koto
4792文字
Public れめしし😈🦁
 

トリック・アンド・トリート

れめししお題企画への参加作
「仮装」「イタズラ」「降参」
2025.10.18.発表分のお題より

そこそこ悪友期間を経た上でのカップルなれし



 一日の終わり。就寝準備を済ませた獅子神がソファーに腰を下ろしたのは、いつもより少し遅い時間帯だった。テーブルに置きっぱなしにしていたスマホに獅子神が手を伸ばしたのとほぼ同じタイミングで、ピンポーンという音が部屋に鳴り響いた。不意をつかれた獅子神の体が一瞬強張る。チラリとスマホの画面を見るが、目新しい着信やメッセージは入っていない。
 アポ無しの訪問なんて大抵はろくなもんじゃなくて、それが深夜ともなればなおさらだろう。普通ならこのまま無視してもいいところだが、獅子神は立ち上がると確認しに向かう。常日頃、合鍵で好き勝手に上がり込んでくることを思えば、こうして一旦来訪を告げる行為が幾分か常識的にも見えてくる。比べればマシというだけで、深夜の訪問自体は非常識でしかないのだが。それでも、なんとなく、今夜は来るかもしれないと思っていた獅子神としては、そのヨミが的中して悪い気はしていなかった。時刻は深夜0時01分。日付が変わって十月最終日になったところだ。

 玄関先を映し出すモニターには某有名ホラー映画に登場する白い仮面に全身真っ黒な布を被った人物が居た。獅子神はこの映画を見ていないが、そんな獅子神でも見知っているくらいに有名なやつだ。
 これが海外ならこんなのは怒声と共に門前払いだろうし、平和ボケしてる日本でも絶対に招き入れないだろう。さらに言えばここは渋谷駅前や池袋なんかではなく閑静な高級住宅街だ。どう考えても不審すぎるし通報されるリスクは高い。

「オマエ、マジで職質されるぞソレ」
『ちょっと思ってたより冷えるから中入れて』

 十一月も目前。深夜ともなればそりゃ寒かろう。
 少し呆れながらも恋人の嘆願に応え、獅子神はロックを外してやる。玄関に出向けば、そこには二メートル近い黒い塊が家の中に入ってきたところだった。これだけタッパがあれば、いっそこのくらいシンプルなほうが怖いかもしれない。そんなどうでもいいことを考えてしまう。
 叶が靴を脱いだことを確認して、獅子神はキッチンへと向かう。深夜に悪ふざけをしにきた恋人に温かい飲み物を用意してやろうとは、我ながら甲斐甲斐しいななんて思いつつ。

「夜まで待ちきれなかったのかよ」
 獅子神は振り返ることなく、後方の叶に問いかける。ハロウィンなんて普通は当日の日中から夜にかけてだろうに。日付が変わるなりやってくるようなイベントじゃないはずだ。時間を持て余してしまった結果の思いつきか、それとも友人たちが来る前に二人でハロウィンをやりたかったのか? クリスマスや誕生日、正月までならまだ分かるが、ハロウィンが恋人たちのイベントになったなんて話は聞いたことがない。
「あー、ね」
 答えになってない反応をしながら、自分の後ろを黒いでかいのが静々と着いてくる。その様子が、どこか滑稽で笑えてくる。



 ダイニングの椅子におとなしく座っている叶の姿がキッチンから見える。こうして見ると、日本の有名アニメ映画に出てくるキャラクターのほうにも見えてきた。こちらも獅子神は観てないので大差はないのだが、絵面が少しだけコミカルに見えたのでそう感じた。
 火にかけていたケトルが徐々に湯気を吐き出し始める。ぼちぼち沸騰しそうな気配に獅子神の視線が注ぎ口へと向く。吹き出す湯気を眺めながら、獅子神は改めてインターホンのモニターで見た光景を思い出す。
 正直なところ、少し肩透かしを食らったような気持ちはあった。
 叶がハロウィンに選ぶには地味というか、叶じゃなくても他の誰がやっても変わらないようなものだったから。ただ被るだけで中身を選ばない。叶なら、もっと地を活かして叶にしかできないような格好をしそうなのに。そう思ってしまうのは期待し過ぎなんだろうか。

