nozomu_HK
2025-07-20 04:20:35
4933文字
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可惜夜を夢見てた(虚ヴェ吸血鬼パロ)

前回の前日譚的な話です

虚空万象は孤独だった

吸血鬼は元より1人で生きる存在で、虚空万象もそれを苦としていた訳ではない。生活に不満がある訳でも不自由な訳でもない。それなのに、ずっと彼の心は穴が空いたように空虚だった

虚空万象は部屋を見渡す。一人部屋と言うには広い部屋。端に寄せられたベッド。古書と呼ぶべき色褪せた本が詰まった本棚。その側に置かれた机と椅子

思えば、あの日からだ。彼がいなくなったあの日

この部屋は、かつて虚空万象と暮らしていたある少年の物だった

彼と出会ったのは随分と前だった。まだ文明がさほど発達しておらず、今は大都市と呼ばれるようになったこの場所が小さい街だった頃

偶然、森の中で少年を見つけた。身内に捨てられたのか少年の衣服はボロボロで、足や腕には所々血が滲んでいた

拾ったのはただの気まぐれだった。仕立てのいい服を見繕い、部屋を与え、暇潰しの本まで揃えた

今でも自分らしくないと思う。だが後悔はなかった

初めは臆病だった少年も次第に明るくなり、虚空万象に懐いていった

柔らかい茶髪を撫でてやれば、髪色と同じ茶の瞳を細めて嬉しそうに笑うのが、愛おしかった

少年が青年と呼ばれる程の歳になった頃。彼は虚空万象に恩返しがしたいと自ら首を晒した。その時の血の味は今でも覚えている

しかし、そんな日々も長くは続かなかった

青年と出会って数年が経った時だった。青年が出かけたきり帰ってこなくなったのだ。虚空万象は青年の行方が気にはなったものの、探そうとはしなかった

人間と吸血鬼とでは根本的に異なるのだ。彼だって十分に自分で物事を考えられる年頃だ。きっと見切りをつけて出て行ったのだろう

茶髪の青年の訃報を聞いたのはそれから1週間も経たない頃だった

「.......」

あれから随分と時間が経ったが、部屋はあの時のままだ

虚空万象は掃除の時以外この部屋を訪れることは無い。どうしても片付ける気にはなれないでいた

「...僕は何を期待しているんだろうね」

口に出してから違和感を覚える。期待、しているのだろうか。再び彼と出会えることを?輪廻転生を信じている訳でもないのに?

「.....」

ふと窓の外を見ると、すっかり暗くなり満月が浮かんでいた

──そういえばあの子と出会ったのもこんな満月だった

虚空万象は窓を開け、身を乗り出す。いつまでもこうしている訳にもいかない。夜は吸血鬼の時間なのだから





*********





ヴェルトは満月の下を特に意味もなく歩いていた

昔から彼には満月の夜にはこうして外に出る習慣があった。理由は彼にもわからない。ただ、失くし物を探すような焦燥感に駆られるのだ

「......」

ヴェルトはその答えを探すように灰色のジャケットに隠した拳銃に触れる

それは対吸血鬼用の特殊な拳銃で、吸血鬼による被害を抑える為に発足した対吸血鬼組織の物だ

いくら吸血鬼が人を襲う道理を逸脱した存在だとしても、彼らの行為で死人が出ることは滅多になく、殺傷は推奨されてはいない。大抵は威嚇用に使用するだけだ

だが、ヴェルトは威嚇射撃すら出来なかった。射撃の腕が悪い訳では無い。ただ彼は吸血鬼相手に銃口を向けるということに強く罪悪感を覚えていた。大事な人を傷つけるような胸の痛みに考えが錯乱するのだ

