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ugatuno
2025-10-31 18:40:28
2951文字
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二次小説
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その心臓は世界のかたち 15話
九尾が退室して、静かになった部屋。
ジンペイはふと、ベッドにもたれかかったまま目を細めた。
さっきのアイスの甘さが、まだ舌のどこかに残っている。
何よりも美味しいと思えた。普通に食べられたし、体調も良かった。
案外、どうにかなるんじゃ──
スプーンが、カップの中でカランと音を立てる。
それを聞いた瞬間、ジンペイは自分の手から力が抜けていたことにようやく気がついた。
「
……
あれ」
指先の感覚が鈍くて、胸の奥がひどく重い。
肺が酸素を求めているのに、呼吸がうまくできない。
でも、身体が思うように動かない。ナースコールに手を伸ばす余裕もない。
──助けを呼べないことが、怖かった。
目の前の景色がにじんで、揺れる。
ジンペイはただ、音もなくベッドに沈んでいった。
機械の電子音。点滴が滴る音だけが聞こえる。まばたきをして、天井を見上げる。
体を動かそうとするが、鈍い痛みと脱力感に阻まれてほとんど動けない。
「っ
……
」
息を吸うと、胸の奥がじんわりと痛む。
(あー
……
ダメだこりゃ
……
)
小さく呻きながら枕元に置かれた水に手を伸ばすが、うまく届かない。
(はあ
……
もう、ほんとに
……
情けねーな
……
)
そのまま再び腕を落として、微かに目を細める。
カーテンの隙間から差し込む陽は、いつの間にか傾き、病室の空気にオレンジの影を落としていた。
ジンペイはずっと同じ姿勢で、ベッドに横になっている。
寝ていたわけじゃない。ただ意識がふわふわして、時間の感覚が曖昧になっていた。
気づかないうちに、額にはほんのり汗がにじむ。
――
コンコン、と控えめなノック。
「ジンペイくん、お水、持ってきましたよ」
ドアが開き、看護師が入ってくる。ジンペイはゆっくりと、座るのをあきらめたまま水を受け取った。
「
……
すみません
……
ありがと、ございます
……
」
少しだけ水を口に含んで、また枕元に戻す。
腕は冷たくて、指先にうまく力が入らない。微かに手が震える。
看護師が退室したあと、少し上がっている息をごまかすように、天井を見つめる。
「っ
……
くそ
……
なにが
……
っ、ヒーロー、だよ
……
」
誰に言うでもなく、ただ空気に向かって小さく吐き捨てた。
少しだけ涙腺が緩む感覚がして、それをごまかすように枕に顔を沈める。
でも顔をそむけたことで、今度は点滴のチューブが腕に引っかかって、ささやかな痛みが走る。
――
『この身体、全部借り物みたいだ』
そんなことをふと思ってしまった。
顔も、声も、強さも、全部作ってるだけだったのかもしれない。
中身は、こんなに弱いままなのに。
「
……
ちょっと、寝たら
……
なんとかなるだろ
……
」
自分の思考をごまかすように呟いて、目を閉じた。
でもさっきより呼吸は浅くて、また眠りに落ちるまでに、ひどく時間がかかった。
廊下の灯りが、すりガラス越しに病室の扉を照らしていた。
ノックはされなかった。ゆっくりと扉が開く。入ってきたのは、コマだった。
手には小さな紙袋を下げている。
コマは気を遣って足音は消していたけれど、静かに声はかけるつもりだった。
ただジンペイの姿を見て、その言葉を飲み込んだ。
ベッドの上で、ジンペイは浅い眠りの中にいた。
呼吸はかすかで、肩の上下もほとんど分からないくらい。
頬はほんのり赤く、額に浮いた汗が枕にしみている。
(
……
ジンペイくん
……
)
