大鍋いっぱいに鎮魂プリンを作った。
 結局、子供たちが鎮魂プリンを気に入って食べ尽くしてしまったから、ファイノンも自分も、口にできたのは味見用の一口だけだったのだが。
「それで……菓子が欲しい、と?」
「僕してはイタズラでも構わないんだけどね」
 調子を取り戻したのか、ニヤ、と笑う姿にはん、と鼻先で笑って返す。冷蔵柩からプリンを取り出すと、作ってたのか、と驚いたような、少し嬉しそうな声が落ちた。
「食べたがっていただろう」
……覚えていたのか」
「結局、味見しかできなかったからな」
 本来の意味の儀式もできていはいない、と続ければ、君って案外そういうのを気にするんだな、と失礼な言葉が返ってくる。人のことをなんだと思っているのだろうか。
「クレムノスの民は、さほど慰霊の月を重視はしないが……故人との思い出を語る場というのは、残された者にとって必要なことでもある」
……そうだね」
 エスカトンへ向かう世界は終わりを告げたものの、新たな世界に紛争や死が存在しないわけではない。人間は有限の時を生きることに変わりはなく、世界は再創世されるわけではないのだから。
 そのように生命が巡るようになったからこそ、改めてタナトスを信仰し、祈りを捧げ、死者への弔いを口にすることは大切だと認識されるようにもなった。災厄のタイタンは、忌むべきものではなく、隣人として在るようにその在り方を変えたのだ。
「ここに祭壇はないが、簡易的な儀式ならできる……お前がしたいのなら、供えることくらいはできるだろう」
……そうだね。ありがとう」
 プリンを渡せば、僅かに眉を下げてファイノンは笑う。この男が抱えている罪悪感が、慰霊の儀式程度で軽くなるわけもないとは思っているが、何もしないよりはきっと、マシなのだろう。
 目を閉じて、胸の前で手を組む。ファイノンは左手をそっと額の前で握り、小さく息を吐いた。
 
 どうか、タナトスの影が我らを覆いますように。そうして我らは光とは何かを知るのだから。


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