小話倉庫(深上)
2025-10-28 22:49:06
3775文字
Public 悠アキ/haruwise
 

理想型は人それぞれ(悠アキ/haruwise)

悠+アキくらいの距離感。二人の筋肉について想いを馳せてたらなんか出来てた。

 そこまでではない、とアキラは憤慨の気持ちを抑えずに目の前でにやにやと人の悪い笑みを浮かべる六課の斥候を睨みつける。そんな眼差しを受けても彼の笑みは崩れず、むしろますます深まったように見えた。
「そう? ……いやでもさぁ〜、よく走ったあとバテてるし、何もないところで躓いてるし」
「ドジぐらい誰だって踏むだろう」
「ドジじゃなくて足が上がってないんだよ。運動不足でーす」
「ぐ……
 思い当たる節があって咄嗟に反論が詰まる。そんなアキラの隙を見逃さず、悠真はここぞとばかりにちくちくと図星をついてくる。
「夜中にラーメン食べに行ったりしてない? あんたの家の近くの錦鯉、結構遅くまでやってるよね」
……たまにだよ、たまに。付き合いでね」
「車中心の生活してると、意識しないと体を動かさないでしょ。ビデオ屋はともかく、プロキシ業なんてじっと座って集中する仕事だし」
「つまり、何かな? 体を動かさない僕は、筋肉がついていないとでも?」
「うーん……成人してる若者なりの筋肉はあるんだろうけどねぇ……力こぶはあるよね」
 そう言いながら悠真は、ふにふにと二の腕をつついてきた。くすぐったさにその手を払ったら、今度は自分の二の腕を確かめるようにぐいぐいと押す。ちら、と何かを言いたげに視線を向けられたので、はぁ、と息を吐きながら何かを言われる前に口を開く。
「君は弓を扱うし、H.A.N.D.の鍛錬にも参加するだろう。雅さんのことだから、君を修行相手に指名することもあるんじゃないのか?」
「うっ、嫌なこと思い出させるなぁ……課長の鍛錬は拷問だからね、もはや」
「それは知らないけれど。そんな君と比べるべくもない、ということだよ」
「お。つまりアキラくん、僕は筋肉があると言いたいんだね」
 それはそうだろう、と何度も見た彼の戦い方を思い出しながら頷く。彼のトリッキーな動きを安定させるのは、その体幹と、それを支える筋力だ。彼はとにかくバランスがいい。どんな不安定な体勢でも綺麗に受け身を取るし、コンパウンドボウという腕を固定させる必要がある武器であっても、様々な姿勢から放つことができる。縦横無尽に立ち回る彼の戦闘スタイルも、やはりその筋力があってこそだ。
 ポート・エルピスの灯台の近くでそんな他愛のない会話を交わす二人の近くには誰もいない。潮風に揺れる悠真の黄色いハチマキに視線を取られそうになりながら、この細身のどこにどれだけの筋肉がついているのだろうと想像する。同じような体格の自分とは恐らく倍以上の差があるはずだ。そう思っていたから、続く悠真の台詞にアキラは一瞬言葉を失った。
「ところがどっこい。六課の中で僕、一番力がないんだよね〜」
 あっはは、と笑う彼の言葉を聞いても、脳が理解を拒む。六課は悠真を除くと全員が女性だ。その中で一番下。あり得るのだろうか、と疑問を浮かべながら口を開く。
「蒼角は分かるし、雅さんは筋肉を技量で切り捨てるからそう言うのも分からなくもないけど。……柳さんもかい?」
「ふっ。アキラくん、あの温厚な眼鏡に騙されてるね。この間すこーし長めの休憩を取ってたら見つかっちゃってさ。なんて言われたと思う?」
……普通に叱られたんだろう?」
 眼鏡のフレームをくいっと上げてちくちく嫌味を言う柳を想像したが、悠真はふるふると神妙な顔つきで首を横に振った。
「こうだよ――『あら、浅羽隊員。もしかして栄養が足りていないのでしょうか。私が特製の果実ジュースを作ってあげましょうか?』……って言いながら手のひらのリンゴを片手で潰して、ぽたぽたと果汁があふれるそれを持ってにっこり笑ったんだ!」
「悠真。いくら僕でも、何故そこで柳さんがリンゴを? くらいは思うんだよ。シナリオに無理がある。作り話としてはマイナスだ」
「ちぇ、騙されなかったか。今のは冗談だけど、月城さんも少し重めの段ボールをひょいっと担ぐ力は持ってるよ」
「ああ……それは普通にやりそうだね」
 あまり周囲にも詳しくは話していないようだが、どうやら彼女は蒼角に近しい力を体内に秘めているらしい。であれば、重いものを苦も無く運ぶくらいの芸当はやりそうだ。
「でも僕だってあんたの言う通り、力がないわけじゃないよ。ほら――
 悠真は身を屈めたかと思うと、アキラの膝裏を手のひらでぐいっと押した。バランスを崩しそうになったところをもう片方の手に支えられ、そのまま両足が宙に浮く。え、と状況についていけないまま、気付けばアキラは悠真の両手にすっぽりと収まっていた。
