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asaumi
2025-10-29 07:34:34
8509文字
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氷柱、いわくつきの病んデレどころか狂ってる(R15)
※読んでいて、危険を感じたらそれは正しい感覚なので引き返してください!
※なんと、ハッピーエンドにさせるくらいプロットがあって、題名は『たとえ地に堕ちても』
でも読める方がそんなにいらっしゃらないと思うのでお蔵入りです
憧れの“幻の蝶”にようやく会える。
胸を高鳴らせて興奮していた。
昨夜は寝付けず気付けば朝で一睡も出来なかったが、辛くはない。むしろ浮き足立っていて、予定より一時間早く出発した。目指す目的地は人里離れた山道を登らなくてはならず、予想だにしない険しい道のりに息が上がるが、羨望の人物に会えるのであればいくらでも我慢できた。
蟲柱、胡蝶しのぶ。
女性ながらにして、鬼の首が斬れずとも鬼を殺す毒で鬼殺隊最高位の柱まで昇り詰めた。鬼殺隊に関わる者なら、その名前を知らない者はいない。
一年前の任務で両足を負傷して以来、第一線から退いたものの、毒の精製だけではなく医学薬学にも精通している才女は未だ確固たる地位を築いている。彼女が作った数々の薬の中でも最近開発した血鬼術を無効化する薬は即効性もあり、戦場で多くの隊士の命を救っていた。今も鬼殺隊になくてはならない人物だ。
そんな名高い彼女は、滅多に鬼殺隊の面々に姿を見せない。理由は両足の傷痕が深く月日が経った今でも歩行が困難だからと聞いた。もう、ずいぶん前に蝶屋敷は継子に託し、今は足を負傷した際の窮地を救った氷柱の元で日夜研究に没頭している。
『なぜ、蝶屋敷ではなく氷柱のもとで研究するんですか?』
最初は疑問だったが、彼もまた有名で、上弦の鬼を滅した実力をもつ。強豪ぞろいの柱の内でも上位三席に入る。
屈託なく笑い、朗らかなのに何を感じ思っているのかわからない。継子はとらず、任務も面白そうか否かで決める。もしくは蟲柱と一緒かーー蟲柱がいれば、どんな任務でも動くと隠から聴いた。
負傷してからも、氷柱が強い鬼を倒して採取する血液を蟲柱に託し、分析して開発に活かすという共闘関係を教えてもらった時はなるほどと膝を打った。
「それにしても
……
険しすぎないかこの山道
……
修行レベルだ」
鬼殺隊であるからには体力に自信があったのに、立ちはだかる岩肌に向かって泣き言を吐いてしまった。これが拷問と噂の柱稽古なのかも知れない。心が折れそうになるが、これを越えれば彼女に会えると気力を振り絞って急峻な坂を登った。
可愛い、小柄な美人、鬼殺隊隊士とは思えない可憐さ。しかも頭が良い。実は裕福な実業家が惚れ込み資金援助していて、嫁入りも間近ではーー姿を見せないことも相まって、隊士たちの彼女に対する噂は尽きなかった。
柱ならいざ知らず、いち隊士がそう簡単に会える人物ではないことから、“幻の蝶”と通称がついたのだ。
今回、医学に嗜みのある自分が彼女の行う研究の後継者の一人に選ばれた時は、同期から羨望の眼差しを向けられた。蟲柱のもとで学びたいとは申し出たが、まさか、と夢にも思わなかった。
純粋な期待に、お近づきになれるのではないかと、ほんの少しの下心が湧く。男なら仕方ないことだろう。
「やっと着いた
……
」
山道を延々と登ったところに氷柱の屋敷は建っていた。
寺院だ。それも、真新しい立派な建物だ。建築したばかりなのか、木材の香りがした。周りは池が囲み、睡蓮が咲き乱れている。架かってる橋を通り、左右を見渡しながら石段を登っていくと、入り口から身なりのいい女性が迎えに来て案内を申し出た。
広い敷地を抜け、複雑に入り組んだ廊下を進み中庭を渡った離れが蟲柱の研究部屋兼、自室だと言う。
「胡蝶様、お客様がお見えです」
「どうぞ、入ってください」
障子を開くと、彼女は椅子に腰をかけて座っていた。椅子を回してこちらを向いている。どうやら先程まで机に向かってたらしく、机上には書物や研究器具が所狭しと並んでいる。しかし、それよりも先に目に飛び込んできたのは想像を絶する美しさだった。
『顔だけで食っていける』説は噂じゃなかったんだ。
毛先が紫に染まった黒髪、大きな紫水晶の瞳に、長いまつげがかかっている。薄紅色の唇は柔らかそうで肌は透き通る白、細い首から肩幅の線まで追わずにいられなかった。
