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2025-10-25 22:01:49
4573文字
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燭鶴「進展」

燭鶴版深夜の創作60分一本勝負 お題「すすむ」
関係が「進む」という感じでお題お借りしました。関係を進めて恋人になりたい、と思っている二人の話です。

 鶴丸は光忠の部屋に向かっていた。彼は今日は非番で、たぶん部屋にいるはずだ。今日の鶴丸は光忠に話したいことがある。

 話したいこと、というか、伝えたいこと、というか。告白、というか。

 鶴丸は彼のことが好きなのだった。今日は、二人の関係を進めたい。……進められるか、は、まだ未定だけれど。

「光坊、いるかい?」
 部屋の前で声をかけると、部屋の中から「どうぞ」と朗らかな声が聞こえた。なので、襖を開けてお邪魔する。光忠はちょうど靴を磨いているところだった。
「いらっしゃい、鶴さん」
「作業中だったか、すまんな」
 鶴丸は謝りつつも彼のそばに座布団を引っ張って行って、腰を下ろした。たぶん、光忠は歓迎してくれていると思うから。
「ううん、鶴さんとおしゃべりできるのは僕は嬉しいよ」
 微笑んだ光忠はそう言って、一度立ち上がると、湯呑みにお茶を注いで鶴丸のそばに持ってきてくれる。保温のポットにお茶を用意していたらしい。
「お、ありがとう」
「どうしたしまして」
 冷めないようにと彼の配慮が行き届いた温かいお茶は、少し冷えるようになった近頃にはぴったりだ。
「いい香りだな。ハーブか?」
「うん、今日はカモミールだよ。実休さんのおすすめ。鶴さんは話し相手を探してたってところかな?」
「ま、まぁ、そんな感じだ」
 そうなんだね、と頷きながら光忠はまた手入れの作業を始めた。おしゃべりが片手間になってごめんね、と言われる。
「いやいや、そんなことを気にして謝る必要はないぜ。俺が邪魔しに来た感じだしな。大事な時間にすまん」
 光忠は、定期的に(いや、けっこう頻繁に)こうして自分の身の回りの道具を丁寧に手入れしている。そういう時間のことを、かつて彼自身が他の男士に「精神統一の時間」と語っているのと聞いたことがあった。だから、本来は、きっと一人で丁寧に道具と向き合う時間なのだろう。
 実際、光忠の親友である貞宗が、道具の手入れの時間だから、という理由で部屋にお邪魔するのを断られているのを見かけたことがある(貞宗は非常にさっぱりしているので、断られたことをまったく気にしていなかった)。

 しかし、どうしてなのか、光忠は鶴丸がいつ部屋を訪ねてもこうして歓迎してくれるのだった。

「ううん、邪魔なんてことはないよ。鶴さんだからね。おしゃべりするの、僕はすごく好きだし」
「そうか」
 鶴丸は頷いて、光忠の言葉を考察しようとした。「鶴さんだからね」という言葉には、どのくらいの意味が込められているのだろうか。「特別」ということなのか?それって、どのくらいの特別?

 鶴丸から光忠に向けている「特別」の感情は明らかに恋愛感情なのだけれど、彼からの感情はどうなのだろう。
 もし、もし同じ「特別」ならば、関係を進めたい、と思っているけれど。

 ただ、いきなり告白めいたことを切り出すのも雰囲気としてどうなのか?と鶴丸は思ったので、とりあえずいつものようになんてことない話題を切り出した。
「最近の俺のブームを聞いてくれるかい?知恵の輪というおもちゃがあってな――

 それからしばらく、光忠の道具の手入れが終わるまで他愛のない話を続けた。彼といると、鶴丸は意味もなく楽しくて饒舌になってしまう。光忠はこちらの話を作業しながら聞いて、楽しそうに笑ったり、相槌を打ったりしてくれる。もともと気さくな人柄ではあるけれど、今の彼は普段よりいっそう機嫌が良さそうだ。

