※if:三船がもしも設定と異なり未婚だったなら、こういう入江×三船めちゃ好きだな
…というパラレルに留まり、不貞を働かせたいものではありません。
《手にした入船チケットは、いつか宇宙さえ連れゆこう》入江×三船
『あーあ。こっちももう、腕上がんないよ』
――ああ、またこの阿呆は後輩を選んだか。U17代表権も、もう無くなろうという年に。つくづく、底抜けの阿呆じゃ。演技の瞳の奥の奥、こそりと抱きに来るときだけいつもそこに宿らせているぎらつきを、微かにだけちらつかせてくるそいつのことを、決して嫌わぬがもどかしくは思っていた。だが抱かれながら、その仮面を意図的に剥ごうとも思わんかった。その仮面を剥ぐべき時が、いつであるかは分かっておったから。
『
…ねえ、監督。監督のだぁ~い好きなお酒の代わりに、僕が、溺れさせてあげましょうか?』
…その蠱惑ぶった程度の顔で、猛禽めかしてその実すがる子犬の眼を隠しきりもしないくせ、出来るもんならやってみい。溺れたいのは、貴様のくせに。思っても、口にしたことは一度もない。溺れた気も、一度もない。きっと、向こうも溺れてはいなかろう。
…幾度も懲りずに夜這いに来る点だけをとれば、多少は、浸りはしているのだろうが。なにを呑んでるでもないくちづけだけを深め、ぐぢゅぐぢゅにしたその陶酔ごっこのまま、若造なりに激しく抱こうとする。技術面は、さほど低くない。若造ゆえの、エネルギーもある。その熱量が、まぶしさめかしたその内に、わずかだけ意図的に隠しきらぬその傷の痛ましさをちくりとこの胸に棘として刺してくる。当然酒の代わりにはならない。そもそも、酒に溺れはしない。だが、受け止めてやらんでもない。別段それは、監督だからというわけではない。こやつのことが、気にかからんでもないというだけのことよ。
『こんばんは、監督♡ 今日も、来ちゃいました♡ てへ♡』
――フン。しらじらしい芝居をしおって。心理戦にはめっぽう強いくせ、多少なり凹んだときだけおどけて誤魔化すくせ、そのくせ抱かずに気のやり場を済ましきられぬ青二才めが。その程度で気が済むのなら、まあ、貴様に限れば相手してやらんこともない。おどけた仮面をかぶったおとこは、いつも、あまったるいほどの前戯から好んだ。ねちっこいほどの、つながりをのぞんだ。とろけたがるほどの、気だるい語らいを他愛なく好んだ。
テニスに限らずベッドにおいても、あやつが演技を捨てたことはただの一度もなかった。"尽くすおとこ"では、あるのだと思う。それが後輩の育成やチームの底上げだけでなく、夜伽においてもそうというだけのこと。まるきり悪い気がするではないが、やはりもどかしさは、ひょうたんのくびれにビー玉でもはめ込んだようなちぐはぐさを常に消させない。どれほどゆさゆさ傾げても、ちゃぷり、奥底にあるはずのそれは演技というビー玉に突っかかり出はしない。上澄みだけをからっと呑み干せば、すっからかんじみたそこは、がらんどうにも至りはしない。
だが、“大一番の船旅”も、もういよいよ大詰めじゃ。決勝戦出場権をかけたトーナメント戦で、あやつは初めて、演技を捨てて全力で勝利を欲した。トーナメント決勝戦の開始時刻に公平性を期したことに、私情は当然、みじんもない。それが、監督として、これからと今とを担う若人のためにすべきことだと考えたまでのことよ。だが、あやつは結局勝ち切れず、S3での決勝出場は、夢泡(ゆめあわ)と消えた。あやつが、トーナメント戦での勝利のために、それにより得られるはずの大舞台への出場チケットのために、その大一番中の大一番のために、今まで固執し尽くしてきたはずの芝居を捨てる選択をできたこと。それでもなお勝ち切れなかったあやつの得たものは、さぞかし、さぞかし大きかろう。たとえばそれは、月面への人類の第一歩じゃ。初めて、望遠鏡でそらを見た人類じゃ。あるいは猛毒のシロモノの安全な食い方を、先人のかばねの上ようやっと見出しそれを食品たらしめた者の開拓じゃ。あやつの手にしたものは、それほど巨きな、おおきな、未来への入船チケットなのだ。それは、いつかあやつを、たとえば宇宙へまでさえ連れゆこう。そのくらいの転回が、あやつにとっては、あったことじゃろう。
