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8月33日
2025-10-26 15:43:38
10970文字
Public
小説
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【小説】掴んだ光、旅路の一歩【月灯りの星猟団】
つなぐにてmahipipaさん(
https://lit.link/mahipipa
)に執筆していただいた小説です。(コミッション:
https://tsunagu.cloud/products/5273
)
掲載許可はいただいております。ありがとうございます!
タイトルは8月33日が勝手に考えました。
フェイク視点。フェイクが月灯りの星猟団に加入するキッカケの話です。
【登場人物】
・フェイク:盗賊、神経質で真面目な人間。
・マオ:月灯りの星猟団のリーダー、お人好しな癒やし手エルフ。
・コハク:戦士、明るく元気なお調子者の人間。
賑わう都市の春は、今年も海や山の幸や、遠路はるばるやってきた商人たちが持ってきた様々な交易品でごった返していた。
もちろん、そこには多くの職業が紐付いている。鍛冶、服飾、狩人、当然のことながら交易商人も
――
仲間から追放された、根無し草の冒険者もいる。
「はぁ
……
腕前には、自信があったんですけどね
……
足手まとい、足手まといですか
……
」
冒険者フェイクは何度目か分からないため息を吐いていた。路銀がそろそろ底を尽きそうな今、革の銀貨袋はずっとぺしゃんこで気の毒な有様だ。
フェイクは美しい見目の青年だった。が、彼の性別を初見で正確に見抜けるものはそういない。口元は薄いヴェールで包み、ひらひらとした布飾りを纏う姿は踊り子そのものだ。元より中性的な見目が、より彼を華やかに見せる。
(よりによって、錠前破りが追放されることなんて
……
ああ、ギルドに顔を出すのも恥ずかしいです
……
!)
そう、彼は元の冒険者パーティーから、追放されてしまったのである。冒険者を十段階評価すれば、三ぐらい。駆け出しを抜け始めた矢先のことだった。
盗賊ギルドに顔を出せば同胞の哀れみでいたたまれなくなるのが目に見えていて、フェイクはずっと途方に暮れていたのである。
「
……
今日は路地裏の適当な店でやり過ごしますかね」
がっくりと肩を落とし、フェイクはとぼとぼと路地裏へと歩いて行く。あでやかな砂漠出身の衣装も、今は都市に似合わず、孤独を際立たせるだけだ。
だが、運命は彼を見捨てていなかった。
「おや?」
路地裏に足を踏み入れた時、彼は数名の男と、それに囲まれる二人の人影を目視した。どう考えてもギルドにも所属していないチンピラに、二人の青年が因縁を付けられている。
ひとまず、フェイクは様子を見た。
「丁度良いんだ。オレたち飯を食いあぐねててさぁ
……
路地裏通るんなら通行料払ってくれよ」
「あぁ、もう、勘弁してくれよ。こっちは急ぎの配達なんだぞ!」
チンピラに苛立っているのは大剣を背負う金髪の青年だ。目を疑う大男だが、他にも特徴はある。
視力を補正する眼鏡を掛けているあたり、決して貧しい出ではないだろう。まだ真新しい腰周りや脚部の装備に反し、腕は剥き出しで精悍な筋肉を際立たせる。胸元の羽根のブローチが、フェイクの印象に残る。
「困りましたねえ。通行料はいくらですか?」
「いや、払う理由ないだろ!?」
その青年にまでツッコミを入れられているのは、どこかぽやっとした雰囲気の茶髪の青年だ。耳が尖っているのを見て、フェイクはすぐに彼がエルフの血を継いでいると見抜く。
清潔なクリーム色の聖衣に身を包んでいるが、頭の上に乗っかっているのは縦に長いいわゆるコック帽で、手元には泡立て器がある。
