ふぁお
2025-10-29 22:28:12
4872文字
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【サンプル】鈍の残香

2026/01/25 WAR OF THE PLANETにて配布予定
ONEオプメガ冒頭サンプルとなります。
冒頭だけだとオプメガ感皆無。

 前哨基地に漂う飛び散るオイルに、オゾンの焼け焦げた匂い。整備用オイルと、錆の匂い。硝煙と混ざりあった戦場の匂いの中に、どこか懐かしい香りが交じり合う。
「────」
 誘われるままテントの間を縫うように進めば、兵士達がたむろしている場所を見つけた。
「オプティマス! どうしたんですか、こんなところに」
「サボってないですよ。ちゃんと休憩時間」
 オプティマスの姿を見つけたジャズが声を上げ、弁明するように付け足されるアイアンハイドのセリフ。古参のオートボットはプライムに臆することもなく、冗談交じりに声を掛けて笑っているが、傍らの新兵らしい若いオートボット達は慌てて煙草の火を消していた。
「ああ、分かっているさ。懐かしい香りがしたものでな」
「ん、あれ? あー、嫌いじゃなかった……でしたっけ?」
 肩を竦めてアイアンハイドの手にあるそれを指すと、彼は驚いたように指に挟んでいた紙巻を見る。記憶を漁るように首を傾げて、思わず昔に戻りかけた口調を取り繕う。別に、取り繕う必要なんてないはずなのに。
「あまり強い匂いは得意じゃないが──実は、言うほど嫌いでもないんだ。私にも一本くれないか」
「へぇ。それは初めて知った」
 どうぞ、とジャズが差し出した一本を受け取れば、次いでライターの火が近づけられる。火を貰って一服すれば、鈍い苦味と香りが口の中へと広がった。
「あ、あの、だいじょうぶですか……? プライムが口にするようなものじゃ……
 おずおずと声を掛けてきた新兵らしいオートボットの言葉に、ジャズとアイアンハイド、三人で顔を見合わせた。プライムが元コグ無し労働者だということは特に秘密にしているわけでもないのだが。知識として知っていたとしても、やはり実感がわかないのだろう。
「ふふっ、あははははっ!」
「はははっ! 随分と『プライム』が板についてきたんじゃないのか?」
「あーもう、二人とも笑うなよ。困ってるだろ。……大丈夫、昔は安物のエネルゴンに命かけてたから」
 こらえきれない、とばかりにジャズが吹き出して、釣られるようにアイアンハイドも笑いだす。今では名の知れた古参のオートボットが腹を抱えて笑い出し、プライムがそれを小突く気安い仕草に新兵はオプティックを丸くしているではないか。
「ああ、ごめんごめん。いやあ、出世したよなぁ、お互いに」
「君が岩に潰されかけて情けない声上げたの忘れてないからな」
「おっと、それは言わないでくれよ。今じゃジャズと言えば出来る男の代名詞だぞ?」
「でもまあ、そうか。もうそんなに経つんだなぁ」
「親父くさいぞ、アイアンハイド」
 呆気に取られたままの新兵の前で笑い合い、懐かしさの滲む会話をしていれば漸く周囲も気を楽にしていく。珍しく素を覗かせるプライムに皆戸惑っていたようだが、ジャズとアイアンハイドが上手く緩和させてくれたらしい。
 手に持ったままの煙草を思い出し、長くなった灰を捨てて再び口元に寄せる。昔は電子ドラッグが流行っていたものだが、コグ無しに手が出せるはずもなく。戦時中となった今では安価な紙巻に落ち着いていくものだ。
 暫くは昔話に興じていたのだが。短くなってしまった煙草に時間を思い出し、火をもみ消すと吸い殻は灰皿へ投げ入れる。
「さて、私はそろそろ戻るとするかな。あまりサボっていてはエリータに怒られる」
「大抵は皆この喫煙ブースに居ますから、また来てくださいよ」
「ああ、ありがとう」
 ついでとばかりにジャズが投げ寄越してきた煙草とライターを受け取って、また休みに来いと約束を取り付けられてしまった。断るわけにもいかずに有難く煙草を貰うことにして踵を返した。時間を確認すれば思ったよりも経っている。次の会議に遅れぬように、小走りに司令部テントへ駆け出しだ。

