sisimi 
2025-10-31 21:40:29
4599文字
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はろうぃんこすぷれ

 
ハロウィンの父たち(父水)
深く考えてはいけない現代父水(体あり父+長生き水)
町内のハロウィンの催しに参加するため、鬼太郎と父たちは仮装をすることになったが……

 

「父さん……本当にそれにするんですか?」
「んん~? なかなか良いと思うんじゃが」
 白髪の大男と柔らかい茶色の髪をした男の子が並んで立つのは、大型商業施設の季節のイベントにちなんだ物が置かれた一角。今は秋のイベント小物が所狭しと並べられていた。
 大男はその手にいくつかの大きな袋を持っている。
 黒色や赤色が多めではあるが色とりどりのそれ。どれも人目を引くようにデザインされた包装と宣伝文句に彩られ包まれているのは衣類である。ただし、日常使いではないような非日常ごと、所謂イベント用のコスプレ衣装というものであった。
 子供は大人びた表情に呆れを乗せた声で隣に立つ大男を父と呼び、一応のこと反対の意を示した。
「これを水木が着たら面白いと思うが」
「着ませんよ絶対」
 子供がすっぱりと言い切る。
 ふたりは実の父子おやこであるが、子供にはもう一人父がいる。子供を墓場で拾い愛情深く育ててくれた養い親であり、実父の親友である男だ。名を水木という。
「水木さんがいくら父さんに甘くてもさすがにこれは着てくれないです」
 そう言って父の手元に視線を落とす。
 男の大きな手にある包みのうちの一つ、白くて薄い布の入ったそれについてふたりは先程からあれやこれやと話しているのであった。
 黒い外套に獣の毛皮のような被り物、わざと血糊で汚された洋装の包みを見比べてはどれが良いかの相談をしていたが、男がふと見つけた一つをいたく気に入ってしまいそれにしようと言い出した。
 ふたりの選んだ衣装は同居人の水木が着る事になる。
 そして、男が選んだのは女性ものの衣装であった。
 水木が線の細い中性的な容姿をしていたならばあるいは似合っていたのかもしれないが、あいにく肉付きの良い男らしい体つきをした壮年の男である。程好く鍛えられており筋肉の凹凸が分かる程によく引き締まり、一般的には格好良いと評される体をしていた。
 そんな男に数ある衣装の中から女性もの、その中でもよりによって特に女性らしい体つきを強調するような意匠のものを着せたいというのである。
 何事か考えながらうんうん唸っている実父を見上げる子供は養父を思い浮かべ、これを持って帰ったらあの人は嫌がるだろうなぁと思うのであった。
 明らかに女性ものである衣装を推す父と黒い外套を推す子で意見が分かれてしまい、なかなか決まらない。
 様々な衣装が吊り下げられた棚から最初に見繕ったのは黒い外套と西洋風の衣装がセットになったもので、次に見つけた獣の被り物と尻尾や手に付けられる鉤爪のセットのどちらかが良いだろうと子供は思っている。男もまた本当は水木は着てくれないかもしれない、そう思いながらも諦めきれずそれを棚へ戻そうとしない。
「うーん……あ、そうだ。父さん、これを着た水木さんに外を歩かせたいですか?」
 悩み続ける父の横で眉を下げて困っていた子供が何かを思い付いたようにして父を見上げる。
……
「これ、すごく裾が短いですよね。皆に見えちゃいますよ」
「やめておこう」
 男は白い衣装の入った包みを手離した。
 上手くいったと胸を撫で下ろす子供の横で男は「こちらにしよう」と検討していたうちの一つ、子供が推していた黒い外套入りの方を選ぶ。
「そうですね、良いと思います。父さんはどうするんですか?」
「ふぅむ、そうじゃの……
 男は顎に手をやり思案する。
