ゆうり
2025-10-31 15:34:53
10006文字
Public
 

変わるもの、変わらないもの。

丸2ヶ月捏ねて方向性を見失った過去のジェラ様が出来てるへくじぇらちゃんとこに来てちょっと揉める話。
模造まみれです。

ジェラールの護衛としての任務に付いていたヘクターはジェラールからひとつ頼み事を受けた。
先日手に入れた合成術に関する資料を取りに行って欲しいとの事だった。
「別に今日の仕事に使う訳では無いのだけど休憩中にちょっと読みたいと思って職務に関係無い事だから自分の空き時間に行けば良いだけなんだけども。」
「ジェラール様が執務室にいらっしゃる間にオレが行きますよ。警備を気持ち執務室周辺強化してもらっておきますし。」
「そこまでしなくても大丈夫だから!」
この人は皇帝陛下となってからなかなか我を通そうとしなくなってしまったと聞く。
なぜ伝聞系なのかといえば自分はジェラールが自由にしていた時期にジェラールの姿ををまともに見ていなかったからだ。
自由と言っても皇族としての本分は弁えて居たのだろうが、帝国の主となった今との差は歴然だろう。
少しの希望くらいは叶えてあげたいと思うのが帝国民のほとんどのはず。
ヘクターの場合は可愛い恋人の希望は出来る限り叶えてやりたい、喜ぶ姿が見たいという邪な理由がかなりの割合を占めるのだが。
ジェラールがヘクターに与えてくれる我儘は喜びでしかないのだから。
申し訳なさそうにするジェラールも可愛くて仕方ないがどうせなら笑う顔が見たい。
「恋人の頼みを聞くのも楽しみのひとつなんで。少しお側を離れても宜しいですか?」
そう混ぜ返せばジェラールは照れながらもじゃあ、お願いと可愛く了承してくれるのだった。



ヘクターは術法研究所に出向き、ローズからジェラールが所望していた合成術に関しての資料を受け取る事が出来た。
「要するにこの前の遠征で手に入れたやつの報告書って事だろ?ほぼ仕事じゃねえか。」
「あら?でもジェラール様は楽しんでらっしゃるし。」
確かにどちらかと言うと勉学向きのジェラールにとっては興味がある内容なのだろうが、これは敵対する相手への攻撃術で帝国にとっての大きな武力となる物だ。
あの人はこれを使いこなせるだけの能力が元々あったのだ。それを自分は。

いっつ!!」
ボコンと。
過去の自らの所業を思い出しているヘクターの頭に向かってぶ厚い本の側面がぶつけられた。
「まだジェラール様もお仕事中なのでしょ?さっさとお戻りになったら?」
「そうだな。ありがとう、邪魔したな。」
術師達はほぼ全員ヘクターには当たりが強いがそりゃそうだと納得している。
第二皇子であった時期のジェラールに誰よりも辛く当たり、寄りにもよって父兄を亡くした直後の暴言はヘクターにとっての一生の傷だ。
力では追いつけないならと早いうちからあの人は自らの特性を自覚し、帝国の為にと努力していたのに曇ったヘクターの瞳はそれを見ようともしなかった。
この術法研究所もジェラールが七英雄との戦いにおいて力だけではなく術の活用も有効であると皇帝継承前より集めていた資料を示し、費用が確保出来次第の建設にまで進めていたため早いうちの計画進行となったのだ。
あの頃の、第二皇子としての立場で兄と父の為にと努力していたジェラール皇子にもしも会う事が出来たら自分はどうするのだろう。どうしたいのだろう。
そんなある訳が無い事を考えながら王城への道を歩いていると自然のものでは無い草木の擦れをヘクターは感じた。
だが殺気もない、小動物かなにかだろうか。
動物であっても人を傷つけるような種であればそれが場内にいるのはうまくないと思い、ヘクターは音を感じる茂みに近付いた。
そこにちらりと見えたのは風にふわりと揺れる豊かな赤毛と普段着とはいえ品が良く良い素材が使われた白い装束。
執務室にいるはずのジェラールがなぜここに。
「ジェラール様?」
思わず声をかけると赤毛がびくりと震える。ぴょこりと跳ねた赤毛の一部。
これはヘクターが唯一仕える主君の、誰よりも愛しい恋人が持つもののはず。
それなのにヘクターの声に気が付いて振り向いたその表情が、ヘクターのその人とは違った。
「え?あヘクター?」
ヘクターの存在を確認してなお距離を取ろうとする、顔を背けようとするこの人は、オレのジェラール様じゃない。


