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ugatuno
2025-10-31 18:31:55
5009文字
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二次小説
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その心臓は世界のかたち 16話
エマとメラとフブキのお見舞い+α。
ぬらりが夜の病室に顔を出し、
臼見沢が記録や術式データを整理している。
ジンペイの状態を確認しつつ、臼見沢がふとモニターに反射した彼の顔を見て、
ほんの一瞬、「懐かしい」と口にしかけたようだった
――
「
……
面影が、どこかに残っている気がしますね」
臼見沢の声は、夜の機械音に紛れて消えた。
ぬらりはその背を見つめながら、心の中でつぶやく。
(あいつも、まだ夢を見ている。
目覚めたまま夢を見るのが、大人というものか。)
(
……
まもなく夜が明ける。
ジンペイにとっては、それが“また一日戦う”ということだ)
ぬらりはそう思いながら、病室をあとにした。
朝になっても、まだ空気は重い。
呼吸は浅いまま、けれど昨夜よりは少しだけ楽だった。
カーテン越しに光が差し、消毒液の匂いがやわらいでいる。
――
控えめなノックの音。
「
……
失礼しますね」
声の主はエマだった。
制服の上にカーディガンを羽織って、手には小さな紙袋。中には市販のゼリー飲料が数本入っている。
「お邪魔してすみません。
……
少しだけ、お顔を見に」
「あ、
……
うん。ありがと」
声を出すのも少し迷うような、静かなやり取り。
エマはベッドの脇まで来て、ゼリーをそっと置いた。
「よかったらこれ
………
甘すぎないのを選びました。冷やすと飲みやすいそうです」
「やっぱエマは気が利くなぁ」
それだけで、ジンペイの声に少しだけ色が戻る。
エマはそんなジンペイの顔を見て、安心したように柔らかく微笑む。
言葉はあまり交わさなかったが、確かに穏やかな時間が流れていた。
――
エマは「また、来ますね」と静かに頭を下げて出ていった。
ふわりと残った柔らかな香りと気配が、
病室の空気をわずかに変えていた。
(
……
やっぱ、優しいな)
まだ痛みはある。でも、胸の奥が少しだけ軽くなった。
午後の病室、面会時間の終わりがけ。
窓から差し込む光が少しだけオレンジ色に変わりかけている。
その中で、ジンペイはベッドに横になっていた。
微熱が続いている。少し呼吸が浅い。
それでも、来客の気配にはすぐ気づいた。
「
……
ん、誰?」
声は少しかすれていたが、意識ははっきりしていた。
「俺です兄貴。
……
入っていいっスか?」
扉越しに聞こえたのは、聞き慣れた声だった。
「
……
ああ。開いてる」
数秒後、ガチャリとドアが開いた。
入ってきたのは、制服のままのメラだった。
手には紙袋がひとつ。持ち慣れない仕草でぶら下げている。
「よう、兄貴。
……
見舞い、来たぜ」
「
……
はは、なんか似合わねーな、その言い方」
ジンペイは小さく笑う。
でも、笑いきる前に、咳がひとつこぼれた。
それを見て、メラは足を止めた。ただ、指摘はしない。
「
……
なんか欲しいもんあるかなって思ってよ、食えるかわかんねーけど
……
購買のゼリーとか、菓子パンとか
……
まあ、いけそうなもん適当に」
「サンキューな。あとで食うわ! 丁度腹減っててさ~」
「
……
食える範囲でいいから、無理はすんなよ」
どこか気まずげな沈黙が一瞬落ちる。
ジンペイは、身体を少し起こそうとした。
けれど背中が浮きかけたところで、観念して息を吸い込み直すように止めた。
「
……
やっぱ横になったままでも、いい?」
「横になってて当然っス」
メラは一歩だけ近づいて、ベッドの脇に立った。
視線は真っ直ぐだが、どこか慎重な立ち方だった。
「
……
こういうの、慣れてねぇんで。なんか変なこと言ってたら、聞かなかったことにしてくれ」
「いや、気ぃ遣ってくれてんのはわかるから
……
」
慣れない無言。数瞬だけ、空気が静止したようだった。
「
……
兄貴が寝てるの、変な感じだ」
「俺も
…
寝てんのは、変な感じ」
