今日は、明庭の鎮撫司による監査が行われる日だ。事前の通達にあった、監査開始時刻まであと少し。そろそろ監査人がこの破陣基地に到着するだろう。
忌炎は軽く息を吐き、服の襟を正した。そして、自身がやや緊張していることを自覚する。
彼は別に、明庭を恐れているわけではなかった。必要とあらば毅然と対応する覚悟だってある。だが、それは相手方に十分な非がある場合の話だ。
今の忌炎が危惧しているのは、その逆。簡単に言ってしまえば、自身がうっかり非礼を働いてしまいやしないかと危惧しているのだ。
彼は、目上の者への態度や言葉遣いがあまり褒められたものではないことを自覚している。それに、監査が決まってからというもの寧衛には「ちゃんと敬語使えよ!あとは大人しくしてろ!」と毎日のように釘を刺されていた。それだけ信用がないということだ。
「敬語を使う。大人しくする・・・」
自身に言い聞かせるように友人の言葉を復唱する。寧衛は簡単に言うが、いざ実行しようとすると中々難しいのだ。忌炎にとっては。
鎮撫司の監査人が器の小さい人間でないことを祈りながら、手持ち無沙汰を紛らわせるようにデバイスを見る。
監査開始時刻まで、あと20分か・・・
***
破陣基地を訪れた監査人の男は、名を「仇遠」と名乗った。慇懃かつ柔和な態度ではあるが、油断ならぬ雰囲気を持つ男だ。おそらく、相当な手練れ。
「多忙な将軍殿のお手を煩わせ、かたじけない」
「いえ、こちらこそ。わざわざこんな辺境の地まで来るのは大変だったでしょう」
ただでさえ今州は瑝瓏の端にあるというのに、破陣基地は更に今州の北端に位置している。明庭からこの基地まで足を運ぶのは、そう容易にできることではない。
「茶でも出しましょうか?」
「気遣い無用。気持ちだけ有難く頂戴しよう」
仇遠は軽く首を振り、忌炎の申し出を断った。彼はどうやら、率直なやり取りを好むらしい。それは忌炎も同様だった。
では、さっそく監査に入るとしよう。
忌炎は仇遠と共に、破陣基地をぐるりと回った。仇遠は大人しく後ろを付いてくるばかりで、ほとんど喋りもしない。至って平穏な監査だ。
このまま何事もなく終わるだろうか、と思っていると、不意に仇遠が口を開いた。
「哥舒臨前将軍が残した手記などはあるだろうか?」
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.