「アンタは一体?」
ヘクターが手を伸ばそうとすると目の前にいるジェラールはびくりと震える。
この反応は、この表情は知らない訳じゃない。寧ろ長年ヘクターが見ようとしなかった頃の物。
伸ばそうとした手を下ろし、極力距離を置いた上でヘクターは問いかける。
「ジェラール様なのは間違いないですよね?」
ジェラールはこくりと頷く。
「今は帝国歴何年かご存知で?」
「今は帝国歴999年ではなさそうだね。」
「何故?」
ヘクターが疑問を投げかけるとジェラールはここからでも見ることの出来る術法研究所を指差した。
あれはジェラールが皇帝を継承後に計画が進み、建築された真新しい物だ。
それを知らない者過去から来たという事か。
「アンタは今?」
「今は19だ。ここが何年後かのアバロンだという事はわかるよ。ただ、それだけ。」
過去から未来の世界に移動しているなんてありえない状況に陥っていると理解しているのにも関わらず過去のジェラールは取り乱しはしなかった。
今を何も知らない過去からの来訪者をどう扱っていいものかとヘクターが考えあぐねているうちに近くから人の話し声が聞こえてくる。
このままこの人とこの場にいるのは得策ではない、ととりあえず羽織っていた外套をジェラールの頭から被せて隠す。
「わっ、ぷ!」
「出来ればアンタのケープのフードも被ってください。その赤毛はここでは目立ち過ぎる。」
そう伝えるとジェラールはフードを被り赤毛を隠すように動いた。
特に説明はしなくとも自分がここに居てはいけないという理解が早い。
公共の場で詳しく話している余裕もないのでヘクターにとってもありがたい事だ。
「とりあえず当座隠れて居られそうな場所にお連れします、良いですね?」
彼をこのまま放っておく訳にもいかない、報告がいるにしても安全を確保してからの事だ。
自分を嫌っている相手の言う事を聞いてくれるかという不安はあったが、ジェラールは静かに頷いてくれたのでヘクターは軽くため息をついた。
まさかついさっきまで思い描いていた人に出くわすなんて、誰の悪戯によるものなのかと。

術研究所から比較的近く、面倒な人物と出くわす可能性が低く、比較的安全に匿う事が出来る場所となれば手近なのが兵舎のヘクター自身の部屋だった。
同僚はもちろん部下にも会わなきゃいいなと思いながらジェラールを連れ立ったが真昼間という事もあり面倒な事にはならずに済んだ。
ヘクターは隠しにしまってある鍵を取り出して自室の扉を開き、後ろにいるジェラールを部屋に促すが反応が悪い。長年辛く当たっているであろう過去の自分をこんな形でも恨めしく思わされるとは。
部屋の前で押し問答するわけにもいかず、ジェラールの肩を隠すように引き寄せそのまま自分の身体ごと部屋の中に入れる。
不快だと思われても仕方がない、極力他者の目に触れさせる訳にはいかない。
「手狭ですが掃除はしてありますので。お疲れでしたら寝台で横になってもらっても構いませんので。」
そう伝えるとジェラールは驚いた反応をする。
「そんな事は出来ないよ私なんかが君の部屋に入れて貰っている事だけでも有難いのだから。」
合わせようとするとふいと逸らされる目線、近付こうとすると適度に取られる距離。
これはヘクター自身が過去ジェラールに与えていた物。自分が今感じたもの以上に辛いものを自分が今現在仕えるジェラールは過去に感じていたのだ。
その距離を縮める為に自分の仕えるジェラールはどうしていたのか、誰よりも答えを知っているのは自分自身。
相手を正面から見据えて、そして誠実に伝えればいい。
「貴方を護りたいと思って言ってます。突然の事に巻き込まれてお疲れでしょうから遠慮は不要です。俺は仕事の途中なのでこの後外します。内鍵は閉めてくださって構いません。」
いい加減執務室に戻らないと警備の方も限界だと思われるし、この件については当事者に近い今のジェラールにも話を通さねばならない。
ヘクターの思いが伝わったのか顔を背けていたジェラールはヘクターの方を向き、こくりとひとつ頷いてから目を合わせてくれた。今はこれだけでも十分だ。



