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うすねず
2025-04-27 01:57:10
3738文字
Public
殺戮刑事
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ナイフ研ぎ杉さん
朝食失敗した杉さんがナイフ研いでテンションあげるだけ
公式で身長180㎝だと確定したのでキッチンが低い杉さんが現実なのうれしすぎ
朝八時半。
そうだ。ナイフの手入れをしよう。
殺死杉は朝食を食べながらそう思った。
休日である。
本来であればまだ惰眠を貪りたい時刻のはずだが、昨日は夕食をすっぽかしてソファに飛び込んだせいか空腹で目覚めてしまったのだ。
今日の朝食は昨日閉店ギリギリのスーパーで買った半額のコロッケと、これまた半額で買った袋詰のキャベツを食パンで挟んだコロッケサンドだ。
殺死杉はどうしても黄味とかが漏れてしまうので自家製サンドイッチが苦手である。しかしコロッケならいい感じにソースを吸って漏らさずに食べられるのでは?そんなコペルニクス的転回に基づき、バターを塗った食パンにキャベツとコロッケを乗せ、好きなだけソースをかけたらもう一枚の食パンで挟む。即席だが欲望をそのままに体現した有様は食欲のそそり具合では総菜のコロッケパンとも十分争えるだろう。
「いただきまァす」
食事の挨拶もほどほどに大きく口を開けてサンドを頬張る殺死杉。
「
……
?」
しかし想像していたほどの感動がなく内心首をかしげる。厚めの食パンで挟まれたサンドは意外に食べ難い。また、賞味期限を一日過ぎたコロッケはたっぷりかけられたソースを吸収しきれず、余ったソースとキャベツは次々と零れ落ちてゆき、殺死杉手製のコロッケサンドは早くもサンドの体裁を保てなくなり始めていた。
「やっぱり失敗したかもしれませんねェ
……
」
別々に食べた方が良かったかもしれない。若干の後悔を抱きつつ、なんとかサンドが自我を失う前に食べ切ろうとする殺死杉だったが、努力も空しくとうとうコロッケまでもが皿へと落下していく。
「ああ
……
」
哀愁漂う殺死杉の脳裏に浮かんだのは、以前目の回るほどの忙しさにかまかけ、手持ちのナイフをほとんど刃こぼれさせてしまった時の事、拳銃と素手を駆使してビルの屋上へ追い詰めた殺人鬼が、目の前で足を滑らせ落ちていった瞬間の悲しみだった。
もちろんその時は即座に切り替え落ちていく殺人鬼を追って飛び出し、朽ちかけた柵を投げ刺して
殺人
成功体験
へと繋げることができたが、少しの物足りなさは残る。
その経験から得られた教訓は、目の前で獲物にありつけなくなりそうでも諦めないこと、そして武器の手入れはしっかりしようという初心に帰った学びだった。
良い殺しとは良い殺意と良い道具から生まれるもの
殺戮刑事たるもの得物の準備はきっちりと行うべし
つまり、この場面でナイフを研ごうと思うのは決して現実逃避的思考によるものではなく、殺死杉の培った殺戮刑事的経験によるものなのだった。
そうと決まれば善は急げ、皿に散らかった悲しき残骸を腹に収め、食卓を後にする。
無残な敗北を喫してしまった朝食の片付けをしながら、殺死杉は砥石を取り出し、バットに水を溜め始めた。
国家公僕の定めともいうべきか、平日の殺死杉には本腰を入れて得物の手入れを行えるだけの時間は無い。せいぜいが毒薬の拭き取りや軽い研ぎ直しに留まり、本格的な刃こぼれや欠けを何とかするには時間がかかるので平日にはどうしようもないのだ。
専門家に任せるという手もあるにはあるのだが、殺死杉の扱うナイフはとくになんの変哲もない量産型である。そこまでするのもなんだかなあ
……
と思ってしまい、結局はこうして思い立った休日に殺死杉自身で手入れを行っていた。
よって砥石やバットは全て私物である。特に多少年期の入ったステンレス製のバットは殺死杉が初めてナイフと砥石を手にした時から愛用しているものだ。
少し思案してから、今日は刃こぼれの修復も行いたいので中砥石だけでなく粗砥石も含て二本の砥石を投入する。
殺死杉が切りたいものは食材ほど繊細ではないので仕上げ砥石はそもそも所持していない。
「普段使いしていると磨り減りが早いですねェ」
粗砥石と中砥石の厚さには倍程度の差があった。塵も積もれば山となる。日々の軽い研ぎ程度でも続けていればそれほどの違いが出てくるのだ、本来は一般家庭で数年以上は使い続けられる砥石だが、殺死杉はおおよそ一年程度で使い潰してしまう。砥石の消費の激しさが殺戮刑事の仕事量の多さを物語っていると言えるだろう。
砥石に吸水させている間に大量のナイフをラックから取り出していく。
