三崎
2025-10-28 21:18:35
8409文字
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騙されていた方が幸せだったのに

RaD所属のあるドーザーと赤いジュースの話。

 ずらりと並べられた工作機械、あちこちから聞こえてくる甲高い加工音。そのレーンのど真ん中、俺は機械のスイッチを止め、小休止に入ることにした。うず高く積まれた部品の数々、それを半分ほど切り崩したところで、それなりに区切りも良い。
「んっ……くーっ……
 保護用のゴーグルとマスクを外し、ぐっと伸びをすると、ぱきぱきと関節が音を立てた。久しぶりの部品加工でやりがいはあるが、体は悲鳴を上げている。帽子の中は蒸れていて、自慢の髪は一体どうなっているのやら。
「ふう……――うおっ⁉」
 疲れた目元を揉んでいると、ひたりと頬に冷たいものが押し当てられた。驚いて目を開けると、側に立っていた同僚が俺に瓶を差し出している。どうやら差し入れ、ということらしい。
「よ、お疲れ」
「おお、悪ィな」
 よく冷えた瓶を受け取って、その辺の工具で蓋を開ける。栓抜きなんて上等なものがなくても、ここでは困らない。ここはグリッド086、ルビコンが誇る――かは知らないが、少なくとも有名ではある――星内企業、RaDの第二加工所、金属部品の製造を主として行う場所だからだ。もちろん、その部品の原材料は回収してきたジャンク品たちである。
 ぽん、と小気味いい音が響き、炭酸ガスが噴き出す。甘ったるい匂いと、勢いよく溢れ出す赤い液体に、慌てて口をつけた。ぱちぱち弾ける飲み心地、爽やかな甘酸っぱさ、良く冷えたそれは、心地よく胃に入っていく。
「くーっ、懐かしいな」
「たまに飲むと美味いだろ? コーラルの代わりにしちゃあ、可愛らしいもんだけどさ」
 その同僚――幼い頃に無くした目を眼帯で覆った、長身の女だ――は近くに積んであったコンテナの上に腰掛けると、同じ瓶を開けて美味そうに飲み出した。
 コーラルそっくりに色付けされたこのドリンクは、ルビコンにおいてジョーク商品の一つとして扱われているものだった。本物のコーラルをキメている俺たちのようなドーザーにとっては手慰みにしかならないが、ルビコン最下級の貧民にとっては、滅多にお目にかかれない代物だ。だからその分、思い出深い品として、頭の中に残っていた。
……ガキの頃にさ、コーラルだと騙されてこいつを買わされたことがあったよ。親父からのオツカイの時にな」
 何も知らない子どもからしたら、赤い液体と言えばコーラルだ。文字が読めるだけの学もなく、大きく書かれた注意書きなんて、何の意味もなかった。ガキの頃の俺は、たっぷりのコーラルが入った瓶だと思い込み、父親から渡された金を全て払った。その時の売人の顔は、もう覚えちゃいない。
「そりゃあ、悪いヤツもいたもんだね」
 同僚は瓶に口をつけながら言った。子供を騙す売人に対してか、そんなオツカイをさせる親父に対してか、そのどちらもなのかはわからない。そんな〝悪いヤツ〟なんてルビコン中に溢れているから、もしかしたらなんとも思っていないのかも知れなかった。こんな昔話に大した意味はなく、何かしらの感想を求めている訳でもなかったが。
 しかし優しいことに、彼女は話の続きを促してくれた。
「で、その後はどうなったのさ」
……親父はラリってたが、俺よりは馬鹿じゃなかった。盛大にぶん殴られたよ。こいつでな」
 飲みかけの瓶を揺らして言うと、彼女は大笑いした。
「アッハッハ! とびきりの思い出じゃないか」
「全くだよ、ったく……
 かち割られた頭、しゅわしゅわの真っ赤な液体に溶けていく血の赤、薄れていく意識の片隅でクソッタレ親父がぼやいた、絞り出すような「馬鹿野郎」の一言。ベタベタの液体と血に塗れて目覚めた時には、親父はどこかに出かけてしまっていたっけ。
「その親父さんは?」
「それから半年後に死んじまったよ。混ぜモンだらけのコーラルをキメて、幸せそうな顔してな」
「そりゃあ……ご愁傷さま」