思っていた以上の時間をかけてしまい、預かった書類を携えて皇帝陛下の待つ執務室へ向かうヘクターの足取りは自然と速くなる。
そんな中でも自分が先程出会った夢のような存在についてもどう相談すべきかと脳内で考えを巡らせながら。ジェラールは術にも精通しているし、処遇についても自分がどうこうするよりも安全な場所を確保出来るだろう。
ヘクターは執務室の扉前で警護にあたる兵士達に声を掛け、扉を叩くと耳慣れたいつものジェラールの声での了承の返事が得られたので入室する。
「おかえりヘクター、面倒かけてしまってすまなかった、ね?」
資料を執務机にいるジェラールに手渡そうとするが、ジェラールから胡乱な目で見られヘクターは妙な緊張を覚えてしまった。術研究所近くで遭遇した出来事は別にヘクターにとって後ろめたい事では無いはずだ。
ただ自分の抱える後悔に絡む出来事ではあったのでその辺の機微を読まれたとしたらそれはヘクター自身の心の弱さでしかない。
そんな自分事よりもヘクターの部屋に留めたあのジェラールへの対応をどうにかしないといけない。
「遅くなってしまい申し訳ありませんでした。こちらがローズから預かってきた物です、ご確認ください。」
「うん、ありがとう。他の報告も今ここで受けてしまって大丈夫な事?」
ジェラールの後の方の言葉は少し潜められていたのであまり大声で言える案件ではない事が自然に通っている事は大変ありがたい。
「ちょっと君にしては帰るのが遅いなと思ってたし、入室時も緊張していると感じたから...合ってる?」
そう言って少し自信無さそうにジェラールがヘクターを見上げてくる。
公的な場所ではブレの無い威厳のある姿しか見せない皇帝陛下が自分の前ではちょっとした油断を見せて貰えるようになったと思うとそれなりに優越感は覚えてしまう自分が居る事も否めない。
その気持ちが顔に出そうになるがまだ任務中である事を思い出しヘクターは気を引きしめる。
「こちらに戻る途中に迷い人と遭遇しました。ちょっと訳ありなので俺の自室で保護しています。」
――そう、わかった。その人と私は対面しても問題ないのかな?」
ヘクターからの報告を飲み込む時にジェラールに少しの違和感があったが今後の対処についての思考での揺れだろう。危険性から考えると物理的には問題無いだろうが、過去から来た自分に出会うという現象が何かしらの予想外を引き出す可能性も無きにしも非ずだ。正直に簡潔にお伝えしておくべきだろう。
「過去の貴方です。」
「え?」
「バレンヌ帝国の第二皇子を保護しました。」


術研究所からの報告書を読む為の休憩時間をも返上してジェラールは今日分の仕事を終わらせていたが流石に限度を越えたのか兵舎までの足取りが重い。
鍛錬も欠かさずしているようだが体力面においてはなかなか追い付かないらしい。
「抱き上げるか背負うかします?」
「いらないよ!そんな子供じゃないんだから。」
剥きになって赤面するところも可愛いが決して子供扱いでは無い。
だからといって臣下の姿勢であるかと言われればそれだけでは無い下心も確実にあるので、ヘクターは周囲を確認しつつもジェラールの腰を抱き耳元で囁く。
「仕事で疲れた恋人に対する心配なんですけど?」
さらに赤くなるのも可愛らしいがついにはジェラールが足を止めてしまったのでこれでは逆効果だ。
ジェラールの腰を支えながらもゆっくりと、それでも気持ち早足で目的地に向かった。

