うすねず
2025-05-17 00:15:03
3669文字
Public 殺戮刑事
 

夜中にラーメン食べたい杉さん

夜中にラーメン食べたくなった杉さんがうろうろしてラーメンにありつく話です

ラーメンが食べたい

時刻は深夜三時、草木も眠る丑三つ時である。
殺戮刑事殺死杉謙信は突然目が覚めてしまった上、とてつもないラーメン欲に駆られ寝付けずにいた。
「明日も平日なんですがねェ……
もちろん殺死杉は寝不足程度でパフォーマンスが下がるようなことはない。それでもできるなら体調は万全にして挑みたいのが殺人情というもの、なんとかして眠ってしまいたのが本音だった。
しかしラーメンが食べたい。
どうしてもラーメンが食べたい。
そんなにラーメンが食べたいならさっさと食べてしまえば良い。そう思われるかもしれない。
殺死杉はそれなりに自炊を行う方なので普段は袋麺程度は常備している。独身成人男性としてカップ麺等もしっかりと備蓄している。
だが最近忙しい日が続き、切らしたまま買い足すのを忘れていたのだ。
「この前カップヌードルではなく焼きそばを選んでいれば……
数日前の己の選択を悔やむが後悔先に立たず、よって現在の殺死杉宅にラーメンと呼称できるようなものは全く存在しない。
「とはいえ、カップ麺の気分では……ないんですよねェ」
カップ麺や袋麺は素晴らしくおいしい、日ごろ殺死杉も大変お世話になっている。短時間で完成するし、適当に作っても一定以上のおいしさを担保してくれる上、なんかちゃんと料理した気分にまでしてくれる。こんなにすばらしいものがあるだろうか。企業の努力様様である。
しかしそれらのラーメンとラーメン屋で食べるラーメンは断固別物なのだ。
今の殺死杉は何よりもラーメン屋で食べられるラーメンを求めていた。
もう食べに行っちゃいましょう!」
暗闇の中、殺死杉の目はギンギンに冴えている。これはもう理想のラーメンを食べないことには満足できない。
思い立ったが吉日とばかりに殺死杉は寝巻代わりのジャージのまま、小銭の入った財布を持って飛び出した。
少し足を延ばせば深夜にも営業しているラーメン屋くらいあるだろう。


あった。
「うーん、ちょっと違うんですよねえ……
こってりしたとんこつスープ香りがラーメンに飢えた殺死杉の鼻孔をくすぐる。
殺死杉の目の前に建っているのは絶賛深夜営業中のラーメン屋であった。
デカデカと書かれた「メニューはとんこつ一種類!」のいっそ潔いまでの看板は店主の自信を感じさせる。
これがただラーメンを食べたいだけなら一も二もなく飛びついただろう魅力に満ちた香り。しかし殺死杉が求めているのはこってり系のとんこつラーメンではなくあっさり系の醤油ラーメンだった。
昔ながらのシンプルな醤油ラーメン、薄いチャーシューとメンマ、海苔、もしかしたら卵やナルト。それだけが乗った一杯600円にも満たないようなラーメンが食べたいのだ。
もちろんこのとんこつラーメンを食べても殺死杉の胃袋は満たされるだろう。周囲に漂う香りは少なくとも後悔だけは絶対にしないことを確信させる。
しかし、このままこのラーメン屋で妥協しても良いのだろうか?わざわざ深夜に外出ほどの焦燥感を完全に満たさずに終わらせてしまっても良いのだろうか?


結果、殺死杉はすきっ腹を抱えたまま夜道を歩いている。

夜道を彷徨うこと数十分、殺死杉の腹の虫は依然として抗議を続け、都会の夜が投げかける種々多様な食への誘惑をラーメンへの渇望で跳ねのけ、襲いかかってくる客引きを返り討ちにして別の欲求を満たし、殺死杉は歩み続けていた。
終わりのない求道のような道のり、もうコンビニでカップ麺でも買って帰ろうか。企業努力の結晶は非常においしいものであるし。
殺死杉の心が折れかけた時、かすかに聞こえる音があった。
誰しも一度はリコーダーで吹いたことのあるメロディー、そう、チャルメラの音が。

殺死杉がチャルメラの音に誘われふらりふらりと歩み続けた先には、いまやレッドリストに記載されるレベルで個体数を減らしたリヤカーを改造したタイプのラーメン屋台が、暗闇の中ぽつんと佇んでいた。
漂う醤油と出汁の香りが誘蛾灯のように殺死杉を引きつける。
「ラーメンひとつ」
ふらふらと近づいた殺死杉はクッションの潰れた丸椅子に座り、気付けばすでに注文をしていた。
「あいよ」
店主は頑固そうないかにも職人といった外見で、手際よく麺を湯に投入しどんぶりなどを用意していく。

