2025-10-25 19:12:03
3016文字
Public
 

希求の合間に手繰るもの(ディアリュ♂)

ディアリュ♂の短いお話。
夜のベッドでイチャつけ~…と思っていたらなぜか真摯に話し合いをし始めました。イチャついてはいます。
指輪交換後~エンディング前くらいの二人です。
全年齢ですが性行為を示唆する描写があります。

 リュールとは今朝以来の合瀬だった。本日は軍の休息日ではあったが、ディアマンドは政務の処理に追われ臣下と共に殆ど自室から出られず、遠く地平線に陽が落ちた今になってようやく祭壇の扉を叩くことが出来た。
 寝台の上でディアマンドに腰を抱かれ、隣り合って座るリュールの身体は湯浴みの名残を残し甘く香っている。彼はソラネルで充実した時を過ごせたらしく、身振りを加えながら続く話は途切れない。執務に疲れた心身に、耳を打つ声音と肌に触れた箇所から伝わる熱が心地好かった。

「それでソラったら、お菓子を貰えると思っていたらしく、拗ねてしまって」
「ふふ、守り神様が拗ねてしまっては大変だっただろう」
「そうなんです。結局、メリンに頼んで焼菓子を作ってもらって……

 眉を下げ困ったように笑うリュールが愛おしく、彼の腰を抱いていた手に力が籠る。すると、ぴく、と小さく肩を跳ねさせリュールの身体に強ばりが走った。

「神竜様?」

 俯く面差しを覗き込めば、ほんのり染まっていた頬の色は潜められ遠慮がちな戸惑いが浮かんでいる。もしや戦の傷に障っただろうかと思えど、昨夜共に寝た時にはそのような素振りは見せなかった。ソラネルで過ごす間は、彼の身体が傷付くことなどあの守り人達が見過ごさないだろう。

「あ、あの、ディアマンド」

 ディアマンドが心当たりを探っている横で、リュールがついと腰に回る腕の袖口を引いた。

「今日は……しますか?」

 言葉だけならば、あえかな誘いのようにも聞こえる。しかしリュールの内側からは、閨事を期待する火照りも飢えも、欠片も感じ取れない。かといって一人寝したい気分というふうでもなく、彼自身も自らの口をついて出た問いに居心地悪そうにしていた。

「君が求めてくれるのならば勿論応えたい、が……。あまり、そうは見えないようだ」
…………

 リュールの真意が分からない以上、兎も角は彼が負担と感じぬように努めて平坦に返す。リュールは、見上げたディアマンドから視線を反らし、そうすればどこかに答えがあるとばかりに祭壇の間をぐるりと見渡してから、結局何も見付からなかったのか諦めてディアマンドの肩に身を預けてきた。肌の熱を分け合うことは嫌ではないようで、途方に暮れた瞳のままディアマンドの指を手慰みになぞっている。

……なんと、言えばよいのでしょうか」

 沈黙を割ったのはリュールからだった。気落ちしたような、戸惑いのような……自らへの落胆に濡れた声だった。

「あなたと触れ合いたいのですが、その……

 リュールの掌がディアマンドを離れ、薄くへこんだ彼自身の腹をそっと撫でる。

「前にした、お腹に入れたい気持ちではなくて」

 迂遠なようでいて直截な言葉に、恥の感情は見当たらなかった。リュールは己の心の内を明かすとき、時折驚くほどに物言いが幼くなる。旅路を経てそれが彼の出自故の、自己を開示することの不慣れさからくるものであると知ってから、ディアマンドは幾度も悲しみに似た愛おしさで胸の塞がる思いをしてきた。

「あなたの温かい手で、背やお腹に触ってもらえたら嬉しいと思います。ぎゅっと抱き締められて、口付けしていただけたら、と」

 綻ぶ前の蕾にすら隠れてしまう、ひそやかな声だった。ディアマンドは腕をそっとリュールの腹の前に回し、抵抗が無いと分かるとそのまま神竜の身体を抱え膝の上に乗りあげさせる。リュールはされるがままディアマンドに背を預けて落ち着き、すり、と首元に額を寄せて赤蒼の瞳を瞼に隠した。

