瀬野
2025-10-29 01:35:43
3113文字
Public ビマヨダ
 

Marking

オメガバースパロ既刊『平行線上のF』の後日談。
元々はVEGA2025の無配にようとしてたもの。

 長い遠回りの末ドゥリーヨダナと恋人同士に収まり、早くも半年が過ぎた。この半年の間に互いの家族に報告したり、ドゥリーヨダナの弟達が国境を越えて襲撃してきたりと色々あって忙しかったが、概ね平穏にやっている。番になるのはまだ「おあずけ」だが、ドゥリーヨダナが自分の意志で俺の隣にいてくれるのだと実感できてむしろ嬉しかった。ドゥリーヨダナの家に俺が転がりこむ形で同棲も始め、人生で最も満ち足りた日々を送っていると言って差し支えない。
 だが気がかりな面もないではない。半年前にドゥリーヨダナを追い回していた変態野郎とのいざこざがあってから、ドゥリーヨダナがオメガであるという話が関係者間で広まったのだ。変態野郎がフラれた腹いせにベラベラ喋ったのが原因ではあるが、ドゥリーヨダナが否定しなかったことが噂話を真実へと押し上げていた。そのためドゥリーヨダナに対するアプローチが増えてしまったのである。
 にもかかわらず、ドゥリーヨダナは相変わらずオメガ用の保護首輪をつけない。それが問題だった。
 別にドゥリーヨダナの身を案じて心配しているというわけではない。あいつがオメガだと隠さなくなってから、公の場に出る時の守りはより強固になっている。相当な手練であっても、カルナとアシュヴァッターマンを乗り越えてドゥリーヨダナに手を出す事は容易でない。ペペロンチーノとかいう秘書も只者ではなさそうだし、人畜無害な立香でさえ広い人脈を有しているので侮ると痛い目を見る。西欧財閥の次期総帥と密会できたのも、立香の高校時代のバイト先にいた先輩がたまたま次期総帥と知り合いだったかららしい。あいつはドゥリーヨダナの世話なんかしてないで、今すぐ転職した方がいい。
 俺が気にしているのは、ドゥリーヨダナに対する噂の方だ。
 首輪をつけていないせいで番がいないことも同時に露呈してしまい、その結果ドゥリーヨダナはフリーだと思われている、らしいのである。恋人がいると教えても、どうせ遊びの関係なのだろうとか、きっとアルファではないのだろうとか、都合よく解釈しているようだと、何でもなさそうに言っていた。誰あろうドゥリーヨダナ本人が。
 これが面白くない訳がない。番ではないが遊びのつもりは(少なくとも俺には)ないし、番契約を結んでいないならアルファじゃないとか、偏見で思い込んでいるのも気分が悪い。
 しかしどうにもならず密かに悶々としていたある日、事件は起きた。

 何の予定もない休日に昼間からベッドでだらだらしていると、ドゥリーヨダナがこれをつけろと首輪を差し出してきた。ようやく俺の心配が伝わったのかと思いきや、つけるのはお前の方だと傲岸不遜に言いやがったのだ。俺の上に跨り、首輪をくるくると指先で回す姿はいやに挑発的だった。







「何で俺がオメガ用の首輪をつけるんだよ」
 当然抗議したものの、ドゥリーヨダナは一切聞き入れる様子もなく、無理矢理装着させようとまでしてきたため、仕方なく受け入れることにした。黒地に金色の模様が入った首輪は、それなりの値が張るものなのか肌馴染みは良かった。だから何だという話だが。
「いいか、今から一ヶ月、風呂以外はつけっぱなしにしておけよ。鍵はわし様が厳重に管理しているからな!」
 ドゥリーヨダナは満足そうな顔で嫌な注文をつける。仕事中もつけろというのか、これを。
……マジかよ」
 窓ガラスに反射する自分の姿を見つめる。首元の黒の存在感が凄い。
 首輪には小さな南京錠がついており、自由につけ外すことは出来ない仕組みになっていた。これで生活しろというのは本気のようだ。無理矢理外すことも不可能ではないだろうが、それで臍を曲げられても困る。万が一別れるとでも言い出されたら堪ったものではない。
 起こりうる最悪の事態と己の羞恥を天秤にかけ、後者に目を瞑ることにした。
「分かったから、せめてちゃんと説明しろ」
「お前が知る必要はない!」
「今日の晩飯、お前の嫌いなもんばっかにするぞ」
……まあその代わり、今日は普段より好きにさせてやる。うなじ以外はな」
…………言ったな?」
 こうして何が何だか分からないまま、俺は一ヶ月首輪をつけて生活することになったのだった。