蓮が描かれた着物を綺麗に着こなし、蝶羽模様のうわ掛けが上品さを引き立てる。見惚れてしまい、口が開きっぱなしの情けない表情をしていただろう。
「もしもし」声も耳が溶けそうなくらい、心地良い。「もしもし」
「あ! は、はいっ
……
!」
心ここにあらずだったから、慌てた。
「大丈夫ですか?」
彼女は優しく笑う。
「山を登るので大変ですよね。疲れてしまいましたか? わざわざ来てもらって、すみません」
「いえ、とんでもないです! 最近、怠けていたのでいい運動になりました! あ、あの
……
蟲柱様にお会いできて光栄です!」
「そんな、いいんですよ。私はもう柱ではないので、胡蝶と呼んでください」
朗らかに微笑む。その笑顔を見るだけで、過酷な試練をくぐり抜けて鬼殺隊に入った甲斐があったとすら思えた。
「そんな訳にはいきません! 俺の憧れなので
……
」
声が上擦り、完全に舞い上がっていた。
お茶を出してもらい、ぎこちなく自己紹介をした後に身の上話をした。鬼に家族を殺された無念を晴らすべく鬼殺隊に入ったこと、また父が医師であり、継ぐために自分も医学を学んでいること、その一言一言を彼女は丁寧に頷きながら、時には訊ね聞いてくれた。
「なかでも整形外科に興味があります。父は流行病も診てましたが、鉱山がある街なので骨折など外傷を得意にしていた影響です」
「そうでしたか。やはり、鬼と闘う上で負傷はつきもの
……
それは鬼殺隊士にとって心強いです。是非、蝶屋敷につめてください」
「実家にはまだたくさんの東洋や西洋から取り寄せた医学書もありますし、数多の症例を診てきました。なので」言うのが、無尊ではないかと逡巡しながら言葉を続ける。「蟲柱様の、その足
……
治療のお役に立てるのでは
……
いや、立ちたいと思います! 診せてもらえませんでしょうか?」
「
…………
」彼女は少し逡巡して、返答に間を置いた。出会ってから初めて、目線を逸らした。「名誉の負傷というわけではないので
……
恥をさらすことになります」
やはり、触れられたくないのか。でも、少しでも力になりたい。
「傷のことに関して言いふらしたりしません。守秘義務は絶対です」
「
……
そういうことでしたら」
承諾の言葉に目を輝かせ、急いで跪く。
「あの、足先に感覚はありますか? 爪先を動かしたり、立つことはどうでしょうか?」
「感覚はありますよ。爪先も曲げられます。立つことは
……
掴まるものがあれば、なんとかできます。歩くためには、杖を使うか人の手を借りなくてはなりません」
「そうですか
……
」
着物の裾から伸びる足に触れ、足袋を脱がせる。
うわー
……
、足、小さい
……
。
しかも、彼女の近くによるといい香りが漂ってきた。寺院で焚く伽羅に、清々しくどこか甘い花のような芳香がまざっている。そうしたくて堪らず、胸いっぱい吸い込む。
いや、何してるんだ
……
!
白い滑らかな足に触れて見て走らせる煩悩を首を振って振り解く。そして、踵の位置ーーアキレス腱にある傷を見た瞬間に息を呑んだ。
「傷自体に痛みはないのですが、日の天候によっては疼くことがあります」
なめらかな肌にそぐわない、あまりにも痛々しい傷だった。鋭く横に走る線は、細い足の腱を容赦なく断ち切ったのだとわかる。それは大きすぎず小さくない、深さも足を切断するほどではない。太い血管と感覚を司る神経は避け出血も最小限だったろう、命を奪うものではない。しかし、鬼殺隊にとっては致命傷だ。
人体を知り尽くした者の仕業と言っていい、ためらいはなく、的確にその場所を狙った無駄のない一撃だ。
待てよ。
鬼の攻撃がここまで理性的な傷をつくるだろうか。殺そうとしているなら、もちろん命を狙う攻撃を繰り出す。足を狙うにしても、もろとも吹き飛ばすような大きな斬撃を与えるに違いない。腱だけを狙うなど、聞いたことはない。しかも両足だ。まるで命はそのままに、動けなくしたいとでも言わんばかりにーー。
「どうでしょう」
「えっ! あ、あ、まだ
……
」
最善の治療法を見つけるためには病の基を知る、医学の鉄則だ。
この傷は鋭利なものでつけられている。刀か、もしくはそれよりも細く研いである、板のようなもので、一振りだ。
「手の施しようがないというのは、医学をかじってきたからこそわかってるんです」
半ば、諦めた声色で足を引いた。乗せていた手から離れた時に、傷痕の少し上の足首に赤い痕がいくつかある。かぶれた痕かーー?
