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asahito
2025-10-26 17:34:59
6989文字
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snakebite⑥
日常回に戻った割には阿梨夜さんがかわいそうな気が。
錦上京キャラが追加で登場。
暑くて長い夜を過ごした後の翌朝。私の部屋のベッドで起床した時は、もうユイマンがいた形跡だけが残り彼女は私の横にいなかった。
シングルのベッドでは狭いから窮屈だったかなともぞもぞ躰を動かして起床すると。
キッチンの方から音がして、何か焼いているような香ばしい匂いも漂って来た。
ユイマンが早起きなのは別段珍しい事ではない。ただ、朝の四時とかに起きて動き出すのは本当勘弁して欲しい。
私にも起きてくれと言わないだけまだマシだけど。周辺の散歩や運動をするために色々着替えたりするから、結局その音で一度は起きてしまうのだ。
昨晩よく動いた分お腹が空いて冷蔵庫の中から簡単に食べられるものを物色してるのだろうか。
あれだけ深夜まで起きたのにもう早起きだなんて。どれだけ彼女は体力が有り余ってるのだろうか。
案の定、スヌーズを何度も設定しているスマートフォンのアラームも鳴っていない。
今朝はどれだけ早く起きたんだろうとスマートフォンの画面をぼんやりとした頭で起動すると、スヌーズも、アラームも既に止めた形跡があり。
時計の数字はいつもなら私が起きている時間の一時間後を示していた。
「
……
えっ!?」
自慢ではないが寝坊をしたことがない私にとって。こんなに寝過ごす事なんてことは論文で煮詰まって三徹くらいした翌日以来であった。
がばりと起き上がり遅刻する、と思ったが。休暇を取っていたのだったと思い直し、ほうと溜息を吐いた。
遅刻とか、時間に遅れるとか、そういういつもの行動を変えるようなことは本能的に嫌いな私にとって。寝坊は本当に恐ろしい。
起き上がって着ている寝巻がいつもの寝巻ではなく。ユイマンの部屋にある部屋着であることに気付く。
「
……
」
昨晩は色々あって寝巻とか全部夜洗濯してしまったんだっけ。思い出すと顔が赤くなり自己嫌悪にすら陥りそうになるが。
左手の薬指に光る指輪を見て。結婚記念日の夜は無事に二人で過ごせたのだという気持ちで満たそうとした。
今日から、新しい年の始まりのようなものなのだから。いつまでも気にしてはいけないし、気にするとユイマンに叱られるだろう。
それよりも。こんなに寝過ごしてしまったということは、ユイマンは朝食を作っているのかもしれない。
昨晩は沢山彼女に迷惑をかけたから明日は私が朝食作るって言ったのに、情けない。
とりあえず起きて今からでも手伝えることを探さないと。軽く伸びをして、ベッドから降りると。少しだけ背中と腰に鈍い痛みが走る。
本気のユイマンと向き合う時は。それなりに覚悟が必要だとは思っていたけど。愛された分だけの痛みだとすれば幸せな事だ。
ベッドサイドの眼鏡をかけた後。居間の方に向かって行きドアを開けると。台所でガスレンジの前に立っているユイマンが目に入った。
「ユイマンおはよう」
「おはよう阿梨夜」
声を掛けると、彼女は振り向いて挨拶を返してくれた。睡眠時間は絶対私より短かったのに本当元気だな。
というか、肌の艶が良いように見えるのは何故だろう。逆に元気になるタイプなのだろうか。
テーブルにはマグカップや焼いたパン、切った果物、カラトリーなどが置いてあり。
あとはフライパンの中のものが焼き上がれば完璧、というところまで来ていた。匂いから予想するに、目玉焼きのような卵を焼いたものだろう。
料理に関してはかつて彼女はあまり得手ではなかったけど。鹿を解体する原理でやればいいと教えて以来、簡単なものなら失敗せず作れるようになったようだ。
寧ろ、鹿を解体する手順の方が物凄く難しいと思うのに。そういうのっていったい何が差を生んでるんだ。
「あとはこれお皿に乗せて持って行けばいいから、座ってて」
焼き上がった目玉焼きをフライ返しで掬い、皿に上手に乗せる。バランス的に野菜が足りないかもと私が冷蔵庫から摘まめる野菜を探してると、皿の上に乗せられた目玉焼きが目に入った。
