雪華
2025-10-30 23:34:40
3457文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】魔除けのキャンディ

ハロウィンネタです。フォロワーさんからオルが「年上をからかうな」って言うやつとお題をもらって書きました!

昼になっても気温が高くならず、風が吹くと肌寒いとすら感じる季節がやってきた。若い頃は秋のどこか物憂げな雰囲気が苦手だったが、歳を重ねるとその閑寂さに慣れてしまった。それぞれの季節に様々な思い出があり、穏やかな気持ちで昔を懐かしめるようになったのはごく最近のことだ。

「ぐっ……! ああ、参った! 降参だよ! あんた強いなぁ……
「良い勝負だった、感謝する」

尻餅をついて肩で息をする男に手を貸し、立ち上がらせる。男はこの港町で漁師をしていて、オルベリクが試合相手を探していると言うと面白がって承けてくれたのだ。普段から陸の掟が通用しない海上で過ごしているからか、鍛え上げた肉体と型破りな槍術が組み合わさった新鮮な戦い方だった。
仕事に戻ると言って去る漁師を見送っていると、傍の民家から子供たちが出てきた。穴を空けたシーツを被っていたり、頭にコウモリの羽や獣耳を模した飾りを着けていたりと妙な出で立ちで、やけにはしゃいでいる。文字通り飛び跳ねながら大通りに繰り出す子供たちの手には、キャンディなどの菓子や、かぼちゃをくり抜いて作ったランタンがあった。

「あはは! ね~次はだれの家に行く?!」
「えーっと、えーっとね……

何が楽しいのかケタケタと笑っている姿を遠目に見ていると、その内の一人と目が合った。しかし少年は目を丸くした後、さっと顔を伏せて、別の子供の手を引いて走っていってしまった。――まあ、子供に好かれる風貌ではないので慣れたものだ。そういえば、出会ったばかりの頃のフィリップもあんな調子だった。はじめは母親の背に隠れていた少年が、不意打ちとはいえオルベリクに一撃を与えられるほど成長したと思うと感慨深い。
港町とは比べ物にならないほど静かな空気が流れる村に思いを馳せながら、宿屋へと戻る。宿のロビーには大きな丸机や椅子が置かれていて、一人の男が腰を下ろして本を読んでいた。他の仲間達は各々出掛けたようで、この空間もまた静穏に包まれている。相変わらず絵になるくらい美しい恋人の横顔を見つめていると、珍しいことに彼が自主的に顔を上げた。

「やあ、オルベリク。試合相手は見つかったかい?」
「まあな。お前が気配に気付くとは、やるじゃないか」
「そうだろう……いや、実のところたまたま切りが良かっただけだよ。試合の成果はどうだったのだい?」

サイラスが尋ねているのは勝敗ではなく、その過程についてだ。相手のことやその動きなどを説明すると、興味深そうに聞き入っていた。話している最中に、ふと町中で見た子供たちの様子が頭を過ぎり、今度はオルベリクの方から何か知っているかと質問してみた。

「ふむ、それはハロウィンの催しだろうね。昔はごく一部の地域で行われていた祭りだが、ここ数年は様々なところで聞くようになった。ハイランド地方ではあまり流行っていないかい?」
「全く。初めて聞いたぞ。子供が妙な被り物をしていたが……
「元は収穫を祝ったり、悪霊を退けるために行われていた祭りなんだ。人間が悪霊を模した格好をすることで、彼らの仲間であると示して身を守るためだと言われているよ。菓子を持っている子供がいただろう?」

まるでその光景を見ていたかのように話すサイラスに頷いてみせると、彼は目を輝かせて語る。ハロウィンの起源と絡めて長々と教えてくれたが、要約すると祭りが広まっていく内に気軽で楽しみやすい形態に変わっていったらしい。するとサイラスは懐からキャンディを取り出してみせる。

「トリック・オア・トリート……お菓子をくれないと悪戯するぞ、という呼びかけをするんだ。先程トレサ君が対策用にとキャンディをくれたよ。あなたも貰っておいたほうがいいのではないかい?」
「俺は大丈夫だ。……子供たちには逃げられてしまったからな」
「おや、そうか。ふむ……

サイラスは手元のそれとオルベリクの顔と交互に視線を遣り、何を思ったのか、キャンディの包みを開いて自分の口に放り込んだ。ころころと口内でキャンディを転がす音が聞こえる。悪戯をされないために貰ったのではなかったのか。

