ORANGE*AXE/小野美歓
2025-10-25 22:00:03
1382文字
Public 風花
 

お節介な女【ディミメル】

蒼月√、千年祭の日に合流して間もない頃の話。「いつも いつでも いつまでも」収録。

 合流してからこちら、皆が腫れ物のように扱う中で一人だけ、動じた様子もなく接触してくる女がいる。
 喉は渇いていないか、腹は減っていないか、怪我はしていないか、何か不自由はないか――よほど暇なのか、一日に一度は必ず顔を見せ、何くれと世話を焼こうとする。

 始めの内は、ただただ鬱陶しかった。信じられるは自分だけ。今は同じ側に立っていても、利用価値がなくなれば躊躇いなく捨てる。裏切る。それが人だ。気遣わしげな顔の下にどんな本性があるか、知れたものではない。
 関わる気はないから「構うな」と言っているのに、何度突き放しても次の日には忘れたように、呑気な笑顔を浮かべてまたやってくる。ああ、本当に鬱陶しい。

 そんな日々も、繰り返せば嫌でも慣れる。今はもう脅すことすら面倒で、勝手にさせておく方が楽だと学んだ。投げかけられる言葉は答えなければ済むし、耳に入れるだけなら然して害はない。
 食事の用意など不要だと言っても、聞きはしない。俺がこの五年をどのようにして生き延びてきたか、知らせれば理解はしようが、同時にその面を染める色が容易に想像できるのが腹立たしい。
 あの悲劇の後から食物の味など分からなくなっていたから、毒でさえなければ、あるいは咀嚼できる硬さであれば、調理されているかなどどうでもよく、身を保つための栄養になれば問題なかった。食材をそのまま口に放り込むことにも、全く抵抗はない。
 ……籠に入れられた料理も、味が分からない俺にはただ嚥下しやすいだけの物だ。なのにあの女は毎日欠かさず、朝昼晩と、わざわざ違う料理を用意して持ってくる。俺の感覚では、全く以て無駄な手間だ。
 手を付けないと煩いし、時間を掛けずに栄養を摂取できると分かっているから、持ち込まれたものは腹に収めはするが。

 今日のお昼は自信作なの。あなたの口にも合うと良いのだけれど――そんなことを言いながら、傍らに籠を置いていく。
 ――お前は甘味を好んでいただろう。俺の口に合うとは思えない。告げる気のない言葉が肚裡に浮かんで、ややあって消えていく。
 そも、味を感じない俺に、合うものなどない。言えばまた鬱陶しく気を揉んでくるから、面倒を避けるためにも絶対に教えないが。
 口を閉ざしたまま、去って行ったのだと遠ざかる足音だけで理解した後、ふと気づく。
 ……あの女が甘味を好んでいたことを、思い出した自分がいる。覚えていたのか、と、我知らず裡で独り言ち。
 そういえば、やたらとお節介で自分よりも他人を優先する、どうしようもないお人好しだった――釣られて浮かび上がる昔の記憶は、今の俺にはひどく苦い。

 俺はもう、あの頃の俺ではない。だが……あの女は変わっていないのか。
 帝都で仇敵の首を獲り、無念の内に死んでいった同胞に捧げたなら、その後のことなどどうでもいい。復讐が果たされれば次は、と期待している者もいるだろうが、国を追われて「死んだ」俺には関係ない話だ。
 献身的に世話を焼いたところで、無意味だというのに――言ったところで、それでも、と返すのだろう。俺が知るままで変わらないのなら、きっと。

「お前は本当に愚かだな……メルセデス」
 呟いた声が空気に紛れて消えた後、籠の中から麺麭パンを無造作に掴み上げ、口腔に放り込んだ。
 ――相変わらず、味はない。