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冬灯夜
2025-10-31 15:20:28
2660文字
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ザレイズ
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鏡に映らぬ想いのかたち
本編後マクネヴァ
【Mirror and Memories2】出展作品(25/10/31〜)
・月から一時帰省したネヴァンとマークがお菓子屋に行くお話
・ネヴァンにとっての想いのかたち、その違い
「新しい菓子屋が出来たんどけど、一緒に行ってみねえ?」
マークにそう誘われたのは、月から戻ってすぐのことだった。二つ返事で頷き、急ぎの用件だけ済ませて二人で出向く。
お菓子屋と言ってもマフィンをメインに売り出してるそうで、着くとちょうどマフィンが焼き上がった所だった。甘い香りが既に美味しい。
「幾つ買いましょう
……
月へのお土産も欲しいですし
……
クッキーも
……
」
「土産をどれにするかは食ってからでもいいんじゃねえか? 今日は味見ってことで」
それもそうだ。今すぐ決める必要はない。お菓子屋さんには何度来たって構わないのだ。
「そうですね。では
……
ひとまず二箱お願いします」
新しいお菓子屋さん、というだけで気持ちは浮き立つもの。美味しいものを抱けばますます嬉しい。
せっかくなので、近くの広場のベンチでいただくことにした。蓋を開けると、先程よりも落ち着いた甘い香り共にマフィンが鎮座している。手に取るとどっしりとしていて、中身が詰まっているのがよく分かる。
早速マフィンを一口。期待通りの重みに、思わず頬が緩んだ。
「パイセン、それ俺にもくれよ」
飲み込んでもう一口齧ろうとした所で、マークが横から声を掛けてきた。
「そんな顔すんなって。全部食おうってんじゃねえんだから」
「どんな顔ですか」
別に物欲しそうな顔はしていない。それにマフィンは二人で買ったのだから、当然マークの分だってあるに決まっている。
膝の上に乗っているのは、六個入りが二箱。イクス様、ミリーナ様、小さいカーリャ、フィル様
……
少なくとも一箱残っていればいいだろう。訪ねて来るかもしれない全員分を用意するのは難しい。
「ではこれを」
「いや、そっちじゃなくて」
上の箱を開けようとした手を止められた。そのまま箱の上で優しく抑えられ、マークのもう片方の手がマフィンを持っている私の手を掴み。
「こっち」
大きな一口が、私の持っていたマフィンを襲う。
「ん、美味い」
もぐもぐと咀嚼しながらマークが呟く。
「飲み込んでから喋りなさい、お行儀悪いですよ」
「はいはい」
もう、成体になってからはすっかり返事が素直でなくなってしまって。
「そもそも、こっちの箱だってあるんですから。マークの分だって」
「それはあいつらの分とパイセンのおかわりの分だろ。そうじゃなくてさ、俺はこれがよかったってこと」
「?」
言ってる意味がよく分からず首を傾げる。マークは小さく笑って指を差した。
「カーリャが美味そうに食ってる『これ』」
その笑みはどこか悪戯っぽくて、けれど穏やかで。
「
……
何を言っているんですか、まったく」
人の食べかけが欲しいなんて、と叱る筈の言葉を呑み込んでしまう。
たぶんきっと、そういうことではないのだ。
何となく。あの日感じた、うっすらとした予感を流してきた。
……
だって、私にとっての『それ』は私のミリーナ様と最初のイクス様だから。
温かく、優しく、胸を満たす幸福。その全てが激情に転じた『それ』を私は知っている。
私のことを誰よりも知っているのはマークで、フィル様を除けばマークのことを誰よりも知っている自負さえある。
だから。
だから、イクス様とミリーナ様のような『それ』を、私と
――
マーク自身が抱いているとは、思えない。
だって私は、マークを置いていく。
大切に想っても、生きている人の中で一番大好きでも。私は自分のすることを曲げる気はない。ミリーナ様の責任を少しでも背負い、灌ぎたい。傍にいてくれと望む後輩に、頷いてあげることが出来ない。
……
それは、傍にいたかった、幸せにしたかったと嘆き凍てついた怒りを宿すミリーナ様とは、全然違う在り方ではないか。
マークだってフィル様と離れることはない。フィル様がいなくなるその時に、共に果てるのだから。鏡士と鏡精が下したその決断を羨ましいと思いこそすれ、非難するなどあり得ない。
「なに考えてんの、パイセン」
マークのいつも通りの声に顔を上げる。
「
……
いえ。別に」
「へえ? 昔は何でも話してくれたのに冷てえなあ。ま、最近はそうか、月に行くってのも決めた後だったし。ああ、一人で消えた時からそうだったよな」
「月に行くのはちゃんと話したでしょう」
「知ってる」
そうやってマークが軽い調子でからかってくるから、私も深刻になり過ぎず返事をする。雑談のタネは尽きない。
「最近はどうですか? あなたのことだからちゃんとご飯は食べてると思いますけど」
魔鏡通信でやりとりはしているから、近況は知っている。だが、それと心配とはまた別の話だ。ああ、とマークは頷いた。
「パイセンがいないから寂しいよ」
さらりと。あの夜のように、マークは告げた。
「
…………
最近のあなたは、なんというか、」
成体になって素直さが、と思ったのはついさっきだった筈なのに。
「パイセンにゃ駄々こねても格好つけても無駄だってようやく悟ったからな。健気でかわいいだろ?」
かわいい後輩だ。ずっとずっと大好きで、必ず最期を看取ってあげると決めている、大事な、
……
大事な。
「分かるだろ。
……
カーリャ」
私を静かに見つめる瞳が。私の名を呼ぶ声が、深く、柔らかで。私は声を失ってしまって。
違う。
マークは最初のイクス様に似ていない。私の想いは私のミリーナ様のそれとは似ていない。
違う、筈なのだ。
「食わねえの、それ」
不意にいつもの温度で言われた言に、はっと手元のマフィンを見た。
「た、食べますよ」
すっかり忘れてしまっていた。こんなに美味しいマフィンなのに。
気を取り直し、口元に運んで齧ろうとして
――
ここ、さっきマークが齧った部分では?
口を開けたまま、反射的に止まってしまった。
――
いえ何を! マークが齧るのを止めずにいたのは自分のくせに!
「
……
ぶはっ」
吹き出す音に、マークを見やった。マークは背中を丸め、手を口に当ててくつくつと笑っている。
「マ、マーク!」
「くく、ふ、悪いな、パイセン」
ちっとも悪いなんて思ってない声色でマークは笑い続ける。
ああもう、まったく、まったく!
そもそもマークが人のお菓子を齧ったりしたから!
「でも嬉しいぜ」
……
耳を撫でる楽しげな声。
何が、なんて問える筈もなく。マークの顔を何だか見れず。
ただ、すっかり常温になったマフィンの残りを頬張るより他に、なかったのだった。
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