ジンペイは、どこか力の抜けた声で言った。
けれど、茶化すような調子にはなっていなかった。
「あんま、こんなとこ
……
来なくてもいいぞ」
見られたくない、をすんでのところで飲みこんだ。
「なんでだよ」
「こーゆーとこ見られんの
……
好きじゃないし」
「そっか」
短く、それだけを返したメラは、ほんの少しだけ視線を下に落とした。
けれど、それ以上は何も言わなかった。
「
……
でも、サンキューな」
ジンペイの声が、わずかにやわらぐ。
「おう、気にすんな」
その言葉は乱暴なのに、優しい響きがあった。
「
……
むしろ見舞いにはナイスタイミングかもな!起きてはいられるし、いま寝起きであんま喋れてねーだけだし」
「それ、たぶんナイスタイミングでもなさそうっスけど」
メラは苦笑のような声を漏らした。
それでもそのやりとりの中には、少しだけ安心するような空気が流れていた。
「
……
パン、冷蔵庫入れとくんで。明日くらいに食えそうだったら、食ってくれ」
「おう。
……
ありがと」
「じゃ、今日は顔見せただけなんで帰るわ。兄貴もちゃんと寝ろよ」
「はーい。生徒指導かよ」
「兄貴が元気になれば、言わなくて済むんで」
そう言って、メラは一礼もせずにひょいと片手を上げて出ていった。
ただ、その背中は
――
やけにしっかりして見えた。
翌日の病室。
光は傾きかけているが、カーテンはまだ閉められていない。
窓からの光が床を淡く照らして、時計の針は無音で進んでいた。
ジンペイはベッドの上に座っていた。
背もたれを起こしているわけでもない。
ただ、だらりと座って、天井の一点を見つめている。
(
……
なんか
……
変だな)
別に息が苦しいわけじゃない。
でも胸の奥に、鈍い圧がある。
重さとも、詰まりとも言えない感覚。
頭もどこかぼやけていて、時間の流れがつかめない。
喉が渇いた気がして、水差しに手を伸ばしかける。
でも、指先の動きがほんの一瞬ずれる。
そこに自分で気づいて、ふと眉をひそめた。
(あー
……
やだな
……
)
なにがどう、ってわけじゃない。
ただ、身体が“ついてこない”感じがする。
ベッドの手すりに肘をついて、しばらくじっとしていた。
──そのとき。
ノック。
柔らかく、でもためらいのない音。
「
……
入るわよ」
声を聞く前に、誰かを察する気配。
ジンペイはわずかに顔をそらした。
その直後、ドアが開く。
「やっぱり起きてたのね」
制服姿のフブキが、部屋に入ってきた。
その表情は、いつものまま。
心配を言葉にするでもなく、無表情でもない、絶妙な“通常運転”。
「おー
……
フブキ」
声に張りはない。
ジンペイは喉を鳴らすようにして返事をする。
「寝てた?」
「
……
寝起きだったってことで」
「ふーん。そっちのが都合いいのね」
フブキは遠慮なく歩み寄ってきて、
ベッドの足元側に腰をおろした。
ジンペイはちらりと視線を送るが、何も言わない。
「顔色、よくはないわね」
ぽつりと、事実だけを述べる。
ジンペイは肩をすくめて、あえてちょっと拗ねたように返す。
「そりゃあ、病人ですからねー」
「
……
はいはい、元気なふりしてるのは分かったわよ」
フブキの言葉に、ジンペイはわずかに目を細めた。
追及するわけでもなく、かといって受け流すでもない。
――
そのちょうどいい距離感が、いまは逆に居心地が悪い。
「
……
え、もしかしてお見舞い?」
「そうよ。私が来るの、そんなに変?」
「いや? なんか予想外だっただけ」
「予想外って、どういうことよ」
「
……
なんとなく、来ないんじゃねーかなって」
「あら、失礼ね」
いたずらっぽく、不敵に微笑むフブキ。
「
……
正直に言うと、あんたのほうが“気まずい”と思ってたけど」
「気まずい?」
「私、たぶん
……
見えちゃってるから。ジンペイ君の“素”の部分、ちょっとだけ」
ジンペイは言葉を返さなかった。
一瞬だけ、視線が宙をさまよう。
けれど、いつもの調子に戻るより先に
――
「
……
っ、」
喉の奥がひゅっ、と鳴った。
無意識に胸元へ手がいく。
表情が、かすかに歪む。
「ちょっと、ジンペイ君
……
?」
フブキが思わず前のめりになる。
ジンペイは慌てて片手を上げて制止した。
「
……
だいじょぶ、だいじょぶ
……
