shika
2025-10-27 00:07:26
8290文字
Public 渡🇺🇲組
 

Rookie grows

渡米後の沢のプロ1年目の話です。
前半は以前ブルスカにて投稿しておりますので被っています。
ドラフトの話の続きになります。

 ミルウォーキーで始まったルーキーイヤーはとにかく目まぐるしかった。
 まず焦らないこと。分かっているのにこれが案外一番難しい。それから試合に限らず、練習中でも今できること、やるべきことを見極めること。結局やることはカレッジやそれまでの延長線上だけれど、より高いレベルで熟さないといけない。毎試合、毎秒が勝負の世界だ。とにかくプレータイムをもらうために自分に求められている役割を正確に理解して、コートに出るときはそれを全力で全うする。ルーキーだろうがベンチスタートだろうが、ベテラン選手もスターティングファイブもみんながやっていることだから、サボった先に未来はないのだ。その上でチームの構想を理解してフィットすることに集中しようと、身体と決していいとは言えない頭を全力で働かせる一年となった。
 カレッジレベルの「いい選手」じゃ早々にカット、良くてベンチウォーマーでシーズンが終わると簡単に予想がついた。NCAAでドラフト上位候補だと言われるくらい名前が知れ渡っている選手でも数年後にはもういないなんてよくあることで、NBAここでも通用するということアピールし続けなければならない。
 じゃあ「カレッジ止まりのいい選手」にならないためにどうするのか――全ルーキーの前に立ち塞がる超えなくてはならない壁であり、一年目の課題の一つ。ガードフォワードで上背も平均以下、ウィングスパンもないオレは、ディフェンス能力を証明するというマイナスラインからのスタートだった。これはカレッジでも最初にやったこと。オフェンスはディフェンスから、はどの場所でも共通だ。カレッジではできたとしても、世界最高峰のリーグに集まる屈強な選手とせめて渡り合える実力がないと使ってももらえない。このディフェンス問題はアメリカで一から見直して作り上げてきた身体が大いに役立った。全体に必要な分だけの筋肉を増やして体幹を鍛え、ペイントエリアででかい選手に囲まれても簡単に負けない自信があったし、もともとエリア内を崩すほうが得意だったこともあってチーム練習でも全力でアピールした。
 次に考えなければいけないのが所謂「特長」だ。例えばスリーポイントの成功率がリーグトップクラスとか、ポイントガードならゲームメイクが秀逸とか、リバウンドに長けているとか、ハッスルプレーが目を引くとか。言い換えれば多少パフォーマンスや調子が悪くなっても、コーチやチームメイトにこいつが必要だと思わせられるもの。長くやっていく上で大事なことだ。自分が自信を持ってコートの上に持っていける、お守りみたいなものでもある。NBAを目指すために、これはカレッジから徹底的に突き詰めた。
 テツにしろこの国の選手にしろ、身体で負けることが多かった時期は必然的に観察眼が鍛えられた。(部活やクラブチームに入ってからならともかく、あんな小さいうちからバスケで親に負けて泣いた経験に関しては誰にも負けない自信がある。一般的に見れば子ども相手にあそこまで本気で相手して泣かせる親も珍しいとも思う。)おかげで手数が増え、相手を見てこの手は通用しないと思ったら別の方法に即座に切り替えることもできる。プレータイムをもらえたら試合中でもタイムアウトでも自分の考えやアイディアをどんどん伝え、ベンチに下げられても気づいたことはコートの選手に必ず伝えた。基本的にはコーチの指揮のもとでプレーするけれど、コートに出ているのはあくまで五人の選手だけ。その場で判断しないといけないときのほうが圧倒的に多い中で、次こう来るな、こう来たらこう動けるな、こうされたらあの選手がヘルプに回るからオレはこうしよう、と迷わず動ける機動力を鍛えた。この辺は高校二年の夏に悔しい思いをしたことも極めるきっかけになったから、まぁある意味では流川と湘北に感謝しないといけない。あとはどれだけしつこく相手について隙を狙えるかが次の一手を防ぎ、自分とチームメイトを動きやすくする。この国でバスケットを続ける自分にとってなくてはならない能力になった。ある日の練習中にチームのエースとマッチアップして「You're badass.」と言われた日は、家でひとり静かにガッツポーズをした。あれは最高の褒め言葉だった。
