高尾
2025-10-15 18:35:53
4216文字
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アンサー【実福】

現代転生した実福が再会する話はなんぼでもあっていい。セックスしてますが描写はありません。
月見マフィンは季語。


「なんてことなの……ポテトがないなんて」
「朝マックにポテトは最初からないよ」
「僕はポテトが食べたかった」
「セットにすれば良かったじゃん、ハッシュポテトついてくるんだから」
「ハッシュポテトも美味しいのは知っているけれど、ハッシュポテトとポテトではカレーとラーメンくらい違うんだよ福島」
「そんなに!?」

 海辺の駐車場に停めた車の中は、バーガーショップの紙袋の匂いと、月見マフィンと三角チョコパイとコーヒーの匂いが混然一体となって、朝の爽やかさとは程遠いジャンクな香しさに満ちていた。
 フロントガラスの向こう側では丁度空の色が夜から朝に変わる頃で、金色の朝日が水平線をこじ開けて、交じり合っていた海と空を二分しようとしているところだった。群青の空の下、穏やかな波の上に光の帯が伸びてくる。
 この神々しさの前では、自分達の罪のほんのひとかけらくらいは許されるのではないかと思えるほどに、黎明の海は美しかった。


「ほら福島、夜が明けるよ」
「それより今の俺はね、お前のそのチョコパイからはみ出してる部分がこぼれないか気になって仕方ないんだよ」
「夜明けの海が見たいと言ったのは福島でしょう」
「待て齧り付くなチョコがこぼれっ!ほらぁ~!」
「だってあったかいうちに食べないと熱っつ!」
「はやく拭いて!」
 ネクタイをしていない実休の、白いシャツの前を慌てて開いた福島はぎくりと動きを止めた。
 白くなめらかで、でもしっかりと隆起した実休の胸板は、ほんの数時間前まで見せつけられていたもの。その感触も温度も、肌の香りまで一瞬で蘇って、その瞬間に逃げ出したくなった。
「福島」
 見透かしたように実休が名前を呼ぶ。おそるおそる顔を上げると、妖艶な笑みが福島の顔の間近に迫っていた。
「ねぇ、これからえっちなことしたら、ポテトを買いに行けるくらいのちょうどいい時間になると思うのだけど」
……10時半まで、あと何時間あるとお思いで?」
 俺の尻をもっと労ってあげて。そう言うと実休は目を細め、キスならいいよね?と福島の頭を引き寄せた。
 そうか、少なくとも朝マックが終わるくらいの時間までは一緒にいられるんだな。と思ってしまった福島に、キスを拒む理由はなかった。
 暫定のタイムリミットまで、4時間と少し。



 実休と福島は、昨夜通りすがりに偶然、運命と言うには随分と雑な出会い方をした。

 前世の恋人同士の再会、という予期せぬ状況に混乱しつつ取り敢えず夕食を共にして、なし崩しに部屋を取り、それから溺れるようなセックスをした。初めての福島に優しくしようと努力しつつも結果的にひどく無理をさせた実休が、ごめんなさい何でもお願い聞くからと全裸でひれ伏したのは、まだ夜明け前のこと。
 結果、『朝マック買って海に行きたい』を叶えるために実休は自分の車の助手席に福島を乗せ、車の振動が福島の体に響くことがないように慎重に運転して、最寄りの静かな海辺の町まで来たのだった。

 
 ひとしきりチョコとコーヒーが香るキスをしたあと、ふたりはいろいろなものを冷ますために車を降りた。
 この車は実休のもので、昨日は仕事の帰りで、今日は土曜日なので休み。今の実休について福島が知っているのはそれだけだった。そして福島も同じ程度のことしか話してはいなかった。

 もし今、どちらかに大切にしている人がいたら。
 もし、一緒にいられない何らかの都合があるのだとしたら。
 知ってしまえば、夜を共にすることはできない。だから "知らない" ことを免罪符にした。ずるいことはわかっていた。もしかしたら誰かを傷つけてしまうのかも知れなかった。だけど前世であれほど愛した男を、抱き締めずにはいられなかった。今夜だけだから、朝になったら諦めるからと誰に向けるでもなく許しを乞うた。
 二人はセックスをしただけの他人同士で、この夜だけのゆきずりで、そして、もう、今は朝。
 マックにポテトを買いに行ける時間まで、あと4時間足らずだった。



 朝の海は凪いでいた。ほとんど家と職場の往復だけで暮らしている福島には、潮風の香りが新鮮だった。水平線は本当に丸くて、ところどころに島影が見える景色が綺麗で、ウミネコがみゃあみゃあ鳴きながら飛んでいた。なんだか妙に楽しくなってコンクリートの防波堤の上に立つと、実休は「危ないよ」と困ったような顔で福島を止めた。
 遠い昔、怪我をした状態で動こうとしたときに「だめだよ、福島」と自分を諫めたときと同じ顔をしていた。古い記憶は呆れるくらいに鮮明で、懐かしい声を聞くたび、同じ顔を見るたびに、埒もなく心臓が震える心地がした。

「相変わらず心配性だね、おにーちゃんは」
「今はお兄ちゃんではないのだけれど、それより福島、そこから降りられる?」
 実休が指差す方向を目で追い、自分の足元を見降ろした福島はぎょっとした。陸からだと高さ1mほどの防波堤だけれど、今ここから飛び降りたらきっと腰がしぬ。
「なぜ、歩くだけで膝をぷるぷるさせてるひとがそんな所に登っちゃうのかな」
「高いところに登りたくなるのは男の子の習性でしょう」
「188cmの成人男性を軽々抱えられるような身体能力はもう僕にはないのだから、無茶しないで」

