kanaco
2025-10-27 23:01:53
3559文字
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【十二信】コウモリくんのハッピーハロウィン

《十二信》城砦のハロウィンイベント。コウモリボーイの仮装をした信一に遭遇した十二がロリポップキャンディーを奪われるおはなし。

「おん?」

いつもの調子で九龍城砦を訪れた十二は、普段とは違う通路の雰囲気に目を瞬かせた。

大仰に変わっているわけではないが、いくつかのお店にカラフルな飾りつけが施されている。それは紫や黄色の輪飾りであったり、オレンジや黒・白の風船、カボチャの形に切り絵された可愛いペーパーたち、雰囲気のある古びた洋風ランタンに、ダイレクトにカボチャが置かれている店もある。

「あ、そっか。今日はハロウィン」

架勢堂の仕事が立て込んでいて、城砦に2週間ほど足を踏み入れていなかった十二は思い出す。10/31は今日ではないのだが、その前の日曜日である今日はイベントデーだ。九龍城砦福祉委員会が主催する、小学生までの子供たちが楽しくお菓子をゲットするハッピーイベント。

飾りつけがされている店は「ここでお菓子がもらえるよ」という目印だろう。おそらく阿七冰室や、龍兄貴の理髪店、もしかしたら四仔の診療所にもあるかもしれない。今は14時。ちょうど子供たちが元気にポイントを回っている頃なのかも。

お菓子かぁ、と十二は思う。

ジャケットのポケットに手を突っ込めば、口寂しい時に咥えるロリポップキャンディーが一つだけ。

(ありゃまー。俺も少しはお菓子を用意してくれば良かったかなぁ)

そう思いながら歩いていると、ふいに後ろから声をかけられた。

「おやまぁ、久しぶりじゃないか虎の若旦那さん。誰かをお探し?」

あん?と十二が振り返ると、そこには黒尽くめのスラリとした男。奇妙な格好をした信一が立っていた。その突拍子の無さに、十二は目を丸くしてじっくりと見つめた。

信一はフード付きのまっ黒なジップパーカーを着ていた。肌ざわりが気持ちよさそうなふわふわのボア素材が、どうもアニマルっぽく見える。丈が太もも半分くらいまで伸びている、オーバサイズのパーカーだったが、その裾からスラっとした黒デニムが伸びていた。動きやすそうな厚手スニーカーもしっかりと黒だ。首輪にも似た細身の黒チョーカーの金具と、パーカーのフルジップだけが銀色で、アクセントのようにキラリと首元と胸元で光る。

そして何よりも特徴的なのは、信一が被っているフード。モコモコとした大きなフードの上には丸みを帯びた耳が二つ、ぴょこんと立っている。猫耳っぽくもあるが、もう少し縦長だった。

「何、お前のその恰好」
「コウモリボーイ」
「コウモリ?」

全身がまっ黒の信一がニコォと笑って両腕を広げた。それからクルリと身軽に回転をする。長袖の下にはヒラヒラした黒布が垂れていた。コウモリの翼のデザインがマントのように形取られている。

「どぉよ?」
「まぁ可愛いっちゃ、可愛いけど」

20代半ばの男が着る服かは分からん、という言葉を飲み込んで、思うには思ったポジティブな方のワードの方だけを口に出せば、信一が自信満々の顔でフッと微笑し、十二に向かってチュッと投げキッスを寄こす。それから気取ったように言った。

「つーわけで、実は人間のエネルギーを吸って生きるセクシー悪魔ちゃんですが、今は力を失いこんな可愛い姿になっちゃったので、安定した居場所を見つけ、復活を虎視眈々と狙いながらオイシソウな匂いのする人間に寄っていき、罠にハメるコウモリちゃんの仮装です」

「いや、設定過多だろ」
なんだそれ、フツーに厄介な淫魔じゃねーか。
「どこ辺りでそれが分かんだよ」

ひとまずは真顔でツッコんた後「子供のハロウィンに何を持ち込んでんだ。教育に悪いわ」と十二が呆れ果てた声を出すと、ニヤリと笑った信一がずいっと十二との距離を詰めた。

「そりゃぁ、お前さん」

周りに誰もいないのに、わざわざ十二の耳にぐっと顔を寄せて小声で囁く。顔の近さに耳への吐息、肩に置かれた手がスルリと撫でるように動くのはさすがにわざとらしい。十二が思わず「うっ」と顔を赤くして怯むと、ますます気を良くしたコウモリが、顔を十二と向い合せ、その美麗な顔を艶っぽく色めかせた。