「貧民ドーザーの死に様としては悪くなかった。少しだけ、羨ましいかもな」
……嘘ばっかり」
 同僚はそう言って、瓶の残りを飲み干した。図星を突かれた俺は大笑いして、同僚に続いて中身を胃の中へ流し込む。赤くて甘くて、しゅわしゅわぱちぱちして、何も知らない子どもが飲んだらこれがコーラルだと信じたかも知れない。少なくとも、ガキの頃の俺は信じたに違いなかった。
 水分補給もして、気晴らしも出来た。自分の持ち場に戻る同僚の背中を見送って、俺も機械のスイッチを入れた。
 仕事があり、報酬があり、住む場所も保証されている。ここグリッド086で暮らしている限り、親父が口にしたような粗悪品で死ぬ奴なんていやしない。集められたコーラルは品質検査にかけられ、偽物や粗悪品は弾かれる。コーラル酔いに安全さを求めるなんて、ドーザーらしくないかも知れない。だが、親父のように喉を掻きむしって、苦しんで死ぬよりはマシだ。
 学のないガキが掴まされた偽物は、あのジュースだけじゃなかった。色が赤いだけの、毒に近い何か。性懲りもなく馬鹿な息子にオツカイを頼んだ親父は、俺が持ち帰ったそれを飲み干して、そのまま、目の前で――
……こいつに騙されるくらいの方が、幸せだったってのによ」
 床に置いた空き瓶を足で小突きながら、機械の駆動音に紛れるように、俺はぽつりと呟いた。


   ※※※


 スクラップの山の中腹、星とコーラルの明かりを頼りに、かじかむ手を擦りながら、使えそうな(あるいは、売れそうな)ゴミを漁る――。そんな、どこにでもいるガキの一人でしか無かった俺に声をかけてくれたのは、灰被りを名乗る若い女性だった。オイルで汚れたツナギを着て、貧民街では見たことのない、楽しげで自信に満ちた笑顔を浮かべていた彼女は、ひょいひょいとスクラップの山を駆け上り、俺に尋ねた。
「あんた、こんなところで何をしてるんだ?」
 食い扶持を稼ぐための仕事、と言えば聞こえは良いが、端的に言えばゴミ漁りだ。口をつぐんだ俺に、彼女は〝あるもの〟を指さして尋ねた。
「そこのおもちゃ、あんたが作ったのかい?」
 俺の足元に転がったそれは、俺が作った小さな車の玩具だった。買い取り業者に買い取れないと馬鹿にされ、地面にぶち撒けられた小さな部品たち。それを寄せ集めて作ったものだ。
 玩具なんて贅沢品、俺は一度だって買ってもらったことは無かったし、出来が良いのか悪いのかもわからない。これを売ろうとしても踏み潰されて終わりだということはなんとなく察しがついていたから、手放すことも出来ずに手元に置いてあるだけになっていた。
 スクラップに紛れて置かれたそれを、玩具だと気付く人間がいるとは思わなかった。その辺の大人たちとは違い、彼女に悪意や蔑みの感情を感じなかったのもあって、彼女の質問に、俺は小さく頷いた。
「見てもいいかい?」
 彼女の問いにもう一度頷いて、俺は不格好な玩具を拾い上げる彼女をじっと見つめた。その不思議な女性は、薄暗い中、星とコーラルの明かりを頼りに玩具をまじまじと観察し、側面に取り付けたボタンに気付いて、それをぐっと押し込んだ。
「あ……!」
「おっと」
 車がどんな仕組みで動いているのかなんて、俺は知らない。扉があり、中に椅子があり、タイヤが回って走るものとしか。だから、俺は好き勝手にそれを作った。中身がどうなっているのか詳しく知らないのだから、扉が開かなくたっていい。その代わり、側面のボタンを押したら、底面から刃が飛び出る仕組みを取り付けた。知らなければ怪我をする、そういう仕掛けを。
 俺が仕掛けた通りに、刃は勢いよく飛び出した。錆びた刃は、何も持たない子どもが素手で触れれば、手を切り裂くだけの凶器になっただろう。しかし、分厚い手袋をしていた彼女には、手袋を含め、傷一つついていない。
「なあ、あんた」
「ひっ……
 怪我はしなくとも、危険な仕掛けのある玩具を何も言わずに渡すなんて――。責められるんじゃないかと身構える俺に、彼女は手袋を外し、荒れた手を俺に差し出した。
「なかなか〝笑える〟玩具じゃないか。気に入ったよ」