(なんです、あの二人組
……
いや、あの製菓道具は魔道具、か。一応、神官でいいんでしょうかね
……
)
フェイクはそのかすかなきらめきから、彼が持っているのは短杖の類いと判断した。いずれにせよ、薄暗い都市の影に入りそうにない二人組なのは間違いない。
チンピラどもはフェイクから見れば格下だが、二人からすると手強いかもしれず、彼は静かに太腿のベルトについたナイフの鞘を撫でた。
(それにしても、いつになってもこの手の連中はいなくなりませんね)
その胸中には、かつてこの手の連中から虐げられた、小さく痛みの残る記憶があった。
(ま、盗賊ギルドとしても迷惑ですからね。懲らしめておきましょうか)
とん、とん、とっとっと
――
リズムを意識した軽やかな足取りで、正面を見据えたフェイクは二人に夢中なチンピラの背後から詰め寄った。
金髪の青年が驚いて、大剣を抜こうとする。だが、フェイクは元から彼は眼中にない。
「あなたたち、ギルドの組員じゃないですよね?」
「は
――
」
気付いたチンピラが振り返るが、もう遅い。衣をなびかせ、フェイクはチンピラに肉薄し、軽々と組み付いて投げ飛ばして一人目。振りかざされた短剣の軌道から身をよじり、しなやかに足を払い、二人目。
「は!? 踊り子がなんでこんなとこに
……
っ! この!!」
ぎょっとして後ずさろうとした三人目が殴りかかろうとするが、これは金髪の青年が路地の表の方へ、強引に押し出した。
「っ、らぁっ!!」
「ぎゃっ
……
やべ
……
!」
路地裏から放り出されれば、何事かとすぐに官憲が突っ込んでくるだろう。
「こちらへ。もっといい近道がありますよ」
フェイクは彼らが来たと思しき方向へ、ひとまず後ろにいた茶髪のエルフの手首を引っつかんで走り出す。
なんでこんなことをしているのかと思ってはいたものの、手を出さずにはいられなかった。その根っこの善性こそフェイクが追放された理由であり、シビアな冒険者生活において彼を苦労人に仕立て上げる一番の原因だった。
◆
「いやぁ、助かりました
……
ありがとうございます」
「いえ。あの手のは放っておくと、もっとひどいことになりますからね」
さて、無事に配達を終えた二人に歓迎され、フェイクは彼らの宿へと招かれた。
「僕はマオです。こちらがコハク。僕らは駆け出しの冒険者です」
「どうも。はー、さっきは本当ありがとな。命拾いしちまった」
感謝を告げるコハクの手元にはぬるい安物のエールがあった。フェイクの手元にも、美味しいポトフが置かれていた。が、その木製の器はすでに空。彼にはマオからマドレーヌが供されているところだ。
「俺はフェイクです。このような見目ですが、一応は盗賊ギルドの所属になります」
「へえ、あんな腕っぷしなんだからどっかのパーティーにいるんだよな?」
「うっ
……
いや、俺は
……
」
フェイクは言葉に詰まって、逃げるようにマドレーヌを口にした。甘く、芳醇なバターの香りが広がって、荒んだ心を静かに癒してくれる。
「あっ、おいしい
……
ですね」
「良かった! お口に合ったようで何よりです」
思わず出たフェイクの呟きに、マオは、ぱっと表情を輝かせた。
「それが僕の魔法です。お菓子経由で癒やすことができるんですよ」
「か、菓子作りが治癒の魔法なんですか?」
「ええ。お菓子は人の心を潤す魔法ですからね!」
自信満々にマオは答えてくれたが、マドレーヌを頬張りながらもフェイクは更に困惑した。
菓子作り。これが繊細な感覚を求められるのは分かる。素朴なものなら家でも作れるだろうが、マオの技術はそのラインをゆうに超えている。
(いや、えっ!? パティシエが冒険者!? えっ、何故!?)