「良ければ、あなたも言ってみてくれるかい?」
……トリック・オア・トリートか? いや、だから菓子は要らんのだが……
「あって困るものでもないのだから、いいじゃないか。おや……?」

半ば困惑気味に、彼が口にした呪文を繰り返す。するとサイラスは態とらしく自分の懐を叩いて、首を傾げた。

「もう一つキャンディを持っていると思ったのだが、どうやら私の勘違いだったらしい。これは困ったな」
「そうすると、どうなるんだ?」
「あなたに悪戯してもらわないといけないことになるね」

サイラスは楽しげな笑みを浮かべて、座ったままオルベリクに体を向ける。組んでいた足を下ろし、机の上に置かれていた手をだらりと力なく垂らして無防備であることを示す。

「さあ、どうぞ」
……急に言われても、何をして良いのか分からん」
「何をしても良いのだよ。煮るなり焼くなり、あなたの思うように……

彼は端からこれが目的で、持っていたキャンディを食べたのだ。そういう突拍子もない行動や発想に、自分はいつも振り回されている。当惑するオルベリクとは対照的に、恋人はにこにこと笑っている。
悪戯。それも、内容は何でも構わないと恋人自身が宣言している。直立したまま暫く悩み、オルベリクは恐る恐る口を開いた。

……目を閉じてくれ」
「こうかい?」

サイラスは素直に瞼を閉じる。少しだけ顔を上向けているのは、いつもそうさせることを覚えているからだ。薄桃色の唇からキャンディの甘い匂いが僅かに漂う。そっとその形の良い額に手を近づけて――ぱち、と音を立てて、指で軽く弾いた。彼は驚いて目を開け、自身の額を擦る。

「いたっ」
「これでいいだろう?」
「まあ、そうだけども……もっと恋人らしいことをしてくれると思ったのだが」
「期待に添えなくてすまんな……

オルベリクが本当にしてやりたいと思う悪戯は、とてもではないがこんなところではできやしない。恋人らしいことをしてみようと思いついたのだろうが、そこまでは想像できていない鈍さが、ある意味彼らしかった。サイラスははじめは微妙な顔をしていたものの、すぐさま気を取り直して笑みを浮かべる。

「いや、構わないよ。これはこれで面白いし、困っている可愛いあなたが見れただけで十分だ」
「かっ…………あまり年上をからかうんじゃない」
「ふふ、そうやって照れるところも可愛いね」

こほんと軽く咳払いをすると同時に、玄関扉が外から開いた。並び立って入ってきたトレサとオフィーリアは、二人の姿を目に留めると手を振ってくる。外気の冷たい空気が、恋人たちを一瞬にして年長者らしい顔付きに変えた。

「おかえり、楽しめたかい?」
「はい。教会でお菓子を配ったり、仮装の衣装を作るお手伝いをしてきました」
「お駄賃代わりに、焼き立てのパンプキンパイを出してもらったの。美味しかった~!」
「それは良かったな。……すまんトレサ、キャンディが余っていたら分けてくれるか? ああ、一つで大丈夫だ」

キャンディを一掴み分渡されそうになったので、首を横に振って一つだけ貰っておく。少女たちはまだ祭りの最中にいるように楽しげに談笑しながら、部屋に入っていった。

「魔除け用かい?」
「そうだ。しっかり持っておけ」
「私の……?」

サイラスの手にキャンディを握らせ、上から自分の手を被せてしっかりと包み込む。周囲に人がいないことを目視で確かめて、彼の耳元に唇を寄せて囁いた。

……夜になったら、もう一度同じことを言ってやる。もし、まだ悪戯され足りないというのなら、キャンディはそれまでに食べるか、誰かにやるなりして処分しておけ」

最後に少し力を込めて彼の手を握り、身を引いた。サイラスは驚いたように目を瞬かせていたが、オルベリクの意図を察するとまた嬉しそうに微笑む。

「分かった。……どんな悪戯をしてくれるのか、今から楽しみだよ」

キャンディを懐に入れる彼は、今にも調子外れな鼻歌を歌いそうなほど機嫌が良い。――結局自分は、この可愛らしい人の笑顔には勝てないのだろう。さていつまで笑っていられるかと思いながら窓の外を見遣ると、傾いた夕陽がゆっくりと水平線に沈んでいくところだった。収穫祭の夜は、長くなりそうだった。





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