 ディフェンスをアピールするのと同時に、スコアラーだけでなくアシストやリバウンドにも絡めるよう、チームメイトにもコート内外で積極的に話しかけた。三年目になってもまだ流暢とは言えない英語だったけれど、必死さが伝わったのか正しい言い方を教えてくれる選手もいたし、それ絶対に違うだろっていう英語を冗談で教えてくる選手もいて、そういったスモールトークやジョークからだんだん打ち解けていった。「ヘイ、エージ!今日飲みに行くけどどう?」「いいね行こう」「オーケー、二十歳でも飲める穴場を探さなくちゃな。誰か知ってるか?」――こんな感じ。ちなみにアメリカの法律で定められている飲酒可能年齢は二十一歳からだから、どの店もまだ誕生日を迎えていないオレに酒は出してくれない。飲んだら罰金どころか何試合か出場停止、それか即カットだ。今では言葉よりも多種多様なんじゃないかって思うくらいのハンドシェイクもできるようになったし、スラングで会話できる時もある。とは言ってもスラングなんて毎日のように変わるから、本当にたまにだけど。
 コミュニケーションを深めていくと試合中の「こうしてほしい」「こうしよう」をより理解できるようになり、ボールを任せてくれることが増えてプレータイムも少しずつ安定していった。もちろん長いシーズンだから調子がいい時もあれば今日はイマイチだなぁと感じる時もある。身体の調子は大なり小なり波があったけれど、チームメイトも対戦相手もハイレベルな環境で自分やチームの目指すバスケットをできることはいつも刺激的で楽しい。求めている環境ものは昔から変わらない。
 
 オレ自身はこうしてNBAというリーグの難しさを実感しつつ楽しさも覚えてきていた。けれどチームは相次ぐ怪我に悩まされ、状況は決して良いとは言えなかった。
 シーズン序盤から長期離脱が確定した選手が一人と昨季に負った怪我の手術から復帰して調子が上がりきっていない選手に加え、更に更新されるインジュアリーリスト。怪我は負った選手も、その選手を欠くチームにも、戦術とメンタルの両面でなかなかのダメージを喰らう。オフェンスもディフェンスもそのポジションに変わって入る選手のタイプによって再調整が必要で、その形が馴染むまで一定の時間を必要とする。それでも一人一人がモチベーションを落とさずに怪我を負った選手の分まで奮い立った。チームは勢いがあったし、何よりみんながポジティブに前を向いていられて、雰囲気が最高に良い状態だった。
 レギュラーシーズンを六位に終わったあとは何が何でもプレーイントーナメントを勝ち抜いてプレーオフに進出してやるとみんなが意気込んでいたし、オレも絶対にプレーオフを経験したい理由があった。
 一年目であの舞台を経験して、来シーズンの財産にしたい――
 昨年、日本にいる両親に国際電話で頼みこんで借りた金で買ったチケットで、初めてプレーオフを生で観た。正直慄いた。雰囲気や空気がレギュラーシーズンのそれとはまるで違う。会場の空気、観戦するファンの熱気、コートの上に立つ選手の殺気にも似たオーラ。そのすべてが桁違いで、そのすべてが一体となって、ホームのチームの強大なバフとなる。言ってみれば実力以上のものを出せるような、そういう可能性すら感じるのだ。あの強烈なエネルギーのぶつかり合いを、ルーキーイヤーの今季だからこそコート上で体験して、来季のモチベーションに繋げる。自分の成長がチームの財産になる。シーズン後半は特にそう意識して練習や試合に挑んだ。