じっと眺めて、その正体に気づいた。
これは、肌に口をつけて吸った痕だ。
カッと頬が熱く赤くなったその時だった。
襖が開く音がする。
「あ、しのぶちゃんの見習いの子がもう来たんだ。今度は男の子だね」
後ろから声をかけられ、思わず飛び上がり振り向く。そこには片手に閉じた鉄扇を持ち口元にあて、朗らかに笑う長身の男が立っていた。
「あ、氷柱様
……
っ」
「やぁ、初めまして」
口調は穏やかで表情も柔らかいのに、男を目の前にして鳥肌が立って寒気がした。
今にも足元が崩れ落ちそうな不安感に襲われ、逃げ出したいとすら思う。これは畏怖だ。柱にまでなると、戦時でなくとも常に闘気が練り上げられているのだろうか、自分たち平の一隊士を赤子のように錯覚させる。
「戻るのが早かったですね」
彼女の凛とした声が場を少し緩めた。
氷柱は目線を落とし、足袋を履いているところを見て言う。
「どうして、裸足なの?」
「
…………
」
「俺が診たいとーー」
自分の言葉を被せてかき消すように、彼女は口を開く。
「彼は整形外科の学があるというので、私の足を診てもらっていました」
「
…………
」
「私がお願いしたんです」
笑顔で会話をしているが、周りの空気は張り詰めていた。その緊張を解いたのは氷柱だ。
「なるほど。しのぶちゃんの弟子候補になるくらいだから頭が良いんだろう。文武両道ってやつなのかな? すごいね!」
「い、いえ
……
」
「で、何かわかったのかな?」
ひゅ、と息を呑んだ。微笑んでいるのに、目が笑ってない。そして殺気を感じた。
「そんなにすぐわかったら、私自身で治してますよ」
「それもそうだね」
彼女に向ける笑顔は本当の笑顔な気がした。
「む、蟲柱様。一度帰って文献をあたらせてください。少しでも歩けるように、良くなるように、お力添えいたします」
「
……
無理はしないでくださいね」
笑顔を向けられるだけで、蝶がふわふわ舞うように気分が上向く。
「そういえば、君たちは今夜に北の外れで任務があるんじゃなかったのかな? もうそろそろ、ここを出ないと間に合わないよ」
「まあ! そんな日に呼び出して、ごめんなさい」
「滅相もないです! お達しがあれば、いつでも喜んで参ります!」
そう言う自分の横を男は素通りして彼女の元へ寄る。その時、ふわりと漂った香りは間違いなく彼女の香りと同じものだった。はっ、と顔を向ける。
「しのぶちゃん。わざわざ来てくれたんだし、見送ってあげたらどう?」
「そうですね」
男が上体を屈ませると、彼女は細い両腕を伸ばし長い白橡色の髪を避けて首元へ巻きつける。肩と両膝に男の腕が回されて細い身体は何の苦もなく、横向きに抱え上げられた。一連の動作は無駄がなく、二人にとってはさも当たり前のことのようだ。
彼女が告げた歩くために人の手を借りるとは、こういうことだったのだ。
肩幅もあり頑丈で大きな体躯の男が、華奢な身体を思いのままに抱きかかえる図はどこか艶かしく映った。
そうやって、腕を回してもらえるのなら自分も抱きかかえてみたいなと、ちらりと欲が覗く。もし叶うのなら死んでもいいくらいだと、呆けた自分を叱咤した。
行った道を戻るだけ、それなのに広い敷地を抜けて門までの距離を歩くと改めて、彼女のいる部屋は一番奥まったところにあるのがわかった。廊下も入り組んでいて、部屋も多く、さらに蓮が描かれている障子はどれも同じに映り、一度や二度では門から道順を覚えるのは不可能だ。
「では、私に用があるときは鴉を飛ばしてくださいね。研究の伝授も折りをみて始めましょう」
「はい! ありがとうございます!」
男に抱えられたまま、優しく微笑む彼女に深々と頭を下げる。顔を上れば脳裏に刻み込むよう、じっと彼女の顔を見つめた。
「
……
どうかしましたか?」
微笑んだまま、首をかしげる。
ああ、本当に可愛い。
「ねぇ、君。いろいろと考え事をするのはいいけど、もう少し気をつけた方がいいよ」男の低い声に急いで姿勢を正す。「例えば、ここからの帰り道とか」
「は、はい!」
「前を良く見てね」
「
……
