望月 鏡翠
2025-10-25 01:13:24
891文字
Public 日課
 

#1884 逃亡

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 男は侘助の返答に、どこか安堵したようだった。彼の苦悩はおそらく、背負った呪いが自業自得で逃れられない運命であるという部分にあるのだろう。
 寄り添われると、呪われるべきことをしたのだという因果も聞き入れなくては行けなくなる。交渉が決裂すれば、侘助の言葉は敵の言葉となる。惑わそうとしているのだと、聞き入れる必要あなくなる。
 それでもこの時間に意味はあった。
 時間稼ぎができたし、男の目的もわかった。
「確かに、この子が呪いをかけているのかもしれない」
 袖の中でもぞもぞとして暴れている雛を指す。爪か角が引っかかってしまったのだろう。着物が破れる前に外してやらないといけないが、それよりも目の前の人間を撒くことが先決だ。
「だが、それはお前の自業自得だ。この子の家族を狙ったときに引き換えに呪われたんだろう。自分で言った通りだ。死んだ後も残る呪いは、一生消えない」
「だから、試すまではわかんねぇだろうが! 俺は人生を諦めるほど長く生きちゃいないんだよ」
「命はそこまで軽くない」
 足に刺さっていた矢を抜く。
 侘助は踵を返して走り出した。
 男は武器を下ろしていた。矢を構え直して放っても、懐にかかえていれば、雛には当たらない。
 人ではない身だ。今までは真剣に逃げる必要性を感じていなかったから、のんびりと旅をしていた。だが必要だと言われれば、どこまでも走ることができる。
 叫ぶ男を置き去りにして、侘助は走った。蹄は大地を力強く蹴る。足跡を追いかけたとして、人間には休息も必要となるし食べ物も必要だ。
 辿っても追いつけない速さで進めばいい。
 呪われた人間のことは、哀れだとは思う。しかし、それはこれから先生きる時間の長い雛が責任を取らなくてはいけないようなものではない。
 龍は知恵ある生き物だ。長じれば、意思疎通もできるようになるかもしれない。そうなれば呪いについて何か教えてくれるかもしれない。しかしその頃には、あの男は人としての寿命を終えているのではないだろうか。
 人の一生など、その程度の僅かなものだ。
 そのために命を捧げるなど、割に合わない。