黄身が破けているのは最初落とすときに失敗したのかな。別に、全然構わないし。
まだ私が彼女よりもできることがあるならその方がいいのだ。何でも彼女だけでできるようになってしまったら、私が傍に居る意味は薄れる。
「
……
ごめん、ごはん私が作るって言ったのに」
野菜室から小さなトマトを数個取り出して洗おうとする際、彼女に寝坊を詫びた。
「いいの。疲れたでしょ?」
私の方を見ずに答えるのは、火を使っているからもあるけど。私に対し少しだけ気まずさを持っているようにも見えた。
気まずいのは私の方だ。ものすごく気まずいよ。そう言いたくても、どっちが原因かなんて鶏と卵論争みたいな話だし。
そのことについて蒸し返すのはあまりにも私にとっては恥ずかしくて惨めな気持ちになるから、もう話題にも出してほしくない。
あの後にお風呂に入った時情けない半泣きの表情の私を。優しく洗ってくれて、そして私も彼女の髪を丁寧に丁寧に清めた。
あんなことして怒り出したっておかしくないし、あの後洗濯が終わるのを待ってるとき。こっそり別の端末で色々調べて
―
その正体を知った際彼女に全裸で土下座をしようと本気で思った。
本当に土下座するとあまりに浅ましい姿であるのと。
もう気にしたらダメよと彼女が念を押すから、顔を赤くしつつ必死に涙を堪え端末を切ったのは彼女に気付かれてないだろうか。
なんで、女の躰の構造でこんな機能があったりするんだ。全然役に立たないし面倒な事ばかりじゃない。醜い私の躰が、また一つ醜くなってしまった。
今更ひとつ醜い要素が増えたって全部醜いから気にしなくていいやと普段ならなるけど。あの体質は、そういうレベルの話じゃないんだ。
野菜を水で丹念に洗い、ヘタを取ってユイマンが並べてくれた皿に配置すれば。私たちの朝食の準備は整った。
いい加減昨晩から今朝へと変化させなきゃ。
「阿梨夜はコーヒーでいい?」
「うん」
目玉焼きを乗せた皿を二枚両手で運ぶ途中で、ユイマンが声を掛けたので返事をする。
どんなに暑くても朝のコーヒーは熱くないと頭が起動しない。ユイマンは冷たい水を飲んでいるけど、そういうものばかり飲むから体温が低いのかな。
向かい合って席に着き、食事の始まりを二人で言う。いつもは出勤タイミングも違うし、ばらばらに食事を取るけれど。
休みの日の朝はこうしてなるべく二人で一緒に食事をとるようにしているのは、彼女の強い希望だった。私が放っておくとろくに食べずにいて平気なのと。
彼女の実家は可能な限り全員で食卓を囲む、という習慣を徹底していたからだろう。
私の実家は仕事の忙しい両親だったし。
私と一緒にいると食事が不味くなると言って妹は外食か、私が気を遣って自分の部屋で自分の作った料理を食べるばかりだったから。
家柄はいいから、定期的にお手伝いさんみたいな人は来てくれて掃除や洗濯をやってくれたり。食事も作ってくれることはあっても。
結局あの妹が余所者が家に入るのが嫌だと言って長続きさせなかったから。
私はそのお手伝いさんに毎回頭を深く下げて、申し訳ありませんと忙しい父親の代わりに手切れ金のような違約金を支払っていた。
だいたいのお手伝いさんはお金さえ頂ければ、と言っていたし。
中にはお姉さんのせいではないですよ、と私に気遣ってくれる人もいたけど。
私が妹を思い切り引っ叩いてどうして貴方はそういうことしかできないの、と叱り飛ばせるような姉なら。
こんなことにはならなかったのかもしれない。
啜ったコーヒーは飲み慣れた味なのに、どこか苦みが強い。苦い味は嫌いじゃないけどこの苦みは、嫌な懐かしさの苦みだ。
「
……
形悪くてごめんなさい、味はおかしくないと思うけど」
「え?」
突然のユイマンの謝罪に聞き返してしまう。何の事だろうと思ったけど、お互いの皿に並んだ目玉焼きの黄身が潰れてることを気にしてるのだろうか。
「阿梨夜みたいに綺麗にまだできないの」
「大丈夫、全然気にしないって」
私がコーヒーの苦みに顔を顰めたのを。彼女が誤解したのだろうか。何故そんな誤解をするのか。
鹿の解体ナイフで料理した方が安全じゃないかと思うほど危険だったあの頃に比べれば。今は料理を任せられるほどになったのだ。