そのせいでヴェルトは厄介者扱いを受けていた。傍に居てくれる友人もいたが、周囲によるヴェルトの扱いはいいものではなかった

情けないと思う。吸血鬼は両親の仇だというのに、ヴェルトは吸血鬼を殺す意志すらあるのに何かがそれを引き留めていた

ヴェルトは少しだけ息を吐く。そうして、いつもの通りを抜けようとした時だった

「..めて....か...!」

側の路地裏から声が聞こえた。全て聞き取ることは出来なかったが、助けを求めていることは分かった

ヴェルトは足速に路地裏に入る。そこには2人の男女がいた

女性の方は20代ほどで、着込んだスーツとカバンを見る限り仕事帰りだったのだろう。壁に凭れる様にへたりこみ、向かいの男性に視線を向けたまま怯えて震えていた

男性の方は女性とそう変わらない歳頃に見える。状況を見るに恐らく女性を襲おうとしているのだろう

ふと、その口元から鋭い牙が覗くのが見えた

──吸血鬼か

そう思うと同時にヴェルトは懐の拳銃を手に取り、走っていた

「止めろ!」

ヴェルトは拳銃を構え、女性を庇うように前に出る。女性も吸血鬼も驚いたようで目を開いてヴェルトを見ていた

ヴェルトは振り返って女性を落ち着かせるように優しく微笑んでみせる。女性の強ばっていた表情が、安堵に少しだけ緩んだ。しかし、腰が抜けてしまったのか足は依然震えて動かないままだ

