ふゆみず

ハロウィン前。

 芋栗南京の美味しい季節、西洋かぼちゃを差し出す冬人の職場の店長が「俺は優しいのでお前たちにハロウィンの彩りをあげます」と真面目な顔で言った。
 休日に暇だったら、と呼び出された冬人は水樹と顔を見合わせてから店長の手元を同時に見遣る。鮮やかな黄色味がかったオレンジの大きなかぼちゃは、店長が店にジャックオランタンを飾ろうとして仕入れたものだ。三つほど仕入れた彼であったが、実際飾るとなると一つで十分だと判断したらしく、冬人と水樹の手はそれぞれ頭よりも大きなかぼちゃを持つことになった。
 大きさから想定するよりもずっと軽いかぼちゃを持って上げ下げする水樹は榛色の目をぴかぴかとさせていて、いまから既に彼の気合いが冬人には伝わるようであった。
「冬人さん、冬人さん。大いなるプロジェクトですよ。僕たちの腕にハロウィンの今後がかかっていると言っても過言ではないのでは?」
「うん、過言だと思う」
 流石にそこまでは、と思った冬人の言葉に水を差された様子もなく、水樹は見送る店長へかぼちゃを小脇に抱えてひらひらと手を振っている。
 大きな西洋かぼちゃを手にした楽しみはそれもまた大きいらしく、水樹は「蝋燭買って行かなきゃだよね? あ、かぼちゃ持ったままだとだめか」とはっと思いついてはやたらと厳しい顔をしており、冬人はくるくると変わる彼の表情にほっこりと胸が暖かくなった。道の隅に落ち葉を追いやる冷い風もなんのそのである。
「そういえば、水樹くんが好きそうなチラシ取っておいたんだよね」
「僕が? なになに、なんです?」
「商店街のほうでキャンペーンあるらしくて。仮装していくとお菓子貰えるんだって。行く?」
「行く! 冬人さん、これは僕たちも真剣に挑まなくてはいけませんよ……
「はは、そうだね」
「ねえ」
 喜んでくれたようで良かった、と思う冬人を覗き込む水樹の顔。
「冬人さんも好き?」
「ん?」
「こういうイベント」
 あ、と冬人は思う。
 ──水樹くんが好きそうな。
……うん、俺も好きだよ。水樹くんと一緒にやってみて、楽しいなって思う」
 水樹と出会う以前はイベント事への関心はあまりなかった。流れていく時間に無頓着であったとも思う。水樹と過ごす日々は一つひとつが特別で、何気ない一瞬も彼が丁寧に拾って特別なものにしてくれる。冬人は振り返ることを知って、立ち止まることを知って、一緒に触れることを知った。
 大きなかぼちゃと悪戯とお菓子。
 賑やかしい街のなかにいることを、いまの冬人は楽しいと思う。
 冬人の言葉を聞いた水樹はにぱっと大きく笑い「よかった!」とかぼちゃを揺らした。