「ほら、この通り〜」
「ちょっ、これは」
 悠真の琥珀色の瞳がすぐ上に見える。近い。つい顔に熱が集まりそうになるのを理性で留める。焦るアキラを見る悠真は、何が楽しいのか、鼻歌でもこぼしそうな上機嫌だ。
 安定しているので落とされることはなさそうだが、問題は体勢である。いわゆる「お姫様抱っこ」だ。ポート・エルピスは観光場所としてはマイナーではあるが、人がいないわけではないのだ。現に「何?」という女性の視線がこちらに向いているではないか。
「悠真、恥ずかしいから降ろし……
「何やってるんですか、二人とも」
 死角から響いてきた声に、思わず両手で顔を覆う。悠真は視線を動かして、その先にいたらしい知り合いに明るく声をかけた。
「あれ、セスくん。こんなところでどうしたの? サボり?」
「先輩と一緒にしないでください! パトロールですよ……っていうか、そっちこそ何してるんですか。アキラ……だよな?」
「聞かないでくれ……そして悠真、よくわかったからもう降ろしてくれ……
 はいはーい、と軽快な声が響き、ようやくアキラは体の自由を得る。そのままゆっくりと視線を向けた先には予想通り、呆れたように目を細めて腰に手を当てるセスの姿があった。
 ……ああ、おふざけを知り合いに見られることの気まずさよ。
「アキラくん、見てごらん。これが、筋肉がある成人男性ってやつだよ」
 悠真はと言うと、別のところに目が行ったようでセスをじっと凝視していた。釣られるようにアキラは治安局の勤勉な若者の姿を確認する。
 細身でありながら、何もせずとも筋肉が浮かび上がる二の腕。引き締まった腰回り。それらをしっかりと支えるガッチリとした両足。均整の取れた「鍛えられた体」に、アキラは悔しくも頷くしかなかった。
……確かに。文句のつけようがないね」
「会っていきなりなんですかその失礼な視線は!」
「ごめんごめん、今アキラくんと筋肉の話をしてて」
「筋肉?」
 これまでの経緯を話すと、次第にセスの顔に同情が浮かび、しまいには「アキラ、ちゃんと運動した方がいいと思うぞ?」と遠慮がちに促されてしまった。居た堪れない。
 いやそもそも、治安局やH.A.N.D.という普通とは異なる機関に勤める者たちとは生活のリズムも日常も違うのだ。そこまで言われるほどではないはずだ、と口を開いて反論の言葉を吐こうとしたところで、またも別の知り合いから声をかけられてしまった。
「おやあ、そこにいるのは弟弟子くんじゃないか!」
 よく通る声が、アキラの思考を停止させる。他の二人が「誰だ?」という視線を向けているパンダのシリオン、その正体は適当観の兄弟子、腹ペコ弟子たちの胃袋を預かる潘引壺だった。彼は大きな箱を両肩に乗せたまま、悠々とこちらに歩み寄ってくる。
「奇遇だなぁ。そっちの二人は友達かぁ? そうだ、今回はなかなかいい値段で魚が手に入ったんだが、何匹か……
「い、いやいいよ。それは師匠と兄弟子、姉弟子たちで堪能してくれ。……福福先輩の取り分を取ったと後から知られて、拗ねられでもしたら堪らないからね」
「姉弟子もさすがにそこまで狭量ではないさ! 遠慮することないんだがなあ。まぁ、無理に押しつけるものでもないか」
 あっはっは、と豪快に、けれど不快には思わない笑い声をあげる潘を、まだ悠真とセスは検分するように見つめている。気持ちはわかる。これだけ筋肉だ筋力だと話していたところに、重そうな箱を二つも軽々しく持ち上げる大柄のシリオンに会ったのだ。しかもこのパンダのシリオン、雲嶽山の弟子なだけあって意外と俊敏に動けるし、何よりもふもふだ――それはもう、アキラからするとすべてを兼ね揃えた、目指すべき高みにいる存在とも言える。
 立派な兄弟子の戦うところを見たことがない彼らも、どうやら何かを感じ取ったらしい。顔を寄せてこそこそと小声で話し出す。
……セスくんならギリいけるんじゃない? 僕は絶対無理だよ。あれはシリオンの特権な気がする」
「オレでも無理ですよ。どれだけ体格差があると思ってるんですか。目指せと言われても無理です。トレーニングの負荷を上げて、自分の体の限界を探る方がまだ有意義です」
……何の話だ? 修行か?」
「男の沽券に関わる話だよ、潘さん。そして僕は理解したさ。人には人の理想がある。それを目指せばいい、とね」
 無理なものは無理。自分に合った筋力トレーニングが大事だ。自分が適当観の弟子であることもこの時ばかりは記憶の彼方に消し去って、体格に恵まれたシリオンにアキラは羨望の眼差しを向けた。