らん
2025-10-26 10:58:34
4439文字
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バブリーバブルのベイビーガール

千コハ。2022/2/13発行物のweb再録

※現パロ(ふたりとも成人済大学生)
※付き合ってる
※やること全部やってる



「コハク、千空拾いに来てくれ!」
 それは唐突な電話だった。
 ちょうど日課のランニングを終え、クールダウンをしていたコハクのスマホを鳴らしたのは、他ならぬ幼馴染のクロムだ。
 コハクは繋がった瞬間響いた大声に、思わず耳に当てたスマホを遠ざける。
「いったいなんなのだ? あとクロム、もう少し声を落とせ」
「悪ィ、周りが煩くて調節できねー! とにかく千空が酔い潰れてどうにもなんねえんだよ!」
 話を聞くに、どうやら研究室の面子での呑み会中、千空が呑みすぎて潰れたらしい。特段酒は弱くなかったはずだが、やれ一気飲みを強要されるだとか、度数の強いものばかり煽っただとか、ともかく潰れるほどの何かがあったのだろうか。
 現にクロムは酔った声色をしているものの、意識は随分とハッキリしているようだ。クロムより千空のほうが酒に慣れているし、彼よりも強いはずである。酔い潰れた姿など彼女であるコハクだって見た事がなかった。
 珍しい事もあるものだと少しばかり思案したが、その後コハクはすぐに合点がいった。
「分かった。迎えには行くが、貸しイチだと千空に伝えてくれ」
「助かるぜ! 地図送るから宜しく頼む!」
 通話を切り、さっと慣れたクールダウンを終え、コハクは一度自宅で着替えてから終電間際の駅へと駆ける。
「こんな時間に呼び出すとは、彼女の扱いが酷いのではないか?」
 彼女の軽口の呟きは、夜闇に飲み込まれて消えた。



 雑多な繁華街は未だ眠ることを知らないようで、輝くネオンに包まれながらもコハクはクロムから指定されていた雑居ビルへと歩を進める。
 立ち並ぶ一つに教えてもらった居酒屋の看板を見つけ、エレベータへ歩を進めると、なんと既に回収する人物が目の前に立っていた。
 スマートフォンを見ている姿は酔い潰れているという形容詞があまりにも似合わない出立ちだ。
「千空、」
 自身を呼ぶ声に気づき、スマホに目を落としていた千空はようやく顔をあげる。
「おー、おありがてぇ。助かったわ」
「君、可愛い彼女を終電で呼び出すなんてどういう了見だ?」
……?」
「オイ、探すな、ここに居るではないか!」
「雌ライオンをどうこう出来る奴がゴロゴロ居る方がコエーわ」
 見かけは可愛いということを否定しないが、コハクがそこらの男に負けるとも千空は思っていない。繁華街なら灯りも多く、闇に紛れることもないと踏んだ上で千空は彼女を呼ぶようクロムに頼んだのだった。
 駅へ逆戻りするように二人で歩き出し、コハクは千空以外に同じ年代が外にいなかったことに疑問を持つ。
「クロムたちはまだ飲んでいるのか? もう終電も無くなるだろうに」
「あ゛ー、クロムの学科は研究が一段落したんだとよ。俺は明日も研究室行くからな、二次会まで付き合えねぇし」
「フム、……なるほど、手っ取り早く抜け出したかったのだな」
「そぉいうこった。駅でタクってコハクの家でいいか?」
「ああ、――いや、」
 納得しかけたところでピタリと歩みを止めたコハクに合わせ、千空も足を止める。どうした、怪訝な千空に答えるように、コハクはキラキラと目を輝かせた。
「家には帰らない!」
「ハア?」
「千空、」
 ラブホに行こう!
 遂にぶっ飛んだかこの女。
 呆れた顔を隠そうともしない千空の腕を掴み、コハクは駅へと行くのはやめて暗闇の中で輝くホテル街へと方向転換を図る。
「おいコハク」
「今日の迎えは貸しイチだ、その貸しをこれでチャラにしよう! おお、なぁんて優しい彼女だろう?」
 有無を言わさぬ力に勝とうとするほど、千空は馬鹿ではない。
 もう勝手にしろ。吐いた溜息は眠らない街に沈んだ。

