ポストマンはハンター居館の前で勇気を振り絞っていた。手紙を届けるために、ただ手紙を届けるだけとは言え、普段対戦で相対している相手の住まいを訪ねるには、それなりの勇気が要る。
それに今は配達犬もいない。ウィックが居たらどれだけ心強いか。普段の対戦でもそうだ。しかしそうしていつも対戦で彼にハンターの足止めをしてもらっているので、逆に今回のようにハンターに敵対心なく用がある今、彼には遠慮してもらうことにした。
意図的にそうしたわけではあるが、やはり心細いものは仕方がない。やはりひとりで勇気を出すしかないのだ、今こうしているように。
「どうした。」
しかしそこで、足踏みする彼に掛かる声があった。
ハンターのものではない。ポストマンと同じサバイバー陣営の、傭兵だ。
驚いて肩を跳ねさせるポストマンに、傭兵はそれ以上警戒させないためか、距離を取った場所まで近寄ると、あとは立ち止まったので、ポストマンは安心感を覚えた。その間に傭兵はハンター居館を見上げていた。
「あっちの居館に用があんのか。」
ポストマンはこくりと頷く。
「なんで……おれは軽く運動してた、この辺走ってな。対戦がない間は暇で。」
傭兵は一方的な詮索の形になることを避けるように、自分の事情を付け足すように話した。ポストマンなどは特別用がなければハンター居館に近寄ることはないが、きっと傭兵ほど勇敢であれば、そんなことは気にしないのだろう。
ポストマンは傭兵にも見えるように、持っていた手紙を見せた。それを目にした傭兵は、小首を傾げてゆっくりポストマンに近付いた。
「ハンターへの手紙か、サバイバーから?って庭師じゃないか、なんだよ自分で行けば良いものを。」
ポストマンが困ってるのを見兼ねてか傭兵は顔を顰めるが、ポストマンは手紙を配達すること自体は好きなので、庭師の手紙を届けることに不満はない。ただちょっと、勇気が要るだけで。
なので慌てて首を横に振る。それを見て、今度は反対側に首を倒した傭兵が、ああ、と呟いた。
「手紙の配達は好きなのか、あんた。」
今度は縦に首を振るポストマンに、傭兵も頷き返す。
「あんたならやり遂げられる。だってあんたが自分の好きなことをするだけだからな。」
あまりにも普段と同じ平坦な声で傭兵がそう言うものだから、始めポストマンは自分が激励を受けていることが分からなかった。あまりに自然で。
しかし当然、嬉しかった。
「うん!」
だから少しだけ声を出してみた。
つもりだったが、傭兵が喋っていた声を上回るほどの大きさの声が出てしまった。自分でも驚いたし、傭兵も目を丸めている。恥ずかしい。
だが傭兵はふっと柔らかく笑った。その音は、ポストマンがウィックを撫でている時の毛並みの感触を思い起こさせて、ポストマンを安心させた。
「……着いて行こうか?暇だし。」
軽くだが笑っている、彼にしては珍しい表情を浮かべている傭兵は、更なる助けの手をポストマンに差し伸べてくれた。
ポストマンはそのありがたい申し出に大きく頷き、漸くハンター居館の扉を叩いた。
開いた扉には、芸者がいた。
「いらっしゃい、お二方。傭兵さんは、またおにぎりをねだりに来たんですか?」
「あるなら貰うが。」
「まあ。」
「ん!」
芸者と傭兵の会話から色々と察するものはあったが、本題を忘れられては困るので、ポストマンは傭兵を咎めるように声を上げた。頑張ったのに先程の声のほうが断然大きかったのは、納得出来ない。
「あらお手紙ですか。マリーさん宛ですね、分かりました、お渡ししておきます。」
女王と仲が良いのか、芸者はあっさりと自分が引き受けてくれた。本当は人伝に渡してはいけないのだが、庭師から事前に、女王でなければ芸者でも大丈夫だと言われている。
「そう言えばもう直ぐ女子会でした。」
宛先人じゃないのに、芸者が嬉しそうにそう言うので、ポストマンは安心と共に自分も嬉しくなる感情を覚えた。
「出た、ジョシカイ。おれに黙って美味いモン食う会、除け者にしやがって、まったく。」
「傭兵さん、何度もご説明したように、これは決して意地悪したいわけではないんですよ?」
しかし傭兵はひとり途端に不満そうだ。お腹が減って少し不機嫌な時のウィックに似ている。
ポストマンはつい微笑んでしまったが、それを見て顔を合わせた傭兵と芸者のどちらからも、それを咎める言葉はなかった。
「なあ、ニッポンにも、手紙ってあるのか?」
傭兵が、意外な話題を芸者に持ち掛けた。
外国の文通事情、その話題はポストマンも気になるところだ。どうして傭兵が、そんなことを話題に上げてくれたのだろう。
「ありますよ。」
芸者は気兼ねなく答えてくれた。
「こっちのと、何か違いはあるのか?」
「いいえ。変わりませんね。」
「へえ。」
すると、芸者と会話していた傭兵が、途端にポストマンのほうを振り返り。
「ニッポンでも、きっと優秀な配達員だろうな。」
嬉しい。そんなふうに言って貰えるなんて。