兵舎のヘクターの自室に到着した所で軽く扉を叩くが反応が得られなかったので、持っていた自室の鍵を取り出す。
「もしかしたら休んでいらっしゃる可能性があって。」
君の寝台でって事?」
一瞬空気がピリ、と緊張したような気がしたがなるべく音を立てないように鍵を回しそのまま扉を静かに開き、ジェラールを先に入れてヘクター自身も身体を滑り込ませてすぐに扉を閉める。
「私が居る。」
寝台の端っこに丸まるように眠る跳ねた赤毛の青年は分かっていた事だが自分の仕える皇帝陛下とやはり瓜二つだった。
「同室にいるくらいなら大丈夫そうだね、あまり近くには行かない方が良いかな?でも。」
納得がいっていないような表情を浮かべるジェラールはヘクターはあまり見ない顔だった。こういう状況に見識があるが故かとも思ったがこんな状況おとぎ話で見たことがあっても現実にはあるはずが無い。
じゃあなんだ?とヘクターが疑問に思っていると寝台の上の人物が身動いだ。
ヘクターはある程度触れても問題が無かったので寝台脇に近付く。
「んぅ……んん。」
「起きられましたか?」
「う、ん……ッ!あ、ごめ……!!ついうっかり横になってしまって。」
「使っていただいて構わないとお伝えしましたからお気になさらず。少しは休めましたか?」
「もちろん!ずっとどうしていいか外で迷っていたから本当にありがとう。」
張っていた気も少し和らいだのか先程よりも落ち着いたようでヘクターは安堵した。
が、何となくひやりとした空気を背後から感じる。
「あ、と、ジェラール様?」
「「何?」」
同じ筈の声なのに少しばかり声色の違う同じ言葉が2人から出てくるという状況はヘクターで初めての体験で面食らってしまった。何より後ろに居る自分の仕える現在のジェラールの状況が違和感どころではなく様子がいつもと違いすぎている。
「すいません、今のジェラール様の方で、ええと何てお呼びすればいいんですかね?」
「私の事は呼び捨てで良いよ、分かりやすいでしょ?」
「出来るわけが無いでしょうが!」
「本人が良いって言ってるのに。」
今のジェラールは先程までの公務中には見せることの無い子供っぽい表情を見せてくる。その顔を見ると数年前のジェラールとは大して違いを感じる程でもないなとヘクターは思う。
「お2人は仲が良いんですね?」
今のジェラールと言い合っていると過去のジェラールが驚いたように声を掛けてくる。
主従関係なのでと言っても過去のジェラールと過去のヘクターの関係が最悪の時期から来ている彼にそれを言って果たして伝わるかどうか。
他に何か上手い言い様がとヘクターが悩んでいるうちに今のジェラールが軽く答える。
「だって彼は私の恋人だから。」
「え?」
「え、ちょ、ちょっと待ってください!?」
何を言っているのかこの人は!思わずヘクターは今のジェラールの両肩を手で抑える。
そんな現在の誰かに言ったとしても面倒なことになりそうな案件を過去から来たという人間に暴露していいものなのだろうか。
そもそも恋人どころか主従関係としても拗れた状態から来ている人間だ。有り得ないと引かれる可能性すら有り得る。
言った当の本人は何か悪い事でも?というような顔をしているがこれもまたあまり見ない表情だなとヘクターは感じた。少し前からジェラールの様子が少々おかしいような気もしないでもない。
不安になって過去から来たジェラールの方を見れば何故か気落ちした様子だった。そこは驚く所では無いだろうかとヘクターは思う。
「恋人……。」
「あ、あのですね、ジェラール様?」
ジェラール皇子に声をかけようとした矢先に扉がノックされ緊張が走る。
2人のジェラールを部屋の奥に行かせてから扉を開くとそこに居たのはベアだった。
「突然すまない、こちらにジェラール様が来られているという話を聞いてだな。」
「ああ、いるけど。急ぎか?」
「皇帝の玉印が必要な書類が緊急で回って来てなお手をお借りしたい。」