女性だけを逃がすことは諦めた方がいいだろう。ヴェルトは吸血鬼に向き直った

顔までは良く見えていなかったが随分と端正な顔立ちをしている

「君は.....」

吸血鬼は目を開いたまま、ヴェルトを見つめていた

幽霊でも見ているかのように訝しげに、まじまじと全身を見たかと思えば、愉しそうに頬を綻ばせた

「あぁ。そうか。君はここにいたんだね」

意味深なことを口にしながら吸血鬼は笑みを深め、ヴェルトを見つめる。愛おしいものを見るような、熱の篭ったそれにヴェルトは眉を顰める

「...水を差すようで悪いが、俺はお前のことなんて知らない」

「そうだろうね。僕の知っている君は冗談でもこんな事はしなかった」

そう言うと吸血鬼は手を上にあげ、降参の意志を伝える

ヴェルトはそれを見て、少し拳銃を下ろした。指は引き金にかけたままだ

「....立てるか?」

「え、えぇ。なんとか」

ヴェルトは吸血鬼から視線を外すことなく、女性に問いかけた

女性は何とか持ち直せたらしい。壁を支えにしながらゆっくりと立ち上がった

「早く行くといい。こいつのことは心配するな」

ヴェルトは緊張を悟られないように女性に逃げるように促した

「ぁ。ありがとう、ございます...!」

女性は覚束無い足取りながらも、路地裏から姿を消した

ヴェルトは女性をの足跡が聞こえなくなってから銃をしまった

「殺さないのかい?」

「そうしてやりたいが、いくら吸血鬼でも殺すことは許可されていないんだ」

「それなら尚更、銃をしまうのは危険なんじゃないかな」

「お前の狙いは彼女だろう?それならもうこれは必要ない」

吸血鬼は主に好みの人間を狙う。故に女性の被害が圧倒的に多いのだ

大方この男もそのクチだろう。ヴェルトはそう結論付けていた

「君は勘違いしているようだね」

コツンとよく磨かれた革靴が音を奏でる。口と口が触れ合う程の距離になって、ヴェルトはその意味を理解した

「僕は別に誰でもよかったんだよ。生きるためなんだ。理由なんてそれで十分だろう?」

ヴェルトは小さく息を吐く。どうせ逃げ場はない。仮に逃げられたとして、別の誰かが狙われるだけだ

それならここで言う通りにしておいた方が得策だ

ヴェルトはタートルネックを下げ、首元を晒す

吸血鬼は虚をつかれたようにぱちぱちと瞬くが、すぐに元の笑顔を浮かべて首筋に顔を近づけた

「いっ....!?」

つぷりと牙がヴェルトの首筋に突き刺さり、肩がぴくりと跳ねる

吸血鬼は片方の手を腰に回す。もう片方で柔い髪を撫で、ヴェルトを安心させるように、慰めるように優しく抱きしめた

しかし、そんな優しさとは裏腹に吸血鬼は引き寄せられるように強く、強く吸い付いていた

ヴェルトは急激に血が抜ける感覚に襲われ、目を白黒させるが、痛みは次第に快楽へと変わり、吐息を漏らした

心臓の鼓動が早くなり、意識が朦朧とする

ヴェルトはいつの間にか吸血鬼に身を預けるように気を失っていた




********




次に目が覚めた時、知らない天井が目に入った

ヴェルトの体はベッドの上にあり、丁重に布団まで被されている

体を起こして部屋を見渡してみる。部屋の広さの割に物は少ない。このベッドの他には本棚と机と椅子があるだけだ

カーテンは締め切っており、時間すら分からなかった

ヴェルトが重い体を起こし、ベッドから降りようとした時だった

カシャン。その場に似合わない鎖の音が聞こえた。不信感を持ったヴェルトが布団を捲るとそれが露になる

「....は、」

「おや。起きたのかい」

不意に、扉の開く音がした。慌ててそちらを見ると、あの吸血が佇んでいた

「昨日はすまなかったね。流石にやりすぎたと反省しているよ」

「そうは見えないが。.....それよりなんだ。これは」

ヴェルトは自身の右足を視線で示した。その足首には頑丈な鉄製の足枷が嵌められていた

「気にしないでくれ。ただの逃走防止用だからね」

「....何が目的だ」

「そう睨まないでくれよ。....そうだね。理由があるとですれば君が気に入ったってことかな」

「....正気か?」

「冗談を言っていると思うかい?」

「.....思わないな」

ヴェルトは心の中で悪態をついた。なんともふざけた返しだ。しかしながらそれが最も納得がいくというのも馬鹿げた話だ

「....お前、」

「さっきから思ってたんだだけど流石にその呼び方は頂けないかな。僕には虚空万象って名前があるんだから」

「....虚空万象。俺をどうするつもりだ?」

「その前に君も名乗るべきじゃないかい?」

「....ヴェルト」

「ヴェルト。僕は別に君をどうこうするつもりはないよ。君はずっとここにいてくれればいい。ここにいて、僕にその血を与えてくれればいんだ」

「....俺に飼い殺しになれと?」

「君にとっても悪い話じゃない。契約を結ぶんだ。君はただ僕にその身を捧げてくればいい。その代わり、僕は君の願いをなんでも叶えると約束しよう」

「な....、」

契約という重立った言葉と共に告げられたのは、確かにヴェルトにとっても悪くない話だった

数秒置いて、重々しく口を開く

「.....俺がお前に出来ることならなんでもする。だから、もう二度と他の人間に手を出すな」

「約束するよ」

「....それと」

「それと?」

「仲間を....友人を助けてほしい。お前のできる範囲でいい。もし彼女達が傷つくような事があれば、守ってくれ」

「君は僕が吸血鬼だと分かって言っているのかい?」

「同意できないならこの話はなしだ」

「そう怒らないでくれ。君の願いだと言うなら喜んで飲むよ」

「そうか」

ヴェルトは迷わなかった

自分がここに留まれば、この男による被害は格段に減らせる

それでいい。それで1人でも悲しむ人を減らせるのなら

どの道、自分に居場所はないのだから、これが最善策だ

「....分かった。俺の全てをお前にやると約束しよう」

「契約成立だね」

虚空万象はくすりと笑みを零してヴェルトの頬に優しく触れる

それを合図とするように、彼らは柔い接吻を交わした

血液が沸騰するような熱さに襲われる。塞がれた口から零れる吐息は淫靡だ

ヴェルトの頭を抑えるように強く抱きしめる虚空万象は、熱烈に舌を絡める

「んぅっ..!?」

ヴェルトは目を見開く。圧迫感と不快感に耐えきれなくなった震える手で虚空万象の服を強く掴む。2人の視線が熱く交わる

瞳はやや上向き、生理的な涙が頬を伝う。赤く上気した頬に虚空万象は目を細め、満足気に笑うとゆっくりと口を離した

酸欠の視界がぼやける。バランス感覚を失い、前のめりに倒れ込んだヴェルトを虚空万象が強く抱きとめる

「っ.....。やり、すぎ、だ.....!」

「それはすまなかったね。だけど、これも儀式なんだ。もうこんなことはしないと約束するよ」

虚空万象の声が遠くに聞こえるようだった。ヴェルトは数度呼吸を繰り返した後、眠るように穏やかに意識を落とした