 ■

 慌ただしく去っていったオプティマスを見送って、アイアンハイドは本日五本目の煙草に火を付ける。
「おいアイアンハイド。今日、ちょっと吸い過ぎじゃないのか?」
「気分だ気分。たまの贅沢くらい見逃してくれ」
「またラチェット先生に怒られるぞ」
「内緒にしといてくれよ」
 なんて、アイアンハイドに苦笑しながらジャズも新しい煙草に火を付けているではないか。互いに今日だけの贅沢だと言い訳して、空に溶ける紫煙にオプティックを細める。
「それに、アイツほどじゃないだろ?」
「そりゃね。彼、随分なヘビースモーカーだったじゃないか」
 プライムの手前、話題に出すことはできずにいたが。彼も、『彼』のことを思い出していたのだろう。気付いたら喫煙所の片隅で、箱を空にしていた鈍色を懐かしんで笑い合う。
 妙に様にはなっていたが、フィルターも付いていない両切りの煙草をギリギリまで咥えているものだから。傍から見ているといつ火傷をするかと肝が冷えたものだった。器用なもので、呆けているかと思えば短くなった煙草を捨てると、流れるように新しい煙草に火を付ける。喫煙所では彼に火を貸したことも、彼から火を借りたことも数えきれない。
 今でも鮮明に思い出せるほど、あの姿は日常の一部だった。
「流石に禁煙してんのかなぁ」
「どうだろう。せめて本数は減ってると思いたいけど」
 敵対してしまった今でも、アレは心配になるものだと笑っていた。

 ■

 案の定会議に遅れてしまって、エリータから酷く怒られてしまった。自室となっているテントに戻り、反省しながらも古びた灰皿を引っ張り出して一人紫煙を燻らせる。
 立ち上る紫煙をぼんやりと目で追って、考えるのは『彼』のこと。時折ふらりと姿を消して、見つけた時にはいつもこうして喫煙所の片隅で煙を吹かしていた姿が思い浮かぶ。何度言っても何を言っても禁煙なんかしてくれなくて。好きだから、というよりも、わざと機体を傷める吸い方ばかりをしていた鈍色の彼。

 今でも、彼はやめられずにいるのだろうか。
 煙と共に、意識は遠く過去へ向く。


 D16には時折、自身を蔑ろにする悪癖があった。
『労働者は掘るしか能がない』とは彼がオライオンを窘める常套句だが、どこか自分に言い聞かせているようで、それでいてその事実に安心感すら覚えているようでもいたのだ。
 その言葉を聞く度に、オライオンは『他にも道があるはずだ』と反論するのが常で、そのたびにD16はどこか傷付いたような表情をするものだから、折れるのはいつだってオライオンの方。
 自虐とも言える言葉にオライオンは良い顔はしなかったものの、もう一つの自傷癖に比べれば可愛いものだった。
「ディー。吸いすぎだ」
……ぱっくす」
 喫煙所の片隅で見つけた鈍色に近付いて、口元からそれを奪い取る。紫煙を追っていたオプティックがきゅるりと音を立ててオライオンを見上げた。
 隅に座りこんで、ぼんやりと天井を眺めながら紫煙を燻らせる。その姿を見つけるたびに、彼が消えてしまいそうな錯覚に陥るのだ。手を伸ばせば煙のようにすり抜けてしまいそうで、遠くを見つめているようで何処も見ていないそのオプティックが怖くて仕方なかった。
 だからこうして無理やり手を伸ばし、彼に触れられた安堵と共に彼の意識を引き戻す。
 D16が吸っていたのは、安い紙巻煙草。葉っぱを燃やして吸い込む煙は内部のフィルターを焦がし、空調ユニットや動力供給系にまで悪影響を与えるのだが、ブレインを軽く麻痺させる作用もあったために一部のサイバトロニアンに好まれていた。合法か非合法かで言えば非合法寄り。コグ無しに売られる安物など特に黒に近いものばかりなのだが、何が良いのかこれを好む者は少なくない。
 オライオンも好奇心に任せて一度口にしたことはあったが、舌に乗る苦味とブレインを揺らす不快感に一本も吸いきらずに辞めてしまった。少量であれば確かにリラックス効果もあるが、大量摂取は推奨されず、エンジェックスとの混合で盛大に酔ったコグ有りに絡まれた経験からもあまりいい思い出はない。
 意外にも規則にうるさく生真面目なD16だが、その性格に反して彼はこの安物の嗜好品を好んでいた。安月給のコグ無しが唯一手にできる娯楽でもあったからだろうか。