『
――きっと、これが、最後の夜になるだろうから
……あなたのこと、抱き潰してもいいかな?』
日本に戻る前夜、宿の戸をたたいたあやつは、合宿が未だ役目を終えなくとももうこれで終いなのだと腹をくくっていた。すこしこまったようにあいまいに笑みながら、ちいさくかしげられた小首は、その頬に、トーナメント戦で伝わせた涙を錯覚させる。これで今生というでもなしに、全く、これだから青二才は極端なのだ。
『
……フン。
…お前さんの、好きにしろ』
それは、抱き潰したいという言葉に対してであると同時、最後の夜という語にでもあった。最後にしたければすればいい。終わってなお未練が残るなら、それにつきあってやらんこともない。少ない言葉数に、それでもその聡明は、精確に意を酌んだ。元来小さくもないまなこがわずか見開かれ、ああ、そこに今度こそ、ごく近いあの日見たあれにこそ及ばねどもまっすぐ、雫を落とすのだ。それは、星じみてすらおった。その姓そのままに、入り込んだ地形を海潮(うみしお)で隠した入り江のごとき底の見えなさが、その潮を澄ますことで、刹那、すべて明かしてきたかのようだった。
『
……はは
……困っちゃったな
…、
……そんなコト、言われたら
……、
…これで最後に、しきれないや
…』
やつはぬぐうよう頬を掻き、あいまいな笑みの困りを、嘘芝居でなくした。戸惑い、とも、とれるものがそれでもなお、こやつの瞳を鋭くぎらつかせるのだ。同時に、やわらに真綿を抱かせもするのだ。
――ああ、ぞくりと、
…心底ぞくりと、する。それが高揚のたぐいであることは歴然。スポーツマン狩りの標的どもさえ、かほどの猛禽に捕われはしまい。
…かほどの猛禽に、魅入られはしまい。そうだ。すべて知っていて、口にしたのだ。そうなるだろうと解っていて、口にしたのだ。好きにしろ、と、言ったことは一度たりとてない。だからこうなるも自明だろう。解っていたのだ。これまで、言わずとも好きにさせてきた。だが、その明文化は、意図的に、してこなかったのだ。
『
…ハン。せっかくの若人じゃ、好きに生きんでどう死ぬ』
好きに生きるに若いも老いもないが、少し茶化し交じりに、けれどほとんどは本音で、そう揶揄する。幼めの顔がやはり困りがおで笑みを深め、それからうそくさい、
…こやつらしい、芝居がかった本音の顔で、戯言。
『うーん
……はは、そうだな、どうせなら
…あなたのところで腹上死でもしかねないくらい、本気で、興奮してみたいかな?』
『
…ほう? これまでの興奮は、本気ではなかったということか。所詮、若さゆえの余力じゃろうになぁ』
『
…それを言わないで下さいよ。まったく、意地がわるいんだから。大体、あなただって、言うほど若くないわけでもないのに』
さわりと、その手は既に胸元に忍び込んでいた。心臓を掴めるでもないくせ、その猛禽の足にそれを捕らえたがった。
『
…寝覚めの悪い酒は好まん。死なん程度に、好きにしろ』
『
……二度までもそう言われて、我慢できるほど、オトナじゃないですからね。“若人”は若人らしく、青さをぶつけてやりますよ』
『ハハ。せいぜい、期待しておるわ。愉しませてくれよ』
『
…っ
…、
……言ってくれるじゃないか』
こやつがあの日手にした入船チケットは、いつかその身を乗せ、宇宙へまでさえ連れゆこう。入り江に招き込まれた船よりも、もっと遠い世界を、そらを、こやつに見せてくれよう。若者の未来を磨く役割を担ってきたなかでいちばん、将来が楽しみなやつに思えた。
…これは、少しばかり私情じゃがな。
終
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