ボロボロだが手入れされているのがわかる提灯に、年季を感じるカウンター、脇には「ラーメン 600円」「チャーシュー麺 900円」「ビール 500」と書かれた木札が下げられている。
鼻腔をくすぐる香りは芳しく、音を鳴らす気すらなくなっていた殺死杉胃がクゥと鳴く。
(これは期待できそうですねェ……)

「はいラーメン一丁!」
殺死杉の目の前に運ばれたのは正しく醤油ラーメン、その王道ど真ん中を行くようなラーメンだった。
(んん……?)
しかし殺死杉の殺戮刑事的直観がなにかおかしいと告げていた。
とりあえず一口食べてみる。
まず出汁の濃厚な味わいが広がった。これはなんだろうか、鳥でも豚でも魚介類でもないようである。そして出汁の濃厚にかき消されず、けれど確かに主張している醤油の香ばしさ、程よくスープの絡んだ麺の弾力。
……おいしい。しかしやはりなにかが引っかかる。
箸で掴んだだけでも美味いとわかるチャーシューを口に含んだ瞬間殺死杉の違和感は解消した。
ちらりと店主を見れば、具材の仕込みをしてるようで殺死杉と視線が合うことは無かった。その佇まいからは己のラーメンに対する絶対的な自信を感じさせる。

「このチャーシューは初めて食べる味ですねェ、なんの肉を使ってるんですかァ?」
「ちょいと特別製なんですよ。何の肉かは……企業秘密ってやつです」
「このスープも珍しい味ですねェ、なんの出汁なんですかァ?」
「お、そこに気がつくとはお目が高い。そいつも特別な素材でして……企業秘密ですね」
「では、その特別な素材とは……人間、ですよねェーーーー?!」
叫ぶと同時に投擲された毒ナイフがラーメン屋店主の喉元に迫る。衝動的に家を出たため珍しく刃に毒は塗られていないが、これまで積み重ねられてきた毒が染み込みまくっているため軽く掠っただけでも致命傷である。
屋台越しの至近距離からの攻撃を店主は咄嗟に倒れ込むことでやり過ごした。しかし体制を立て直した時には殺死杉の姿は丸椅子の上にはない。焦る店主の頭上が陰る。殺死杉は次なる攻撃のため屋台を越えて跳躍していたのだ。
「チィーーッ!殺戮刑事……っ?!」
「スープの香りに紛れて気が付けないとは私もまだまだですねェ……ですがこちとら焼けた人肉の臭いには慣れているんですよォーーーッ!」
殺死杉による上空からの攻撃を店主はからくも転がって避けながら愛用の肉切り包丁を引っ掴み戦闘態勢に入る。
何としてもこの屋台だけは守って見せるという決意を感じさせる面持ちであった。
「クソッ、どうして俺がラーメンをすごい食べたくなるチャルメラの音を流して客をおびき寄せ、そのまま出汁をとって美味しいラーメンにしているとわかったんだ!」
「それは知りませんが、なら私が突然の深夜のラーメン欲で眠れなくなったのもあなたが原因ですねェーーーッ!?」
「それは関係ないですね」
「あっ、はい」
殺死杉のナイフと店主の出刃包丁が火花を散らす。
本来ならば店主は殺死杉と斬り合えるほどの技量はない。しかし今の殺死杉は人肉料理を摂取してしまったことによりちょっと気持ち悪いなあ……という感情が邪魔している状態であった。ゴキブリが居るとわかっている部屋の中ではなかなか集中して物事に挑めないとの同じである。

「待て!俺の情熱を聞いてくれ!」
「まあ、聞くだけならいいですよ」
「全国のラーメンにダメ出しを続け数十年!!俺は気が付いた!ラーメンの出汁は複雑なほどうまい!そして人間に必要な栄養素が含まれている食材ほどうまい!つまり様々な人間から出汁を取ったうちのスープこそ最高のラーメンスープ!!あんたも食べたならわかるだろ!」
「わかりたくもありませんねェーーーーッ!」
「くっ、なら……殺戮刑事から出汁を取ったことはまだなかったんだ!おいしいスープになっていただきますよお客様ァーーーー!!!!」


「結局ここでよかったんですねェ」
激闘の末人骨ラーメン屋の店主を下した殺死杉は、初めに立っていた豚骨ラーメン屋……の裏の中華料理店、四六時中華(しろくじちゅうか)の店内にいた。先ほどは濃厚すぎる豚骨スープの香りに隠れて全く気がつけなかったらしい。
「これですよこれェ!」
シンプルな醤油スープに細麺、海苔とメンマにナルト、奮発してチャーシューは多め、これぞ殺死杉の求めたラーメンであった。
念の為香りを確かめてみるがよく嗅ぎなれた鳥ガラと醤油の香りだった。これなら問題ないだろう。
「いただきまァす!」
こころなしか弾むように手を合わせ、殺死杉は念願のラーメンを口にしたのだった。