カフェの窓際の席に座ると、窓の外の景色を眺めて時間を潰す。待ち合わせまでまだ時間はあるけど、彼女はいつも時間より早く来るからもうすぐ会えるだろう。
霧藤。前世で、オレが好きだった女の子。
「ごめんね、待たせちゃったかな」
「いや、さっき着いたばかりだよ」
霧藤のことを考えていると、丁度彼女の声がして意識が引き戻される。視線を上げると、可愛い顔でにこやかに笑う霧藤が手を振りながら向かいの席に着いた。大学生になってから会う頻度は減ったけど、元気そうでよかった。
「そうそう!この前、本当にびっくりしたんだから」
霧藤は前のめりになってオレの方に詰め寄る。霧藤は怒ったような仕草で頬を膨らませて、そういうところも可愛いなと思った。
「いきなり結婚式の招待状が送られてきたんだもん。私にもカルアちゃんにも教えてくれないなんて!」
「はは……」
苦笑いで目を逸らしながら、話題を変えられないかとメニュー表を手渡す。霧藤はそれを受け取ったけど、全部話すまで帰さないと目が言っていた。
「それで、蒼月くんといつの間に知り合ってたの?拓海ちゃん」
◆◆◆
オレは平和になった世界に、前世の記憶を持って生まれ変わった。前世とはいっても、あの最終防衛学園で過ごした頃までの記憶だけど。
前世と今では色々状況が違っていた。そもそも性別が違うし、家族だってオレの記憶にある人達じゃない。前世の記憶があるせいで、家族とはどこかよそよそしい関係になってしまっていた。
だけど小さい頃引っ越しした先に、お隣さんとしてカルアと知り合うことができた。カルアに前世の記憶は無かったけど、性格はオレがよく知るカルアそのものだった。
そしてカルアの従姉妹として霧藤と出会うことができた。彼女にも前世の記憶は無かったけど、それでもオレが知る霧藤がそこにいた。
今のオレは女の子だ。それに、前世のことは今目の前にいる霧藤とは関係ない。
寂しくて悲しい気持ちはあったけど、今回は仲のいい友達として、霧藤の傍にいることにした。
カルアと霧藤とは中学まで同じ学校だったけど、高校からは学力の違いで別の学校に通うことになった。オレだって一応頑張ったけど、埋められない差はどうしてもある。だけど頻繁に連絡は取り合って、時間が合えば放課後に合流して一緒に遊びに行っていた。
そうしていつものように校門前で霧藤達を待っていて、出会ってしまった。
「……あ」
視線が合って、目を見開く。お互いに驚いた表情を浮かべていて、その様子で相手も記憶を持っていることを察する。前世であんな終わり方をした相手とどう接すればいいのかわからなくなって、思わず蒼月が声を掛けてくる前にその場を逃げ出した。
まさか蒼月が霧藤達と同じ高校に通っていたなんて思わなかった。それも、記憶があるなんて。
蒼月だって、前世で大嫌いだったオレと会うのはもう嫌だろう。その日からオレは、待ち合わせ場所を霧藤達の高校から遠い場所に変えた。
「は、借金……?」
単身赴任でろくに家に寄りつかなかった父親が、この世の終わりだと言わんばかりの暗い表情で母親とオレに話し始める。
ネット上で知り合った人物と意気投合して、新規ビジネスを興そうと会社を辞めて借金までしたこと。だけどビジネス相手が金だけ持って消えて、父親に残されたのは莫大な借金だけであること。連帯保証人として母親まで指定されていること。
母親はどうしてそんなことをと崩れ落ちて、父親は思いつめたようにぶつぶつと恨み言を呟いている。父親は突然憑りつかれたかのようにバッと顔を上げると、台所にある包丁を持ち出してオレ達に向けた。
一家心中。そんな言葉が脳裏に過った。
──オレはこんなところで死ぬのか?せっかく平和な世界に生まれ変わったのに?