ジェラール皇子の方の対処はこのままヘクターがどうにかするしかないだろう、ジェラール陛下の方をベアに任せる手筈にして部屋の中に戻る。
「陛下、ちょっと陛下でないといけない案件が出たそうです。ベアが来ているので執務室にお戻りいただけますか?」
そう伝えるとジェラールは一瞬不満そうな顔をするがすぐに戻して皇帝の顔になる。
わかった。じゃあこの件についてはヘクター君に任せる。けど、その。」
「なんです?」
何故か歯切れが悪い。ヘクターが首を傾げているとそのまま右耳をジェラール陛下に引っ張られて耳元で告げられる。
「浮気は!駄目だからな!!」
「ちょ、ッいってってはぁ?」
ヘクターの耳を引っ張っていた手をパッと離し一瞬にしてヘクターからも離れて扉を出ようとするジェラール陛下は最後にヘクターにべっと舌を出して扉の外に出ていってしまう。
皇帝陛下ともあろうものが行儀の悪い事をと思ったが多分10割方自分の影響なのでヘクターは頭を抱える。後ろで見ていたジェラール皇子も流石に驚いているようだが当然だろう。
「あれが今の私。」
「ご自身から見て結構違います?」
「自分自身がどうと言うより君、いや貴方との関係の近さの方に驚いてしまって。」
「ああ。」
それはそうだろう。
ジェラール皇子とは目を合わせる事すら嫌悪し、口を開こうものなら彼の非力さを揶揄するような言葉ばかり投げ掛けていた。
今思えばジェラールはジェラールなりにバレンヌ帝国の事を考えていたからこそ、あの滅亡の危機から1年で帝国を立て直せたのだ。ヘクターは自分自身の先見の明の無さに何度と無く呆れ返ったものだ。
「私の時代のヘクターも、いつか私を見てくれるだろうか。」
そう言いながらジェラール皇子は外の風景を眺めるが、実際に見ているのは今は見ることはないであろう過去のヘクターの姿だろうか。
臣下の分際であれだけの嫌悪感をあからさまに出すような奴にそんな憂いのある顔をしてやる事は無いでしょうに、と過去の自分を棚上げしながらジェラール皇子にヘクターは語りかける。
「ジェラール陛下は今はあんな感じですけどね、2,3年前はアンタと同じでしたよ。間違いなくアンタはあの方に繋がってる。アンタがいるからあの方がいるのかもしれませんが。」
「うん?」
ジェラール皇子がうまく飲み込めてないような反応を見せるがそれはそうだろうと当事者の1人としてヘクターは変に納得する。何なら自分が1番飲み込めないはずだったのだから、この第二皇子の事を。
それでもこの皇子が居たからこそ、今のジェラール陛下がいるのは紛れもない事実だ。
ヘクターがこうやって真正面からこの人をしっかり見据える事が出来たのもジェラールがジェラールであったから。
「貴方が貴方のままでいてくれたら、そいつは間違いなく貴方から目を逸らせなくなりますよ。」
現にその当事者が言ってるのだから間違いないです、とヘクターが念を押せばジェラール皇子は一瞬面食らった様な表情を浮かべるが続けて笑みを零した。
「貴方がそう言ってくれるなら私も希望を持ってもいいかな。」
やはりというかこの時代のジェラール皇子は必要以上に自己肯定感が低すぎるとヘクターは思う。
それも裏では色々言われていたという事が原因という知らずにそれに拍車をかけていたヘクター自身の行動にも我ながら目が余るが反省も込めてジェラール皇子に伝えておきたい。
「希望じゃなくて自信を持ってください。アンタにはそれだけの力があるんだから。」
ありがとう。私のヘクターにも、認めて貰えるように頑張らなくてはね。」
少々引っかかるような文言をヘクターは感じたが、それに異議を唱えようと思った瞬間ジェラール皇子の姿が次第に薄くなり周囲の風景に混ざるかのようにかき消えていく。
「えっ……?」
ヘクターが部屋中を回り、窓や扉を開けても赤毛の欠片も、その気配すら無くなっていた。