ちょっと、気持ち悪いだけだから」
「それ、全然“大丈夫”じゃないわよ」
「
……
でも、フブキに心配されんのも、けっこうレアだなー
……
」
冗談めかして言ったけれど、声に力はなかった。
フブキはしばらくジンペイの顔を見ていたが、やがて立ち上がった。
無理に追及することはせず、落ち着いた声で言う。
「
……
無理しないの、下手ね。あんた」
ジンペイが、わずかに目を見開く。
「
……
あー、そーゆーの、あんまり言われ慣れてないから、やめとこうぜ?」
「はいはい」
フブキは、鞄からペットボトルを取り出して、机に置く。
「
――
これ、薬飲むときとか、喉乾いたときに」
「ありがと」
「
……
また、来るわ」
「
……
え、マジで?」
「その反応なによ」
フブキはわざとらしく眉をひそめ、口角を上げてみせた。
「次来たとき、ちゃんともう少し顔色戻ってなかったら
……
説教するわよ」
「それは怖えーな
……
頑張るわ」
フブキはそれ以上何も言わず、静かに病室をあとにした。
扉が閉まったあと、ジンペイは横たわって天井を仰ぎながら、小さく息を吐いた。
(
……
見透かされてんな)
そう考えかけて、何も気が付かなかったことにした。
しばらくのあいだ、動けなかった。
横たわったまま、ただ天井を見ていた。
焦点はあっているはずなのに、白いラインが微妙に揺れて見える。
喉の奥が熱い。
唾を飲み込むと、どこかが擦れたような違和感だけが残った。
頭の奥がぬるくぼやけて、意識が少し底の方に沈んでいく。
眠気とは違う。思考も濁っていない。
呼吸はできている。でも、浅くて少し早い。
それに気づいたあとも、特に何も考えなかった。
この感じが何なのかは、いま考えることじゃない。
なるべく何も気にならないように、ジンペイは目を閉じた。
静かな部屋の中で、呼吸の音だけがかすかに続いていた。
――
夜。病室の灯りは落とされ、非常口の淡いグリーンだけが静かに滲んでいた。
ジンペイは、仰向けのまま微動だにせずにいた。
毛布の中で、左手だけがそっと胸のあたりを押さえている。
「
……
ん、
……
く、
……
」
音にならない吐息が漏れる。
顔は枕の方にわずかに傾き、目を閉じたまま眉が寄っていた。
心臓の真裏。ちょうど背中の内側、肩甲骨のあたり。
そこに、鉛みたいな重さがずっと張りついていた。
引き剥がすことも、逃げることもできない。
ただただ、押し潰されるような圧が、静かに、じわじわとのしかかってくる。
呼吸は浅く、一定ではない。
吸うとき、胸の奥で“詰まる”感じがある。
うまく息が入ってこない。入れようとするたび、背中の重みが抵抗してくる。
「
……
う、
……
ぅ
……
」
かすかに身を丸める。
でもそれも、楽にはならない。
仰向けでも横向きでも、重さは“そこ”からどかない。
――
心臓の真裏って、こんなに意識する場所だったっけ。誰かが中から、背中をぐーっと引っぱってるみたいだ。
意識が朦朧としてくるたびに、重みがじわじわ濃くなる。
まるで、眠らせないように引き留めているかのように。
ジンペイは、そっと右手を動かそうとした。
けれど手の甲の点滴が思った以上に鋭く痛んで、思わず手を引っ込める。
「
……
チッ
……
」
小さな舌打ち。だけどそれも、唇の動きだけの音だった。
身体は重く、背中は痛く、呼吸は浅い。
けどそれ以上にキツいのは、この感じを、誰にも伝えられないことだった。
痛い、じゃない。苦しい、じゃ足りない。重い、でもない。
「言えない」この感覚が、ジンペイをしんどくさせる。
何も言えずに、ただ天井を見ていた。
重力に負けてるみたいに、まぶたがじわりと落ちてくる。
でも、寝てしまうのも怖かった。
この圧が、夜のあいだにもっと重くなる気がしたから。
だからジンペイは、そっと息を吸い直す。
浅い、けれど確かに。胸の奥にあるその重さを、少しでもごまかすために。
「
……
大丈夫、
……
まだ大丈夫
……
」
誰に向けたわけでもない呟き。
けれどその声には、自分すら信じられていないような脆さが滲んでいた。
――
病室の夜は、しんと静かだった。
ただ背中の内側にだけ、重い“何か”が居座り続けていた。
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