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ugatuno
2025-10-31 18:43:27
3205文字
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二次小説
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その心臓は世界のかたち 14話
病室のカーテン越しに、柔らかい朝日が差し込んでいる。
窓の外では、学園のチャイムが遠くに鳴った気がした。たぶん、登校時間なのだろう。
ベッドの上、ジンペイは枕元のスマホをちらりと見る
――
通知はない。
昨日ブルポンが持ってきてくれた小さなお菓子と、コマくんの置いていったひざ掛けが、まだ机に残っている。
『母ちゃんが縫ったんだって。これジンペイ君にって』
『へぇ
……
ありがとう。すごいなこれ、売り物みたいじゃん!』
『ふふ、自信作って言ってたよ。喜んでもらえてよかった~』
「
…………
」
何も言わずに目を閉じた。静かだった。昨日と違って、誰の足音もノックの音も聞こえなかった。
ジンペイの指が、無意識の布団の端をきゅっと掴む。空白が痛い。
誰も来ないのは、当たり前のことだ。用事がある、忙しい、登校時間、授業。
「
……
だからさ
……
来るわけないし
……
」
声にしてみたけど、喉がひりつくように乾いていた。
つぶやいた言葉の端にどこか寂しさが滲んでいる気がして、
自分を納得させるように、天井を見つめながら続ける。
「ずっと誰かが来てくれるとか、思ってねーし
……
」
誰もいないのに、誰かに言い訳しているような声だった。
そしてそのまま、思考もだんだんと沈んでいく。
白い天井を見つめながら、ジンペイはぼんやりと思う。
――
昨日はブルポンが、ゴロミが、バケーラがいた。コマくんが来てくれた。
でも今日は、まだ誰もいない。
そして、それが「ずっと続くかもしれない」という予感。実際は違うのだと分かっていても。
「
……
でも
……
慣れてるし」
ぽつりと落とした声が、病室に吸い込まれていった。
「
……
よう。生きてるかい?」
昼すぎ、ふと風のように現れた声。
ジンペイがゆっくりと顔を向けると、病室のドアがわずかに開いていて、九尾が立っていた。
彼は、やや遠慮がちに片手をひらひらとあげて笑う。
「ちょっとだけ、顔見に来たんだ。
……
迷惑だったかな?」
「
……
んなことないけど」
ジンペイの返事は、手短だった。
しかし九尾は気にしていないふうで、病室の中に入ると静かに椅子を引いて座った。
その所作ひとつとっても、いつにも増して丁寧に見えた。
「まさか倒れるまで無理してたとは思わなかったよ。
……
いや、正確には“やりそうだな”とは思ってたけどさ」
「
……
じゃあ、なんで止めなかったんだよ」
ベッドの上で、ジンペイが呟く。少しだけ、棘を含んだような声音だった。
九尾は小さく息をついて、ふっと笑った。
「だって、そういうときの君って止めても止まらないだろ?」
「
……
」
「誰かの言葉でやめられるくらいなら、もう少し早く倒れてたんじゃないのかい?」
その響きは、諦めでも責めでもなかった。しばらく沈黙が落ちる。
ジンペイは天井を見つめたまま、黙って聞いていた。九尾が続ける。
「
……
それに、僕が何を言ったって、『大丈夫』って返すんだろう?」
ジンペイの指が、布団の端を掴んだ。
「君の嘘は、うまくてね。いつも騙されそうになる。
……
でも、今回はさすがに騙されなかったよ」
ゆるやかに、九尾は立ち上がる。
「今日は長居しないよ。ただ、これだけは言っとく」
ジンペイの横に立って、ひと呼吸。その声音は柔らかいが、揺るいではいなかった。
「今度『もう無理』って思ったときは、誰かに言ってくれていい。
……
君は助けるばっかりじゃなくて、助けられてもいい存在だってことも、忘れないでくれ」
それだけ言って、九尾は扉の方へ向かう。背を向けたまま、ふと足を止めて振り返る。
「あとで、また来るよ。えんら先生にも『冷たいもの禁止』って言われたけど
……
アイスくらいなら、内緒で持ってきてやろうか?」