 男は長身である。男の持つ雰囲気は独特で、霞み揺れ消えるような不確かな存在感と柳のような嫋やかさから一見細身な印象を受けるが、その体躯は筋ばっていて筋肉質、見た目よりも厚みがある。とてもここに並べられているサイズでは賄えないだろうことが明らかであった。
「ワシはまた別に考えるとして、鬼太郎はこれが良いのではないか?」
「わ、これですか? 似合いますかね……
「似合うとも。きっと可愛かわゆいぞ」
 少し不安そうな表情をした子供へ男がにこにこと笑顔で答える。
「水木はあれでいて小さくてふわふわしたものが好きじゃからのう。水木の大好きな鬼太郎とふわふわの組み合わせじゃ、きっと喜ぶぞ」
「これにします!」
 養父のことがが大好きな子供は即決した。他人が見ても分からぬ程の些細さであったが、照れくさそうにしているのが父の目からははっきりと分かった。
「ふふ、では決まったな。買って帰ろうか」
 男は柔らかく目を細めて笑うと我が子の頭を撫でた。


「おおい、帰ったぞ」
 ガラガラと引戸を開けて幽霊族の父子おやこが帰った。玄関に上がりながら白髪の男は家の奥へと声を掛ける。すると部屋から男が一人出てきた。
「おかえり鬼太郎、ゲゲ郎」
 その黒髪の男には精悍な顔の片側、左の眉上から目の下まで縦に横断するように傷があった。左耳も欠けており、目と合わせてよく目立つ。無表情でいるならば怖い印象を与えかねないそれらだが、男の持つ雰囲気で近寄り難さは全く感じられず、逆に男を惹き立たせる魅力の一つとなっていた。
 男は柔らかく目を細めてふたりを迎えるとふわりと笑う。
「どうだった、いいものは見つかったか?」
「はい」
「それは良かった」
 黒髪の男、水木は愛おしげに子供を見ながら茶色の髪をくしゃりと撫でた。
「それにしても思ったより時間がかかったんだな」
「えっと、たくさんあったのでどれにしようか迷ってしまって……売り場も広くて人もいっぱいいましたよ」
「へぇ、そうなのか。すごいんだな」
 ふたりの話す声を聞きながらゲゲ郎は持っていた紙袋を机に置くと上着を脱いだ。
 今日の男の装いは普段のものとは全く違う。身に纏うのは着慣れた縹色の着流しではなく洋装で、鬼太郎とふたりで出掛けることになったゲゲ郎に水木が張り切って見繕ったものだ。
 今回は別の用事がある水木は同行せず、ふたりきりで出掛けた。町内での催しに参加するために必要なものを買いに行くだけであったがイベントごとの商品が置かれた辺りは人が多く、人混みの苦手なゲゲ郎は疲れてしまった。
 我が家へ帰り着き、着慣れない形の固い生地をした上着を脱いでやっと一息つくことができた。無意識に力が入り凝ったようになった肩を回していると、鬼太郎と話していた水木がそれに気付き男の方を振り返り声を掛ける。
「疲れたか、ゲゲ郎。悪いな、俺が一緒に行けたら良かったんだが」
「いやなに、たまには良い。鬼太郎と出掛けられて楽しかったしな」
 そうか、と眉を下げて返した水木の瞳は言外にゲゲ郎を心配していた。その視線を受けて男の心中がそわりとくすぐられて揺れる。
 水木に心配されるのはくすぐったく、心を傾けられているのだということが感じられてゲゲ郎は好きだった。心配されたい、などという言い方をすれば水木は怒ってしまうかもしれないが、どんな形であれ水木の想いの向かう先が己であることが実感できるのは嬉しいことであった。
「どんなのにしたんだ? 見せてくれよ」
 水木に促されたゲゲ郎が紙袋を開けてがさりと出したのは鬼太郎の着る衣装。
 茶色のふわふわの毛で作られた付け耳と鋭い爪のついたふわふわの手袋、ふっくらふわふわの尻尾にふわふわの上着と短パンのセットである。小物として真っ赤な大きなリボンが付いている。
「こ、これは……!」