 沸騰後じゅうぶんに加熱したあとでケトルの火を消す。ふと背後に気配を感じて目の前のダイニングを見れば、叶の姿がさっきまで座っていた場所から消えている。となると、今獅子神の背後に立っているということか。
 更に接近する気配がして獅子神の頭のすぐ上あたりから声がした。
「違和感ってけっこうバカにできないぞ? よく言う"虫の知らせ"ってやつも、無意識にキャッチしてた情報が基になってるしな」
 言っている意味は分かるものの、急になんの話をしだしたのかがいまいち見えてこない。叶が話題に持ち出した「違和感」とは今さっき獅子神が叶の仮装に対して感じていたものを指しているんだろう。

 叶に促されるように獅子神はさっき覚えた違和感について改めて考える。
 叶の仮装。叶自身をイマイチ活かせてない格好だ。なぜかというと頭から足先まですっぽり覆い隠されているから。見られたがりの魅せたがりがその姿を見えない状態にしてる。

 いや、違うのか?
 獅子神はある可能性に行き着く。叶の姿が仮装によって隠れてしまってるんじゃなくて、逆に隠しているんだとしたら? それならいったい何を隠しているというのか。あの仮面と黒い布の下は……

 そこまで考えたところで、長い腕がニュッと両サイドから伸び、獅子神を囲いこむように目の前の調理台に両手が着かれた。背後にはぴったりと叶の身体が寄せられている。身動ぎを制限されたこと自体は、どうせまたなにかの戯れだろうとそこまで驚きはしなかった。だが自分を囲う腕が目に痛いくらい濃いピンクの袖に覆われているのに気付いた瞬間、獅子神は物凄い勢いで背後を振り返った。ほとんど反射に近かったかもしれない。

「ばぁ」

 さっきまで身に着けていた仮面も黒い布も脱ぎ捨てて、目論見が上手くいったからか楽しそうに笑う叶の姿がそこにはあった。おどけて見せる叶の髪はいつもの紫から鮮やかなライムグリーンへと変貌を遂げている。瞳の中もご丁寧にスマイルマークがドクロになっていた。あまりに想定外な格好に目を丸くする。そんな獅子神の反応に叶はご満悦だ。してやったりという言葉がぴったりな、イタズラが成功した子どもみたいな顔をしている。

「ワルモノ……
「そ。特別にワルモノのレイメイ、リバイバルだ」

 不覚にも、この姿を目にした瞬間から心拍数が上がってしまっている獅子神がいた。あのときに動いた感情の全部が凝縮して一気に血管の中を駆け巡ってるみたいな、そんなドキドキに襲われる。

「trick or treat! 敬一君、オイシイものくれなきゃイタズラしちゃうぞ?」
 楽しそうな叶は芝居がかった素振りで獅子神の顎に指を添える。じっと目を見つめてくる叶に、どうにか平静を取り戻そうとする。獅子神がいったいどう応じるのか。明らかに反応を楽しんでいる叶に、獅子神は憮然とした表情で口を開く。
「どっちでもいっしょだろうが」
 獅子神の返しに叶はきょとんとしたあとで、満足そうに目を細める。
「たしかに。どっちもすること同じだね」
 叶が考えるオイシイものを差し出すのも、イタズラをされるのも結果的にはいっしょということだ。

「敬一君自身がオレにとってtreatだって自覚してんの、やっぱオレの日々の努力の賜物だよなぁ」
 しみじみと感慨深げに言う叶がどうにも癪に障る。
「うるせぇ! オメーの意図を汲んだだけだ!本気でんなこと思っちゃいねぇーわっ!」
「てことは、まだ分からせが必要ってことか」
 嫣然と笑いかける顔の迫力に獅子神は息を呑む。
 ……どっちかっつーとオレのご褒美じゃねえか、コレ
 これからこの格好の叶と行為に及ぶと考え、自然と気持ちが逸ってしまう。
「敬一君って意外とイメプ好きなかんじ?」
「そういうアレじゃねぇって分かってて言ってんなら追い出してもいいんだぞ?」
 たしかにワルモノ姿の叶に一ミリも欲情してないと言えば嘘になる。が、それをその辺の制服コスプレの類と同列に扱われるのは心外だった。

