饗李
2025-10-29 00:31:51
4168文字
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誕生日と体調不良

跡部夢、ネームレス。
跡部景吾の誕生日に風邪をひいてしまった話。

 ゴホゴホ、と咳き込む。ピピ、と音が響いて体温計を見れば、平熱からは程遠い体温で。そのまま、ベッドに倒れこむ。
……はぁ」
 ひとつ、溜め息をついた。ぼんやり天井を眺めるが、それだけで体調は回復しない。
 ちらりと時計を見ればそろそろ日付が変わるころ。メッセージアプリを開いて、先輩のトーク画面を確認する。
 ……日付が変われば、跡部先輩の、彼氏の誕生日。熱が出ていても、体調が悪くとも、先輩にはきちんとメッセージを送りたい。お付き合いしたばかりだし、そういうのは大切にしたいから。
 ……わざわざ、体調が悪いことは言わなくていいだろう。誕生日まで先輩を心配させることはないだろうから。
……よし」
 時計を見ながら、タイミングをうかがいつつ、日付が変わった瞬間にメッセージを送る。簡単なものになってしまったけど、また日を改めて言えばいいだろう。……本当は、すぐに言いたいけれど。返信も待たず、そのままスマホの電源を落とす。……明日には、元気になってるといいけれど。


 ぼんやりと、意識が浮上する。カーテンの隙間からさす陽の光で、朝がきたのだと思った。ゆっくりと目をあけて、体を起こす。
 まだ頭はぼんやりと痛い。熱も下がってはないだろう、回復していない自分に溜め息をついた。
(……ご飯……、は、メッセージか……)
 ベッドサイドに置いてあるメモを見て、ゆっくりと思考を回す。メモにはお腹がすいたらスマホで連絡してね! と母のメッセージがあって。多分、一度部屋には来たけれど起きなかったからメモを残してくれたのだろう。起こしてくれてもよかったのに、なんて思いながら母にメッセージを送ろうとスマホを手にとり、液晶をみた。
……えっ、先輩から……
 真っ先に入ってきたのは、跡部先輩からの沢山のメッセージ。日付変わった直後のありがとう、のメッセージに続き、朝練が終わった後の時間に体調は大丈夫かという旨のメッセージの隙間に、一度の着信。最後には「無理はするな、また連絡する。ゆっくり休めよ」とあった。先輩の優しさに、少し泣きそうになる。自分の誕生日でいろんな人にお祝いされていて忙しいはずなのに、こうやって時間を割いてくれている。それがどうしても、たまらなく嬉しかった。
 今の時間なら、昼休みだろう。少しくらいなら、やりとりできるだろうか? なんて思って、トーク画面を開いた。
「ええと……なんて言ったらいいんだろう。うーん……今、起きました……心配かけて、ごめんなさい……?」
 謝るのは違うだろうか。でもまぁ、素直な気持ちの方がいい、のだろうか……? なんて自分でも首を傾げながら、送信ボタンを押した。送信してすぐ既読がついて、びっくりしてスマホを落としかける。お昼休みとはいえ、見るのが早すぎやしないだろうか?
 そわそわしながらメッセージを待っていれば、「今平気か?」と返ってきた。ので、大丈夫ですと返せば、電話を掛ける、と言われてすぐ着信が鳴る。なんとなく数コール待ってから電話に出た。
「出たか」
「ええと……はい……?」
「体調は? 今話せるのか」
「あ、はい。さっき起きたばかりなので……
「そうか」
 先輩が安心したように息を吐いた気がした。ずっと心配させていたのだろうか、申し訳ないなと思ってしまった。
「食欲はあるのか」
「多分……? 薬を飲まないとなので、食べないとなんですけど」
「無理して固形物を食おうとしなくていい。戻すのはつらいだろ」
「そうですね……。あ、でもそんなに酷くないので!」
「そう言って悪化したらどうするんだ、お前は」
 やれやれと溜め息をつかれる。いつも通りの雰囲気で、なんとなくこちらが安心してしまった。
「だ……いじょうぶ、ですよ、多分」
「そういう時は大抵ダメだろうが」
「あはは」
……まぁ、思ってるより元気そうで安心した」
 その言葉の後ろでチャイムが聞こえる。壁の時計を確認すれば、もう昼休みが終わる時間。貴重な休みを邪魔してしまっただろうか、なんて思うけれど、口にはしないようにした。電話をかけてきたのは先輩からで、その優しさを壊したくなかったから。
「ちゃんと安静にしておけよ」
「はい」
「切るからな」
「はぁい。……先輩、ありがとうございます」
……ああ。じゃあな」
 その言葉と共に、電話が切れる。ほんの数分だったけれど、少しだけ元気になったような気がした。好きな人って、薬みたい。
 そのままベッドに転がり込む。まだ体調は回復していないけれど、心は元気になったと思う。早く元気になって、先輩に会いたいな。そこまで考えて、声で誕生日おめでとうと言いそびれたのを思い出す。あの時くらいしか言えなかっただろうに、嬉しさで言い忘れてしまうなんて。今日、どうにかしてまた言うタイミングはないだろうか……なんて思いながら、目を閉じた。