宮廷にだって仕えられるかもしれない菓子職人が、冒険者になって一介の錠前破りである自分を誘っている。
「え、ええぇ
……
? え
……
?」
目の前に立っている人間の進路が、あまりに荒唐無稽で目眩がする。額に手を当てたフェイクの視線は、おのずとマオから逸れたのだった。
「分かる。びっくりするよな。腹も精神も癒やしてくれる飯なんてそうそう見られるもんじゃねえし」
コハクは腕を組んで、うんうんと頷いた。そして、改めてフェイクを見つめて、にやりと笑みを見せた。
「なあ、フェイクだったか。さっきの様子からいくと、どっかのパーティーには入ってないんだよな?」
「あ、はい。まあ、そうですが
……
」
「じゃあさ
……
俺たちんとこ来ないか!?」
「えっ
――
」
「罠や宝箱を解錠できる人、探してたんですよ。丁度、君のような人材が欲しかったんです!」
フェイクからすれば、渡りに舟。だが、マドレーヌを咀嚼した彼は視線を彷徨わせた。捨てる神あればなんとやら。あまりにトントン拍子のお誘いに戸惑ってしまったのだ。
今度のコハクは頬杖を突いて、フェイクの目元だけ見える顔を見つめた。
「嫌ならいいけどさ、考えておいてくれたら嬉しいぜ。飯なら、ある!」
「できるだけ、暮らしでの苦労はさせませんから」
マオのお人好しっぷりはすでにフェイクも理解していた。コハクの豪胆さは見ていて気持ちがいい。フェイクは視線を落として迷った後、今は、こう切り出すしかできなかった。
「
……
考えさせてください。前向きでは、ありますので」
小さな頷き。自分の気持ちの整理をしなければならないと、彼は立ち上がった。
「ポトフとマドレーヌ、ごちそうさまでした。美味しかったです」
「お待ちしてます」
「へへ、待ってるぜ~」
居心地のいい宿。素敵な駆け出し冒険者。その全てが魅力的だからこそ、フェイクは一旦、距離を取らねば落ち着けなかった。
追放された傷だって、まだ癒えていなかったのだから。
「はぁ
……
どう、しましょうね」
外に出れば、慣れ親しんだ太陽の光もよそよそしかった。フェイクは、どこに心を落ち着けていいか分からなくて、つま先に視線をやる。
絶対に、盗賊がそのまま関わっていい人々ではないのは理解できた。
何せ、彼らは人がいい。だからこそ、彼らにまで見放されたらと想像しただけで身が震えた。
(お誘いは嬉しい、けれど
……
食事もおいしかったけれど
……
俺なんかが、追放された錠前破りが役に立てるのでしょうか? 彼らを傷つけずに、いられるわけが
……
)
腹を温めるポトフ。甘美なマドレーヌ。その幸せに人見知りをした彼の視界が、不意に遮断される。
(!? 麻袋
――
)
油断。人攫いの手法に気付くも、直後に頭に加えられた衝撃でフェイクの意識が遠のく。
彼が忘れていたことが一つだけあった。それは、どこにも属さない輩というのは、結構な確率で報復に来るということだった。
◆
「おらっ、起きろ!」
「っ
……
!」
朦朧とした意識の中では、時間の経過すら分からない。フェイクは麻袋を外された途端にぬるい水を浴びせられ、横たわったまま目を開けた。
霞んでいた視界が戻ってゆくにつれて、カンテラの明かりだけが頼りの小屋の内装が見えてくる。口の中は埃っぽく、吐き出した水は泥の味がした。
(やられた
……
報復を警戒すべきでしたね
……
)
フェイクは歯噛みして、下卑た笑いを浮かべるチンピラたちを見上げた。
手足は縛られたまま。踊り子の衣装は一部が剥ぎ取られ、金目のものとして側の机に放り出されていた。太腿につけていたベルトと短剣は、机の端からわずかにはみ出て見えていた。
恨みに双眸をぎらつかせた男の一人が、フェイクの側にしゃがみ込んだ。
「さっきはよくもやってくれたなあ、盗賊ギルドに尻尾振る犬っころが
……
」
「は、あなたたちのような野良犬にはしつけが必要でしょ
――
がっ!?」
隣に控えていた男の容赦ない蹴り込みが、フェイクの腹に入り込んだ。思わず咳き込んで、彼は背中を丸める。だが、目だけは男たちを睨んだままだ。
「これで上玉の女だったら高値で売れたんだろうがなァ
……
」
「いや、この頃は男でも売れるもんだぜ。顔は傷つけんなよ」
見目。フェイクにとってそれを指摘されるのは、最も嫌悪感を催すものだった。まして、格下のチンピラどもに言われれば、彼の腹の底で怒りが煮えたぎった。奥歯を一層強く噛み、縄をきしませる。
「ぅ、ぐっ
……
」
だが、頑丈に結わえられた手首はびくともしない。人を縛る腕だけは一丁前で、余計に腹が立つ。
(まずい、ですね。脱出しないと売り飛ばされる
……
く、そ
……
)
身体を丸めて足蹴や棒での殴打に耐えるも、フェイクの不快感が拭われるわけもない。
彼はただ、与えられる暴力の向こうに、今以上に無力だった己の過去を思い出すしかなかった。
(こうならないために、腕を磨いたんですよ
……
。俺は、こんな
……
ッ!)