 こうやって話をしているとき、けっこう光忠とは良い関係なのでは?と鶴丸は思ってしまう。自分と同じような好意を、光忠も抱いてくれているような気がする。しかし、彼はとても人当たりのいい男なので、誰が相手でもこうやって朗らかな可能性もあった。そういう懸念があって、これまで告白に至れていないのだけれど。
 でも今日は、やっぱり伝えたい。というのは、今日が自分と光忠が一緒に顕現した日、最初に会った記念日(?)だからだ。

 とはいえ、なかなか告白を切り出せず、なんだかんだおしゃべりをしている。そして、ふと時計を見ると、鶴丸が光忠の部屋にやってきた時間から二時間くらい経っていた。
……?!光坊、きみの部屋の時計、進んでいないか?」
「進んでないよ、あっという間に時間経っちゃったね。鶴さんと話してると楽しいから、うっかり」
「いや、時間の進むスピードがおかしいぜ。光坊の部屋の時計、秒針がこう、なめらかだから時間の流れが歪んでいるんじゃないか?」
「あの時計、秒針の音は確かにしないけど、時間が進むスピードは変わらないよ」
 光忠はおかしそうに笑って言う。手入れが全部終わったようで、作業道具を片付けている。そろそろおひらきか、と鶴丸は頭の片隅で考えた。夕餉の準備などに彼は向かってしまうかもしれない。
「でも鶴さんといるとすぐ時間が経っちゃうなって思うから、時間の流れは歪んでるかも」
「検非違使に見つかったらまずいかもな」
 鶴丸が適当を言ったら、それにまた光忠は楽しそうに笑っている。

 やっぱり、関係は、良い感じなのでは?と、思うのだけれど。だからただ、「好きだ」と伝えればいいだけのような気がするけれど、なかなか思いきれない。
 万が一、彼からの好意が友情だったとしたら、と考えると思いとどまってしまう。告白を断られるかもしれないということよりも、この優しい男に「ごめんね」と言わせてしまうかもしれないということが、鶴丸は嫌なのだった。告白を断るときの光忠が申し訳ない気持ちになってしまうだろうことを思うと、心が痛む。
 でも、やっぱり関係を進めたくもある。この曖昧な状態に停滞しているのはどうなんだと思うから。

「鶴さん、お茶のおかわりいる?」
「あ、あぁ。いいのかい?」
 作業は終わったけれど、どうやら光忠はまだ鶴丸を歓迎したままでいてくれるらしい。お茶を勧めてきたということは、もう少しおしゃべりを続けたいということだろうか?
 鶴丸は告白するか依然迷っているままだけれど、彼が引き続き自分を歓迎して――ひょっとして、引き止めて?――くれることは嬉しかった。好きな人との二人きりの時間は長ければ長いほうがいい。

「うん。僕さ、鶴さんのことが好きなんだ」

…………、??」
 光忠が湯呑みをこちらに渡しながら「はい、どうぞ」と言う調子でなんだか重大なことを言うので、鶴丸は湯呑みを受け取りつつ固まった。
「待て、光坊。きみは今なんて――
「鶴さんのことが好きだから、こうやってお茶を勧めてあからさまな引き止めをやっちゃうんだよね。あからさまだよね……、鶴さんはおひらきにしようとしてたでしょう?僕の作業も終わったことだし」
「これは引き止めの茶だったのか、いや俺は別にいいんだが、……待ってくれ、きみは俺のことを、なんて、?」
「部屋で一人で何かやってると、鶴さんが来てくれないかなって思っちゃうんだ。誘えばいいのになんか思いきれなくてさ、おしゃべりしたいって言えばいいだけなのに、自分から誘えないなんて格好悪いよね。だから鶴さんが来てくれるのはいつもすごく嬉しいよ。好かれてるのかなって思っちゃう。僕は鶴さんのことが好きだから」
「きみが俺のことを好き?」
「今日って僕と鶴さんが顕現した日でしょ。だから関係を進める区切りとしていいかなって思ったんだけど、やっぱり今日も誘えなくて、だから鶴さんが来てくれたとき嬉しかった」
「そう、なのか、いやちょっと待――
「だから僕、いつ告白を切り出そうかと思ってたんだけど、鶴さんとなんでもないおしゃべりしてるの楽しくて、告白したらこの時間終わっちゃうのかなって思ったらなかなか、」
「待て待て待て待て!」