 ――チャイムの音が聞こえて、目をあける。またあれからどれだけ寝ていたのだろうか。少しあいていたカーテンの隙間からさしている光は橙色になっていた。宅配だろうか? 一度起き上がってカーテンを閉じ、ベッドに戻る。そうしていれば、足音がふたつこちらに向かってくる音がする。……誰だろうか、瑠梨ちゃんだろうか? メッセージ辺りですませてくれればよかったのに、なんて呑気に考えていれば、ノックの音が響いて扉が開く。
「お母さん、せめて返事してから開けて」
「アンタ、彼氏来てるけど」
……え!? まって! 待って! マスク!」
 ……今、なんて言った? 彼氏、彼氏って言ったか? 彼氏なら来ているのは跡部先輩、なのでは? まで考えて、慌ててマスクを手に取る。寝起きだから髪だってぐちゃぐちゃだし、パジャマだって可愛いものじゃない。だって先輩が来るなんて聞いてないから。気持ち程度に髪を整えてみたりとかして、なんとか体裁を保とうとする。意味ないんだろうけど。
……い、いいよ」
「お邪魔します」
「じゃあお母さん下いるからね。彼氏に迷惑かけるんじゃないよ」
「わ、分かってるよ!」
 そう言い残して、お母さんは部屋から出ていく。パタン、と扉が閉まれば、自分の部屋に先輩と二人きり。夢みたいなシチュエーションだけれど、自分が風邪をひいているせいで何を言えばいいのかわからない。こっちがぐるぐる考えていれば、先輩からこちらに近付いてくる。
 珍しくマスクをつけて、手からはコンビニの袋がさがっていて。見たことない先輩の姿に、優しさが見えた。
「今は起き上がっていて平気なのか」
「あ……、は、はい。……な、なんできたんですか?」
「彼女の見舞いに来るのは当たり前だろ」
「う、うつっちゃう……
「俺がそんなに弱いと思ったか?」
 マスク越しでも分かる先輩の笑顔に、どんな顔をしたらいいかわからなくなる。確かに先輩が風邪で倒れているところなんて想像できないけれど、万が一ってこともあるかもしれない。不安だけれど、それでも、嬉しかった。
 座っていいか? と聞かれて頷けば、ベッド際に座る。自分のベッドに、部屋に先輩がいるなんて夢のようだ。……自分が、風邪をひいていなかったら、だけれども。
 可愛くもなければ元気でもない自分なんて、正直見られたくなかった。でも、朝のメッセージといい、昼の電話といい、心配させていたのは事実だ。心配させてしまった申し訳なさと嬉しさとで、気持ちがぐちゃぐちゃだ。そんな私を知って知らずか、先輩は私にコンビニの袋を差し出してくる。
「今のお前が何を食えるか分かんねぇが……取り合えず必要そうなものは買ってきた」
……ゼリーに……プリン……。そんな、いいんですか? お金とか……
「俺がやりたくてやったんだ、気にしなくていい。……早く元気になってくれれば、それで構わねぇよ」
「でも……
「どうしたんだ、今日は。風邪にしては随分食い下がるじゃねぇか」
「だっ、て、今日は、先輩の誕生日で…………
 受け取った袋を手に持ったまま、俯く。先輩の誕生日ということは、つまり全校生徒が、世界中の跡部先輩のファンが先輩を祝いたいわけで。
 学校でも、沢山お祝いされていたのだろう。去年は遅くまで学校にいたらしいと聞いていたのに家に来ているということは、お祝いもそこそこに学校を出たのだろう。誕生日ということは、今日は先輩が主役のはずだ。それなのに、私のためだけに時間を裂けさせてしまって。
 体調が悪いからか緩くなった涙腺のせいで、涙が零れそうになる。ここで泣いたら、もっと困らせてしまうのに……、と思って、耐えようとしたとき。ポン、と頭を撫でられらる感覚がした。
 思わず顔を上げれば、優しい顔で微笑んで私を見ている跡部先輩がいた。
「俺の誕生日は、俺がしたいようにする。ただ、それでお前に負担をかけたのなら、すまない」
「そ……んな、先輩が謝ることなんてないのに……! 私が、体調を崩したのが悪くて…………ちゃんと、先輩のこと、お祝いもできてないのに」
「ばーか、体調を治す方を優先しろ。……誕生日の埋め合わせは、そのあとでいい。お前は俺の彼女だろ?」
「え……あ、いや、そうですけど……
「お前の為に割く時間なんて、山ほどあるんだ。今すぐが絶対にいいってわけじゃねぇ。分かるだろ?」
 そのまま、優しく頭を撫でてくれる先輩。その優しさが嬉しくって、耐えていた涙が零れてしまった。驚いた顔をした先輩が、慌ててポケットからハンカチ尾出す。その優しさも嬉しくて、涙が止まらない。
「おい……泣くほど嫌だったか?」
「逆、です……嬉しくって…………私、またちゃんと先輩の誕生日をお祝いしたいって、ワガママしてもいいんですか……?」
……当たり前だろ。まずはちゃんと風邪を治してから、だがな」
「っ……はい!」
 体調は悪いけれど、とびきりの笑顔で答える。先輩とは、もう恋人同士なのだ。きっとそうじゃなくてもこうしてくれるような気はするけれど、でも。ゆっくり、一歩ずつでもいいのだ。先輩の誕生日になのに自分が元気にしてもらってどうするのか、とは思ったが、それもそれで私たちらしい、のかもしれない。