Werang
2025-10-28 01:04:45
3052文字
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双子の眠り


グリニッジ標準時間にて、時刻は午前0時を過ぎていた。遅くまでシュミレーターの練習をして、身体が疲れているのを感じる。いつ出撃命令が出るか分からない立場でやり過ぎるのは禁物だと分かってはいるが、最近起きた大事件によって、どうしても力を入れ過ぎてしまっていた。 
(まぁでも、流石に潮時だな)
ふわあぁと大きなあくびをつき、練習場を出ると、自室へと続く通路をしばらく進んでいく。
(ん?)
ふと曲がり角の通路を見ると、最近起きた大事件もとい、己の兄が展望室へと向かうのが見え、促進レバーを止める。今でも、時々ここにいる事が信じられない。だが、刹那の手によって実際に兄ニールディランディは復活を遂げた。しかし、本来ならば元居たマイスターとしてのポジションに弟が着いている今、ニールは地上に降ろされる予定だったのだ。それは生き返らせても尚兄に戦いを強いたくなかった刹那の思いを汲んでの事だったが当然の如く、ニールはその判断に猛反発し、なんでもするから船に残らせて欲しいと、弟を側で守らせて欲しいと言ってきた。長い言い合いの末、万年人手不足であり、仕事なら幾らでもあるソレスタルビーイングにとってはこの願いを断る理由が弱く、現在ニールディランディはソレスタルビーイングの構成員として、プトレマイオス2の操縦やその他諸々のサポートをしているという状況へと落ち着いている。
しかしこの時間にもなってまだ起きているとは。先程までシュミレーションをしてた自分が言うのもなんだが、相変わらず真面目過ぎるのではないか。
(そういや昨日もこの時間に起きてなかったか?)
日没のない宇宙空間において、昼夜逆転という概念はないに等しい。しかしそんな空間だからこそ、いざって時に万全の体勢でいる為、眠る時間は重要だ。
兄の場合今の時間に起きている事は良くても、昼間とされる時間帯でも普通に活動をしている。確実に睡眠不足な筈だが
(まぁ今の兄さんには関係ないのか?)
少し気になる所ではあったが、いい加減疲労も溜まっている。ライルは部屋への通路に引き返そうとしたその時だった。ガンッ!!!兄が居た展望室から、何やら大きな音が聞こえ驚きで振り返る。展望室から響いた、何かが倒れるような金属音。ライルは一瞬で眠気が吹き飛ぶのを感じた。
「兄さん!?」
急いで促進レバーを離して展望室の方に迷わず進む。中に入った瞬間、眼に飛び込んできたのは、壁にもたれかかるようにして座り込んでいるニールの姿だった。
「おいっどうしたんだよ!?」ライルはすぐさま駆け寄り、兄の肩に手を置く。
……ああ、悪いな。ちょっとバランス崩しただけだ」
ニールはそう言いながら、無理やり笑みを作ろうとしたが、その顔は明らかに疲労で色を失っていた。目の下には深いクマがあり、表情にはいつもの鋭さも余裕もなかった。
「ちょっとどころじゃねえだろ
あんた、寝てないのか?」
……眠れないんだよ。わかってる。寝なきゃいけないって。でも目を閉じると、思い出すんだ。あの時のことを」
それが、どの「時」を指すのか、ライルにはすぐにわかった。戦いの終わり、命を落としたはずの兄。復讐という目的を失い、死んだ家族との再会も叶わなかった彼は今、虚しさに包まれていた。
……死んだと思ってた。いや、実際、死んだんだろう。でも、こうしてまた、生きている。弟のお前とここにいる。だがよ考えずには居られねえんだ。一体それで何になるのかって。」