 『可愛い』が約束された衣装、水木は鬼太郎がそれを身に纏う姿を脳裏に浮かべ言葉を失った。着ている姿を想像しただけでも分かる。これを着た鬼太郎はきっととてもすごく可愛いに違いない。
「だ、誰が選んだんだ」
「ワシじゃ」
 ふふんと得意気なゲゲ郎を水木は心から褒めた。
「よくやったゲゲ郎」
「ふふふ、そうじゃろそうじゃろ」
 気分の良くなったゲゲ郎は続けて水木の分の衣装も披露する。
「お主のはこれじゃ」
 それを取り出した瞬間、鬼太郎と水木の声が重なった。
「え」
 所謂いわゆるナース服、というやつである。
 近頃ではお目にかかれないような古いタイプの型で、ワンピースのようだが極めて丈が短い。というのも実際に医療施設で使用されていたような物ではなく、チープなコスプレによくあるような物と言えばよいのか、いかがわしい目的で着たり着せたりするのに使われるような形のそれであった。
 ぴらりとした薄めの生地は下が透けそうな白、所々に血糊で汚れた加工がされ、わざと裾が破けたり解れている。セットで薄い白のストッキングがついており、ご丁寧なことにずり下がらないよう固定する為にレースのガーターベルトまであった。
 水木は呆れた。
「着ない」
「なんでじゃあ!」
 わぁん! とゲゲ郎が喚く。そしてゲゲ郎の声に負けないくらいの大声で水木が言い返した。
「ばっ、かやろう! そんなもんで外を歩けるか!」
 もう普段着でいいだろう、お前に任せた俺の失敗だと大きなため息を吐く水木へ「僕は反対しましたよ」と鬼太郎は慰めの言葉を掛けた。
「まさかそれを買っていたなんて……別のにするって言ってたじゃないですか」
「別の? はぁ……、こんなのじゃなけりゃあ何でもよかったんだが、何でそっちにしなかったんだ」
 鬼太郎の言葉に反応した水木が呆れ返った声を出してゲゲ郎を見る。
……それも、ある」
 紙袋からまた更に一つ取り出したのは男が鬼太郎と選んだそれ。黒い外套と西洋風のシャツがセットになったものである。
「なんだ、買ってたのか? まともなのがあるじゃないか、どうしてこれを出さないんだ」
「水木に……それを着てほしくて……
……
 水木は当然、二つめを選んだ。
 まぁ当たり前だな、という鬼太郎の表情としょんぼりとした顔で心底残念そうなゲゲ郎を横目に衣装を広げて見ていた水木が鬼太郎に声を掛ける。
「お菓子を持って外に出るのは夕方からだが、一度着替えてみるか?」
 水木がそう言ったのは、ふわふわの衣装を眺めながら少しそわそわした様子の鬼太郎に気付いたからだが、その言葉に顔を上げた子供は恥ずかしげにはい、と頷いた。
 そっと包みを抱えてそそくさと隣の部屋に入っていく姿を微笑ましく見送った水木はさて、と隣でまだぐすぐすと鼻を啜りながら血塗れの際どいナース衣装を手に悲しげな顔をしている男に向き直る。
「ゲゲ郎、それ……そんなに着てほしかったのか」
「ん、そうじゃが……お主が嫌なら仕方がない」
 ぐ、と何かを言いかけては止めるのを幾度か繰り返した水木がぼそりと呟く。
「なんじゃ?」
 あまりの小さな声に聞き逃したゲゲ郎は水木の方へと耳を傾けた。
 ごく、と唾を飲み込んだ水木が男の胸元を引っ掴み、少し乱暴に自身の方へと引き寄せる。そうしてより近付いた男の耳元に口を付け、消え入りそうな程の小さな声を吹き込む。
「あとで、ふたりきりになったら着てもいい」
「っ……!! ほんとうか!?」
 すぐに離れてそっぽを向いた水木にゲゲ郎が詰め寄る。くるりと背を向けた水木の耳はほんの少し熱を持って赤らんでいた。
 水木の無言の肯定を受け取ったゲゲ郎は嬉しさで笑いを溢し、念を押すように「約束じゃ」と水木へ言った。
「ふふっ、楽しみにしておるからの」
 全て思惑通り、今夜は甘いお菓子が食べられそうだと男は笑った。