コマはベッドの横に近づいて、そっと腰を下ろす。
紙袋を置いて、ジンペイの手元へ視線を落とした
――
本当に小さな震え。
でもそれがどれだけ長く続いていたのか、彼の表情が物語っていた。
(
……
無理、してたんだね
……
)
机の下で足をバタつかせて笑ってたジンペイ。
昼休みにエビマヨ春雨餃子パンを嬉しそうに語ってたジンペイ。
戦うときは誰よりも頼もしくて、みんなの前では絶対に弱いところを見せなかった。
……
けど今、目の前にいるのは
――
手をそっと包もうかとも思ったけど、その指の震えに触れたら、何かが壊れてしまいそうで
――
コマはただ、隣で静かに見守ることを選んだ。
部屋の空気は、しんと静まり返っていた。窓の外で風が揺れている。
その音がやけに遠くに聞こえるほど、この病室の中だけ、時間が止まっているようだった。
「
…………
大丈夫だよ、ジンペイくん」
本当に小さく呟いたその声に、ジンペイがわずかに眉を動かした。
でも、それだけだった。まだ、目は覚めない。
――
それでいい、とも思った。
今はまだ、ちゃんと寝てていい。無理して笑わなくていい。
この手の震えが止まるまで、何度だって見に来るから。
空がうっすらと白み始める時間。
静かな病室の扉の前に、もうひとりの影が立っていた。
タブレットを抱えたラントは、扉をノックしようとして、ふと違和感を覚える。
――
中に、誰かいる。
静かに扉を開けて、隙間からそっと覗き込むと
――
そこにいたのは、コマだった。
病室の椅子に制服のまま腰かけて、ベッドに手をついたまま、うつむいて小さく眠っている。
その姿勢はきっと、ずっと動かずに隣にいて、気づいたらそのまま眠ってしまったものだと分かる。
そして
――
コマの手のすぐそばで、ジンペイが静かに眠っていた。
まだ顔色は優れない。頬の赤みも残ったまま、体温は戻りきっていないようだった。
ラントは一歩踏み出して、そして止まった。
一瞬だけ迷って、しかし、扉を閉めることにした。
静かなまま、朝を迎えさせてやろうと。
そっと踵を返す。
廊下の先へ歩き出すその背中は、本人も気付かず、少しだけ柔らかかった。
小鳥の声もまだ聞こえない、しんとした早朝。
カーテン越しに、うっすらとした光が差し込んでくる。
ジンペイは、ふと目を開けた。
「
…………
ん、
……
ぅ
……
」
かすれた喉が、小さく鳴る。
息を吸い込もうとした瞬間、肺の奥のほうがぎゅっと収縮して、少し咳き込んだ。
「っ、
……
けほっ
……
」
頬にまだ微かに熱が残っている。でも、それよりもまず
——
寒い。
毛布をかけてはあるが、手足の末端が冷えているせいで、全身にじわりと冷たい感覚が滲んでくる。
「
…………
ん
……
?」
ゆっくりと目を動かすと、視界の端に誰かの姿が映った。
椅子に腰掛けて、机に肘をついたまま、コマが眠っていた。
「
……
コマくん
……
」
かすれた声で、そっと名前を呼ぶ。でも、コマは目を覚まさなかった。
——
そっか。来てくれてたんだ。
ジンペイは、小さく目を細めて、コマの寝顔を見つめる。
「
……
ありがとう」
さっきより少しだけ、幼いトーンで。
感謝の言葉を呟いたあと、ゆっくりとベッドの隅に視線を落とす。
点滴のチューブが、腕に繋がっている。
手の甲に貼られたテープが、嫌でも今の自分の状態を思い出させた。
「
…………
まだ、ちょっと
……
しんどいな」
自分でも、驚くくらい素直な言葉だった。茶化す余裕もない声。
でも、今は誰にも聞かれていない。
――
コマくん以外には。
「
……
もうちょいだけ
……
寝てていい?」
眠っているコマに向かって問いかけるような、甘えるような声。
返事はない。でもそれでいい。ジンペイはそっと目を閉じる。
今度はさっきより、もう少し深く眠れそうだった。
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