第22回お題「ハロウィン仮装」

両片想いの赤安。れいくんが少しずつ自覚中。沖安も少しだけあります。

 最近、降谷に避けられているような気がする。
 スマホには、『すみません。今日は予定が入っています』と、降谷からの返信。またしても食事の誘いを断られ、赤井は息をついた。
 電話をすれば、三回に一回は出てくれる。メッセージも送れば返信が届く。完全に避けられているわけではない。しかし、以前とは明らかに異なる降谷の態度に、赤井はどうしたものかと思いを巡らせていた。
 心当たりはあった。先日、別れ際に降谷の額にキスをしたことだ。
 自分たちは、いわゆる恋愛関係ではない。自分は降谷のことを愛おしく思っているが、彼は自分のことをおそらく友人のような存在だと思っているだろう。友人と思っている相手から突然キスをされれば、戸惑い、距離を置きたくなるのは当然だ。
 降谷の気持ちを考えれば、この状況は受け入れるべきものなのだろう。彼と直接会えるタイミングまで、赤井は焦らず待つことにした。

 一週間後。赤井は“沖矢昴”に変装して、喫茶ポアロへとやってきた。今日、降谷がここにいると彼の部下に聞いたからだ。
 ドアを開けるとすぐに、「いらっしゃいませ~」と声をかけられる。久しぶりに聞く彼の声に、思わず口角が上がる。彼は自分の姿を見るやいなや、驚いたようにその場で固まってしまった。と同時に、赤井も少し驚いてしまう。彼が狐と思われる被り物を頭にしていたからだ。しかも、耳が動いている。
「安室さん?」と女性の店員に声をかけられて、降谷は慌てたようにテーブルを拭き、食事済みの食器をシンクへ運んだ。
 店内は空いていたので、カウンターではなくテーブル席へ通される。水を持ってやってきた女性の店員に珈琲を頼むと、「ハロウィン限定のスイーツはいかがですか? そこまで甘くないので、男性にもオススメですよ」と勧められた。
 店員が手を向けたメニュー表には、『ハロウィン限定★かぼちゃのプリン』と書かれてある。
 ポアロの新作メニューは彼が考えて作ることもあると聞いていたので、「では、それも」と赤井は追加で頼むことにした。
「ハロウィンか……
 そのメニューを見てようやく、彼がなぜ被り物をしているのか合点がいく。彼はハロウィンにちなんだ演出を任されてしまったのだろう。
 ハロウィンといえばホラー色のある仮装が一般的だが、降谷の場合は可愛らしい狐の被り物である。いや、狐ではなく九尾だろうか。九尾であれば、日本版のホラー要素として見なせなくもない。
 とはいえ、可愛らしい被り物を使って、客寄せをしているだけの可能性もある。耳がひょこひょこと動く様子に、目を奪われた客も多いことだろう。
 一方で何の被り物もしていない女性の店員が注文内容を読み上げると、降谷が珈琲を淹れはじめる。珈琲の香りがふんわりとこちらまで漂ってきた。降谷の淹れた珈琲が飲めるとは、実に幸運だ。
 降谷がトレーの上に珈琲とプリンを乗せると、女性の店員がそれを持ってこちらのテーブルにやってきた。
 赤井は熱い珈琲で喉を潤し、合間でプリンを口に運んだ。プリンのほどよい甘みと、珈琲のほろ苦さが混じり合う。
 時間に急かされることのない、静かで穏やかな時間が流れていた。自分たちの“本来の仕事”から大きくかけ離れている世界が広がっているようだった。
 ちょうど十六時になろうかというところで、降谷と女性店員の会話が聞こえてくる。
「それじゃあ、安室さん。私はこれで」
「そういえば、梓さんは今日早上がりでしたね」
「はい、お疲れ様です!」
 女性店員が店を出るのとほぼ同時に、店に残っていた客も会計を終えて外へ出て行った。
 瞬く間に人が減り、店には降谷と自分だけが残った。降谷はどこか居心地が悪そうな表情を浮かべながら、客の去ったテーブルを丁寧に拭いている。
 またすぐに新たな客がやって来るかもしれない。今が彼に話しかけるチャンスだと赤井は思った。
 赤井は首元に手を伸ばし、声を切り替えるスイッチを押した。
「今日は、随分とかわいらしい被り物をしているな」
 降谷が肩をびくりと震わせてこちらを振り向く。“赤井”の声で話しかけられるとは、思っていなかったのかもしれない。
「こ、これは、仕方なく頼まれて……!」
「先程帰った店員に、かな」
「そうです。こういうのは女性がやったほうが良いと思うんですけど、『“あざとい”とか言われて炎上するのは嫌です!』と断られてしまいまして。男の僕がこんな格好をしても、誰も楽しくないと思うんですけどね」
「そんなことはないと思うが……
 つい本音を口にしてしまう。降谷が「え?」と声を上げた。なぜ? と彼の表情が告げている。
 降谷に理由を聞かれてしまえば、自分が降谷に対して抱いている感情を、今ここで説明しなくてはならなくなる。赤井はすぐに話題を変えることにした。