 実休は笑いながら福島に両腕を差し出す。福島は一度防波堤のふちに腰掛けて、それから実休の肩に腕を回して体を預けた。
 実休は動かなかった。福島もまた動きたくなくて、実休の腕が背中を抱く温もりを感じていた。波の音と、ウミネコの鳴き声を聞きながら、そろそろ帰ろうか、と実休が終わりの言葉を口にする時を福島は恐れていた。


 だって見えてしまったのだ。ホテルのチェックアウトの決済のときに実休が開いたスマホの待ち受け画面が、幼い男の子の写真だった。まともな成人男性なら、身内でもない幼児の写真を待ち受けにする筈がない。
 実休の指に指輪はなかったが、きっと普通に結婚して子供もいる。"知らなかったとは言え"、そんな男に夜を共にさせてしまった。これ以上の罪を実休に背負わせる訳にはいかなかった。転生なんて不確かなものに縋りついて、前世の恋人に出会って浮かれた自分が愚かだった。だからもう、終わりにしなきゃならない。

……福島」

 実休の腕の力が強くなる。ああもう終わるんだな、と福島は縋りついていた腕の力を抜いた。実休は真っ直ぐに福島を見ている。瞳の色は以前とは違うけれどぞっとするほど整った男。あのね、と動く唇のかたちさえ美しくて嫌になる。こんなものを瞼に焼き付けたら、忘れられなくなってしまうでしょうが。

「光忠に、会ってくれる?」

…………は?」

 あまりにも予想外の方向の科白に、は?しか出なかった。
 みつただ??ってあの、かわいい弟だった燭台切光忠のことでいいのか?えっ光忠いるの!?

「まだ2歳なんだけど」
「にさい」
「今は僕の甥でね」

 実休が言葉を発するたびに頭がバグる。福島は思わず「待って」と実休の肩を掴んだ。
「あのさ……お前の待ち受けの画面見えちゃったんだけど、もしかしてあれが光忠?」
「ああ、うん、そう。お昼には行くって姉と約束してたんだ。週末はいつも会って遊んでるんだよ。姉がシンママさんだし、僕はひとりで暇だから」
 急に情報出して来たじゃん。ここはもっと突っ込めってことでいいんだよな?
 ひとりで暇、と匂わせて来るあたり少しむかついたが、背筋を伸ばしつつ腹を決めた。

………えっと、確認するけど」
「うん」
「本当は知るのが怖いんだけど」
……うん」


…………おまえさ、今すぐ俺のものになれる?」

 
 実休は瞠目して、それから詰めていた息を吐き、泣きそうな顔で微笑んだ。
「パートナーがいるのか……とか聞くかと思った」
「何聞いたって最終的には、ずっといっしょにいられるかどうかでしょうが」
 そうだね、と深く頷く実休の、伏せた瞼の下からとうとう涙がこぼれ落ちて、そして再び強く肩を抱かれた。

「かっこいいね福島、生涯をかけて大事にするよ」


 そうか。
 これがアンサーか。
 俺の人生が、ここから変わるんだな。


……ありがとな、実休」
 福島は、深く息を吐いた。
 一緒にいても、好きでいても、この男を自分のものにしてしまっても大丈夫なんだ。そう確信した世界は、一瞬前とはまるで違っていた。実休にとってもそうなのだろう。抱き締められた肩が正直ものすごく痛いのだけど、愛してるよ福島、と、耳元で何度も、必死で、泣きながら言われては、もう肩が砕けてもいいかとすら思った。
 セックスの間中、ひとことも睦言を口にしなかった実休の、渾身の「愛してる」だった。
 好きだよ、やっと言えた。愛しているから僕のそばにいて。涙でぐずぐずの声が可愛すぎて笑ってしまう。

 この先一緒にいられるかどうかわからなくて、怖くて怖くてたまらなくて、だからどんなに想っても好きだとは言えなくて、気持ちを抑えるのに必死で、でも抑えられなくて。実休も同じだったのだと知った途端、途方もない愛おしさに唇が震えた。
 尋ねさせてしまってごめんね、と実休が言うので、先に愛してるを言わせたからお互いさまだよ、と福島は抱き締めた背を撫でた。撫でながら、この男と生きていくのだという実感がじわりと溢れて、実休のチョコの染みのついたシャツに強く額を押し付けた。
 
……実休」
「なぁに?」
「待ち受けの光忠の写真良く見せて」
「今から一緒に会いに行こうよ」
「ダメだよ昨日から同じシャツだよカッコつかないよ」
「僕のシャツはチョコまみれなんだけど」
「そこは着替えような」

 そうだね、ポテト買って帰らなきゃね。そう言って実休が腕を離すと、薄いシャツごしの肩に海風がひやりと凍みた。ちょっと寒いねと笑う実休の髪が、秋の陽射しに透けてキラキラと光っていた。差し出された手を取って防波堤から降りた福島が海を振り向くと、空の色を映した海が白く細かな波を立てていた。
 

 一目惚れだったんだよ、海で。

 福島がそう呟くと、実休は少し驚いた顔をして、それから、僕もだよと笑った。