 かぼちゃを一旦家に置いてから向かった買い物では蝋燭の他にも仮装に使う諸々も買って、帰ってきたときには随分と大荷物になっていた。しかし、水樹のやる気は増すばかりなようで、冬人も腕まくりをして真剣にジャックオランタン作りへと向かう。
 ジャックオランタンの作り方に難しいことなどない。
 西洋かぼちゃは果物ナイフでもさくさくとくり抜くことができた。スプーンで掻き出した種は洗って乾かし、バターと塩を塗してオーブンへ。
 良い匂いの立ち込める部屋のなか、凛々しい眉まで彫られたジャックオランタンを前に水樹は見事にやり遂げた顔をしていた。
「どうです、このジャックオランタンの凛々しいことといったら」
「格好いいと思うよ。水樹くんってやっぱり器用だよね」
「ふふ、ありがと。思ったより手軽にできるんだね。もっと力がいるのかなって思ってた」
「カッターも刺さったしね。俺としては下絵を描くのが大変だったな……
 絵心にまったく自信のない冬人は、定番の顔立ちがあるジャックオランタンとはいえ立体物に線を引くのに苦戦した。くり抜いた目の縁にはよれたマーカーペンの名残があり、冬人の絵心と使い慣れた刃物の扱いとの喧嘩を窺わせる。
 結果的に少々情けない顔立ちになったジャックオランタン。隣に水樹が凛々しい顔立ちのジャックオランタンを並べると対象的で、それが逆にしっくりと来るように見える。モンスター映画のバディとでもいうのだろうか。実に味わい深かった。
「あとは蝋燭を灯すだけだね! わー、なんかどきどきする。これが浪漫ってやつですね」
「水樹くん、自分で火点ける?」
「点けます。この子のことは僕が最後まで責任を持たなきゃ……
「あはは。これ、硬いから気をつけてね」
「はーい!」
 事故防止のために近年やたらめったら点火スイッチの固くなった着火ライターを水樹に渡し、冬人はジャックオランタンの中にティーライトキャンドルを置いた。冬人の手が離れたのを確認し、水樹が着火ライターを構える。
「いきます……点火……ってん、か!!」
 やはり固かったのだろう、ノリで軽く渡しただけではスイッチを押し込めなかった水樹が改めて力を込めて着火する。
 ぽ、と灯ったジャックオランタンの灯り。三角形の目や歯抜けの口から漏れる橙の灯りは優しくて、魔を退けるというよりも遊びに来た友人のような気安ささえ感じさせた。
「わ……あ、部屋暗くしよ!」
「ん。火、気をつけてね」
「うん」
 リモコンで部屋の灯りを消せば、部屋は一気に暗くなる。しかし、ジャックオランタンの灯りによって冬人と水樹には互いの姿がしっかりと見えた。水樹のぴかぴかの笑顔は、ハロウィンでお菓子を求めて練り歩くこどもたちにもきっと負けないだろう。
「めちゃくちゃ雰囲気出るね」
「ハロウィンっていう感じするよね。日本のかぼちゃじゃこうはならないだろうな」
「ふふ。ジャックオランタンって元々は蕪で作るんだって。蕪だとなんだか怖そうじゃない?」
……そうかもしれない。くり抜くのも大変そうだし」
「立花シェフはくり抜いた蕪でなにを作りますか?」
「ええ? 蕪かあ……
 ジャックオランタンを囲みながら話す声はどちらともなくひそひそと小さなものになる。
 自然と頭を寄せ合って、イベントに胸をだくつかせる。それはなんだか修学旅行の夜に雰囲気が似ていたかもしれない。冬人にとっては馴染みのない夜の気配だけれど、ひょっとしたら長く入院していた水樹にとってもそうだろうか。想像するとこの時間が一層愛おしく大切なものに思えた。
「ジャックオランタン囲ってさ、なんだかお化けの集会みたいじゃない?」
 くすくすと小さな水樹の忍び笑い。
「集会かあ。ハロウィン前の作戦会議でもしてるのかな」
「お、僕たちにも必要なやつじゃないですか。冬人さん、ここは正装でいきましょう」
 正装? と首を傾げていれば、水樹がささっと素早く持ってきたのはシーツで、彼はそれを冬人と自らに頭からふわりと掛けた。
「シーツお化け。王道でしょ」
 得意気に言った水樹の体温を間近に感じ、冬人は彼の頭にこつ、と自身の頭を寄せた。
「嬉しい王道だね」
 二人で一つのシーツを使ったお化けは王道とは外れているだろうに、ふたりはそんなことをちらりとも窺わせない調子で頷き合う。
 だって、恋人同士だ。触れる体温が近いことは喜びで、幸せだった。
 ふと視線を通わせた。シーツの掛かる水樹の頬へ手を添えて、冬人は彼の唇に短くキスをする。離れる唇を追った水樹からももう一度。互いの目にちろちろと燃えるのは蝋燭の火を映しているばかりではない。
……作戦会議、後でもいい?」
……うん」
 水樹が頷くのを見て、冬人は一度彼にキスをする。そして、縺れ合うように床へ倒れた。
 白く広がるシーツをてらてらと照らすジャックオランタンの灯り。橙に染まる壁にシーツお化けの影が泳ぐ。
 ハロウィン前に過ごすとびきり甘い時間。
 やがてジャックオランタンの灯りは眠るだろう。