「ところで、このプリンは君が?」
「ええ。試行錯誤を繰り返して、ようやくこの味に辿り着いたんです。実はこれ、砂糖をまったく使っていないんですよ。最近は糖質を気にされるお客さんも増えているので、なるべく健康志向を意識したスイーツを作ってみたんです。かぼちゃ本来の甘さがよく出ているでしょう?」
「ああ、ちょうど良い甘さだよ。珈琲にもよく合う」
 お世辞などではなく本心だった。
「そうでしょう?! この店の珈琲との相性も考えて考案したんですよ」
 彼なりに熱心にこだわって作ったのだろう。降谷の声が生き生きとしている。
 赤井は残りのプリンを口に運んだ。降谷が一生懸命に考え、作ったことを思うと、さらに美味しく感じる。優しい甘さが口のなかでとけてゆくのを、赤井はしっかりと味わった。プリンの上に乗っていたホイップクリームもスプーンで掬い取り、すべて食べ終えると、降谷は嬉しそうに笑みを浮かべる。
 空になった皿に降谷が手を伸ばしかけたところで、赤井は降谷に問いかけた。
「ところで降谷君。店の仕事が終わったあと、時間は空いているかな?」
 降谷が何かを思い出したかのように、さっと表情を変える。
「えっと……
 降谷は言い淀んだ。彼は困ったような表情を浮かべている。断る理由でも考えているのだろうか。赤井はさらに降谷に問いかけた。
「俺は君に、嫌われることでもしてしまっただろうか」
「そうじゃないんです!」
 降谷は即答した。考えるより先に、言葉が口から零れてしまったようだった。「あ……」と、小さく呟く声。彼の目が戸惑うように揺れている。
 彼が平静を欠いた瞬間をこの目にして、赤井は一種の優越感のようなものを覚えた。
 彼が他人に、こんな姿を見せることはない。自分だけが見ている彼の姿に、赤井はぐいぐいと心を引き寄せられてゆく。
「正直に、話してくれないか」
 降谷が自分から目を逸らす。しばらく考えるような素振りをみせたあと、彼はまるで子どものように、たどたどしくゆっくりと口を開いた。
「あ、あなたとどう接していいか、よくわからなくなってしまって……
 普段は自信に満ち溢れた彼が、弱々しく心の内を打ち明ける。
 もしや彼のこの悩みが、ここ最近、自分から距離を置こうとしていた理由なのだろうか。
 彼自身は気づいているのだろうか。彼のこたえは、キスをきっかけに意識するようになった――と告げているのに等しい。
 赤井は胸が高鳴ってゆくのを自覚しながらも、普段通りの声で降谷に告げる。
「いつも通りの君でいい」
 彼との関係を前進させたい気持ちも、もちろんある。しかし今は、以前のように彼と一緒にいたいという気持ちのほうが強かった。
「その、“いつも通り”というのが、僕にはよくわからなくなってしまったんです」
 いじらしい彼の告白に、赤井は目を細める。
 そこでふと、降谷が何かに気づいたように、肩をわずかに震わせるのが見えた。瞬く間に、降谷の顔が赤くなってゆく。
……随分と、顔が赤くなっているな」
「最近、急に寒くなってきましたからね……風邪でも引いてしまったのかもしれません」
 彼らしくない雑な誤魔化し方。赤井は笑みを抑えきれぬまま、その場に立ち上がる。
 びっくりして仰け反った彼の額に、赤井は左手の掌を当てた。やわらかな降谷の額の温もりが手に伝わってきて、くすぐったさを覚える。
「熱はないようだが」
……
 降谷は押し黙った。彼の目は泳いでいる。彼の心の中で何らかの“変化”が生まれたのは明白だ。
「君のその態度、俺は期待してもいいのだろうか」
「期待?」
 降谷が目を瞬かせる。彼は自身の心のすべてを、把握しているわけではなさそうだ。
 これからどうすべきか。赤井が思案していると、店のドアが開く。降谷は安室透の声を瞬時に作って、「いらっしゃいませ~」と客に声をかけた。客を案内し注文を取った降谷は、調理場へ戻ってゆく。
 しばらく降谷と会話をするのは難しそうだ。そう考えていた矢先、客が席を立ちトイレへ向かうのが見えた。
 トイレのドアが閉まる音を聞くのと同時に、赤井は降谷に再び話しかける。
「君の仕事が終わったら、少し街を歩かないか。ああ、せっかくだから、頭のそれは被ったままでいい」
「えっ?! 嫌ですよ。あなたも仮装するなら、考えてもいいですけど」
「これも仮装のようなものだろう?」
 赤井は沖矢のマスクを少し引っ張りながら言った。
「それはズルイです」
 調理の合間に、降谷の拗ねたような声が聞こえてくる。演技ではない彼の正直な声音に、赤井は堪えきれずに笑った。
 客が戻って来る気配を感じて、赤井は首元のスイッチを押す。
 降谷が嫌ではないのなら、遠慮をする必要はどこにもない。
 赤井は目を細めて降谷に告げた。
「あとで珈琲のおかわりをもらってもよろしいでしょうか。あなたの仕事が終わるまで、ここで待っています」