様々な犯罪者を相手にしている間に殺死杉の手元にあるナイフたちは刃こぼれを筆頭に、鈍りすぎてもはや鉄板になったもの、錆が酷いもの、酸や熱を浴びて半ば溶け落ちたもの、投擲した際に殺人タンクローリーに轢かれ折れ曲がってしまったものなど激戦を経てぼろぼろになってしまう。そんな戦友とも呼べるナイフたちを殺死杉は修復可能なものと不可能なものに選り分ける。
そんなボロボロの装備は全て廃棄して買い直せば良いとの意見もあるかもしれない。
しかし、SDGs(
Sustainable Death Goals
持続可能な殺人目標
)のためにも余計な資源の消費は抑えるべきだ。
殺死杉は先進的な殺戮者であった。
「もうちょっと高さが欲しいんですよねェ」
日本人男性の平均身長を大幅に上回る殺死杉には、一般的な賃貸の調理台はかなり低い。腰を痛めないように足を大きく開いて高さを調整しつつ、刃こぼれの酷いものから順番に粗砥石で研いでいく。
力が籠めにくく、常人であれば数秒で崩れ落ちてしまいそうな体勢でも問題なくナイフを研ぐことが出来るのはひとえに殺戮刑事殺死杉の持つ類まれな体幹によるものだろう。
シュッ、シュッ
砥石と刃物の擦れる小気味の良い音と時折混ざる砥石に水を掛ける音だけが『家賃の安さと等価の命』、五六四号室に響く。
刃こぼれした部分や溶けた部分を削り取ったら砥石を変え、刃を整える。時折砥石の向きを変えながらひたすらに同じ作業を続けていく。
こうしてナイフと一対一で向き合えば苦労しつつも楽しかった数々の殺しが殺死杉の脳裏をよぎっていく。
例えばこの大きな欠けは全身を人工ダイヤモンド製の皮膚で覆った改造人間からのパンチを咄嗟に防いだ時にできたもの、この錆は超酸化ガスを噴出して二酸化炭素を増やし地球を緑の星にしようとしていた過激派活動家に投げた時にできたもの、ひとつひとつが殺死杉の大切な思い出であり、かけがえのない経験だ。殺死杉は一つナイフを研ぎ終えるたび、新鮮な殺戮欲求が自身の中に芽吹くのを感じていた。
「ふう、やっと終わりましたよォーッ!」
途中で昼食も挟みつつ、録音でもすれば質の良いASMRになりそうな作業を続けて数時間。
殺死杉の前には鋭く光る刃先を取り戻したナイフたちが並んでいた。
「ケヒャァーーッ!!!!今日はいくらでも殺せる気がしますよォーッ!なんといっても昨日全部のナイフを研ぎ直しましたからねェーッ!」
「最初に斬られたいのはどなたですかァーーッ?あなたですかァーーッ?!!!」
日頃の数割増しで元気に叫ぶ殺死杉の手には昨日研いだばかりのナイフが握られている。もちろん、その刃先にはお馴染みの街一つ滅ぼす毒が塗られている。
しかしやる気に満ちている時に限って平和な街には殺人鬼のさの字も見当たらなかった。
「困りましたねェ
……
せめてサクッと殺せるくらいのクズの一人や二人
……
ッ!」
ぼやきながら歩いていた殺死杉が突如飛びのく。
ドチャッ!
重い音と共に今殺死杉が立っていた場所へ肉塊のようなものが落ちる。よく見れば溶けた肉のようなそれは落下地点には大きなクレーターを作り、周囲の地面を溶かし始めていた。
もし直撃していればいくら殺死杉とはいえただではすまなかっただろう。
「これは事件の臭いがしますねェーッ!」
肉とコンクリートの焼ける煙に包まれながら殺死杉が呟く。
次の瞬間、異様な殺気が殺死杉の頭上から降り注いだ。
咄嗟に天を仰げば巨大な男が殺死杉目掛け飛び降りようとしていた。
「あなたがこの事件の犯人ですかァーーーッ?!」
「オデ、人間、溶カシタイ、オ前、溶カス」
「ケヒャヒャァ~~ッ!丁度良いですねェーーッ!私も今すぐ誰か殺したかったんですよォーッ!」
再び飛びのきながら殺死杉はナイフを投擲する。不安定な姿勢ながら完璧な軌道を描いてナイフは男の喉元へと真っ直ぐに進み
――
「オデノ唾液、スベテ、溶カス」
「なっ
……
!」
今まさに男の喉笛を突き刺さらんとしていたナイフは男の吐き出した唾液にぶつかると無残にも溶けてししまった。
カラン、軽い音を立てて柄だけが地面に転がる。
「せっかく研いだのに
……
」
殺死杉は悲し気な目で変わり果てた姿の
相棒
ナイフ
を見詰めた。しかし顔を上げた時、その眼には悲しみなど欠片も無く、ただひたすらに、生き生きとした殺意だけを宿していた。
「でも
……
ナイフはまだまだあるんですよォーーッ!」
高らかに声をあげながら駆け出す殺死杉。その手には新しいナイフが握られている。そう、殺死杉は
一人ではない
たくさんナイフを持っている
。
今日
キリングタイム
はまだまだ始まったばかり、最初の一歩を躓いたからと言って立ち止まる理由などないのだ。
次の日、悲し気に備品購入申請書を記入する殺死杉の姿があったとかなかったとか。
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