それを芸者に微笑ましそうに見られて、ポストマンは恥ずかしい気もしたが、芸者は、少しお待ちを、と言って玄関を離れると、受け取った手紙の代わりに、包みを二つ、持って戻って来た。
「はい、おにぎり。さ、ポストマンさんにも。」
傭兵は嬉しそうに礼を言い、ポストマンも丁寧にお辞儀をした。芸者は包みを二人に渡すと、美しく微笑んで、ハンター居館の扉を閉めた。
傭兵は女子会に参加出来ない不満など何処かへやったかのように喜色の浮かんだ雰囲気で、開けた場所があるからそちらで食べて行こうと、ポストマンを誘った。なんでも、サバイバーの居館まで持ち帰っても、誰かにたかられてしまうそうだ。それは彼が荘園で築いた友好関係の結果だと、ポストマンは思った。ポストマンは自分からものを言うことがないため、そうしてほぼ一方的な会話になっても構わない者か、彼と同じくらいのパーソナルスペースの者とくらいしか友好関係がない。
傭兵の案内は、会話がなくとも気まずさが感じられず、ポストマンは不思議な感覚を味わった。そうしてたどり着いた場所は、確かに広々としていて、地面に近い高さの草が一面に生えた、居心地も景色も良い所だった。今度ウィックを連れて来ても良いかもしれない。
二人で黙々とおにぎりを食べ、傭兵に美味いなと言われ、ポストマンは頷くだけ。それでも良かった。ポストマンは、配達をしている時にたまに通りすがる、そよかぜを感じているような感覚だった。
「じゃ、そろそろ戻るか。」
食事も終わってわってゆったりと休憩までしていたところ、傭兵がそう切り出し、ポストマンも異論なく立ち上がった。二人してサバイバー居館への道を歩く。
たった一通の手紙の配達が、なんだかとてもポストマンを充実した気持ちにさせた。ポストマンが、そう内心を温かくしていると、近付いたサバイバー居館から、ウィックが飛び出して来た。ポストマンの部屋にいた筈だが、彼を迎えてくれたのだ。
良くやったとポストマンに言うかのように、嬉しそうに尻尾を振って彼の足下に懐くウィックを見下ろして、ポストマンは今回の配達が無事終わったことを実感した。
ポストマンは今回の配達を達成出来て、心から良かったと思った。仕事をして達成感を得るのはいつだってそうだが、今回はポストマンにとって、特別な配達となった。
そこでふと、隣を歩いていた傭兵がしゃがんで、ウィックと同じくらいの目線を取った。思えば傭兵とも、今日で随分距離が縮まった。今の物理的な距離もそうだし、ポストマンの一方的な感覚だとしても、心理的にも縮まった。
「お前の代わりはとても務まらなかったが、俺なりに精一杯やったつもりだ。」
傭兵は配達犬にそう話し掛けていた。彼の様子から、犬に真面目に話しているようで、可笑しかったし、同時に嬉しかった。ポストマンにとってウィックが友達であることは、冗談でもなんでもないからだ。そんなポストマンと、傭兵が同じ目線に並んでくれたようで、ポストマンは嬉しかった。
それにしても、傭兵がポストマンの配達に付き合ったことを、そんなふうに思ってくれていたなんて。ポストマンは胸がいっぱいになる心地だった。ウィックは大切な存在で、ポストマンにとって換えの利くものでは決してないが、そんなの傭兵だってそうだった。今回のようなこと、傭兵にしか出来ない。
そんなふうに、思いながらポストマンが傭兵を見下ろしていると、ちらりと傭兵がポストマンを見上げた。
それがまた堪らなくて、ポストマンはつい、ウィックにするように、傭兵の頭を撫でてしまった。
ポストマンは自分でもびっくりした。でもそれは傭兵だってそうだろう。目を丸くして固まっている。
「あ!」
ポストマンは急いで手を引っ込めた。普段なら当然こんなこと絶対にしない。と言うより、出来ないのが正しい。こんなふうに誰かと触れ合うなんて。自分でもどうしてこんなことをしてしまったのか分からない。流石に怒るだろう。今日はとても傭兵に良くして貰ったのに、大変申し訳ない。しかし何より、怒らせた傭兵と、もう今日縮めた距離感になれないことが、ポストマンは恐ろしかった。
しかし、傭兵は特別可笑しそうに、声を上げて笑った。
「わん。」
そして配達犬の鳴き真似をした。
「え!?」
「はは、なんてな。じゃ、配達ご苦労さん。」
傭兵はポストマンが事態に着いて行けない間にさっさと立ち上がって、そのまま先にサバイバー居館に入って行ってしまった。
残されたポストマンは、今度は自分がしゃがみ込んだ。
「どうしよう、ウィック……。」
そして、目の前のウィックが人だったなら聞こえないような小声で、そう呟く。
今日傭兵がしてくれたことは、確かにウィックとは別の、掛け替えのなさを確かに感じた。しかし、配達犬へ抱く好意と完全に別物として良いのか、別物だと認めてしまったら、もっと何か、後戻り出来ない何かに気付いてしまうのではと、気が気じゃなくなった。
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