 とうとうと語る光忠の唇の前に鶴丸は人差し指を立てて、一旦口を閉じさせた。

「俺をおいてきぼりにして話を進めるんじゃない……!」
 黙った光忠に、まったく、と呆れてみせると、彼は困ったように笑った。
「ごめん、なんか、落ち着かないっていうか、鶴さんの答えを聞くのが怖くてずっと喋っちゃった」
「しっかりしてくれよ、伊達男。俺はな、光坊、まだきみのさっきの発言を飲み込んでいないんだ」
「あはは……、けっこう勇気出して言ったから、飲み込んでもらえると嬉しいな」
……、なら、もう一回ちゃんと言ってくれ。動作の流れでさりげなく……みたいな感じで言うようなことじゃないだろう」
「うん、それはそうだね。えっと、鶴さん、」

 光忠は姿勢を正して鶴丸に向き合うと、こちらの両手をぎゅっと握った。手を握られると思っていなかったので、ちょっとどきどきする。

「僕は、鶴さんのことが好き。どういう好きかっていうと、特別に好き。鶴さんとずっと一緒にいたいなって思うし、恋をしているってこと」
「恋、……
 鶴丸が言葉を復唱すると、彼はちょっと照れたように笑った。
「うん、そう。だからね、恋仲になってほしいんだ。……鶴さんとしては、どう、かな?」
……俺も、光坊のことが特別だ。その、奇遇なんだが、俺も今日、きみにこのことを伝えようと思っていた」
「えっ、そうなんだ」
 光忠の隻眼が大きく丸くなる。とても驚いているみたいだ。

「俺も関係を進めたいと思ったがなかなか切り出せなくてな。惑っていたのさ。光坊のほうが先に切り出せたから、俺はきみの勇気を称えるぜ」
「へへ、……ありがとう。言ってよかった」
 じゃあ、僕たち両想いで、恋仲ってことだね、と彼が嬉しそうに言うので、鶴丸も微笑んだ。心があたたかい。恋が成就するというのはこんなに素敵な心地なのだ。これからまたゆっくり、恋人としての関係を少しずつ進めて――

 鶴丸の手を握っていた光忠の手のひらが、不意に頬に移動してきたかと思うと、次の瞬間、口づけられていた。けっこう長い時間。

「!?」
 伊達男にしても、手が早すぎるのでは?鶴丸は戸惑った。
「鶴さんってかわいいから、ずっとキスしたくて、……恋仲になったらいいかなって思ったんだけど、ごめん、早かったかな、嫌だったね」
 鶴丸が驚いたことに気がついたらしい光忠が、とても申し訳なさそうに言うものだから、笑ってしまう。
「いやいや、手が早いとは思ったが、嫌ではないぜ。好きなだけすればいい、俺はきみの恋人だ」
「ありがとう」
 光忠は安心したように微笑んで、再び口づけてきた。角度を変えながら、何度か口づけられる。

 恋仲になって初めはデートをして、手を繋いで……と、鶴丸は関係を進めていくつもりだったので、思ったよりも早く関係が進展している。けれど、光忠と唇を合わせるのは心地よかったので、まぁいいか、と鶴丸は彼に身を委ねた。

「鶴さん、好きだよ」
 唇を離した光忠が、はにかんだような照れたような顔で改めて言う。キスの思い切りはいいくせに、なんだか初心な感じでかわいい
「俺も好きだ」
 鶴丸は今度は自分から口づけて、彼の唇をぺろりと舐めてその先を誘った。恋人がかわいくて、早く食べてもらいたくなったから。やや駆け足の進度でも、二人で一緒なら、それが最適なペースに違いない。