めまめ
2025-10-26 22:01:12
2265文字
Public 穂荒
 

Between the Sheets.

穂荒
※ベッドの上でのポジションの話をしているので、苦手な方はご注意ください
事後表現あり

決して溺れされたくないほかり君と、穂が隣に居るなら海にも行けるタイプのあらふね君

 溺水、溺惑、耽溺、溺愛。溺れる、という漢字を使った言葉はいくつかある。このなかに、自分たちを言い表す言葉はあるだろうか。荒船はぐしゃぐしゃになったシーツの上で息を吸った。シーツから、汗の匂いに混じって穂刈のにおいがした。
「つらくなかったか」
 穂刈がそっと隣に寝転んでくる。夏が終わり、裸のままではもう寒いくらいの季節になった。ふたり揃って風邪を引いた理由がピロートークのせいとあってはマヌケだ。冬支度を迎える前の薄手の布団を引き上げ、穂刈にもかけてやる。
「つらいわけねえだろ。よかったぜ」
「いや……だが……
「なんだよ穂刈。信じてねえの?」
 かくたる証拠はゴミ箱に捨てられたティッシュの中にある。快楽の残滓を前にして、何を疑うことがあるのか。
「黙るなっつの」
 強情な男の唇をムニっとつまむ。つままれたままのアヒルのような口でキスをしようとしてくるので、「バカ」と笑っていなした。そしてキスを阻まれて不服そうな穂刈にもう一度、誤魔化すな、と言い聞かせる。唇から指を離し、逡巡している瞳と視線を絡めた。
……苦しい、って顔をするから」
 穂刈はまだ言い淀んでいた。その割には気まずげに目を泳がせるでもないので、荒船には穂刈が心情を吐露したがっているように見えた。喉に刺さった小骨を取りたいともがいているみたいだった。
 ひとの機微に疎い自分が、そういうことに気づけるようになったのは穂刈のおかげだ。穂刈がそういうふうに接してくれるから、こちらも穂刈のことがなんとなくわかるようになった。荒船は穂刈がいつもやってくれるように、大きな背中をさらさらと触りながら問う。
「それは、ヤってるときにってことか?」
「ああ。……きついんじゃねぇのか、挿れられるの」
 穂刈は自分のことのように、苦しげに眉根を寄せた。それから荒船の頬を手の甲で何度か撫でると、懺悔するかのように言った。
……溺れてるみてーに見えるんだ、荒船が」
 思いもよらない言葉に、荒船は目を丸くした。
 セックスのときのポジションというのを決めたのは、そういう流れになり、ベッドに押し倒されてからだった。それまでに何度かキスはしていたし、付き合ったならまあいつかはそういう行為も発生するだろうと考えてはいた。だから唇をくっつけて、触って抜きあって、ベッドに雪崩れ込むところまでは想像の範囲だった。しかし荒船にとって予想外だったのは、あまりに自然に押し倒されたことだった。
 こっちまで受け身になるとは言ってねえ。
 たしかにキスは受け身がちになっている自覚があった。任せていると言ってもいい。でも流されているつもりはなく、穂刈に委ねるのが気持ちよかったからそうしていただけだ。挿入する、されるはべつの話だろう。
 そう言おうとしたのに、下から見上げた穂刈が見たこともないくらい切羽詰まった顔をしていた。荒船はすぐに絆された。だってあの穂刈が、こちらの意思が一番大事だと言って憚らない穂刈が、これほどまでに求めてくれているのだから。
「一回ヤってみて、交代な」
 自分でも驚くほど素直に、するりと発していた。
 結局そのあと、ポジションを入れ替えるどころか試すことすらしなかった。男の体であんなものを受け入れようというのだ。しっかり繋がれるまでにそこそこの回数を要したせいもある。失敗の連続で途中から実験のようになっていた日もあった。おかげで最後まで完全に穂刈のモノを受け入れられたときは、ふたりで妙に感動した。
 交代な、という過去の荒船のセリフを覚えていた穂刈は、次に荒船を押し倒したとき「交代するか」と提案してきた。
「どっちでもいいんだ、オレは。おまえに触れられるなら」
 強がりではなく、本気で言ってくれていた。だからこそ荒船は、
「このままがいい」
 と、抱かれるのを選んだのだった。
 しかし穂刈との行為にいくらか慣れたとはいえ、未だにうしろだけで達するのは難しかった。挿入されれば長大な存在感に色気のない喘ぎ声も上げるし、息をつめたり、逆に忙しなく呼吸したりもする。まさかその反応が溺れているように見られていたなんて。
「考えすぎだ。あんだけイってんのにつらいもなにもねーだろうが」
「けどよ、」
「嫌だったら断る俺の性格、わかってんだろ」
「そりゃ、まぁ」
 納得したふうだが、まだ不承不承といった感じだった。荒船はずいっと顔を近づけ、穂刈の目を覗きこんだ。
 穂刈は荒船が泳げないと知っている。真冬の冷たい水がとくに苦手なことだって気づいている。けれど穂刈の前で実際に溺れたことはないので、『溺れている荒船』の姿はただの彼の想像なのだろうが、いくら想像とはいえセックスをしているときの自分が苦しげに映っているとは心外だった。
 抱かれているとき、苦痛ばかりが与えられていると思っているのだろうか。もがいて差し伸べた手も、しがみついた腕も愛おしさからの行動なのに。
「ま、俺が溺れたとしても助けてくれんだろ? おまえが」
 自信満々に言い切ると、穂刈はきょとんとしたあと、小さく吹き出した。
「そうか……そうだな」
 笑みを浮かべたまま、そっと手を繋いだ。
 ベッドでの穂刈は少しだけ手つきが乱暴になる。温厚な穂刈が余裕のない表情で揺さぶってくるのが好きだった。その感情を「溺れる」と表現するのなら、とっくに自分は穂刈に溺れている。荒船はくっ、と笑った。シーツの上で激しくゆらゆらと揺れる荒船の手を、穂刈はずっと離さなかった。