研究室に集まった子供達に向けて行われた仮装パーティーで、ゼノは吸血鬼をしたんだそうだ。好評だったんだよ、とはお菓子を抱えてドアから出てきたドクター・スイカの言葉だ。彼女は微笑みながら俺にも出て欲しかったんだよ、と言っていたが、昔から季節の催し事に興味のなかった俺は(というか、ハロウィンには犯罪が増えるから、研究所の警備員たちに紛れそれらに目を光らせるので忙しかったのもある)また来年な、とかわした。最近覚えた、拙い日本語でもって。
そして今もなお廊下を走り回る、仮装した子供達にお菓子を配るドクター・スイカを見送ってから、それにしても吸血鬼ね、と煙草をくゆらせながら俺は考えた。正直なところ、それは中々にセクシーだったんじゃないかって、そう思ったのだ。今はまっさらな白衣に身を包む彼だが、以前身につけていた黒いスーツも俺は結構好きだったから。闇の科学者ってのも、中々いけてたしな。
「ゼノ、入んよ」
さっきドクター・スイカが出て来たドアをノックし、俺は彼の研究室に入った。中はいつもとは違って、多分ゼノの手製の、器用にかぼちゃやコウモリの形に切り取った画用紙が壁に貼り付けられ、書類が積まれた机の上にはシーツを被ったお化けやガイコツのオブジェが置かれていた。子供達に向けて用意したのだろう、チョコレートやロリポップ、ガムやグミなどのスナックもある。俺はそれらのカラフルなパッケージを戯れに指先でいじりながら、もしかしたらまだ仕事中かもしれない恋人の姿を探した。だが、部屋にはいつものような気配すらなく、彼がいつも座る椅子は空っぽで、想像の中で微笑むセクシーな吸血鬼はどれだけ探してもいなかった。ということは、彼は研究室から続く仮眠室にでもいるのだろうか? また徹夜でもしたのか?
「
……ゼノ?」
俺はクラッカーの紙吹雪の跡が残る床を歩き、カーテンがひかれた仮眠室のドアを開ける。研究室とは打って変わって薄暗いそこにはベッドがいくつか並んでいて、思った通りその一つにはゼノが横たわっていた。吸血鬼
――とはいっても、それはぺらぺらの黒いマントを着ただけの簡単な仮装だったが
――のゼノは研究室から差し込む光に眉根を寄せ、小さく呻き声を上げた。起こしちまったか? と俺は思ったけれど、幸いなことに彼が目を開くことはなかった。それどころか、寝返りを打って、より深い眠りに落ちていったように思う。
「そんなんじゃあ風邪ひくぜ、先生」
近頃、季節が急に秋になって、その分気温も下がった。それにもう夜も遅い。今日ばかりは子供達は門限を無視して遊び回っているけれど、そろそろ皆寝る時刻だった。
俺はだから眠り入ったゼノの足元にわだかまっている毛布を彼にかけてやり、恋人が眠るベッドの向かいにあるソファに座って、携帯灰皿に煙草をにじり消した。研究所内でのポイ捨てはマナー違反だからね、と、彼がプレゼントしてくれた灰皿に。
それにしても、こんなに騒がしい夜に眠れるなんて、相当疲れていたのだろうな。最近は彼と会う時間すら取れなかったし、ゼノはゼノでどうせ徹夜続きだったんだろう。だが、それにしても身体を大切にして欲しいって思う。まだゼノは若いが、徹夜が続くと仕事のパフォーマンスも低下すると自分でも言っていたではないか。そんなんで日々創造的な仕事に就くなんて、どう考えても正気の沙汰じゃなかった。新しい世界のあちこちを飛び回る羽目になっている、パイロットの俺だって人のことは言えた義理ではないものの、それでも定期的な休暇は推奨されていた。そこら辺を、この研究馬鹿は分かっていないのだ。
でも、寝顔を見られるのは正直嬉しいかもしれない。最近は、あまり会話も満足に出来ていなかったから。外交に飛び回る時は同じ時間を過ごせても、そうでない時は俺はただ彼を待つだけだったから。
(起きたら、キスでもしてやろっかね
……)