フェイクの中に、怒濤の如く襲いかかってきた今日の理不尽が駆け抜けた。
パーティー追放。おかしいと思っても覆せず、飲み込んだ自分の不甲斐なさ。
路地裏の騒ぎ。無知なものは搾取されて当然という弱肉強食の定め。
そして、今。逆らうなら痛めつけんとする連中の、性根の汚らわしさ。
自分だって錠前破りのこそ泥だ。だが、フェイクの中には虐げられた恐怖や苦痛より、煮えたぎる憤怒があった。
「
……
ッ!!」
「なんだ、まだ反抗する気力があんのか?」
見目から、すぐに心が折れると相手は思ったのかもしれない。フェイクの反抗的な目つきに、初めて彼らは気圧された。
「なんだお前等ぁっ!? ぐあぁっ!」
まさにその時だ。小屋のすぐ側から、賊の怒号が聞こえたのは。
「憲兵か!?」
「いや違う! 冒険者だ!!」
はっとした小屋のチンピラたちが、とっさに武器を持って外へ駆け出し始める。
目を見開いたのは、フェイクもだった。耳を澄ませれば聞こえてくる。さっき聞いたばかりの声があった。
「っは! さっきはイキってた癖にビビり散らかしてるじゃないか!」
コハクだ。ならば、マオもいるはずだ。一体どうして彼らがここに来ているのか。フェイクには見当もつかない。だが、好機には違いなかった。
視線を彷徨わせ、痛む身体をどうにか起こして、彼は縛られた腕をそのままに、机へと這い寄った。
「
……
っ!」
芋虫同然にされた今の状態で、彼にできるのは机の脚への体当たりだけだ。一回では当然足りない。二回、三回。ぶつかって、揺らして、上にあるナイフを少しずつ机の端へ追いやっていく。ナイフの鞘が少しずつ見え始める。
「こ、の
……
急いでるん、ですよ
……
!」
打ち身まみれの身体に鞭打って、フェイクは奥歯を噛みしめて机を揺らす。そして、ついに彼の目の前にナイフが落ちる。
投擲にも使える華奢なナイフ。今はこれが頼りだ。身体の向きを変えて、持ち手を加えて鞘から刃を抜く。あとは、放り出された刃に縄を擦りつけて切れば良い。
「く、ぅ
……
! あと、少し
……
!」
刃が縄ではなく手に当たる度、鋭い痛みが走る。それでも華やかな踊り子の見目からほど遠い、泥臭い脱出劇に集中する。
その執念が実った時、切れた縄が彼の手を縛るのをやめた。
「
――
! 錠前破りを、なめないでください
……
!」
フェイクは手にナイフを持って、脚の縄も切って蹴り飛ばした。無理に縛られて関節が痛むが、もはや考えている余裕はない。
自分の誇りでもある故郷の衣を引っつかんで羽織り、彼はカンテラだけ奪って無我夢中で外へ飛び出した。
外は夜目前の夕暮れ。場所は森の入り口付近。彼は目と耳で得られる情報だけ拾って、視線を巡らせる。
「コハクさん! マオさん!!」
声の主と、そこにいると信じて癒し手の名を呼ぶ。返事はない。代わりに聞こえてきたのは刃物と刃物がぶつかり合う音だった。ふらつきそうになる脚をどうにか動かして、フェイクは音のする方へひた走る。
そこでは丁度、コハクが一人のチンピラを大剣の腹で叩いて転がしていた。
「っ、いた! マオ、フェイクだ!!」
「ひどい怪我
……
すぐ治療しますね!」
「なんで
……
」
短杖に光を灯し、掛け寄ってきたマオに、フェイクは思わず問いかけた。
落ちこぼれの自分なんて忘れてしまえば良かっただろうに、彼らはわざわざこんな危険なところにまで駆けつけてくれたのだろうか。
なまじ、人間関係に恵まれてこなかったフェイクだからこそ、答えが見つからない。
「フェイクさんは、宿に来てご飯を食べてくれました。僕のマドレーヌを美味しいと
……
僕らは君の味方です」
「
……
!」