「そう考えるだけで……今日は苦しくなるほどにいっぱいになってしまって」

 好いたひとから贈られる言葉として、これ以上の至言はないだろうというそれを、どうしてだかリュールは酷く申し訳なさそうに呟く。

「けれど、普通はもっと多くを望まねばいけないでしょうか。あの夜のように……。私はもう溢れそうなのに、これは、ふつう、ではないのでしょうか」

 そこまでを聞いて、ディアマンドはリュールのあどけない悩みの輪郭が見えてきた。腕のなかに大人しく抱き込まれている竜が、時折、たたびとのそれよりも『普通』である事に固執することには気付いていた。生まれも、来歴も、その身を形作るもの全てが人を外れた彼にとって、人と同じに振る舞いたい、奇異の目から逃れたいという密やかな願いがあるようだった。

「ディアマンド、あなたが望むなら──んむ」

 思わず、リュールの唇を親指で塞いでいた。その続きは聞きたくなかった。リュールが今夜を寧の温もりとだけ過ごしたいというのなら、そうすることがディアマンドの幸福だった。伝聞や書物などから取り入れたのだろう『普通』と、どうにか折り合いを付け、心の形すら変えてディアマンドに明け渡そうとするリュールの無垢は、恐ろしくすらある。

「神竜様」
……はい」

 いやに神妙にリュールが返事をするので、ディアマンドは寂しいやらおかしいやら、ふ、と肩の力が抜けて僅かに笑んだ。

「そう固くならないでくれ。君が今、どれほど価値のある言葉を私にくださったのか、理解できるだろうか」

 リュールの指に填まる、祖国の勲章から造られた指輪を彼の掌ごと包み込む。

「君の心の有り様を変える必要など、どこにもない。今のように、君自身の言葉で想いを伝えていただけたのなら」
「っ、けれど」
「この場には私と君しか居ないんだ。誰の為とも知れない普通を探すよりも、私の言葉を、私だけを」

 握った掌を持ち上げ、恭しく口付けを落とせばほろりと力を無くし垂れる指先。戸惑いに冷えていたそれは、滲むように熱を取り戻していく。リュールがゆっくりと顔を上げ、ディアマンドの瞳と真正面からかち合った。頼り無く揺れているとばかり思っていた双色の瞳は、目映いほどにしなやかに此方を見詰め返していた。

「ディアマンド」

 名前ひとつを呼ばれるだけで胸に湧き起こる、途方もない情感の名をディアマンドは未だ知らない。この美しい竜の隣に立てるのならば、どれだけの困難も厭わないと思う。リュールの己より一回り小さい、しかし確かに剣を持つに相応しい指がディアマンドを握り返した。

「ディアマンド……迷ってしまってごめんなさい。あなたはいつも、私が欲しい言葉をくれますね。なんだか少し、焦っていたようです」
「神竜様……
「あるいは、あなたに良きパートナーと思われたいと、そんな欲があったのかも」

 膝に乗せられ、いつもより少し高くなった目線でパチ、と瞬きをした赤蒼は眩しさをしんと潜め穏やかだった。

「今日はこのまま、手を繋いで一緒に眠りたいです。星と、紅茶と、あなたの好きな本の話をしながら……
「ああ、それは素敵だ」

 とろとろとした温みが互いの間から肌に広がっていく。リュールの小さく開いた唇にそっと吸い付けば、安心しきった機嫌のよい吐息が合間から溢れ落ちた。音の無い、触れるだけの口付けの感触が楽しいのか、リュールのくふくふとした笑い声が耳を打つ。ここが天上かと浮かれたことを考え、事実大陸で一番天上に近い場所で神たる竜と戯れているのだと思うと、不思議と痛快さに似た笑いが込み上げてディアマンドもまた笑った。朝まで解かれることのない互いの指が、いつまでも愛しさを伝え合っていた。