だって、あんたのために煙草を消して、そんで口寂しいんだからさ。
俺はそう思い、目を細めて恋人を眺める。すると、視線が重たかったのか、ゼノは身じろぎをして伸びをした。そしてぱちぱちとまばたきをし、視線をさまよわせて最後に俺を見る。微笑みながら、まるで俺がここにいることなんて分かりきっていたみたいに。
「ん
……スタン、おはよう」
「おはよう、せんせ。また徹夜でもしたん?」
俺は口寂しくて唇をいじりながら、そんなふうにゼノに呼びかける。すると彼はあくびをして、犬歯の着け歯を外しながら、数日ね、とだけ答えた。もう回復したよ、とも。その声は穏やかだが、言葉はそうじゃない。やっぱり、彼は最近寝ていなかったのだ。俺が側にいない時はいつもそうだった。自分の中にある科学への信仰のせいで、安全装置がぶっ壊れたみたいに無茶をする。そんなの、論理的じゃないって自分でも分かっているだろうに。
「徹夜したのに子供らを楽しませたん? その仮装、中々セクシーじゃん。今日はその格好でやろうぜ。もう帰れんだろ?」
俺はそんなふうに軽口を叩いて、早く帰ろうと急かした。しかしゼノは何度もあくびをして、すぐには答えなかった。まさか、まだ研究をするつもりなのか? 今日は仮装パーティーだぜ? こういう催し事の時くらい、家に帰って楽しむものじゃないのか?
「報告書を読んでからならいいよ。実はついさっき研究員から上がって来たばかりでね、それが終わるまで待ては出来るかい?」
ゼノが身体を起こし、笑って言う。俺はそれにため息をつきかけたが、どうにか飲み込んで彼を見つめる。出来るねって答えればいいんだろう? あんたが自分の身を削って研究をするのをただ見ていればいいんだろう? でも駄目だ、今日だけは駄目だ。今日だけはすぐに家に帰って寝てもらわなくちゃならない。それに最近あんたと会えなかった俺には、セクシーでイケてる吸血鬼をたっぷりと楽しむ権利がある。
「あんたが起きるまで、俺は百年でも待てっけど、今日は駄目だね。折角の仮装パーティーなんだ、俺にも楽しませてよ、先生」
そう言って、俺は立ち上がり、ベッドに寄って彼の首に手を添えてキスをする。するとゼノは目を細めて、君には敵わないよって笑った。楽しそうに、もう仕事なんて忘れてしまったように。
「もう歯は取っちゃったけどいいかい?」
「今でも充分セクシーだからオーケー」
俺はちゅ、ちゅ、と、繰り返しゼノの唇に自分のそれを重ねる。段々と身体が熱を持ち出す。こりゃまずいなって思ったけれど、もうお菓子目当ての子供はドクター・スイカがあらかたさばいただろうし、ここにはもう誰も来ない。だったら、仮眠室で楽しんじまうのもありかも。先生は怒るかもしんないけどさ。
キスは少しずつ熱心なものに変わってゆく。俺は彼を再びベッドに押し倒し、こう尋ねる。
「それでゼノ、ここって鍵は閉められたっけ?」
「君ってもう
……」
ゼノは笑い、早く閉めて来てくれって俺に命令する。俺は吸血鬼に血を吸われて、眷属にされた哀れな人間みたいに、すぐさまその命令を実行する。
今日は仮装パーティーだ。そして昔から人間と、そうでないもの達の境目があやふやになると言われる夜でもある。だったら、そんなあやふやな夜を楽しむのもいいだろう。より確かなもので、あやふやな夜を楽しむのもいいだろう。
「さぁ、おいで、スタン」
「オーケー。今夜はなんでも命令していいぜ、セクシーな吸血鬼さん」
「本当に君ってもう
……」
ゼノはため息をつき、近づいて行く俺を抱き締める。そして俺達はキスをして、自然と仮眠室のベッドに傾れ込む。そしていつものように楽しむ。非日常の夜を、普段と変わりはない調子で、繰り返しキスをして。
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