目が眩むような感覚をフェイクが受けたのは、マオが光らせる短杖のせいばかりではなかった。
善性。誇り。隣人への慈悲。傷ついたフェイクが喪いかけていた輝きを、マオは両手に抱えて持ってきてくれたのだ。
(この優しさを与える人は、俺じゃなくたって、いいのに。もっと良い人がいるでしょうに
……
この人たちは
……
)
フェイクの目に、じんわりと涙が浮かんだ。そんな場合ではないと分かっていても、瞳が震えて、与えられる温もりから目が離せなかった。
「先に助けたのはそっちだろ? ほら、逃げるぞ!」
コハクは姿勢を低くして、追っ手の気配に獣のような構えを取った。即席の治癒を受けたフェイクも、ナイフを構えて羽衣を翻した。
街はじきに門を閉ざすだろう。時間との戦いがそこにある。
「走れますか?」
「大丈夫です
……
!」
マオの問いかけに、フェイクは力強く頷いた。しかし、コハクが取った殺さないという選択肢が厄介ごとを招き入れた。
「ピィィーー!!」
ろくに動けないチンピラの指笛が、ほとんど脱出開始の合図だった。コハクが「げっ」と声を漏らし、マオも近づき始めた気配に眉を寄せる。
「っ、しぶといですね
……
こちらです! 夜の森など、長居しないに越したことはありませんよ!」
街と森の位置を把握できたフェイクが先頭を走り出す。
「いたぞ!」「三人とも殺すか売り飛ばせ!」
周囲からは様子をうかがったり、松明を持って待ち構えていたチンピラがぞろぞろ出てくる。明かりが無ければ足下もおぼつかない。互いの位置は見え見えで、だからこそ戦いは逃れられないとフェイクは判断した。
そして、同時にまだ戦いに迷いがあるマオにも気付いた。
「分かり合えない時はあります。食われたくなければ抵抗してください」
「っ、すみません」
「ランタン、お願いします!」
フェイクがマオにランタンを託すと同時に、側方の藪から恨みに満ちたチンピラたちが現れる。
「ごめんなさいすんなら今のうちだぞ!」
コハクが剣を向ける。フェイクは彼が大振りの構えをしたのを見て、とっさに声を出した。
「そのまま振ったら樹に当たります! 細かい振りや刺突中心で!」
「お、そりゃそうか。助かる!」
フェイクも駆け出しだが、コハクたちも本当に新米なのだ。なのに、早速こんな悪意に晒されることを、フェイクは悔しくも思った。
「あーっ、確かにそうだ! この密度の森だと、振りにくい
……
なッ!」
「は、そんなデカい剣振り回したって森じゃ芝刈りもできねえぜ!」
コハクがナイフを振りかざすチンピラと打ち合う横で、フェイクは別方向から飛びかかってこようとした賊に迫る。一対一ならば、勝てなくはない。
敢えて不潔にされた短剣の刃を紙一重でかわし、自重の重みをそのままに、つま先でチンピラの顎を蹴り上げてやる。
「ぐ、えっ
……
」
「命までは取らない
……
このまま、去れッ!」
顎から脳天まで衝撃を受けたチンピラから、フェイクは短剣ではなく松明を奪った。燃えたぎるそれを、次に迫ろうとしていた別の男に突きつける。
練度のない賊など、瞬間的な火の恐怖には耐えられない。
「ひっ
……
! くそ、卑怯だぞ
……
!」
「大勢で人攫いをしておいて何が卑怯ですか」
淡々と返事をするが、フェイクも決して余裕があるわけではない。暗い藪や木陰に、何人いるか分からないチンピラども。
フェイクがコハクの方を一瞥すれば、腕にいくつもの切り傷が見えた。マオがすぐに手当てをしているが、彼にだって容赦なく賊どもは群がってくる。
逃げている者もいる。そうでないのは、フェイクを捕らえていた小屋の者たちだ。
「ナメられてそのまま帰れるかよッ! 前々からテメェら盗賊ギルドは仕切り屋で気に入らなかったんだ!」