獣肉の要領で臭い消しのスパイスを使ってしまうから、普通の肉に対しては刺激が酷すぎて咳き込むこともあったし。こっそり胃を摩ったことも何度かある。
「ユイマンが作ってくれたんだから」
誰かが私なんかの為に金銭を要求せずに料理を作ってくれる。それだけで、満たされる。
実家でやったら行儀が悪いと言われそうだが。トーストに目玉焼き乗せて二つ折りにして食べるのは、彼女と暮らすようになってから始めたことだ。
香ばしい香りと塩気が口内に広がり。コーヒーにも合う。カフェでも似たようなものが置かれるのも納得である。
「本当?」
「本当だよ」
自分で作ったものは、だいたい自分で味の想像がつくから不味くはなくても、すごく美味しいとも思うことができない。
誰かが作ってくれたものは味の想像が違うから、だから容量や味付けさえ間違えなければ美味しいと思うのだろうか。
「
……
美味しい」
そういえば妹は、私と一緒に食べたくないとは常に言っても。私の作った料理を捨てる事だけはしなかった。
近くにコンビニだってスーパーだってあったのに。醜いと蔑んでいた私の料理を食べるという事は、本心はどうだったのだろう。
「そういえば、今日の予定って午前中に掃除とかスーパー行って午後から出かけるでいい?」
「うん」
卵が好きな彼女は、予定を確認しながら大きく口を開けて目玉焼きを頬張っている。
目玉焼きも、卵焼きも、ゆで卵も、親子丼も本当美味しそうに食べるから常に我が家は卵のストックが大量だ。
「うちの地酒もスーパーで買えたら楽なんだけど」
スーパーというのは、ここから少し歩いてくとある地元の人間のためのスーパーである。流石に融雪剤や雪かきの道具は置いてないが、だいたいは実家にいた方のスーパーと変わらない品ぞろえだろう。
お酒のコーナーも勿論あるけど。一般的に出回っている缶ビールなどがメインで、地酒のようなものには弱い印象があった。
「あそこのスーパーじゃあんまりユイマンの実家のお酒ってないんじゃないかなあ
……
」
「そうよね。あの地酒ならやっぱり酒屋さんとかそっちの方に行ってみましょうか」
彼女と私の実家は酒で有名な地域だから、そういったお酒が別の地域で簡単に手に入るのも少し微妙な感覚がする。
地酒というのはその地域でしか飲めないから価値がある部分もあるし。あのバーの店主に持って行くなら少し手に入れるのに苦労するものの方が、良いだろう。
「あとユイマン他に買いたいものってある?」
スーパーに行くなら日用品の補充もできるからついでに買おうと彼女に尋ねる。洗剤とかそういうのってすぐなくなるんだよな。
「あるわよ。阿梨夜も荷物持つの手伝ってね」
「ん?平日にいるなんて珍しいのう」
スーパーの帰り道にマンションに戻ると。必ず管理人室の前を通って住人は自分の部屋に入る必要がある。
管理人室の窓から顔を出し、管理人さんが私たちに声を掛けて来た。
奇怪な姿の管理人でマンションを買ってから挨拶しに行くとき度肝を抜かれたが。悪い人ではなく周囲も慣れ親しんでいるので、挨拶はするようにしている。
かなり昔からこの地域で管理人やら何やらやっていたという噂も聞くが。実際この人何歳なのだろうか。
「こんにちはチミさん、馴子」
「
……
こんにちは」
「眼鏡と銀髪じゃん、仕事は?」
今日は平日だから管理人室に管理人さんがいるのを忘れてた。おまけに管理人さんの孫娘まで隣に座ってる。
私たちを決して名前で呼ばない生意気盛りだが、ユイマンは仲良くしてるので私も仲良くしてやっている。
タイミング的にあまり会いたくなかったのに。行くときは不在だったから顔を合わせないと思ったのに。
「今日は私たちお休みなの」
「平日に休みなんて吞気なもんじゃ」
ったく、最近の若いモンはあくせく働いたりしないのかと管理人さんは言うが。今は強制的に休まされる時代でもあり、追い詰められるほど働かせられる時代でもある。
管理人さんは近所に住んでおり、住み込みではないので決まった時間しかここにいないが。
先ほどは共通部の掃除とかそういうので一時的に席を外していただけなのだろう。
「
……
馴子、学校は?」
「だってまだ夏休みだよー?今日は部活の帰り」
孫娘もそんな遠くの学校には行ってないそうなので、学校帰りに祖母の所に寄って来たのだろう。