 その次の日から俺は、ドゥリーヨダナの命令通り首輪をつけて過ごしている。家の中は勿論、外でもだ。
 何の前置きもなく突然首輪をつけて出社した俺に、上司も同僚も初めは何と声をかければいいか困っているようだった。しかし人間とは順応する生き物で、そのうち何事もないかのように接したり、似合ってますよなんて特に嬉しくはない褒め言葉を投げたりするようになった。
「あのさ……こういうこと聞くのマナー違反だって分かってはいるんだけど、あんたって確かアルファ……だったよね?」
 同僚のセレシェイラ・エルロンから申し訳なさそうにそう訊ねられ、俺が実はオメガだったのではという噂が一部で流れたことも知ったが、恋人に装着を強制されているのだと言って回るとすぐに噂はかき消えた。ただその代わりとでも言うのか、俺の恋人はSMクラブで女王様をしているという噂が立ってしまった。だが訂正するにはドゥリーヨダナのことを事細かに話す必要があり、面倒なのでそのまま放置している。最近は尾ひれが増えて繁華街に店を持っていることになったが、経営者であることには変わりないなと思い、あえてツッコんでいない。
 そんなこんなで時は過ぎ、本日晴れて約束の期日を迎えた。
 飲みの誘いも断り、さっさと家に帰ろうと会社を出ると、正面の車道に見覚えのある高級車が停まっていた。近づけばリアサイドウィンドウが開き、ドゥリーヨダナの顔が現れた。
「珍しいな、迎えに来てくれたのか?」
「アホ抜かせ、今夜は経営者交流会だと言っておいただろう。わし様はその首輪を引き取りに来ただけだ」
 ドゥリーヨダナはスーツの内ポケットから南京錠の鍵を取り出すと、車の窓越しに差し出してきた。
「ここで外すのか?」
「早くしろ。あまり時間がない」
「わかったよ。そう急かすな」
 一月ですっかり馴染んでしまった首輪を外し、鍵と共にドゥリーヨダナに渡す。ドゥリーヨダナは手に取った首輪を四方八方から眺め回している。その様子を見ながら、うやむやにされていた行動の意味を改めて訊ねた。
「結局それ何だったんだよ」
 答えはあまり期待していなかったのだが、今日のドゥリーヨダナは口が軽かった。
「まあ……気休めだが、アルファおまえのフェロモンが染みたこいつをつけて現れれば、少しは身の程知らずが減るかと思ってな」
……は?」
「カルナー、出していいぞー」
「承知した」
「あっ、おい」
 止めるも空しく、ドゥリーヨダナを乗せた車は走り去ってしまった。
 交差点を曲がり車が見えなくなった頃、回りくどいことをする恋人に苦笑が溢れた。
「最初っから素直に言やぁいいものを」
 どうせなら俺も連れて行けと言ってやりたい。隣に立たせ、見せびらかせてやれば手っ取り早いだろうに。
 あの首輪を購入するまでには、さぞ葛藤があっただろう。あれだけ忌避した代物だ、ただの思い付き程度で実行する筈はない。最後の一線を超えるために、俺のフェロモンをつけることを考えつくなんて、随分と可愛らしいじゃねえか。
 あれも口輪と同じく巣の中に持ち込まれるのかと思うと、往来だというのに顔がにやけて仕方なかった。



 数時間後、カルナから送られてきた画像には、首輪をつけてドヤ顔をしているドゥリーヨダナが写っていた。