「くっ
……
ぅ」
「お前みたいなのは捌け口でしかねえんだよ! そこに何の理由がいるってんだ!」
ナイフを避けた先に、別の男から怒りの拳が飛んでくる。拳の先がかすめて頬が裂ける。いくら冒険者として多少の経験を持っていたとして、暗闇での複数人相手は分が悪い。
「それ、でも
……
!!」
フェイクが奥歯を噛み、身を翻して賊の脚を払った。賊が完全に転んだかどうか、確認する余裕さえない。身体をねじり、布をひらめかせ、獣の如く手も地面についてコハクたちの側へ近づき、再び先導のために走り出す。
もうボロボロだ。小さなかすり傷でも重なれば神経を痛めつけ、震わせる。
「今、ここで俺たちが狩られていい理由になるわけありません!」
「そうだよな! 逆恨みを受けるいわれはもっとない!」
二人の叫びを、ランタンを掲げたマオが肯定する。
「関わらなければ互いに生きられるというなら、僕はそれを選びます!」
「ッ
……
!」
賊の一人が、その断言に我に返って目を見開いた。フェイクも、どこかで焦っていた頭が冷えるのを感じた。
そう、マオだけがその可能性を見ていた。
分かり合えない者がいて、今、この場で怒りを収めることができさえすれば、もう互いに殺し合う必要はない。
(そうですね。俺たちは、生きていたいだけ。相手も
――
)
駆け出しの自分たちができる精一杯の勝利。それは今日の夜を生き残ることだ。
「ふざけんなッ! お前等が俺らを邪魔しなければ
……
ぐあっ!?」
フェイクの指先は一本のナイフを投擲した。風切り音を立て、光と光の間の真っ暗闇を抜け、狙い通りに賊の肩へと突き刺さる。
「こい、つっ
……
」
(彼らを狩らなければ次の犠牲者が出る。ただ、それも今じゃなくていい。そうですよね)
マオの善良さの裏で、フェイクは確実に思考をまとめていた。
自分たちが傷だらけなように、チンピラどもも傷だらけだ。アジトの場所は割れている。今後、この優しい二人が傷つかないために、負うべき汚れ仕事。それだけ考えて、彼はいよいよ森の端から街道へと飛び出した。
「ああっ、くそっ!」
「もういい。ずらかるぞ」
背後から追跡をやめる声が聞こえた。コハクはここで初めて息を付き、マオに治されては傷ついた身体や、胴を守ってくれた鎧の新しい傷に目をやっていた。
舗装された石畳。これこそ、まだ駆け出したばかりの冒険者の帰り道だ。
「あっ、もう閉じる合図してるぞ! 急げ急げ!」
傷だらけでひりつく身体も気にする余裕がない。まだ気力はあるコハクの声に、フェイクも肩で息をしながら、遅れそうなマオを気遣って最後列で走る。
官憲たちが周囲の旅人や商人に声を掛け、門を閉めるその直前。
「間に合っ、た
――
!!」
コハクの叫びと共に、三人は、慣れ親しんだ街の中に転がり込んだのだった。
何事かと戸惑う憲兵たちが顔を見合わせる中、三人は道の端にへたりこむ。まるで、最初から三人で行動していた仲間のように。
「生きてますね
……
」
「
……
生きてる」
カンテラの明かりに照らされる姿は、みんな傷だらけだ。マオでさえ、擦り傷にまみれている。だけど、お揃いの傷だ。
(生きてる
……
ああ、生還ってこんな感じなんですね
……
)
フェイクの中に、パーティーを追放されてから、感じていなかった感覚があった。生きているという実感。その熱を改めて腹の底から感じて、彼は初めて二人の前で、脱力した姿を見せたのだった。
◆
「いっ、ででで
……
!」
「思ったよりも深いじゃないですか。ああ
……
今、治しますね」
「これぐらいどうってことな
……
うぐ、ぐぐ
……
」
(怪我の割には元気ですねえ