「え……?」
 その言葉の意味も、差し出された手も、どちらも理解出来なかった。彼女は、呆けた俺の手を無理矢理握ると、ニッと笑ってこう言った。
……行くところがないんなら、私のところで働かないかい? ちょうど、見込みがありそうな若いやつを探しててね。あんたには期待出来そうだ」
 今思うと〝若いやつ〟にしては、その当時の俺は若すぎた。まだ十を過ぎたばかりの子ども。だが、身よりもなく、その日暮らしの惨めな生活をして生きてきた自分には――ゴミや虫と大して変わらない扱いをされてきた自分には――一人前の〝人〟として認められた気がして、嬉しかったことを覚えている。
 彼女はまるで母親のように――俺自身は母親の顔さえ知らなかったが――俺の手を引いてスクラップの山から連れ出した。道中、玩具の仕組みやらなにやらを尋ねられ、俺はそれにおずおずと答えを返した。生まれてからそれまで、こんなに誰かと話をしたことは無かった。それが楽しいと思ったことも。
 そして、生まれて初めての〝本物〟の車に乗り、彼女が拠点にしているというガレージに案内され――彼女が優しかったのは、ここまでだった。貧民街のガキには分不相応な、とんでもなく高度な科学技術・機械工学を片っ端から叩き込まれ、見た目が一切変わらない彼女と共に過ごして、気が付くと二十年ばかりの時が経っていた。
 いつの間にか仲間も増え、小さなガレージから始まった彼女の組織は大きくなり、グリッド086という拠点と、広大な縄張りを手に入れた。俺たちが乗っ取ったRaDの名はルビコン中に知れ渡り、今や膨大な利益を生み出すドーザー集団の一つだ。しかし、未だにわからないことが二つある。


 我らがボス、シンダー・カーラの作業室。限られた構成員しか入室を許されないその部屋で、俺はボスが作る試作品制作の手伝いに来ていた。ジャンクの山で遊んでいたガキが、肩書きはともかく、ここまで重用される人間になっているなんて、親父にジュースの瓶で殴られていた時には、考えもしなかった。
 試作品の設計図の一部分について意見を求められ、なんだかんだと言い合った後、ボスと俺は一服するため、安煙草に火を点けた。この新作も、相変わらず遊び心がふんだんに散りばめられた〝笑える〟作品になりそうだ。その分、組み立てるのには熟練の技術が必要だが……まあ、どうにかなるだろう。トライアンドエラーも、モノづくりの醍醐味の一つだ。
 そうやって新製品を生み出す瞬間に、何度立ち会ってきただろう。相応に歳を取った俺と違い、ボスは出会った時と何一つ変わらない。その頭脳も、見た目も。いや、頭脳の方は、キレを増す一方か。
……なあボス、なんであんな汚えガキに声かけたんです?」
 ふと思い立って、砂糖をたっぷり入れたフィーカを啜るボスに尋ねた。〝汚えガキ〟というのは、誰あろう俺のことだ。
「なんだい、急に」
 ボスはマグを置いて俺に聞き返した。言う通り、急な質問ではある。
「いや、別に……もうちょっと頭の良い、小綺麗なガキなんていくらでもいただろうって思っただけでさ」
 卑屈になっている訳でもなく、純粋な疑問として尋ねたつもりだった。身ぎれいにしている子どもの方が、まともな教育を受けている。ルビコンにおいては特にそうだ。まったく学のない子どもにあれこれ教えるのは――それも、読み書きから教えるのは――骨が折れただろうに。
 俺の質問に、ボスは何かを思い出すように目を閉じると、たっぷりと煙草を吸って、ゆっくり煙を吐き出してから口を開いた。
……空腹も忘れて、売れるかもわからない作品作りに没頭出来るヤツこそ、技術者に向いてるのさ。だからだよ」
「ボス……
 ボスが言う通り、あれを作っている時だけは、空腹も、クソッタレな人生も忘れられた。それだけだった。それだけだったはずなのに。
「楽しいだろ? 今もさ」
「ああ、まったく……あんたの言う通りですよ、ボス」
 新しい何かが生まれることが、誰かと力を合わせてそれを作り出すことが――ただ、楽しい。だから自分はここにいて、このひとの側で腕を振るっている。