制服姿なので真っすぐこちらの方に来たとしたら本当に仲の良い祖母と孫だ。ほぼ管理人さんが育てたというのだから当然と言えば当然だが。
クイズの本片手に座っている夏服姿は若々しくて眩しいが。変なメイクと飾りは校則違反で叱られないのだろうか。
「あ、そーだ!眼鏡に出したい謎々あったんだけど」
「私たちは荷物があるのですぐ部屋に戻らないと」
孫娘は私を眼鏡呼ばわりする上に、すぐに謎々を出そうとする困った癖がある。クイズ同好会というのは知識を集めるには良い活動だと思うが、他人を巻き込むのは筋違いだろう。
スーパーの買い物帰りという大義名分を携え、管理人室の前を通ろうとする。
「おやおや、あんたらペットなんて飼ってたかね?」
「え」
管理人さんの気づきの言葉に心臓が止まるかと思った。この方は老体の割に勘が鋭く、この辺りの地域の情報も豊富だから頼れる御方ではあるが。
得体の知れない何かを持っているようで時折うすら寒い感覚を覚えることがある。
出会う前から私たちの事をよく知っているような素振りを見せるし、最初隠していた私たちの関係だってすぐに見抜いてそう扱いだした。
「他の犬連れの住人が持ったやつと同じじゃの」
だから
―
ユイマンの抱えてるペットシートの袋には気づかないで欲しかった。ものすごく。
「ペットは飼うなとは言わんが
……
管理組合に事前申請したかのう?」
管理人さんが書類の棚からペット関連の申請書類を探そうとしてる。うちのマンションは小型の猫や犬なら飼っても良いというルールはあるが。
狂犬病の予防接種や獣医の診断書など、事前に得たうえで管理組合というマンションの自治体みたいなところに申請する義務がある。
病気を持ったペットが他の住民を襲ってトラブルになるのを防ぐためだ。
「いえ、ペットを飼う予定はないんですけど
……
」
馬鹿正直に答えてどうする。かと言って、これから飼うんですなんて言っても墓穴を掘るだけだ。
ユイマンに助けを求めるがユイマンはどう言い逃れをすべきか頭の中で検索しているようで、事前に検索しておかないとうまく返せないものなのか。
多分、ペットシートのようなものじゃなければすぐに返す事ができても。馴染みのないものについては、情報を蓄積した彼女でも弱い。
というか、スーパーで私達が何を買っても自由でしょうが。そこまで詮索する必要もないでしょうが。
……
ユイマンがこれからは必要になるわよとか、言うから。スーパーで買うのだって顔が赤くなるのを必死に抑えて買ったのに。
最後の最後でへまをしてしまったのは私のせいなのだろうか。
「婆ちゃん婆ちゃん、多分眼鏡が楽器始めたんじゃない」
「そうか?あれって楽器で使うんか?」
「うん、ブラスバンド部の子が床に唾落とさないように敷いてるの見たし」
思わぬ助け舟が出て驚くも。孫娘の方は気づいているようにも見えず、本気で部活で見たブラスバンド部の行動を思い出して言っただけのようだった。
ブラスバンドは全く分からないが。そういう用途でペットシートを使うことがあるならそれに便乗させてもらおう。
「そうじゃな。道路で唾を吐く若造に比べれば立派な心掛けじゃ」
馴子は本当に何でも詳しいのう、と孫馬鹿ぶりを発揮する管理人さん。
「しかし。楽器も禁止してはおらんが大きさには気を付けるんじゃぞ」
「勿論分かってるわ、チミさん」
悩んでいたユイマンも話を合わせて何とか持ち直したようだ。何とか話は合わせたから、あとは管理人室の前を通り抜けるだけだ。
「そういや眼鏡何の楽器始めんの?」
「
……
えと、まだ体験で触っただけなのでこれから決めます」
「上手くなったら聴かせてねー」
手を振る孫娘に対し罪は全くなく。誰を恨んだって仕方のない事だが。
家に戻ったら、まずユイマンに吹くと唾が出る楽器の事検索して貰わないとダメだ。動画も探そう。
情報を合わせる為の情報探しは、一体どれくらいかかるのだろう。
申し訳なさそうな彼女の表情を横目に。今日は無事に夜あのバーに向かえるかが本当に心配になってきた。
真実の為に偽りの情報を纏い続けると本当に碌なことにならない。
続く
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