「ウソウソ、怒んないでよ。敬一君が熱視線送ってくるから妬いちゃっただけ」
「妬くもなにも、どっちもオマエだろうが」
 この格好も普段着も、なんならスーツや配信用のパジャマやバレンタインやなにもかも、目先が変わったところで本質は何も変わらない。それでも、獅子神がこのワルモノ姿を特別に感じてしまうのはこれが獅子神のための特注だったから。この世に自分のためだけに用意されたもの。しかも用意したのは眩しいくらいにピカピカした奴なんだから、そんなのはやっぱり特別になってしまう。それが生死をかけた舞台のものでも。いや、だからこそ。

「敬一君のマトモに見えて案外ぶっ飛んでるとこもオレ大好き」
「オマエに言われるなら大概だな」
 少なくともこの男に言われるのは心外だなと思う。

「で、trick でもtreatでもどっちでもいいんだけど、いつまでおあずけ?」
 密着したゼロ距離から、これみよがしに小首をかしげて見せる叶の胸ぐらを掴むと、獅子神は力を入れて雑に引き寄せる。されるがままに身を屈めた叶の唇に自分のを押し付け、そのまま舌をねじ込んだ。そうしてしばらく叶の口内で肉厚な舌をたっぷりと堪能したあと、獅子神は名残惜しそうにゆっくりと唇を離す。
「さっさと寝室行くぞ」
 近距離ではどうしても見上げる角度になる。自分を見下ろしている叶の顔が真顔から徐々にニヤつき始めるのが分かった。
「もう、ほんっとサイコー」
 明らかにご機嫌な叶はそのまま獅子神の腰に腕を回す。このまま寝室へとエスコートする気らしい。獅子神はそんな叶の腕から逃れるとキッチンとダイニングの電気を消す。沸かしたお湯は無駄になったが、このあと体を動かすなら飲み物で温める必要は無いから良しとする。


 獅子神が細々としたことを終えるまで、おとなしく待てをしているワルモノ姿がちぐはぐで可笑しい。獰猛かつ狡猾な猛獣をおあずけさせているような気分になる。数分後にはベッドの上で貪り食われるわけだが。
 無意識にこのあとを期待している自分に気付き、それが叶にも筒抜けなのは獅子神も分かっている。それでも、こういうのは楽しんだモン勝ちだ。楽しむときは思いっきり楽しむ。それは気の置けない友人たちに出会ってから獅子神が覚えたことだ。
「オレが満足するまでしっかりがんばれよ」
 二人並んで寝室に向かう途中、獅子神は傍らの叶に向けて煽ってみせる。挑発的な言動に叶は動じることもなく笑みを絶やさない。
「がんばるけどオレのが先に動けなくなって降参したら、敬一君がご奉仕してね?」
「ざけんなっ」
 とんでもない怠惰なオーダーをしてくる男の言葉に呆れながら、獅子神は自分よりも高めの位置にある尻へおふざけ半分に軽く膝蹴りを入れる。
「ちょっと!敬一君と違って衝撃吸収できるほどボリュームないんだから優しくしてよ」
「一言余計なんだっつーの」
「でも、事実じゃん?」
 そう言って叶の手が獅子神の尻を手のひらいっぱいに鷲掴むと二度三度と揉みしだく。無遠慮な手をぺしっと叩き落としてるうちに、もう寝室の前だ。ドアに手をかけて開ける前に振り返りもう一度まじまじと叶の姿を眺める。
「ん? なに?」
 全身からワクワクという言葉を隠そうともしてない恋人に獅子神は口角を上げる。

「せいぜい腹上死しねーように気ぃつけるこったな」
「敬一君言うね? 死んじゃうくらいヨくしてやるよ」

 寝室のドアを開けながら、獅子神は果たしてどっちがどっちのご褒美なのかなんてことを考えた。だがそれもベッドに押し倒され、舌なめずりするワルモノを見上げていたらどうでも良くなった。まだまだ夜は長いから飽きるくらいに貪り合えばいいか、なんて。完全に思考が毒されてるなと思いながら唇を塞がれた。




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マシュマロ
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