「さ、一服もここまでだ。もうちょっと詰めたいところが残っててね……
「はいはい、いつまででも付き合いますよ、ボス」
 机の上に広げられた図面には、細かな書き込みがびっしりだ。こいつの説明を受け、俺が何かしらの意見を言い終えるには……三時間はかかるだろう。長丁場になりそうだが、〝空腹も忘れて、売れるかもわからない作品作りに没頭出来る〟二人が揃っているのだから、その時間はただ楽しいだけだ。後から合流する予定のチャティに怒られるのも、まあ、悪くない。
 ボスの本当の目的――コーラルを手に入れた後、何をしようとしているのか――は、まだわからない。でも、それでいいとも思う。俺たちの居場所を作ってくれたひとに報いたい、そう思っている限りにおいて。コーラルで脳をやられた俺達ドーザーでも、それくらいのことは忘れずにいられるはずだ。……多分。おそらく。
「まずはここの外装部分だが――
 そう話し始めたボスの目は、あの夜、俺の作った玩具を見ていた時と変わらず、子どものようにきらきら輝いていた。


   ※※※


 グリッド086、AC格納用のガレージ。制御盤の前に置いてある、いつものくたびれたパイプ椅子に腰掛けて、俺は煙草をふかす……のではなく、眠い目をこすりながらあくびをした。楽しい夜ふかしだったが、三十を過ぎた体には徹夜が堪える。自慢のモヒカン頭も心做しかしおしおだ。
 今日の仕事は、来客を一人出迎えるだけ。到着予定時刻まで十五分。今日の天候は良好。到着が遅れる理由はなさそうだ。
 眠気覚ましついでに煙草をぷかぷかふかしていると、来客からの通信が入った。到着まで五分。ゲートを開けて、機体を固定するためのアームを操作する。そろそろ、あいつが来る頃だ。予想した通り、拠点と繋がっている廊下側の扉が開いた。
「よお、チャティ。おはよう」
 来客の出迎えに、しがないドーザー一人という訳にはいかない。来客のお目当てである、我らRaDの副官、チャティ・スティック。チャティはこちらに近づきながら俺に挨拶を返してくれた。
「おはよう……と言いたいところだが、お前、寝ていないだろう」
「まあな……ったく、ボスときたら、夢中になるといつもああだ」
 その点については、制御盤の前まで来たチャティも、全くだ、と同意してくれた。自分の創造主であるボスのことを、チャティは俺以上に思っている。チャティもまたボスの息子らしく、母を愛し、部下たちを気にかけ、時にはからかわれながら、立派にRaDを支えている。
「ボスの健康状態は気になるが、楽しそうにしているボスを俺は止められない」
「俺だってそうさ。だからお前も朝まで付き合ってくれたんだろ?」
「まあな」
 ボスの発明や発想を聞き、それを形にする、そして、それを共有出来る仲間たちがいる、そんな楽しい日々はどうにも終わる気配はない。体が持つ間は、それに付き合って生きていきたいと、そう思う。
「お、来たな」
 定刻通り、来客の――ビジターのお出ましだ。アラートの鳴り響く中、制御盤を操作して、機体の固定作業に入る。何百回と繰り返した作業だから、眠気でボケた頭でも問題はなかった。機体の固定を終えたら、簡易移動通路を引き下ろす。あとは、来客がコックピットから出て、無事にこちらへやって来るのを見守るだけだ。もう何度も遊びに来ているから、ビジターも慣れた様子だ。
「よう、ビジターさん」
 近づいてきたビジターに手を上げて挨拶をすると、すっかり顔馴染みになったそいつ――ハンドラー・ウォルターの猟犬、独立傭兵レイヴンが、移動用の簡易通路をとてとて歩きながら挨拶を返してくれた。
「こん、にちは⋯⋯」
「ビジター、よく来てくれたな」
 チャティの出迎えに、ビジターも嬉しそうに挨拶を返している。
 かつてRaDの縄張りに不法侵入してきたそいつも、いつの間にやら仕事の合間にここに遊びに来るのが日課になっていた。チャティもビジター相手にはおしゃべりだし、ボスもそれを面白がって歓迎している。俺達も滅多に見られない参謀の姿を楽しんでいるところがあった。