 迎えたプレーイン、トーナメントで最初に当たったチームとの試合は接戦だったけれど、リードは渡さなかった。ところが第三クオーターの残り五分を切ったところで自陣に走っていた主力選手が転倒し、足を引きずりながらロッカールームへ下がる。なんとか点差をキープしたまま勝ったものの、終わった後は全員が疲労困憊だった。試合後、ハムストリングの疲労による負傷、復帰はデイトゥデイ(日ごとの判断で決まる)と発表された。二日後に行われた次の試合には復帰が間に合わず、他の選手も連戦の疲労が重なり、死力を尽くしたけれど勝利には届かなかった。
 四月中旬、プレーイン敗退。
 チームは九月末に開幕するプレシーズンまでおよそ半年にも及ぶ長いオフシーズンに入った。
 
 結果としてシーズン最後になったあの試合は思い出すのも恥ずかしいような自分のミスもあって、敗退直後は結構落ち込んだ。プレーイン前の全体練習後、チームメイトが「エージを今年なんとしてもあの舞台に立たせてやりたい」とロッカールームで溢していたのも知っていた。指名してくれたチームにも、オレを信頼してそう言ってくれたチームメイトにも自分の力で応えたかった。……応えられなかった。実力が及ばなかったことへの悔しさと「もっとできたはず」の不甲斐なさが入り混じっては靄がかかり、切り替えなきゃダメだ、をしばらく繰り返した。
 それでもある程度の時間が経つとシーズンが終わったんだという実感が徐々に生活に滲んでくる。例えば明日の試合は何時からだから何時までにアリーナに入って、と考えることがなくなったこと。試合の日の朝起きた時のピリッとした緊張感や、試合後の夜の高揚感がなくなったこと。そういう日常の当たり前だったものがなくなって、身体が馴染んできたという感じだった。好きなものを心置きなく食べる日があったりチームメイトと国内の観光を楽しんだり、テンプレートみたいな過ごし方だったけれど、シーズン中には経験できない様々なものが気を紛らわせてくれたおかげで悲観気味だった心は隠れるように薄くなっていった。
 それから仕事と帰省も兼ねて日本に帰国した。昨年はドラフトの関係でスケジュールがギチギチで、一昨年もカレッジに残って過ごしたから三年ぶりの帰国だった。実家に滞在しつつ、堂本監督に挨拶をしに母校へ赴いたついでに練習に混ぜてもらって、「沢北選手に憧れて山王に入りました!尊敬してます!」なんて後輩からかけてもらった言葉に気を良くするなどした。うん、悪い気はしなかった。
 そしてその日の夜。東京の大学に進学した松本さんとスペインに留学している河田さんの帰省が重なって、久しぶりに飯を食いに行った時のことだった。都合がつかなくて会えなかった先輩たちの近況を教えてもらったりなんかして思い出話に花が咲き、あの地獄とも言えるような日々を共に駆け抜けてきた仲間と思い出に絆されたのか、ずっと潜んでいたはずの芽がぴょこっと顔を出し、つい口から零れたのだ。
「オレ、何が足りなかったのかな
 口に出していたことに気付いて、すぐに「しまった」と思った。すでに遅し、ばッと勢いよく下を向くしかなかった。
 これは、甘えだ。そんなの自分で省みて見つけるものだろ……。うわぁ、情けねー……
 呆れられるかなと恐る恐るそっと目線を上げると、二人の拍子抜けしたような顔がこちらに向けられていた。
「いや、そもそも怪我無くシーズンを終えられたことだけで御の字じゃないか?確かお前、怪我での離脱は一回もなかったよな?」
「あ、はい。怪我はなかったんですけど
「でかくて上手い奴しかいねえからな。怪我もなくあれだけプレータイムもらえてよく頑張ったでねぇか。一年目にしちゃ上出来だべ」
「ライジングスターにも選出されたしオールルーキーファーストチームにも選ばれてるし、十分過ぎるだろ」
 予想外の反応にえ、と今度はこちらが拍子抜けする。
 ――これは、もしかして褒められた?上出来?そうなのかな?――いや、確かにそうなのかも……
「お前、高校の頃からそういうところ本当に変わらないんだな。自信はあるのに責任感が変なとこで働くというか」
