「なんとなく内輪でやるだけ! 気楽に来てよ〜!」
その程度の規模のはずであった2wink 発案のハロウィン・パーティ。その話を燐音が聞きつけた。激しく反対するゆうたを宥め、燐音のお目付け役を買って出たのはこはく。それならとHiMERUとニキが続き、繋がりで藍良たちへと広がり、そうなれば当然、ひなたとゆうたは夢ノ咲の学び舎を共にしてきたメンバーをどんどん仲間に引き入れた。そうして、いつものメンバー、されど豪華メンバーのハロウィン・パーティが開催される運びとなった。
全員、持ち歌衣装以外の仮装縛りとくれば、バラエティショップの可愛い耳付きカチューシャから、ネタに走った女装物、本気のゾンビまで個性が光り、お菓子が配られ、余興も有志が全力を出す。
十二歳のカンナが時間制限なく楽しめるようにと日の高いうちから開催するのだから大人たちは本気も本気だ。当のカンナが不参加で、代わりにエスが頭を下げてまわったのも彼には気の毒だがいい思い出だった。
そして。他にも姿を見せない者がもう一人。あの背の高い、肩幅の広い、それでもアイドルらしい体型を保ち、健康的で伸びやかな手を大きく振る、笑顔の眩しいあの人がいない。
〝
――っち、わけや。海外のほんまもんのハロウィンに比べたらちゃちなんやろうけど、斑はんも来ぃや 〟
随分前に、こはくは斑をこのパーティへ誘っている。ひなたが回してくれたメッセージが既読にならないとのことで、うちとこの斑はんがすんまへんと言えば、仲良しで微笑ましいと返された。その夜のうちに電話をかけ、繋がったときには海外へ向かう空港にいたかの人。
〝そうかそうか! 行けたら行くぞお!〟
〝アホ! 行けたら行くは来ないんじゃ!!〟
〝はっはっは!〟
そんな豪快な笑い声を聞いてしばらく経つ。
真っ暗に照明が落ちた貸切ホールの天井には、皆を煌々と照らすキラキラのミラーボール。数年前までは未知の世界に胸を踊らせていたこはくが
――否、今も本当は胸を踊らせているはずのこはくの眉間に皺がよる。寂しいなんて思っていない。ただ、釈然としないのだ。それだけだ。きっと。
ドラキュラ伯爵のタキシードとマント、さらに牙とハットでそこそこ大人の仮装をチョイスした自分。その隣にどんな仮装をしたあの人が
――なんて考えてはいない。決して。
「こはくちゃーん? 元気ねェなァ? 三毛縞ちゃんのえっちな仮装見られなくて泣いちまったかァ?」
「黙らんかいえっちな必要あらへんやろがい燐音はんに毒されてんなことするほど阿呆とちゃうであいつは」
「桜河、天城は相手にしないで呼吸はゆっくりと」
「こはくちゃん! こっち和菓子もあるっすよほら! 元気だして!」
燐音だっていつも通りの範囲で揶揄ったつもりでいたが、こりゃ重症だと呟いてビールを煽る。そのときだ。
「あっ、あ!? まだ切らないでママ!」
BGMとBGMの合間にレオの声が響いた。ザワつく会場、いや、おもにこはくの周囲が、だ。
「コハクーーー! 元気出せ! ママ来るって!!」
「おいおいマジかよ三毛猫ちゃ〜ん! 愛だねェ!」
「いや、なんでわしやねん!! 別にあんな
……!」
「ははっ! よかったなー!
……ん? じゃーなママ! コハク元気になったから! おれたちも会場で待ってる〜っ!」
レオの嵐のような電話は切れた。
その直前、スピーカーからは〝待ってくれ〟だの〝言わないで〟だの〝心の準備が〟だの、おそらくスピーカーフォンにされていると気づいていないのだろう間抜けな大声が響いていた。
「ずいぶん『へいわぼけ』したんですね〜」
奏汰の声でとうとう会場中が笑いを堪えられない。
斑は本当に来るのだろうか。来るとしていつ来るのだろうか。仮装は
……してくるとしてこないで燐音がピザを賭けている。
BGMがまた変わる。キラキラ光っていたミラーボールは一旦明かりを落とし、ふわりとやわらかいスモークがたかれる。
「ここからは、2winkに変わって
俺たちRa*bitsが司会を担当します!」
「ひなたくん、ゆうたくん、お疲れ様でした〜!」
さながらこれだけでゴールデンタイムに3時間特番を流せるだけの本気っぷりだ。誰ひとり遊びに手を抜かない。
「
……というわけで、ここからが本領発揮ですよ! 俺たち2winkの企画はこちらです!」
「じゃっじゃじゃーーーん!! ロシアンたこ焼きルーレット×愛してるゲーム!」
やっぱり彼らの本質はここでなきゃ! とばかりの拍手と声援が飛び交い、燐音はゆうたに投げキスとヤジを送るところをこはくに取り押さえられた。
「人数分のたこ焼きの中には激辛ハバネロたこ焼きが〜!? なんと! ふたつ混ざってる!」
「そのふたつを引いてしまった人たちで愛してるゲームをして、勝った人にはプレゼント、負けた人にはさらに罰ゲーム!