 取り上げられた煙草を見て、怠慢な動作で彼の手が追って来る。一体いつからここに居たのだろう。今日ばかりは保管庫に忍び込みに行ったことを後悔した。
 まだ火の付いているそれをもみ消して、吸い殻を灰皿の中へと放り込めばD16は勿体無いとばかりに落胆した顔で恨みがましい視線を寄越して来る。
「まだ半分残ってた」
「何本目だった?」
「あー……
 視線を逸らすD16に呆れながら立ち上がらせれば、ふらついてオライオンに寄りかかる。全く本当に、一体何本吸っていたのだろうか。いくらコグ無しでも数本の煙草でこうはならない。傍らの少し潰れたケースには殆ど中身が残っていないように見えた。
「吸うな、とまでは言わないけどさ。少しは加減しろよ」
「コグ無しが一機壊れたところで、誰も気にしないだろ」
 オライオンの苦言にも、自嘲するようにへらりと笑ったD16に顔を顰める。今日は特に酔っているらしい。
 わかりやすい切っ掛けがあればオライオンもD16を一人になんてしないのだが。時折、何の前触れもなくD16は自傷に走る。オライオンが見逃した兆候があるのか、それとも時期か、本当に気まぐれなのか。分からないが、この状態のD16を放っておけるほどオライオンは薄情ではない。何よりも、唯一無二の親友が一人で勝手に傷付いているなど、見過ごせるはずがない。
「ばか。俺が心配するんだよ」
……そっか。パックスは優しいなぁ」
「うわ、重い! ディー! ちゃんと歩けって!」
 いきなり体重をかけてきたD16に驚いて、共に転びそうになるのを慌てて支える。こんな時ばかりはいつもと逆で、碌に歩けもしないD16を宿舎まで背負っていくのはオライオンの方。酔っ払ってへらへらと笑うD16に呆れながらも、楽しそうにオライオンに擦り寄って来るD16にオライオンも笑ってしまった。
 何を抱え込んでいるのか、頼ってもらえない不甲斐なさと悔しさに、こうしてわかりやすく甘えてくる彼への愛おしさ。ごちゃまぜの感情がぽっかりと空いたコグ穴を埋めていく。

 結局、オライオンが何度言っても何を言ってもD16は安い紙巻の煙草を捨てようとはしなかった。悪酔いする程吸うことは減っていたが、それでもオライオンが居ない間に隠れるように吸っている。保管庫から帰って来ると、D16の纏う香りが変わっていることなどしょっちゅうだった。そのたびにオライオンが顔を顰めると、D16はバツが悪そうに笑って誤魔化す。彼はオライオンが単純に煙草の匂いが嫌いなのだと思っているようでもあった。
 本当は、そんなことはなかった。実を言うと時々仄かに香る、煙交じりの錆とオイルの匂いは好きだったのだ。普段はあまり意識しない、D16の匂い。彼がそこに居るのだと、より強く感じることができたから。あまり煙たすぎるのは苦手だったが、数本分くらいの香りは彼によく似合っていた。
 嫌いだったのは、彼の吸い方。機体が傷付くことも厭わずに、何も映さないガラスの瞳で虚空を眺めて、まるでこの場から煙と共に消えようとしているような姿は見たくなかった。オライオンが見つけなければ、本当に風に吹かれるだけで霧散してしまいそう。
 強くて優しくて、頼りになるD16が、その面影を消している姿はスパークが酷く痛むものだから。

 吐いた煙が形を変えて消えていく。灰色の煙のその向こうに、『彼』の姿を垣間見た。いつかの姿をかき消すように、まだ長い煙草の火をもみ消した。


──サンプルここまで──

本編はオプメガR-18の他モブDも入って来る予定。
当社比糖分控えめなシリアス寄りになりそう。