望月 鏡翠
2025-10-27 14:03:27
1197文字
Public 日課
 

#1886 道行

#毎日最低800文字のSSを書く


 沢を降りながら、侘助は手の中の雛を撫でながら考えていた。
 単語を正しく理解できているかは不明だが、ひとまず意思の疎通のようなことはできている。
 雛は、おそらく龍の子供だろう。それは疑いようがない。しかし、その種族が何であるのかは、世界によって異なるものだ。神霊に近い存在のこともあれば、ただの獣の一つとして存在していることもある。
 人も同様に、魔法を操り不死を手に入れ、この世の理を動かすような力を持つこともあれば、ただ獣のように己の力と素朴な道具のみで生きている場合もある。
 生まれた場所が違うのであれば、全く別の能力を持つ別の存在だと言っても良い。
 ともあれ、成長したらいつか言葉を操るようになってくれたらいいのにと思う。そうしたら話し相手ができて、侘助の旅の孤独も慰められる。
 岩場を飛びながら渡っていく足が、ふと止まった。
 一体、何を言っているのだろう。
 まるでずっと旅を共にできるような気分でいた。手当をして、餌をやって、寝床を提供している間に、いつの間にか情が写ってしまっていたのだ。思わず手を貸したくなるように振る舞うのは、生まれて間もない生き物に共通する姿だ。それにまんまと嵌められている。
 思ったよりも一人の旅を心細いと感じていたらしい。
「お前、家族はもういないのか」
 言葉の意味は通じていない。声をかけられたから、鳴き声をあげて返事をしただけだろう。それを相槌のように解釈してしまうのは、侘助の願望だ。
「共に、来るか?」
 雛の鳴き声は、是とも否とも言わない。ただ鳴くだけだ。
 ふと、顔を上げる。
 霧の中に道が見えた。
「もしや」
 息を呑む。いつの間にか周囲は霧が深い。沢を下っていたはずなのに、目の前には道がある。
 旅人の道。世界を越えるものが踏み入れる世界の境目。一つの国に根を下ろすことができぬ運命。終生の孤独。
 こんなときにくるとは思わなかった。雛は逃げ切ることができるだろうか。
「お別れだ」
 足元に下ろすと、雛は首を傾げた。口に折れた指を咥えている。地面にそっとおいて鼻先で差し出してきた。雛なりに申し訳ないと思っているらしい。やはり知恵も感情も、ある程度はある生き物なのだ。
 歩き出そうとすると、着物の裾が噛まれた。
 不安そうに鼻を鳴らす。
 指を折ったから怒っていると思っているのかもしれない。そうではない。ただ、これより先は旅人しか入れない場所なのだ。ともに歩いて踏み入っても、地面に落ちるだけだろう。
 だが、そのことをどうやって伝えられるというのだろう。言葉が通じれば、と思った。
「一人で生きていくのだぞ」
 仕方がなく手を差し出すと、雛は地面の指を咥えて、元気に肩まで駆け上がってきた。
 どこまで共にいくことができるのかわからぬが、その時まではいてやろう。
 いずれ一人で投げ出される雛のために。