貴方、何を」
「大事な後輩に忠告してるんだよ」優しく微笑む。「それに、この世には知らぬが仏という言葉もある」
しかし、何だろう。見上げた男の笑顔に違和感を覚える。やはりこの人物は底が知れず、読み取ろうとしても感情がよくわからない、自分の苦手なタイプの人間だと判断した。
「しのぶちゃん、なかに戻ろうか」
相変わらず、彼女に向ける視線は柔らかい。
「それでは、さようなら」
告げると踵を返して、屋敷の中へ消える二人の姿を見送った。
蟲柱ーー傷ーー氷柱ーー。
そんなこともあり帰り道は終始、悶々と考えを巡らせていた。
人里から離れて、山上を越える悪路の先に立つ氷柱の屋敷にいる蟲柱は、屋敷のなかでもさらに奥まった離れにいて、まるで宝物の如く仕舞われている。ひとりでは動けない身の上で、山を降りるどころか部屋を出ることすらできない。
まるで囚われの身だ。
柱という目上の人間に失礼なことかも知れないが、あれでは、気に入っている大切なものを誰にも見せないように、触らせないように、手の内で独り占めしている子供のようではないか。
しかも、同じ香りのする二人、そしてあの赤い痕
……
男女のことに関しては年相応の知識と興味がある。まさか
……
。
「いや、氷柱様もすごい人なのに、なんてことを考えてるんだ」
最速で柱の座についた実力は伝説で、平の隊士がそう簡単に近づくことができない雲の上のひとりである。技の多さとその強さは知れず、全てを把握しているのは蟲柱しかいないと聞く。操るのは対の鋭い鉄扇、それは呼吸の起点だけでなく鋭利な刃となって鬼の首を容易く落とす。
「鉄扇
……
」
気づく。
彼女の足についている細い傷、まるで板のような薄く鋭い鋭利なものでついたであろう、それだ。
『蟲柱様が負傷された時、氷柱様が駆けつけ救った』
まさか
……
。
ごくり唾を飲むと同時に、目の前に大木が倒れてきた。
「ーー!」
思案を巡らせ注意力散漫になっていたところだ、ぎりぎりで避けた二歩先は崖だった。バランスを何とか保ち肝を冷やす。危うく、そのまま滑落していたら、命はなかった。
気をつけろと言われたばかりなのに、と気を取り直す。
いらないことまで考えるのは悪い癖だ。
鬼の中でも十二鬼月の上弦は、ずばぬけた知性や曲がりなりにも理性を持っている。だからこそ柱三人分の強さに匹敵し、彼女はそんな邪悪な鬼に出会って格闘の末に傷を受けたのだ。
そもそも、仲間である氷柱がそんなことをするはずがない。
屋敷のなかは伽羅の香りで満ちていたから、そこで生活するには同じ香りがして当然だろう。あの足首の赤い痕だって、立とうとしてよろめいた打身の痕かも知れない。
傷のことを考えるのは、今日はここまでにしておこう。
それにしても長い帰路でも、頭から彼女の綺麗な笑顔が離れず、汗水垂らして下山したところなのに、再び会いに行きたくなっている。一目惚れだ。
「胡蝶しのぶ様
……
、しのぶ様
……
」
熱に浮かされたように名前を呼ぶ。その響きは口の中で蜜のように甘く溶け、鼓動が早くなって頬が熱くなる。
なんとかして、役に立ちたい。存在を認めてもらいたい。
医学は日々進歩している。きっと、他人や杖を頼らずとも自分の足で歩く日が遠くない未来に訪れるはずだ。
「っ、
……
なんだっ」
頭上に冷たい雫を感じて、手で探ると指先に氷の欠片がついていた。手のひらの温度で、それはすぐに溶ける首を捻る。今の季節は春だ。
「冬でもないのに
……
おかしいな」
特に気にもせず、疑問の言葉は宙に消えた。
****
「ご苦労さま、ありがとね」
そう告げると、相手の動向を記録してきた氷の御子は跡形もなく消える。
情報は有益だ。
敵であれば、使える技を出しきらせて殺す。味方であっても、おおよその技の把握している。戦闘に限った話ではなく知っておきたい、胡蝶しのぶに関することにはより神経質になっていた。
本当は、彼女自身に御子を常時貼り付けておきたいのだが、この術の性質を知っている以上すごい剣幕で拒まれる。それでも、任務に行く時など長い時間離れる時は配置して行っているのを、まだ気づかれていない。