「このファスナーを開いたヤツだけが分かるのさ」

意地の悪いコウモリが誘うように愛らしく笑って、一番上まで閉まっている銀のトップを指でユラユラと揺らす。

「トリック・オア・トリート」

赤い舌をチラリのぞかせた口が言った。お決まりのセリフに十二は思考を停止した。

お菓子か、イタズラか。
イタズラ

それもやぶさかではないなどと不埒なことを考えていれば、信一が何の許可も無く、おもむろに十二のジャケットのポケットに手を突っ込んだ。そうして目当ての戦利品を取り出す。

ポップなデザインの青ビニールが巻かれた、先の丸い棒キャンディー。

「もーらい!甘いお菓子をありがとう旦那さま。ふふ、イタズラは無しだな」

「別に、してくれてもかわまねぇぜ?」
でも、その恰好で夜に頼むわ。

そう返せば信一が「考えとく!」とカラカラと笑い、次にキャンディーの袋を外した。飴を自分の口に放り込んで「ん~、コーラ味」と嬉しそうに舌で溶かす。信一の口元で白い棒がご機嫌に上下に動いている。

「つーか、何でお前が仮装してんの?」
お前は運営のメインだろうに、と至極真っ当な疑問を十二は投げかけた。

もしかして子供たちのイベント差し置いて、お前が甘いモノを奪って歩いてんの?
そりゃいくらお前が甘いモノ好きでも、さすがに大人げなくねぇ?

「ちがう、ちがう」

とんでもない言いがかりに「お前、俺のことなんだと思ってだよ」と拗ねたような顔をして、信一がパタパタと手を振った。

「俺はご主人様たちの忠実なシモベで、ガーディアンなの」
「ごしゅじんさま?」

何の話だと十二が首を傾げると、信一の表情がまた芝居がかった口調とお飾りっぽい微笑に戻った。

「ところで素敵な若旦那さま」

コウモリは愛想よく話しかけた。しかし十二はその瞳が物騒で厄介な色が帯びてきたことを、なんとなく察し始めた。ソワソワと警戒心を募らせれば、愛嬌あるコウモリは安心させるような温和な声で尋ねる。

「アンタの持ってるキャンディーってのは、この一本だけかい?」
……
「他にキャンディーはねぇの?」
「いや、お前が勝手に奪ったそれ一本しかないけど
「他にお菓子は?」
「そんなの、俺が普段持ち歩いてないの知ってるじゃん」
「つまり他にお菓子は持ってないってこと?」

あ、なんかマジで良くない予感がする

いかにも楽しそうな顔で笑う信一を見て、顔をひきつかせた十二が一歩後ずされば、信一が一歩前に足を出す。首をあざとくコトリと傾げた。その目が艶やかかつ妖しい光を孕んで「お前、その場を一歩も動くな」という威圧を放つ。すると不思議と十二は体が動かなくなって、まるで足を掴まれたか可哀想な子羊のごとく、冷や汗だけを出す。

「俺のご主人さまたちは、甘いお菓子をたらふくお望みなんだよね」

だからね。

「トリック・オア・トリート、十二少」

そう言われても十二には差し出すお菓子はない。十二のモノであった唯一のキャンディーを、信一は見せつけるようにペロリと舐めて。

「じゃあ、そーいうわけで」

今日一番、愛らしい表情でニッコリと笑うと。

「イタズラ、かかれーっ!!」

勢いの良い、明るい号令。コウモリが真っすぐに十二を指さす。

すると...。
空き部屋のドア、大きな荷物の影、柱の後ろ。色々なところに隠れていた、小学生くらいの可愛らしい、思い思いの恰好をしたチビッ子ヴァンパイアたちが。

「「「「わーい!!!」」」

ニッコニコで笑いながら十二に四方八方から飛び掛かった。

「だぁーーーーー!」

子供たちの勢いに思わずひっくり返った十二に、子供たちの手のひらが迫りくる。チビッ子ヴァンパイアたちのたくさんの小さい手でもみくちゃにされて数十秒後。

十二は子供っぽく頬をむぅと膨らませて、観念したようにその場に胡坐をかいた。

体のいたるところには、ハロウィンらしい手描きイラストと一緒にセロテープがペタペタたくさん。すっかりハロウィン祭り男になった恋人の前に、ニマニマと笑う信一が膝をおってしゃがみ込む。さらに2人を取り囲む、イヒヒと笑う城砦の子供たち。

「シール大好きだろ?たくさん貼ってもらって良かったねぇ、若旦那さん」
信一が言えば、
「ハッピー・ハロウィン!十二!!」
と、信一と子供たちのハキハキとした大合唱。

そうして「イタズラ大成功!」と笑顔が溢れた子供たちが信一と無邪気にハイタッチするので

十二は「しょうがねぇなぁ」とついには一緒にゲラゲラと笑い「ハッピー・ハロウィン!」と返したのだった。