……
)
翌朝、宿の一室でクッキーをかじりながら、コハクはマオの治療を受けていた。フェイクも同じだ。消毒と包帯、そして治癒魔法の処置を受け、コハクと同じクッキーをかじっている。
もちろん、これはマオが作った癒しの焼き菓子だ。お腹の底から温かくなって、ささくれた心が癒えていく。フェイクはその優しさに、今は少しだけ身を委ねている。
「いや、本当に死ぬかと思ったのはマジで
……
」
「でしょうね。防具の感じから分かりましたよ、戦いもそんなにしてない駆け出しだって」
思わず、盗賊ギルドで喋るようなシニカルな雰囲気を出してしまって、フェイクはヴェールで覆われた口を手で隠した。それから、改めて二人に声を掛けた。
「あの、そう言いたいんじゃなくて
……
あー、ありがとうございました。何で、俺にここまでしてくれるのかは分かりませんが、おかげで売り飛ばされずに済みました」
あの後、フェイクは街に潜む同族に符牒を渡して、盗賊ギルドに報告をした。今頃、官憲かギルド構成員が、賊と『話し合い』をしているだろう。だが、彼らの末路をマオたちには伝えない。
それがフェイクにとってのけじめであったし、今できる最善だった。
「強くなりたい、ですね」
それを自分で全てできれば。欲深くも、フェイクはそう思わずにはいられなくて呟いた。すると、すぐにコハクが声を張った。
「んじゃさ、うちに来ればいいだろ!」
「またそんなことを気軽に
……
俺は盗賊ですよ、盗賊」
「俺たちも錠前破りが要るんだって! 見ただろ! 二人じゃまだ戦力不足だ! 猫の手だって借りたい!」
意外とコハクが客観的に自分たちを見ているのを察知して、フェイクは瞬きを二度ほどした。そこに、マオが言葉を積み重ねてくる。
「そうです! それに、僕のお菓子を食べて『おいしい』と言ってくれる人に、悪い人はいません!」
「何を根拠に
……
ああ、もう」
ランタンもないのにきらきらして見えるマオに、フェイクはため息をついた。
このお人好したちは、このままでは食い物にされてしまう。盗賊の少しひねくれた感性が、そこにあった。
彼は金の瞳で二人を見た。助けられた身で何か言うのは、気恥ずかしくて、正面からはとても見られない。
フェイクは、根負けしていた。
「分かりました。でも、俺より優秀な鍵開け役がいたら、いつでも変えてくださっていいですからね」
「やっった!!」
「これで三人ですね!」
即座にガッツポーズをしたコハクが、腕の痛みに縮こまる。マオはそれを癒しながら、嬉しそうに上下に身体を弾ませる。
「っていうかさ、フェイクも大概ッ! 人がいいよな~!」
「誰がお人好しですか」
「お人好しだろ! 同じクッキーを食った仲だ。仲良くしようぜ!」
「同じ釜の飯は昨日食べたじゃないですか
……
」
脳天気に見えるコハクにだって事情はあるのだろう。もちろん、マオにも。けれど、フェイクはそれを意地悪く責めたてはしない。
今ははしゃぐ、親切な冒険者たちを見守るだけだ。
「では、チーム名を決めましょう! 何がいいですか?」
「まだ三人じゃないですか
……
気が早いですよ」
「こういうのは早いほうがいいとコハクは言っていましたよ」
「そうそう! 有名になってから慌てて付けても駄目だろ! いでで
……
」
ただ、側に。まずはそれが第一歩。呆れて頬杖を突きながらも、フェイクは居心地の良さにまで背を向けたりはしない。
これから長旅の命運を共にする二人との出会い。それは、乾いた彼の心の中に、小さなオアシスを作り始めていたのだった。
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