「おっと」
向かい合い膝の上に座り抱いている身体が汗で滑ったから、かかえ直した。意識のない人間の身体は重いものだが、彼女の華奢な体躯は難なく思い通りに扱える。
ふたつの身体が繋がり、熱が溶け合った後の濃密な空気が漂っていた。
自分の胸板で彼女の柔らかい双胸を押しつぶす感触が心地よくて、壊れ物を扱うように優しく両腕で抱き締めた。細い肩は易々と収まるどころか余る。
黒髪をかき分け細く白い頸に顔を埋めると、今はもう彼女の香りだと認識している甘い芳香を楽しんだ。
そして、見下ろせば二の腕に爪で引っ掻いた痕があることに気づいた。抱いていた時には気づかなかった。別のことに気を取られていたからだ。
「無理させちゃったかなぁ」
誰とも知れない隊士と別れるや、研究に戻るという彼女の意思を「俺の部屋においで」と跳ね除けた。おいでと言っても、彼女は歩けず、抱えられている以上抗う方法はない。
女の細い身体に筋肉質で重い身体がのし掛かり、意のままにする様子を抱くと表現するには生温く、貪り喰うと言う方がまだ近かった。
必死になってもがき抗う彼女に手こずるどころか、逆に押しつぶさないようにするのが難しいくらい、体格に差がある。
涙を流し声を枯らして、最後には言葉すら言えずに必死で喘ぐ。そんな姿も可愛く、そそられるのだから仕方ない。今は耐えきれずに気を失った彼女を手中に収めていた。やっと、枯渇感が満たされたが、爪を立ててまで、あんなに必死で縋っていた腕が力なく垂れ下がっているのは寂しく思った。
「ごめんね。しのぶちゃんに怒ってたわけじゃないけど、八つ当たりしちゃった」
足首の傷に目をやる。彼女を手に入れるためにどうしても必要だった、破戒の所作だ。恥じてもないし、悔いてもない。
『鬼殺隊をやめた方がいいよ。しのぶちゃんは首を斬れないんだから、上弦に殺される前にーーね?』
そういうと彼女はすごい剣幕で激怒した。姉の仇は必ず伐つ、と凄んで告げる。
『だから俺が姉さんを殺した鬼を倒してあげる。果たしたら、しのぶちゃんを頂戴』そんな言葉は油に火を注ぐだけだった。『俺は一生大事にするよ』と言っても聞き入れず頑なだ。
『強い鬼なら柱は食いたいはずです』仕舞いには毒を飲み始める始末だ。彼女に出会い恋を知る、それから喜びも楽しみも味わえた。そして、臓腑が煮える怒りもこれでわかった。
それなら、俺も手段を選ばない。
あの瞬間を今でも鮮明に覚えている。もう二度と飛べないように、綺麗な羽を傷つけた刹那、胸に込み上げたものは罪悪感ではなく幸福感だ。安堵と嬉しさが溢れて緩む口元を抑えきれなかった。
だからといって、人生は思い通りにいかない。
ようやく自分だけのものかというとそうではない。鬼殺隊はまだ彼女を必要としているし、こうして若い隊士がめざとくやってくる。
「引き寄せられるように、しのぶちゃんの周りには次から次へと男が寄ってくるなあ
……
」
羽をもぎ取られた蝶には誰も見向きしないかと思いきや、庇護欲がそそられるのか男の目をひく。それどころか輝きを失うことなく、時を重ねるごとに羽を失った蟲から孵化して鮮やかに美しくなる。
「あの子も俺と同じように恋をしたんだね」
後頭部を手で支え、力なく上向く顔の額を唇で触れる。力を込めて腕を締めるとふたつの身体が隙間なく合わさり、蓮の襖に投影されている女の影は男の影に呑まれた。
今は誰にも邪魔されない二人だけの空間だ。
「しのぶちゃんはもう辛くもなく、苦しくもない。俺のもとで生き続ける、その方が幸せだよ」
自分のもとから飛び立たないように、飛び立てないように、幾重にも縛りつけている。そして頑丈な虫かごに入れて閉じ込めて、盗もうとする者の手は斬り落とす。
「しのぶちゃんを手に入れようと思うなら、頑張らないとね」抱きしめている腕に力をいれる。「さあ
……
あの子は柱である俺のところまで上がって来れるかな?」
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