 ビジターが遊びに来た時は、大体チャティとグリッド中を歩き回って過ごしているから、その姿を見かけるかどうかは運次第。しかし、ガレージで出迎えをすれば確実に会うことが出来る。という訳で、俺はこうして二人の様子を観察しているという訳だ。
 立ち話をしている二人の側で簡易通路の引き上げ操作をしていると、なんだか視線を感じる。チラと二人を見やると、視線の主はビジターらしかった。機械弄りに興味が出たのか、なんて思っていると、ビジターはぽつりと俺に声をかけた。
「⋯⋯なんだか、疲れ、てる?」
「へっ?」
 ビジターが見ていたのは、俺の手元ではなく顔の方だったらしい。疲れている、その心当たりは大いにある。しかし、まさか心配されるとは思わなかった。二人の話に割り入るつもりはなかったが、気にかけてもらえたのは素直に嬉しく、ありがたい。ちょっと、いたずらを仕掛けてやりたくなるくらいに。
「あ、ああ⋯⋯ちっとばかり、夜ふかししちまってよ」
「そう、なんだ⋯⋯おつかれ、さま」
 ドーザーの〝夜ふかし〟なんて、良からぬものである可能性だってあるのに、素直なビジターは労ってくれた。嘘は言っていないし、実際、真っ当な仕事の夜ふかしなのだが、その素直さにほんの少し良心が傷む。だが、まあ、それはそれだ。
「ビジターさん、ありがとよ。でも心配御無用、こいつを飲めば……
 俺はガレージに置かれた小型冷蔵庫の中から赤い液体の入った瓶を取り出して、近くにあった適当な工具で栓を開けた。ラベルがビジターに見えないように持ち、しゅわしゅわで真っ赤なそれを見せつける。知らなければ、きっと勘違いするはずだ。
……!」
 俺がその瓶を一気にグビグビと飲み干して見せると、ビジターはぎょっとした顔で驚いてくれた。ドーザーがコーラルを摂取してキマっていることは知っているだろうが、同時に、コーラルの過剰摂取が有害であることも知っているはずだ。ビジターは一層心配そうな顔で、おそるおそる俺に尋ねた。
「だ、だいじょう、ぶ……なのか……?」
「うっ……く、くるし……
「!!」
 わざとらしく胸を押さえて苦しんだふりをすると、ビジターは息を呑み、どうしよう、とチャティに目配せをした。チャティはつかつかと俺の前までやって来て――
「いてっ」
「おい、ビジターをからかうな」
 俺の頭に落とされたゲンコツに、ビジターは何がなんだかわからないといった表情で、俺とチャティを交互に見つめている。その純粋すぎる反応が可笑しくて、俺は思わずゲラゲラ笑った。
「あっはっは! 冗談さ。いくらドーザーでも、こんな量のコーラルを一気飲みしたら死んじまう。こいつはただのジュースだよ」
 ほらな、と瓶のラベルを見せてネタバラシすると、ビジターはほっとした顔で微笑んだ。
「ジュース……。そう、か……よかった」
「驚かした詫びに、ビジターさんにも一本プレゼントだ。どうぞ」
「あ、あり、がとう……
 ビジターは俺が差し出した新品の瓶を受け取って礼を言った。詫びだというのに、これまた素直なもんだ。チャティはやれやれといった様子で、真っ赤なジュースの瓶を持つビジターを見つめている。
「まったく……。行くぞ、ビジター。お前も少しは寝ておけよ」
「おう。そうするよ。じゃあな、ビジターさん」
「ああ、また……
 手を振って二人を見送ったあと、俺はもう一本、冷蔵庫からジュースの瓶を取り出して栓を抜いた。ビジターの出迎えを終え、あとは寝るだけ。寝る前には、やはりコレが必要だ。
 いつも胸元のジャケットに入れている小瓶。ジュースよりもなお赤く、刺激的でパチパチ出来るそれが入った小瓶のキャップを取って、中身をたらりとジュースの中へと注いだ。飛び込んできた異物に、シュワ、と炭酸が溢れ、それに慌てて口をつける。甘酸っぱく爽やかで、しかし毒のように深い刺激が、ぴりぴりパチパチと脳に突き刺さる。
「たまにはこうして飲むのも……へへっ……悪くねえじゃねえか……なぁ、親父」
 そう、誰に聞かせるでもないことを呟いて、ちかちかと赤い光が輝く視界の中、俺は安煙草に火を点けた。


おしまい