「悪いとは言わねぇが、おめぇ一人でやってるわけじゃねんだから気負い過ぎんな」
 先輩たちの言葉に、この時ようやく成し遂げられなかったものを追いすぎていたことに気づいた。結果がすべてだと言われたらその通りだし、結果を出すのが仕事だ。二巡目指名とは言え、学生上がりの二十歳の若手にとっては巨額ともいえるような年俸をもらっている自覚もある。だからこそ、その時々で最良の選択をして、行動した。自分の身体と向き合って、トレーナーとコーチ陣と相談して、研究して、落とし込んで、また向き合って……。確かにライジングスターにも選ばれたし、新人賞には届かなかったけれど、オールルーキーファーストチームにも選ばれた。
 そうか、オレ、確かに頑張ったなぁ……
 自分の一年目をちゃんと認めて気持ちが前を向いた途端、達成感がじわじわとこみ上げてくる。昔はすぐ調子に乗るとよく怒られたけれど、この一年を完走した自分に、もっと目を向けてもいいのかもしれない。
 河田さんが飲んでいた日本酒をくいっと煽った。空いたお猪口に徳利を持つと「んな事しなくていい」と言われたけれど、一杯だけお酌させてもらった。自分がそうしたい気分だった。松本さんにも一杯だけ、とグラスに注いだ。アメリカでも人気のライムを搾ったメキシカンビール。
「これ、アメリカのスーパーでよく見るんですよね。美味いすか?」
「苦みをあんまり感じないから飲みやすいかもな」
「オレ、日本酒はあんまり自信ないから来年になったら飲んでみようかな
「向こうは二十歳じゃないのか。……ん?いま日本にいるんだから、飲んでもいいんじゃないか?」
「そうなんですけど、向こうでチームメイトが酒解禁を祝ってやるって言ってくれてて。それまで待とうかなって」
「よくしてもらってるんでねか。よかったな」
「はい……そうですね、ほんとに」
 来年にはオレもこの瓶ビールがオフシーズンの味ってやつになるんだろうか。その前にきっと盛大に祝ってくれるんだろうな……多分みんな、ただはしゃぎたいだけだけど。「エージ、これからは仲間だな!ようやく乳臭さが抜けるときが来たな!」とかなんとか言って……うわー想像つく。でも少し楽しみだ。いや、だいぶ楽しみだ。
 じっと瓶を見ていたら返礼だ、と松本さんから唐揚げを差し出された。生姜とニンニクが効いている、日本の味。ミサの唐揚げに少し似ていた。これ、アメリカでも食えたらいいのにな。帰ったら作ってみようかな……
 
 その後、滞在期間中に少しスポンサーやメディアの仕事をして二週間の滞在はあっという間に過ぎ、あっという間にアメリカに戻る日となった。
 ゴールデンウィークの大型連休直前の成田空港では別れを惜しんで見送る人やお土産をパッキングしていている人、地図や旅行雑誌を広げて予習している人で溢れていた。時折流れる搭乗アナウンスとそこかしこで生まれる希望や興奮、人恋しさや憂いが空気に混ざっては溶けていく。オレはこの空気が少し苦手だ。
「送ってくれてありがと。向こうに着いたら連絡する」
 空港まで見送りに来てくれた両親にお礼を伝えて、保安検査場の前でハグをした。こういう時、実はテツの方が感情が顔に出る。目なんかウルウルしちゃって、オレは大げさだなーなんて言いながら内心でやべーつられる、と涙をこらえる。ミサだって本当は心配してるだろうし一人息子だから寂しいだろうけれど、テツがこんな調子だから笑って力強く見送ってくれる。
「身体に気を付けてね。勝っても負けてもご飯はちゃんと食べなきゃだめよ」
「怪我がないように祈ってる。少しでも違和感があったらすぐにチームに相談しろよ」
「うん、分かった。ありがと……
 とうとう眼球の表面まで上がってきたそれが視界を揺らす。情けない顔を見られないように下を向いて、バレないように鼻を啜った。でも多分バレてただろうな。
 シーズンが始まったら、時期をみて試合のチケットと航空券を送ろう。それからプレーオフのチケットも送ろう。来年はそこにオレも出てるはずだから。無駄に広い家にはベッドルームも余ってるし、美味しい店ももっと調べておこう……