 
 どうやら、ただラブホに入りたかったワケではないらしい。
 それに千空が気づいたのは、三件目のラブホテルに向かう時だった。
 一件目は満室だったので仕方ないにしても、二件目は小さなルームが空いていたのに選ばなかったのである。
「どんな部屋がいいんだテメーは」
「バスルームが広い所が良いのだ!」
「なんでまた……
 聞き出す前に四件目のホテルへ入店すると、広めのバスルーム付きのパネルが残っている。コハクは値段も見ず選んだように見えたが、一応広いバスルームがある中でも最安を選んだようだ。
 受付で鍵を受け取りエレベーターに乗り込んでから、こんなにも情緒のないラブホ入店がこれまであっただろうかと千空は虚空を見つめる。
 前回来た時はコハクが酔っていたのも手伝ってそれなりの雰囲気だったのに、なんて、自分の選んだ彼女が普段はそういうタイプでないことなど、とうの昔に知れていた。
 選んだ部屋に入室し、互いのコートを丁寧に片す。明日も同じ格好で学校に向かうことになるが、どうせまだ飲んでいる居残り組も数人は同じ状況になるだろう。
 千空が詮索される心配のない日を選んでいるあたりは、ある程度コハクも理性的だと言えるだろうか。
「それでは千空、私はこのままお風呂を沸かしながらシャワーを浴びるので、私が呼んだら千空も来てくれ!」
 前言撤回、一体どこが理性的だと言うのか。
「本気で情緒なさすぎて流石の俺でも引くわ……
「君に言われたくない! 良いではないか! 今更恥ずかしがることもないだろう!」
「少しは気恥ずかしさを持てよテメーはよ」
 俺の方が照れるわ、という声はグッと飲み込み、一切引く気のないコハクが速攻でバスルームに消えていくのを千空はただ見送ったのだった。
(酒あんま飲まなくて良かった……
 明日も研究室に籠もるため、付き合い程度の量に抑えていた事が功を奏すとは。
 一足先にクイーンサイズのベッドに体を沈め、千空は天井を見上げる。ホテルらしく室内灯は最低限になっており、薄ぼんやりとしたオレンジ灯を眺めながらも彼の脳味噌はいまだ衰える事なく忙しなく機能していた。
 飲み過ぎると如何せん機能しづらくなるのが海綿体というもので、行為時に使い物にならなくなることだけは避けたい事態だ。
 とりあえず水を飲んでアルコールを薄めておこうと最後の足掻きをしていると、本当にコハクがバスルームから呼んでくるではないか。
 コハクの方が酒でも飲んでるのか、と、すっかり酔いの醒めた理性と煩悩を戦わせながらも、据え膳を食わない馬鹿野郎でもない。千空は大人しく彼女の呼ぶ方へと向かった。
 脱いだ衣服を軽く畳み、せめてもの恥じらいと理性で下半身をフェイスタオルで隠しながら浴室へと足を踏み入れる。
 湯を張った円を模したような二人用の浴槽では、既にコハクが大量の泡に囲まれて入浴を楽しんでいた。
「千空! すごくないかこの泡だらけ! 家じゃ絶対に出来ないが、一度はやりたいと思ってたんだ」
……あ゛ぁー、なるほどな。コレがやりたかったのか。前話してたな、そういや」
 前と言っても三ヶ月ほど前の話である。コハクが同じ学科の友人達とラブホ女子会なるもので泊まってきた時に、泡風呂ができることを学んできたのだ。
 準備や掃除が大変なことや、独居用の風呂では手足が伸ばせないのもあり、自宅では中々しづらい泡風呂をいたく気に入ったことは覚えていたものの、まさか自分と入ろうとするとは考えていなかった。
 千空は真っ白な泡に染まって首から上しか見えないコハクを見、まあそんなモンだよな、と自身を納得させる。
 軽くシャワーを浴び、身を清めてからコハクを前の方に追いやると、空いたスペースに千空も体を沈め、ようやく見えたコハクの背中から彼女の腰に腕を回して引き寄せる。
「満足したか」
「ああ! やっぱり楽しいな、泡風呂。千空と入ってみたかったんだ。これなら恥ずかしくないしな!」
「へえ、ちゃんと恥じらいは持ち合わせてたのかヨ」
「流石にこんな明るい中で裸を見られるのは恥ずかしいぞ……
 何を当たり前のことを、とでもいうようなジト目を受けた千空は、仕返しだというようにコハクの鼻に泡を乗せてやる。
「こうするとマジでライオンっぽいな」
「千空の頭に泡で白菜を立てても良いのだぞ」
「バカやめろ流した意味なくなるだろうが」
 互いに泡を擦り付け合いながら、二人は滅多にない長いバスタイムを楽しんだ。
(さすがにココで手は出せねぇか)
 純粋に楽しんでいるコハクが、もう二度と自分と風呂には入ってくれなくなるかもしれない。
 千空は吹かれた泡を近くの蛇口で流し、お返しとばかりにコハクの顔へと泡を投げ飛ばす。
 結局、湯がぬるくなるまで遊び倒し、バスルームを出てからはベッドで足を絡めながら夜が更けていくのを見送るのであった。 
 据え置かれたペットボトルの水2本は、互いに飲み干して。



……せんくう、」
 寝起きのコハクの声は舌足らずで、既に着替えを終えた千空は下着だけつけた姿でベッドに籠るコハクの髪を撫でる。
「俺はそろそろ出る」
「じゃあ私も帰ろう。近くに朝ごはん食べれる場所、あったか?」
「牛丼屋はいくつかあったな」
「では、朝の定食でも一緒に食べようではないか」
 くあ、と欠伸をかましながら伸びをする姿はまさしくネコ科のそれと同じに見えて、千空はたまらずに笑みをこぼした。
「別に急いでねーからゆっくり支度しろ。今日の研究室はどうせ全員遅刻だろうからな」
「未来の研究者達は意外と怠惰だな?」
「俺達だって人間だ」
 有料で買った緑茶をコハクに手渡し、千空はソファで朝のニュースを気怠げに見る。ラブホテルといえど地上波テレビには繋がるようになっているが、結局いつものように手元のスマートフォンで動画サイトを確認するのが一番手っ取り早かった。
 今日は快晴でしょう、そう天気予報が告げる晴れに、珍しくはやく朝日を浴びたいと思うのは何故か。昨夜の飲み会からここまで、千空は自身がどことなく充足した気分で満たされているからだと理解していた。
「五分で支度する!」
 しっかり洗髪したといえど、既に癖の出ている髪の毛が五分でどうにかなると千空には思えなかったけれど、まあいいかと受け流し、また貸しを作る日が来るかもしれないと目を細める。
 おそらく、今日は酒よりも甘い別の香りに酔っていた。
「千空、五分追加しても良いか……
 学校に行くだけならば、きっとコハクは宣言通り五分で仕上げたはずだろう。そう、いつもなら、千空と一緒だとしても五分で終わらせたはずだ。彼女がそういう人間だと千空は知っている。
 それが、今日ばかりは甘えられている。
 ただの延長のお願いだ。それなのに、ほんの少しだけでも惜しまれているようで、どうしようもなく可愛いと思う。
 洗面台から早々に聞こえてきた声に、千空は今度こそ笑い声を抑えることはしなかった。