ニールの声はかすれていた。力を入れずに語るその言葉には、恐ろしく重いものが乗っている。心の中で、何度も何度も自問しているに違いない。自分が生き返った意味を。そして、今ここにいることの価値を。
「兄さん
ライルは言葉を選びながら、ゆっくりとニールの前にしゃがみ、目線を合わせる。
……だったら、せめて今はちゃんと休めよ。意味なんか考えずともあんたを頼りにしてる奴はここに山ほどいるけどな、何もかも背負って、一人で潰れるのはもうごめんだぜ」
でも、俺が休んでる間にお前に何かあったら
「兄さんが休んでる間にやられるほど、俺はやわじゃねえっての」
静かに、だが強く、ライルは言い切った。しばらく沈黙が流れる。遠くに見える星々が、ぼんやりと展望窓に映り込む。
ニールは、少しの間その光を見つめていたが、やがて肩の力を抜いて小さく頷いた。
……わかったよ。ちょっと、休ませてもらう。」
ライルは漸く素直になった兄にホッと息をつく。
「俺も丁度休もうと思ってたんだ。眠れるまで付き合うぜ。」
ありがとな」
そう言いながら、ニールの口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。
展望室を後にしてしばらく、静かな通路を二人並んで歩く。ニールは少し足元がおぼつかないため、ライルが肩を差し出して支えていた。
……悪いな、手間かけて。心配してくれたんだろ?」
「別に。あんたが倒れる方が面倒くさいし」
「はは素直に言えないのは相変わらずか」
「うっせぇ。そんな性格にしたの、誰だと思ってんだよ」
くす、とニールが笑う。その声はほとんど響かないくらい小さかったが暖かな感情が二人の間に流れた。
部屋に着き、ライルが自動ドアを開けると、シンプルな寝台がふたつ並んでいる。
「あれ、ここお前の部屋じゃないんじゃ
「あーベッド二つあるうえに空いてる寝室があったからさ、そっちの方が良いと思ったんだけど。]
そうか。何から何まで気使わせて、ごめんな。」
[別に良いって。このくらい、当たり前だろ。]
ニールは軽く頷くと、ゆっくりと腰を下ろし、ベッドの感触を確かめるように指で触れた。普段寝ているベッドと同じ物なはずなのに、何故かいつもよりも柔らかいように思う。隣にいる弟のおかげだろうか。
……変な感じだな。こうして、お前とまた同じ部屋で寝る事になるなんて。」
……俺も、正直あんたがここにいるのが、まだちょっと信じられねぇよ」
ライルはそう言って、ベッドの上に仰向けになる。天井をぼんやりと見つめながら、小さく息を吐く。
……でもこれで俺も漸く安眠できそうだ。」
その言葉に、ニールの目がわずかに揺れた。
「お前にも、眠れない夜があったのか。」
当たり前だろ。あんたが生きてるか死んでるかも何もわからなかったのに、そう毎日ぐっすりと眠れるかよ。他にも色々あったけどさ。」
……ライル」
ゆっくりと毛布を肩まで引き上げながら、ニールは弟の名を呼んだ。ライルも視線を横に向けて、兄の方を見る。
「お前が生きててくれて……本当によかった」
その一言に、ライルはしばらく返す言葉が見つからなかった。けれど。
……なら、兄さんもちゃんと生きろよ。一人で無理して居なくなるなんて、ぜったい、許さねえからな。」
真っ直ぐと兄を見て、ずっと伝えたかった思いを伝えた。ニールは弟の真っ直ぐな言葉に少し驚いた顔をしたが嬉しそうに微笑む。
……ああ。もうお前を独りにはさせないよ」
そう言って目を閉じたニールの顔は、とても穏やかだった。もう二度と見られないと思っていたその姿にライルの目には思わず涙が滲む。そして寝息が静かに聞こえてくるのを感じながら、ライルもゆっくりと目を閉じた。
その夜、宇宙の静寂の中で、ようやく双子の兄弟は、隣り合って眠りについた。
それは眠れぬ夜の終わりに訪れた確かな「安らぎ」だった。