 離陸した飛行機の窓から小さくなっていく母国の景色を見ながらヘッドフォンを装着する。ジェネラル・ミッチェル空港までは約十四時間。プレイリストから好きなアーティストのアルバムを選択すれば故郷を想い綴られた英語がメローチューンにのって聞こえてきて、別れたばかりの両親や先輩の顔が浮かぶ。センチメンタルが加速する前に少し眠ろうと目を閉じた。
 そうして戻ってきたアメリカは帰省前よりも随分と暖かくなってミシガン湖から立ち上る寒気も和らいでいた。二週間前より広く感じる自宅で、時差ボケで働かない頭で淹れた濃ゆいコーヒーを啜りながら点けたテレビの中で、湖の反対側でホランドのチューリップがもうすぐ満開になりそうだとニュースキャスターが嬉しそうに伝えている。もうすぐ初夏が訪れる調べだ。
 
 翌日、ランニングから帰って朝食の準備をしながら――とは言ってもトースターに食パンを突っ込んでプロテインを作るだけ――冷蔵庫にマグネットで止められた紙を見ていた。来月のスケジュールを大まかにまとめたメモだ。明日が午前練、二日空いて、また午前練……来週は午後練。あ、ここ母の日のビデオ撮影って書いてあるからアリーナだな……。ざっと確認してから、完全に何もない休息日を数えてみた。
 NBAのオフシーズンというのは結構アクティブだ。この国におけるNBAというリーグは、本拠地である地域との親密性がとても高く、地域の人たちは本当に熱心に地元のチームを応援してくれる。ユースチームのキャンプやボランティア活動、イベントなど地域との交流の機会も多い。そういった交流で築いてきたファンとの関係や地域への還元があるからこそチームが愛されるし、更には経済にも影響を及ぼす。今オフはオレもチームのベテラン選手が主催するユースキャンプに招待され、未来を担うちびっこたちのコーチとして参加させてもらう予定になっている。
 更に七月にはサマーリーグが開催される。これは若手やベンチメンバーにとってはアピールの場でもあるため、もちろんオレも早々に参加表明した。技術向上のための自主トレーニングもあるし、結局完全にバスケから離れる時間はそんなに多くない。だからオフシーズンと言えども予定はあって、決して暇なわけではなかったのだけれど、そのうちある変化に気づいた。
 なんか、一人の時間、結構多いな――
 シーズン中はどうしても身体を激しく消耗するため、自分も含めてどの選手も大体トレーナーに練習時間を制限されているし、遠征やロードゲームもないから頻繁な移動もない。つまり「家に一人でいる時間」が増えたのだ。
 実家にいた頃は毎日テツとバスケをしていたし、高校は寮生活だったから部活は言うまでもなく、学校も食事も毎日誰かと一緒だった。カレッジはNCAAがオフシーズンに入っても基本的に故郷が遠い生徒は帰らない人がほとんどだから、俺と同様の境遇にあるチームの奴らと集まって過ごしていた。そういった賑やかな日常がずっと何年も当たり前だったから、急に襲ってきた膨大とも感じる一人の時間を持て余すようになった。たまにチームメイトと練習帰りに外食したりもしたけれど、多くは単身者には馬鹿でかく感じる家で一人で過ごす日々。
 朝起きる。顔を洗ったら朝食前にストレッチして、軽くランニング。帰ってきたらシャワーを浴びて朝食。その後必要があれば買い物に外に出て、昼食、夕食、風呂、また就寝。日中は英語の勉強も兼ねて映画を観たり音楽を聞いて……。(残念ながら今のところあまり効果は見られない。なんせリアルな日常はスラングだらけだ。)それだけこなしても時間はたっぷりとあった。それはもう途方もなく感じるほどに。
 ――一人って、何をすればいいんだ……
 平たく正直に言うと、「寂しい」。それだった。

 ――――急だけど明後日、なんか予定入ってる?
 宮城リョータからその連絡が来たのは、そんな持て余し期間がちょうど二週間に突入した頃だった。