この世界に蘇生マシーンなんてものは無いから、死んだらそこで本当に終わりだ。何度も死んできたのに、向けられた包丁に体が竦んだ。
「そこまでだよ!」
突然、窓ガラスが大きな音を立てて割れる。そして誰かが勢いよく部屋の中に飛び込んできたかと思うと、包丁を持った父親を上から取り押さえた。
「は…………?」
「大丈夫?拓海さん」
なんで蒼月がここに。あまりのことに頭がついていかない。
呆然としているオレをよそに蒼月は母親に警察を呼ぶよう指示をしていて、それからしばらくしないうちに警察が父親を連行していった。
──本当に、何が起きてるんだ?
訳の分からない状況に頭を抱えていると、借金の契約書を前にうなだれている母親の姿が目に入る。あまりいい関係を築けていない家族ではあったけど、オレには関係ないと思えるほど他人ではなかった。
「大丈夫ですよ、拓海さんのお母さん。ボクに任せてください」
「おい、何をする気だ?」
蒼月が母親の肩に手を置いて優しく声をかける。前世の記憶が、蒼月の好きにさせるとろくでもない結果になると告げていた。
何か企んでいるなら止めないといけない。蒼月を母親から引き剥がそうとすると、逆に肩を引き寄せられた。
「ボク達、実は付き合ってるんです」
「は?」
「ボクの家には資産があるので、それくらいの借金であればボクが返せますよ」
「おい」
「ただ、戸籍上の他人とのお金のやり取りは色々と大変なので、ボク達が結婚して籍を入れるまで待ってもらう必要がありますが……」
「蒼月」
勝手に進められていく話を焦って遮ろうとしても、蒼月の口は止まらない。それを聞いた母親が救われたように涙を流したのを見てしまうと、追い詰められてる母親の前でこれ以上何も言えなくなった。
前世で蒼月がやったことはよく覚えてる。裏で色々と手を回して、みんなを唆して、思い通りに操った。
証拠なんてないけど、今回のことだって蒼月が全部仕組んだんだろう。こみ上げてきた怒りのまま蒼月を睨むと、蒼月は白々しい笑顔で楽しそうに笑顔を浮かべた。
◆◆◆
……とまあ、これが蒼月との『馴れ初め』だ。もちろん、そんなことを霧藤に話すわけにはいかない。偶然出会って意気投合した、と言葉を濁すことしかできなかった。
その後はお互いに最近どうしているか話し合って、次はカルアも含めて三人で会おうと約束して解散する。重い足取りで家の扉を開くと、すでに同居人の靴が玄関に置かれていた。
「おかえり、拓海クン。希さんとのデートは楽しかった?」
「……蒼月」
「もう拓海クンも同じ苗字でしょ?」
リビングでソファに座っていた蒼月に出迎えられる。改めて指摘された事実にため息を吐いて目を逸らした。
式はまだ先だけど、結婚できる歳になったらすぐに籍を入れさせられた。借金をどうにかする方法が思いつかなくて、なし崩しにこうなってしまっていた。
「希さんと結婚できなくて残念だったね」
ソファで脚を組んだ蒼月が愉快そうに嗤う。オレのことを嫌いな蒼月がオレと結婚したのは、きっと前世の当てつけだろう。
だけどオレはそもそも今回霧藤と友達以上になるつもりは無かったし、この結婚は経緯に思うことこそあれ、いい機会かもしれないと思い始めていた。
前世の蒼月の死に際の顔が忘れられない。
この先も化け物に囲まれて生きるなんてごめんだと死を選んで、オレとの殺し合いが生きてきて唯一楽しかったと言い残したあの言葉が忘れられない。
蒼月と過ごしたあの日々は本当に全部嘘だったのか。認識障害さえなければ、本当の仲間になれたのか。蒼月のことは最期まで何もわからないまま、終わってしまった。
「今回こそ、キミとボクだけだ!」
蒼月のことをわかってやれないまま、一人であんな終わりにさせてしまった負い目があるのかもしれない。
なんにせよ、好きな女の子と一緒になれない今回ぐらいは、今度こそコイツのことが理解できたらいいと思った。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.