――っていうイタズラですね」
「ね? 簡単でしょ?」
その、瞬間。スモークの流れが変わる。薄暗いホールに差し込む一筋の光。
「ママ!」
叫んだのはレオだった。視線が集まる。
ホールの入口から顔を半分だけ覗かせたその人の姿に、燐音を押さえつけていたこはくの顔がぱっと幼さを残して綻ぶ。綻んで綻んで止まらないまま、
「斑は
……って! 遅いわ! ってかおかしいやろがい!! なんやその格好は!」
叫び声が止まらない。
「わはは! ママとバージンロード歩くの夢だったんだよな〜!」
こはくの声とレオの声で完全に会場中の視線が斑に
――いや、その衣装に釘付けになった。
「ぅっ、ウェンデングドレス〜〜!?」
「本物のママってこと!?」
「いやなんで!?」
「マジ!?」
次々上がる歓声に、とうとう斑が声を上げた。上げざるを得ない。
「ははは! 海外にはこんな大男が着られるウェディングドレスもあるんだよなあ!! ほーら! 三毛猫ママですよおおお!」
「うわっ、ちゃんと耳もあるー!」
「三毛縞先輩さっすがー!」
「だからってなぁ三毛縞」
「おっと紅郎さん、野暮だぞお☆」
あまりのことに、完全に会場の全てを掻っ攫って渦中の人となってしまった斑を見て、こはくはただただ立ち尽くした。その手からほっと一息逃げ出す燐音をHiMERUが窘め、ニキはお菓子を頬張って、楽しそうにそんなみんなを眺めている。喜んでドラキュラの衣装を着ていたこはくもなかなか〝本気〟な仮装に分類されていたはずだが、それ以上に大物が、本物が来てしまった。
「三毛縞くんって、こういう格好もいけるんすね〜! 身体大きいからイメージなくてびっくりっすよ!」
そうだ。
その通り
――本来斑は、美形、美人に分類される造形をしている。格闘技で鍛えた身体、豪快な動きを隠れ蓑にしているが、歌声や、時折覗く繊細さ、そして健康美にこそ女性性が滲んだりもするものだ。舞台での女性役を望む声も近年増えた。
金糸で彩られたスクエアネックで鎖骨が見え、大きなパフスリーブは発達した上腕二頭筋を適度に隠し、たっぷりレースパニエが仕込まれたAラインのスカート部分も綺麗に腿や脛の骨と筋肉を隠している。
要するに、完璧な女装。
こはくの胸に突き上げるこの重い思いをどう言葉にすればいいのだろうか。
「もう一回ルール説明ですよ〜!!」
「この中にふたつだけ! 辛〜いハバネロたこ焼きが!?」
「更に引いたふたりで景品をかけた愛してるゲーム!」
「ねっ、簡単でしょ〜?」
ひなたとゆうたの声をどこか遠くに聞きながら、こはくの視線は、ずっと、斑を追って離れない。まだ会話らしい会話すらできないまま。
「ささっ! みんな揃ったところで!