ジンペイは顔を横に向けていた。
でもわずかに唇が動いたのを、九尾は見逃さなかった。
「
……
バニラ」
「了解。
……
またね、ジンペイ君」
静かな気配が、病室を出て行く。
扉が静かに閉まる音を聞いて、ジンペイは一度だけ、そっと小さく息を吐いた。
昼をすぎても、病室には相変わらず柔らかな光が差し込んでいる。
カーテン越しの明るさが、ほんの少しだけジンペイの目を覚ました。
喉が渇いていた。でも、動くのはつらい。
胃はまだ張りつめたようで、少しでも動けばまた気持ち悪くなりそうだった。
ただ
——
「
……
アイス
……
バニラ
……
」
ぼそっと声に出してみる。目の前にそれがあるわけじゃない。
でも、あの九尾先輩の言葉が、胸の中に火を灯していた。
『あとで、また来るよ。アイスくらいなら持ってきてやろうか?』
ジンペイはふらりと上半身を起こす。
枕元のコップを手にとって、少しだけ口に含んだ。
……
喉が反射的に拒否しかけたけれど、耐える。
「
……
バニラ、食うためには
……
これぐらいは
……
だろ
……
」
わずかに眉をしかめつつも、ほんの少しずつ口を湿らせる。
そしてベッドに腰掛け、そろりと足を床につけた。思ったよりも足に力が入らない。
それでもゆっくりと立ち上がり、点滴スタンドを支えにしながら歩いてみる。
慎重に、一歩ずつ。廊下には幸い誰もいない。
ただ歩くだけでも違う世界に来たようで、スリッパの底が床をする音が心地よかった。
「
……
まじで、アイスのためだけに
……
頑張ってるの、バカみたいだな
……
」
軽く自嘲するように呟いて、また少し歩く。しかし、その顔はちゃんと笑っていた。
「
……
でも、バカなのは、今に始まったことじゃねーしな
……
」
病室に戻ったジンペイは、息は上がっていたけれど、さきほどよりは少し顔色がマシだった。
「
……
アイス
……
食う準備は、できたからな
……
九尾先輩
……
」
そう呟いて、ベッドにもぐりこむ。
暖かな毛布に包まれて、ジンペイは少しだけ安らいだ気持ちになっていた。
「失礼するよ」
柔らかいノックのあと、扉が静かに開く。落ち着いた足取りで九尾が入ってきた。
「
……
お、来た」
ジンペイは少しだけ背もたれを上げたベッドで、ぼんやりと外の景色を眺めていた。
その頬には、ほんの少しだけ赤みが戻っている。
「ほら、言っただろう。バニラアイス、ちゃんと持ってきたよ」
九尾は笑って、手提げから保冷バッグを取り出す。現れたのはシンプルなカップアイス。
「お高いの買ってきたんだ。味わってくれよ?」
「
……
やった。今朝から
……
ちょっとだけなら、食えそうな感じだったんだ」
ジンペイは力なく笑って、スプーンを受け取る。手の震えはまだ少し残っていた。
「
……
無理はするなよ? いまの君のちょっとだけは、信用に値しないんだから」
「はは
……
俺、そんな信頼ない?」
「そういう意味じゃないさ。でも、君は無理してる自覚すらないタイプだからね
……
」
九尾はそう言って、ベッド脇の椅子に腰を下ろす。
夕陽がちょうど差し込み、彼の色素の薄い髪がオレンジ色に透けていた。
ジンペイは一口、アイスをすくって口に運ぶ。
「
……
うま
……
マジでうめーな、これ」
「それはよかった。
……
お見舞いに来た甲斐があったよ」
しばらく、ふたりの間に沈黙が落ちる。重苦しいものではなく、心地のよい間だった。
「
……
あのさ、九尾先輩」
ぽつりと、ジンペイが言った。
「俺
……
たぶん、もうちょっとだけ、頑張れるわ。先輩が
……
こうして、約束守ってくれるからさ」
九尾は、一瞬だけ目を見開いたあと、ふっとやさしく笑った。
「
……
それは嬉しいね。でも、頑張りすぎは厳禁だよ。君には
……
まだ、未来があるんだから」
「一個しか変わんないのにおじいちゃんみたいなこと言うじゃん。でも、未来か
……
重てえな
……
」
「君の中にある新生妖魔界が、そう言ってるんじゃないのかい?」
「
……
かもな。マジで、物理的に重てーけどな」
ふたりは笑う。その笑い声は夕暮れの病室に、優しい風のように広がっていった。
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