不思議な現象に見舞われ突然のことに呆然としていたがそれどころでは無いとヘクターは執務室に戻ったジェラールの元に向かう事にした。早目に報告をするに越したことはないだろう。
急ぎ足で皇帝の執務室前まで向かうと丁度その部屋から出てくるベアと遭遇した。
「おお、ヘクターか。先程は済まなかったな。」
「いや急ぎのってのはそれか?」
ベアの手元には数枚の書類綴りがある。
「陛下にはご無理を言ったがこれで担当部署に回す事が出来る。今はお休みになられているから入ったらどうだ?」
「そりゃ丁度いい。」
執務室の扉を叩き、名を名乗り了承を得てヘクターが扉の中に入り込むと少し疲れたようなジェラールの姿があった。
「お疲れ様ヘクター、お急ぎで終わらせたよってあれ?彼の事は?」
「その件の顛末についても含めてお話がありまして...。」
「その話長くなりそうだからお茶を飲みながらにしようか。」
そう言ってジェラールが手元のベルを軽く鳴らすと側近が現れ、皇帝が所望するものの準備を行った。


先程ヘクターの自室にジェラール陛下をお連れした際もたいした時間も無く最低限の報告しか上げてはいなかったと思い、ジェラール皇子に会ったその時から先程消えてしまったまでの流れをジェラール陛下に報告を行ったヘクターは目の前に置かれた紅茶を雑に飲み干した。報告中に適度に冷まされ渇いた喉には丁度良い。
ヘクターが空になったカップをソーサーの上に戻しジェラールの様子を見るとなんとも複雑そうな表情を浮かべていた。
「何でそんな顔してるんです?」
「いや、そういえばそういう時期もあったなって思って。」
何故かジェラールの顔がほんのりと赤くなり、それに気が付いたのか冷ます為に両手で顔を抑えている。
「そういう時期ああ、オレとの関係が険悪だった時期って事ですか?」
そう言うと照れたようなジェラールの表情が頬を膨らませた不機嫌な表情に変わる。
が、そのまま気が抜けたような顔にも変わりこの人はこんなにも変化に富んだ人だったんだなとヘクターは改めて気付かされる。
「ああ、うん。それならそれでいいんだ。過去の私もきっと君を振り向かせる事が出来るのは間違いないよ。私が言うんだから。」
ジェラール皇帝陛下の自己肯定感が高くなられているのは果たしてヘクターにとって喜んでいい事なのか、いや自信を持って欲しいと言った手前これでいいのだと思う。
「それで?浮気はしていないよね?」
ジェラール陛下にジェラール皇子が居た時のことを蒸し返されてヘクターは思わず机に突っ伏してしまう。自分の陛下ではないジェラール皇子に何をすると言うのか。先程のジェラールのようにヘクターも不機嫌になってしまう。そんなにも自分に信用が無いのかと。
「ヘクター?怒った?」
ヘクターの反応に不安になったのかジェラールがヘクターの髪に触れて撫でてくる。
怒ってなんかいない、ただ自分の想いがそんな簡単に揺らぐものではないという事だけは信じて欲しい。
複雑な想いに駆られてヘクターが伏せたまま悩んでいると耳元に柔らかく暖かいものが触れ、そのまま吐息と言葉がヘクターの耳に飛び込んできた。
「私のヘクターが取られたら嫌だなと思っただけ。他の誰に奪われるなんて心配はしていなかったけどそれが自分かもしれないっていうのは怖いと思った。」
普段聞かない、出さないような弱音がジェラールの口から出てきてヘクターは勢い顔を上げると不安そうなジェラールの顔がそこにある。
「私にも嫉妬っていう感情があったんだ、って。まさか自分が恋敵になるかもなんて思わないよ。」
短い時間だったけど彼は色々教えてくれたね、とジェラールは苦笑いを浮かべつつカップを手に取りお茶を1口。
その思いはヘクターも同感だった。数時間前は過去のジェラールと向き合う事が出来たら、なんて有り得ない事が現実に起こって向き合った結果ジェラールがジェラールである事は何も変わっていなかった。寧ろ変わったのはヘクター自身だと思わされた。
「まさかこの歳になって自分がここまでの変化をするなんて思ってもみませんでした。」
「ヘクターはヘクターのままだと思うけど?」
そう言って首を捻るジェラールの言う事は本心なのだろう。
「人間って自分でも自分の事は理解しきれない生き物ですから。」
それに向き合う機会をくれたジェラール皇子に過去のヘクターが今後誠実に対してくれる事を祈るばかりだ。