……さぁさぁ三毛縞先輩! たこ焼きどうぞ!」
こはくを取り残したままパーティは進む。すっかりみんなの主役になってしまったその人を見て、嬉しく、我がことのように嬉しく、しかし心の中のレコードに針を落とされたようなチクリとした痛みと、大いなるメロディが同時に流れるような、明るく暗い不思議な感覚。
こはくはまだ立ち尽くす。
「さあこはくくんも!」
「生きるか死ぬか! 食べてみよー!」
わざわざ近くまで来てくれるふたりの手前、悲しい顔はしたくない。ドラキュラ伯爵は少し笑って、アルミ皿の上に残ったたこ焼きを選ぶ。二個、三個、その隣
――。
「
……ほな、これにしよか」
「オッケー! もうみんな取った!?」
「オッケー!」
「じゃあ、みんなせーのでいただきまーーーす!」
「トリック・オア・トリートー!!」
口に広がる味を噛み締めて、会場中口々に上がる〝よかった〟と〝辛くない〟の声を聞き、
「っぅ゙ぁッ! かっっっっら!!」
「ぐッ
――!」
ふたりの声が響いた
――。
一種でドラムロールをBGMにスポットライトに照らし出されるこはくと、斑。
こはく、と、斑。
「なんと! Double Faceで愛してるゲームだぁっ!」
会場が爆笑の渦に包まれる中で、立ち尽くしたこはくと斑に視線が集まる。
こはくの胸が熱い。ひどく脈打って痛くて心地が好くて、まいったなあとみんなの方を向いて笑う斑とは目が合わないまま。何ひとつ会話らしい会話はできないまま。
「斑はん」
「こはくさんのお手並み拝見といこうかあ!」
会えないまま、誘いにもいい返事をしないままだった斑はどう思っているんだろうだとか。少しは大人っぽい仮装を選んで髪も纏めてみたのに、だとか。なんでウェディングドレスなんだとか、今どんな気持ちでいるんだとか。この姿は自分だけで独り占めしたかっただとか、みんなの中心で笑う姿が嬉しかったとか。
込み上げてたまらない気持ちは全部ぜんぶ本物で、言えばすべてが陳腐で無価値なものになってしまいそうで、どうしたらいい? どうしたら、どうしたら
……。
言葉を詰まらせたこはくが、一言。
「愛しとる。世界で一番」
告げた。
一瞬静まり変える会場で、まだ斑は視線を逸らしも照れもせずこはくの目を見ている。勝敗は決まらない。
「斑はん、」
こはくの声が告げる。
「わしと結婚してほしい」
「っ、な
――」
「冗談とちゃう。ほんまの本気でぬしはんが好きや」
ウェディングドレス姿の斑の目が大きく見開かれ、瞬間頬が赤くなる。続く声が出ないまま。黒いタキシードとマント姿のこはくの唇が、真っ赤に染まった斑の額に触れる
――その瞬間。
「勝者! 一枚上手だった桜河くーーーーん!」
「三毛縞先輩は残念! 罰ゲームです!」
「こはくちゃんサイコーー!」
「三毛縞、腹括れよ」
「待って待って! 今ママ胸きゅんの歌書いてる!」
「こはくん! 三毛縞先輩! 式の日取りを決めましょう!」
「ちょっとぉ〜! 面倒くさいのが二人に増えてるんだけどぉ!?」
割れんばかりの拍手と笑い声が響く会場に目が覚めた。
しかし確かに見て、感じた。
こはくの目の前で狼狽えた斑。否定ではない意味で狼狽えていた斑の瞳。見開かれた瞼の中で、微かに左右に揺れる瞳孔。肩に触れた手に伝わった心音と汗。息遣い。照れと期待と、焦燥と、あとは
――。
桜河の血がこんなところで役に立つほど、夜は平和になったものなのだろうか。
「三毛縞先輩の罰ゲームかぁ
……」
「んじゃ、三毛猫ちゃんのふんどしでソーラン節とか」
「こら燐音さん! ソーラン節は罰ゲームじゃありません!」
「
……そりゃごもっとも」
結局罰ゲームはなに決まったかなんて覚えていないほど騒いで遊んで遊び倒して、ハロウィン・パーティは幕を閉じる。
千鳥足で二件目に行くと言って聞かない燐音と零をHiMERUと薫が引き取って歩く帰り道。
その、最後尾。
「
……なぁ、斑はん」
「ん?」
「なんであんな突拍子ない格好で来たのか知らんけどな。三毛縞さんちの斑はん、ハバネロ入ったたこ焼きを見分けられんほど腕落ちたんか?」
「
……それは桜河さんちのこはくさんもだろう?」
「回りくどいことすな」
「そうかそうか、君はホイホイ誰かに愛の言葉を囁く
……囁かせるつもりだったのかあ」
「ったく。
――結婚、しよか。ほんまに」
「
……」
そっとそっと、無言のままに指と指とが結ばれた夜だった。
fin.
こは斑ワンドロワンライ
【仮装】【赤面】
60min+20min
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.